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Reversal オマケ




「リカルドさん、どうなさったんですか?
先ほどから魔法ばかり使って」

モンスターの一群を撃退し、ガルドを拾い終える前衛の姿を眺めていた俺の顔を、
セレーナが不思議そうに覗き込んでいた。

「…………そうか?そんなつもりは無かったが」

あの後結局、ミルダに押し切られて、流されるまま体を重ねてしまった。
朝起きたとき、あまりの鈍痛とだるさに、このまま俺を置いて先に行ってくれ、
と半ば本気でパーティメンバーに言いそうになったほどだ。
銃を構えるだけで腰に響く。だから、無意識に魔法一辺倒になっていたのだろう。
それに比べてミルダは、いつも通り、いや、いつもより張り切った様子で剣を振り回していた。
敵を打ち倒したとき、たまに見返って俺に誇らしげな視線を送るあいつが憎たらしくてならない。

「あら、自分で気付いてなかったんですか?
町を出てからずーっと、魔法しか使ってませんよ。
いつもは銃を撃っているほうが多いから、少し気になっちゃって」

「あー、言われてみればそうかもねぇ。もしかしてそのライフル、壊れちゃったわけ?
それならそうと早めに言ってよ。ちゃんとフォローしたのにさ」

二丁拳銃を指先で器用に回しながら、アニーミがこちらに歩み寄ってくる。
きつい物言いだが、その目は心配そうな色が滲んでいた。

「い、いや、そういうわけではないが……」

女性というのはなんでこう、細かいところに気が付くのか。
まずいことに言い分が思いつかない。冷や汗で下着までぐっしょりだ。
はっと、俺は顔をあげた。

「そうだ、そうだった。実は術の熟練度を上げようと思っていてな」

これだ。

「戦術の偏りは敵に付け入る隙を与える。
常に新しい戦法を生み出すのが賢い戦い方だ」

苦しい言い訳だったが、アニーミは納得したようだ。
ふぅん、と鼻を慣らして瞬きしている。
セレーナはと言うと、下唇に人差し指をそえながら、俺の目を覗き込んでいた。
その目は、噴出すのをこらえているようにも見えた。

「……へえ、そうなんですか。でも、TPの残量には気をつけて下さいね。
オレンジグミもタダではないんですから」

「そうよ〜。ガルドはパーティの共通財産なんだから。
ニシシシ、使い込みが発覚した場合は、早急にへそくりで払ってもらいますからね、早急に!」

アニーミがいつもの笑みで告げる。
楽しそうだ。内心では、ガンガン使い込んでガルドを搾り出せ、
ペナルティ分も多めに、と思っているに違いない。

「……承知した」

俺はとりあえずそう答えておいて、話題を逸らそうと口を開きかけた。

「おいっ、後衛何やってんだー!
ボサっと喋ってねぇでサポートしろサポート!」

瞬間、前衛から怒号が飛ぶ。
俺たちがだらだらと話している間に、何時の間にか前衛がモンスターの群れにからまれていた。
棍棒の一撃を二刀で弾き返しながら、スパーダがいらだった声を上げている。

「ほんまやで〜!次から次に敵が来よるんよ!
もお、アンジュ姉ちゃんにイリア姉ちゃんにリカルドのおっさん!
ちゃんと気ぃ引き締めて掛かってや〜!」

比較的小柄なモンスターを連打の一撃で叩き伏せながら、
遊びやないんやでー!とラルモが叫ぶ。

「あっ、ごめん、エル、スパーダ!
さっ、行くわよイリア」

セレーナが右腕を一振りする。
その手には小ぶりのナイフが握られていた。

「分かった!…アンジュ、リカルド、行きましょ!」

二丁拳銃を顔の前に構えながら、アニーミが駆け出す。
その姿を見て、俺は内心焦っていた。
正直、走るのすらつらい。また疑われるだろう。
アニーミは俺の不調の原因をしつこく聞きたがるだろう。
それをかいくぐる言い訳を俺は用意できそうにない。困った。

「俺は」

「リカルドさんはいーの。一人ぐらいは後方支援も必要でしょ?」

何か適当な言い分を取り繕うとした瞬間、助け舟がふってきた。
セレーナが途中で立ち止まり、アニーミの肩を叩く。

「え〜〜〜!ずーるーいー!私だって後衛のほうがいいわよー!」

アニーミが大きな目をくりくりさせて不満を示す。

「まあまあ、ほら、スパーダくんが怒鳴ってるわよ。早く行かなきゃ」

慣れた様子でセレーナがアニーミをたしなめる。
アニーミはと言うと、文句を言いながらもそれほど不満はないようだ。
さっさと前衛に駆けつけて、銃声を響かせている。

「じゃあリカルドさん、支援お願いしました。
あ、ちゃんと回復魔法の熟練度も上げておいたほうがいいですよ。
戦局を有利にするのは攻撃だけじゃないんですから」

セレーナは早口で言うと、なれた仕草でウィンクをした。
それきり振り返らず、前衛に素早く駆けつける。
ベルフォルマが相手にしている二匹のモンスターの内一匹の背中を、後ろから容赦なく切りつけた。

「ったく、おたんこルカ〜!あんたがボサボサしてるから、あたしまで怒鳴られたじゃないの!」

2つの拳銃から薬莢を溢れさせながら、アニーミが怒鳴る。
乱射しているようでいて、その狙いは一弾違わず敵の胴体へ叩き込まれていた。

「えぇ〜!僕のせいなのっ!?」

ミルダが不満げに言いながら、アニーミがひるませた敵の首を大剣で跳ね飛ばした。
二人の息はぴたりと合っている。見事な連携で敵をしとめて行く。
アニーミがミルダの動きに合わせているのだろう。そんなところに、彼女の優しさが伺えた。

――さて

俺は俺の仕事をしなければな。
セレーナがお膳立てしてくれた、後衛という役だ。
おろそかにしていてはまたアニーミにどやされるだろう。
後衛を共にしていた二人が去って前線は賑やかに、俺の周りは静かになる。
ミルダが敵の攻撃を受けきれず、額に傷を負った。
よし、ヒールオブアースだ。
詠唱を開始しようと、俺は額に手を当てた。瞬間、コートの端がひきつる。
コーダが俺のコートの裾を引っ張っていた。

「リカルド、コーダは腹が減ったんだな、しかし」

のん気な目が俺を見上げる。
こいつが俺のお供か。まあ、悪くはない。

「……後で林檎でもくれてやる。下がっていろ」

今度こそ俺は、天術の詠唱を開始した。
足元に薄紫色の陣が広がる。
ほどなくして、ヒールオブアースの熟練度が1レベル上がった。




完




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