Gluttony

Gluttony




”僕”は暗闇の中にいた。
四角形の箱の中にはなんの灯りもなく、そしてひどく寒かった。

氷山から切り出した氷を一番下段に詰めた冷蔵庫だ。
その中に、”僕”は収まっていた。

”僕”が詰め込まれた冷蔵庫を、僕は外から眺めていた。
キッチンの隅のかまどでは、常に大きな鍋が”僕”を煮込む音が聞えている。
僕は部屋の中央にぼんやりと立って、ただひたすら待った。
そう、僕と”僕”は、彼がやってくるのを待っていた。

やにわに扉が開いて、いつものコートを着た彼が部屋に入ってきた。
僕は嬉しくて、彼のそばに駆け寄る。


「「おかえり」」


僕と”僕”は同時に言った。
しかし彼はどちらにも答えず、僕を見もせずにそばを横切って、
”僕”の居る冷蔵庫の前に屈みこんだ。
彼が冷蔵庫のドアを開いた瞬間、”僕”の視界が明るくなった。
彼の肩越しに差し込む光のおかげで、”僕”は冷蔵庫の中を見渡すことができた。
冷蔵庫の中にはところせましと”僕”の腕や足が折り重なって詰め込まれている。
彼は”僕”の胸部の一部を取り出すと、それを机に置いた。
僕はだいぶ小さくなった”僕”の胸部を眺めた。

彼が再び冷蔵庫の中に両手を入れる。
”僕”の頭部を冷蔵庫から出して、その頬にキスをした。

「ただいま」

と、彼は”僕”に言った。
僕は”僕”に嫉妬した。



フライパンの上ではおいしそうなにおいが立っていた。
でも、僕はちっともお腹が空いたな、とは思わなかった。
彼が片面が焼けた”僕”をフライ返しで器用にひっくり返す。
僕は、”僕”に塩胡椒をふる彼とフライパンの間に身を滑り込ませて、彼の顔を間近で眺めた。

彼は精悍な顔立ちをしている。あいかわらずカッコよかった。
するどい目じりをしているけど、深い青色の瞳はやさしい色をしている。
色白な肌と黒い髪の毛のコントラストがきれいだ。
いつも不機嫌そうな眉毛と、意外によく笑う口元が好きだ。
彼は笑うと5歳は若く見える。僕は彼の笑顔が大好きだった。

僕はうっとりしながら、彼の額にななめに刻まれた傷跡をなぞった。
でも彼は、”僕”を料理するのに夢中で、僕にきがつかない。
僕は構わず、彼の肌を撫で続けた。



彼は簡単な野菜のつけあわせを加えた”僕”の皿を前に、食卓に座っていた。
盛り付けられた”僕”に、彼がナイフを通す。
みるみるうちに、”僕”は細い肉片に変わった。
彼は一番右端の”僕”にフォークを刺して、口の中で二つに噛み千切った。
時折ワインを傾けながら、彼は黙々と”僕”を口に運ぶ。
”僕”は彼に噛まれながら、彼の食道を通って、胃の中に沈んだ。
ぐちゃぐちゃの塊になった”僕”を、胃液がゆっくりゆっくり溶かしてゆく。
そうして、”僕”は時間をかけて彼の中で消化された。


”僕”は、また彼の一部になった。





そうして、”僕”はまどろんだ。
僕は森の中に佇んでいた。
腰かけた切り株の感触を感じる。
”僕”と僕は、あぁ、これは過去の夢だ、と思った。
僕は視線を上げた。
枝の間を縫って降り注ぐ夕焼けが幻想的だ。
土と草のにおいに包まれた森の中は静寂だった。
僕は木々の間をのんびりと散歩した。
そうしながら、彼がやってくるのを待っていた。

今日はどんな話をしようかな。
僕は木こりが作っていった切り株に腰かけながら話す、彼とのひそやかな会話を楽しみにしていた。
話すことは尽きなかった。僕はなんでも彼に話した。
そして、ぽつぽつと語られる彼の話を聞くのが好きだった。

やにわに足音が聞えた。
木立の間から彼が現れる。ライフルを持っていた。
彼は僕を見つけ、ライフルを構えた。
僕は目を見開いた。銃口が僕のほうに向いている。
黒い銃口の向こうに見える彼の表情は、強張っていた。


彼が僕の名前を叫んだ瞬間、僕は倒れた。
胸から熱い血があふれ出している。
僕は仰向けに倒れながら、葉の間から注ぐオレンジ色の光を見ていた。
あたたかい色合いがだんだん暗くなる。

そうして僕は、僕と”僕”になった。





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