Gluttony2






今日の彼は朝からずっと部屋に居た。
ベッドから起き上がるなり、机で本を広げたり、たまに手紙を書いたりしていた。
今日は休みの日なのかな。
彼は朝昼の食事は”僕”ではなく、普通のものをとる。
だから、”僕”の入った冷蔵庫が開けられるのは、夕方になってからだ。

”僕”は早く夕食になれ、とじれったく思っていたけれど、僕のほうはうれしかった。
彼が冷蔵庫の中の”僕”を取り出すまでは、僕の時間だ。
僕は彼の書いている手紙の内容をこっそり、彼の肩越しからのぞきこんだ。
彼はあまり字が上手ではない。
下手でもないが、筆圧が高すぎるのか、よく紙にインクがにじんでいた。

ジリ、と紙にペン先がひっかかる音がして、彼がインクを飛ばした。
紙の端に滲んだインクを、彼がわずらわしそうに親指で拭う。
けれど結局インクのにじみを広げてしまっただけだった。
僕は思わず微笑んでしまった。

彼の書く字ですら愛しい。彼のやることなすことがかわいい。
彼の全部がたまらなく好きだ。

手紙の内容はグリゴリたちにあてたもののようだった。
食料の貯蓄に関してのことや、金策についてなど、むずかしいことが書いてあった。
僕は部屋の外に出られないからここがどこか分からないけれど、
グリゴリたちに手紙を書いているということは、グリゴリの里にいるわけではないんだろう。

僕はうれしくなった。
僕と彼を邪魔する人は誰もいないんだ。
”僕”もまたうれしく思っていた。
窓の外の景色が、だんだん夕焼けに包まれてきたからだ。





今日の彼は、”僕”の肝臓と足を調理することに決めたようだ。
心臓はもう食べてしまったので、”僕”の内臓で残っている部分は、
後は胃と腸ぐらいになっていた。
腸は臭みがあるらしく、彼はにおいを消すために、”僕”の腸を塩水に漬け込んでいた。
”僕”は自分にどんどん塩分がしみこんでいるのを感じながら、まだ時間がかかるな、と思った。
きっと最後らへんで食べられることになるだろう。

彼はまず”僕”の足を取り出して、まな板の上に置いた。
彼がどう”僕”を調理するのかが気になって、僕は彼の隣まで歩み寄り、手元をのぞきこむ。
彼はキッチンの壁にかかった大きな肉切り包丁を取って、指先で、どの辺りまで切ろうか探っていた。
”僕”はそれがちょっとくすぐったくて、身をよじりたかったけど、できなかった。

彼は親指で目安を付けたところを押しながら、包丁を”僕”の足にあてがうと、
迷い無く、”僕”の皮膚と肉を切り裂いた。けど、痛くはなかった。
骨を絶つのは力がいるようで、彼は包丁に体重をかけて、どつ、と”僕”の骨を断った。
返り血で服を汚す彼は無表情だった。
淡々と輪切りになった”僕”の足から骨を抜き、かたわらの大鍋に放り入れた。
あの鍋では、常に”僕”の骨が煮込まれている。


――大丈夫だ。全部食ってやるから。安心しろ


ふと、僕の脳裏に彼の声がよみがえった。
いつ言われたことだったっけ?僕はすっかり忘れていた。


思案に沈みかけていた僕の意識を引き戻したのは、彼ががちゃがちゃと物を取り出す音だった。
彼は大きなすり鉢をキッチンの上に置いた。
そうして、”僕の”肝臓を持って、すり鉢の中に入れた。
ごりごりと太い棒で”僕”をすり潰しはじめる。
”僕”はすぐに原型が分からないほど砕けていった。

何にするんだろう?ムースかな、プディングかな?
僕は気になって、すり鉢に顔を近づけて眺めた。彼は気付かない。
やがて、すっかりペースト状になった”僕”を、彼は脇に置いて、フライパンを取り出した。
火の上にくべて、バターを落として溶かし込む。
その上に”僕”の平たくなった足を落とした。
そして見事な手際で”僕”を焼き上げて行く。

彼は当初――”僕”を料理しだした当初だ――に比べて、料理がうまくなっていた。
もしかして、さっき読んでいた本は料理の本だったのかもしれない。

僕と”僕”のために勉強をしてくれたんだ。

そう思ったら、僕と”僕”は幸せな気持ちになった。

やがて焼きあがった”僕”を彼は皿の上に戻し、今度はさきほどペーストにした”僕”を取った。
”僕”の肉汁が残るフライパンの上に肝臓の”僕”を流し込んで、かきまぜる。
”僕”と”僕”はまざりあい、一つになっていった。
彼は”僕”の上に白ワインと牛乳を注ぐと、またかきまわした。
”僕”たちは冷たいワインと牛乳を体の中に取り込んで、あたためた。
そうしながら、”僕”は彼に満足してもらえるといいな、とけなげに思った。




彼は皿の上の”僕”に”僕”を垂らした。
どうやらすりつぶされたほうの”僕”はソースだったようだ。
彼はあまった”僕”のソースを皿に流し込むと、冷蔵庫に保管した。
”僕”はちょっとだけ不安になったけど、すぐにその考えをうちけした。

――心配ないよ。彼なら全部食べてくれる

彼は”僕”のかかった”僕”を平らげた後、
皿の上に残った”僕”も、パンにつけてきれいに食べてくれた。
彼が皿を洗って片付けている間、僕は満足げに彼の背中を眺めた。

――だって、約束してくれたから

僕は彼の背中にそっと寄り添って、目を閉じた。





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