Reversal3


「ぐッ…ぅ…!…がっ…!」

ミルダが好き放題に突き上げてくるたびに痛みが走る。
一旦行為を始めてしまえば、ミルダは遠慮というものを知らなかった。
すでに俺の首や胸には、ミルダが付けた鬱血の跡が残っている。
ミルダの肌に跡を残さないように気遣っていたのが馬鹿馬鹿しく思えた。
限界まで引き抜いて再び奥まで突き込む単調な動きに、
これで何度目か、頭をベッドの端にぶつける。
終わる頃にはたんこぶでも出来ていそうだ。
この童貞が。忌々しくそう思った。
早くも、俺は承諾したことを激しく後悔していた。

ミルダの本当の意図、つまりは俺を抱きたいという言葉を聞いて、
俺はすっかり降りる気でいた。
男に抱かれたことなぞないし、もちろんここでミルダに掘られる気もない。
逆だからこそ承知したのだ。
話が違う。そういうことなら俺は降りる。
俺がその旨を伝えると、ミルダは風呂場に放り込まれた猫のように騒ぎ出した。
”最初から自分はそのつもりだったし、抱かれたいなんて一言も言ってない”
”ここまでしてやめるのはひどい”
”年下が必ず下なんて理屈はおかしい”
普段から想像できないほどミルダの抗議は弁舌だった。幼い目が真剣味を帯びている。
二人して、ベッドの上で理屈をこね、子供の喧嘩のように言い争った。
お互いに相手をなんとか諭そうと必死だった。
しかし、なぜ俺を抱きたいのか聞くと、その問いに限って、ミルダは口を閉ざした。
顔を赤くして、言いにくそうに目をそらす。一番不可解な点なのだが。

――やってられん。
しばらくして、口論に疲れてベッドから立ち上がろうとしたとき、
ミルダが慌てて腰を掴んできた。
俺の腹に顔をくっつけながら、何か言いたげに睨み付けてくる。
強気をつくろった目の奥に、突き放しがたい弱さが見えた。
部屋を辞去しようとノブにかけた弱い指と同種の、見放せない脆さ。
「やさしくするから」
やさしくするから、行かないで。目が訴えかける。
今日何度目か、数える気もしないため息があふれた。

俺はもはや完全にやけになっていた。
嬉しげに顔を綻ばせてベッドの上に正座しているミルダに、
一度だけだぞ、と念入りに言い置く。
振り子の玩具のような勢いで頷くミルダを眺めながら、
俺は暗澹とした気持ちに駆られた。
結局、ミルダに使う気でいた潤滑液は俺が自分自身で使わねばならない。
しきりに自分がやる、と主張するミルダを半ば脅す勢いで押し留め、
自分で自分の後ろを慣らす。
何度も馬鹿馬鹿しくなり、何度も途中で止めようとした。
手で抜いてやるからやっぱり止めにしよう、とミルダに持ち掛けさえした。
頑としてその首が縦に振られることはなかったが。

自分で自分の尻を慣らす。考えただけでも頭を打ち抜きたくなるのに、
それをミルダに見られるというのが更にいたたまれなかった。
とはいえ、12歳も年下の男に尻の穴を弄られるのは耐えられない。
太腿を伝って零れ落ちたトリートの紫色の雫がシーツに染みを作る様を見て、
みじめな気持ちになったが、それよりはむしろ、なぜ俺が、という怒りのほうが強かった。
後ろを慣らし終え、行為の邪魔になる結った後髪を解き、
結び目をぐしゃぐしゃと手ぐしで崩した俺を見て、
ミルダが嬉しそうに”やっぱり髪を降ろすと色っぽいね”と言ったときには、
ベッドの隣に立てかけてあるライフルに手が伸びそうになったほどだ。
いや、2,3発肩にでも撃ちこんでやればよかったのだ、そのときに。




「っ…!んっ、ぐ……っ!」

ミルダの細い指が陰茎に絡む。
先ほど俺がミルダにやった真似をするように、つたない動きで先端を撫でる。
ぞくりと背筋に悪寒に似た電流が走った。
ミルダが片手で俺の性器を弄りながら、胸の中央に鼻先を寄せる。
汗ばんだ胸板の上に細い髪が張り付く。

「…ハッ…んぁっ……!」

胸の銃創から、ピリ、と湿った痛みが走り、思わず声を上げた。
それに気を良くしたように水音を立てて、執拗に傷跡を舌がえぐる。
痛みだけではない妙な感覚が迫りあがる。耐え切れず、手の甲に歯を立ててこらえた。
鳥肌が立つ。気持ち悪い。心とは裏腹に体が熱くなる。
手の甲が痛い。口内にさび付いた味が広がり出した。
頭も痛い。今ぶつけたのは何度目だ。やさしくする?どの口が言った。


「リカルド……」

薄く目を開くと、ミルダが熱っぽい目を向けていた。
切なげに眉を寄せて熱い息を吐く幼い顔に、切羽詰ったような瞳にぎくりとする。
まるで俺がミルダを犯しているように感じた。
ミルダの顔をそれ以上見ていられず、顔を背ける。
両頬にそれぞれ、ざらつくシーツの感触と、べたりと張り付く自分の髪を感じた。
腹の中を我が物顔でかき乱されるたび、苦痛とも快楽ともつかない電流が走る。
早く終わってくれ。シーツに散らばる己の髪を睨みながら、そればかり願う。
卑猥な水音に耳を塞ぐ代わりに、目を固く閉じた。
おかしくなりそうだ。なんで俺が。
なんで――

不意に、ミルダの動きがぴたりと止まった。
不審に思ったが、ともあれありがたいことだった。息が苦しい。肺が酸素を求めて激しく喘ぐ。
噛んだ歯の間から息を整える。にわかに嗚咽が聞えてきた。
俺が無意識に上げたものでなければ、その主は一人しかいない。
固く閉じた瞼をこじ開けると、蒼い目が濡れていた。
息をかみ殺しながら、ミルダは泣いていた。
泣きたいのはこっちだ、と思うが、あまりに切迫した雰囲気に軽く狼狽する。

「ミルダ」

「ごめん」

ミルダがうつむいた拍子に、俺の胸の上に涙が落ちる。
どうせならさっさと終わらせて欲しいのだが、
ミルダは肩を震わせたまま動かない。
どういうことだ、これは。
ぱっとミルダが顔を上げる。
いっそ悲壮に思えるほど余裕のない目。

「もうやめよう」



「なんだと?」

「やっぱり、駄目だ、こんなこと。リカルドに、申し訳ない」

この期に及んでなにを言ってるんだ、こいつは。
なにがなにやら分からない。

「僕、リカルドのことが好きなんだ」

腰を掴む指先に、やにわに力がこもる。

「普通の好きじゃなくて、……好きなんだ。ずっと好きだった。ずっと前から」

声がひどく震えていた。堰を切ったように言葉が続く。

「だから体だけでも繋がれたらいいって思ってた。
一度だけでも抱けたらそれで満足するって思った。
その間だけは僕のことだけ見てくれて、僕のことだけ考えてくれるから。
僕が下じゃ駄目だったんだ。
リカルドは大人だから、僕を抱いている間でも、僕だけを見てるわけじゃない。
それじゃ駄目だった。僕だけを見てくれる時間が欲しかった。少しだけでも。
後はそれで満足しようって……うぅん、違う」

ミルダがかぶりを切る。銀色の髪が力なく揺れた。

「本当は好きになって欲しかった。もしかしたらこうなることで、
僕のこと好きになってくれるんじゃないかって思ってたんだ。
でも間違ってた。結局リカルドに迷惑かけてるだけだ。
こんなの、こんなことまでさせて」

言葉を切り、俺の手を取る。無残に歯型が付いた手の甲を撫でて目を細め。

「僕は馬鹿だ。……騙すようなことして、本当にごめん。
もうやめるから。今すぐ。こんなこと言うつもりじゃなかったし、
最後まで隠すつもりだった。けど、……でも……」

我慢できなかった、と呟きをこぼす。恥じ入るように下唇を噛み、触れた手が震えていた。

「自分が情けない」

目の端から、またぽろりと涙が落ちた。


「…………」

ミルダの告白を聞きながら、俺は緩やかな驚愕を感じていた。
心のどこかに引っかかっていたつっかえが外れたようだった。
今なら全てが納得できる。
なぜ俺を選んだのかと問うたときの赤い顔、言いにくそうに閉じた口元。
――そうか。そうだったのか。
思いを告げずに行為を優先したミルダは確かにあざとい。
いや、違う。ミルダは気持ちを用意していた。言動の端々で気持ちを示していた。
上手く伝えられなかっただけだ。俺がにぶかっただけだ。
こんなガキの気持ち一つに気付いてやれなかった。
俺はこいつが女性相手に自信がないからだとか、俺がたまたま選ばれただけだとか、
歪んだ勘違いをしていた。
俺の目は偏見で曇り、純粋にミルダを見ていなかった。

ミルダの顔に手を伸ばす。ぴくりと肩が動いた。
涙を生みすぎて目が疲れ、赤く腫れている。整った顔は見る影がなかった。
俺は涙に濡れた頬には触らず、ミルダの両耳を両手で塞ぐ。
ミルダが驚いたように腫れぼったい目を向けてきた。

「何も言うな」

聞えたかどうかは分からない。
軽く頷いたように見えたが、ただしゃくりあげただけかもしれない。
だが、ミルダは懸命に呼吸を整えようと胸を上下させている。
ミルダの動きを肌で感じながら、俺は目を閉じた。

こいつは馬鹿だが、俺も恐らく馬鹿なんだろう。静まり返ったベッドの上で、
突っ込まれたまま滑稽なことをしている。
もしかして、慣れないことをして本当におかしくなったのかもしれない。
だが、今はそれでいい。
自分でもなぜこんなことをしたのか分からないが、
これが一番妥当な行動だと思えた。
胸元に生暖かい液体が落ちる。それが汗か涙は分からない。
ミルダのかすかな嗚咽だけが響く部屋は、静かだった。

しばらくして、腕が少し痺れた頃、ミルダが泣き止む気配がした。
今度は穏やかな気持ちで目を開く。
先ほどより赤味のひどくなった瞳はしかし、もう涙は浮かんでいなかった。
耳を塞いでいた手をどける。

「リカルド……僕…」

「落ち着いたか?」

上半身を持ち上げ、ミルダの頭に手を乗せる。
腹の中でミルダのものが捻じれ、圧迫感が増したが、構わなかった。

「お前の気持ちには答えられん」

蒼い目が揺れる。

「軽率に、俺も好きだ、などとは言えん。
お前も、そんな口先だけの言葉が欲しいわけではあるまい?」

ミルダの頭が曖昧に揺れる。

「けれど、嫌ではない。好意は嬉しい。……今はそれだけしか言えん」

嘘を言うことは簡単だ。それをさも本当のことのように言うことも。
だが、それだけはしたくはなかった。
その結果ミルダが悲しもうが、それはミルダの勝手だ。
ミルダが乗り越えるべきことだ。
俺はせめて、ミルダが一人で泣くことがないようにそばに居てやるだけだ。
受け入れることは出来ないが、受け止めることは出来る。

「怒らないの?」

「怒ってない。少し……少しだけ呆れたがな。……だが、怒ってはいない」

「続けても……いいの?」

「そうだな」

わざと考え込むように視線を上に逸らす。息を飲む気配がした。

「今からお前に突っ込み返してもいいなら、考えんでもないが」

チラと伺った顔色が、みるみる内に強張っていく。それを鼻で笑ってやり。

「と言いたいところだが、…今更交替も面倒だ。続けろ」

ミルダが安堵したようにと息を漏らす。
うなずき、俺の腰をつかむその手を払って、ミルダの顔を視線をやる。

「一つ、追加条件がある」

ミルダがきょとんと俺を見た。ことさら渋い顔を作ってやる。

「お前も剣士なら空間把握ぐらいしろ。
……さっきからガンガン頭をベッドにぶつけて、痛い」

小さく噴出したミルダが俺の腰を引き寄せると、
入ったままだったものが奥まで埋まり、思わず呻いた。


消毒液のにおいがする。
手の甲に巻かれる包帯の感触を感じながら、
俺は四肢を伸ばし、ベッドに沈み込んだ。
結局、あの後2,3度付き合わされ、情け無いことに、
指先を動かすのも億劫なほど疲労困憊していた。
水差しの水を与えられるままに飲み、顔を拭う湿った布を片手で払う。

「お前も休め」

ミルダは答えなかったが、すぐに暖かい体が横に滑り込んできて、
伸ばしたままの腕に頭の重みを感じた。

「ごめんね」

答える代わりに鼻で笑う。唇が重い。
5秒黙っているだけで眠れそうだった。
出来ればこのまま寝かせて欲しいのだが、
ミルダはまだ何か言いたいことがあるらしい。
顔に視線を感じる。言葉を選んでいる気配がした。

「ぼくがアスラだったら、もっと上手くやれたのかな」

「あ?」

目を開く。俺の腕を枕に上目で見詰める目。
「きっとテクニックも凄いに違いないよ。
あれだけモテるんだ、そうじゃないほうが可笑しい。
でも、その部分の記憶は戻って無いんだ。歯痒いよ。
今度はアスラ流のテクニックを身に付けてからリベンジ――」

「レイジングハントとスナイプゲイト、どちらがお好みだ?」

「怒らないでよ。本気なんだ」

「なお性質が悪いな」

額に張り付いた髪をかきあげながら、うんざりと答えた。

「俺を好きだと言ったのはアスラの気持ちか?違うだろう。
そもそもそんなことを口にするな。気持ちが悪い」

「僕はヒュプノスのことも結構可愛いと思ってるよ?フードとか」

「……マーダーショットもおまけせねばならんようだな」

流石に呆れてものが言えなかった。ミルダの頭の下から腕を抜き取り、
もぞもぞとシーツを巻き込んで背を向ける。

「眠い。そろそろ黙れ」

「もう、冗談だって!」

ミルダが俺の肩を掴み、引き戻す。
そう強い力はかかっていなかったはずだが、あっけなく転がされた。疲れている。
本格的にうんざりとしてきた俺の上に、ミルダがのしかかってきた。
顔を近づけて額を押し付ける。

「でも、半分は本気だよ。僕がもっと男らしかったら、セックスがうまかったら、
リカルドも僕のこと好きになってくれるんじゃないかなって。
本当にもどかしいんだ。早く大人になって、リカルドに似合う男になりたい。
もっと喜ばせたいし、包んであげたい。この気持ちは本当だよ」

ミルダの片手が、シーツの上に野坊主に散らばった俺の髪をすくい上げる。
愛しげに撫でて、照れくさそうに笑った。

「だから、5年…うぅん、10年待って。絶対僕のこと好きにさせてみせるから。
……ちょっ…と、自信ないけどね」

「その頃には、俺は立派なおっさんだぞ」

「関係ないよ、そんなの」

無邪気にミルダが噴出した。
まだじゃれつくミルダが、本格的にのし掛かってきた。
チラと壁の添え物と化しているライフルの姿を目の端で伺う。
調子に乗らせんのも教育のうちだろう。
――いや
軽く笑い、ライフルに手を掛ける代わりに、
顎の髭にキスを浴びせるミルダの頭を、強めに小突いておいた。


俺がおっさんになっても関係ないと言うがな、ミルダ。それはお前も同じじゃないのか。
なにも10年待つこともないだろう。今のお前の言葉は十分俺の心を打った。
だが、こいつにはまだ言わないでおこう。この気持ちが確信に変わるまでは。
それまではお前のそばでお前を見ていよう。
友と笑いあい、敵と戦い傷つき、打ちひしがれ、成長し、俺に馬鹿な睦言を言うお前を。
時間はまだまだあるのだから。




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