俺とミルダはベッドの上に向かい合わせて腰を下ろしていた。
組み敷かれるよりは緊張が和らぐだろうと、俺から提案したことだ。
ミルダは俺の足の間で、お見合いよろしく正座をし、緊張に唇を震わせている。
元よりミルダに積極的な行動を期待してはいないが、
このままでは二人して顔を突き合わせているだけで夜が更けるだろう。
早速ミルダの上着に手を伸ばす。
戦場用に丈夫さだけを追求した己のコートとは違い、ミルダの上着は仕立ての良い手触りがした。
ボタンに手を掛けると、慌てて自分で外すと申し出て来る。
それを手で制し、ボタンを外してやると、小さくありがとう、と聞えた。

「気を楽にして、俺に任せていろ」

上着と同じく滑らかな手触りのスカーフを解くと、白い首元が露出した。
俺もベルフォルマやアニーミに顔色が悪いとたびたび揶揄られるほどには色白だが、
ミルダのそれとは毛色が違う。
俺の病人のような顔色とは異なる、白さの向こうにかすかに桃色を刷く、日焼け慣れしていない肌。
シャツのボタンに指を掛けながら、華奢な首筋に鼻先を埋め、あくまで軽く吸う。
跡を残す気はない。せめてもの配慮だ。

「ん、ぁ…、リ、リカルド……っ」

ミルダがくすぐったそうに身をよじり、両手を俺の肩について僅かに身を離す。
「その、服を脱がせるのもいいんだけど、ていうか、脱がなきゃいけないんだけど、

 えっと、他に、あの……」

妙に歯切れが悪い。なんだ?

「はっきり言え」

「普通は、脱ぐ前に……ほら、あるじゃないか。その…やるべきことっていうか」

――あぁ
なるほど。そういうことか。
思わず笑い出しそうになった。
こいつのこういうところが、素直に愛しいと思う。

「分からん」

「だから…!」

ミルダが口を開いた瞬間、さっと首を伸ばし、素早く唇を掠め取る。

「これでいいか?」

呆然とした顔に笑ってやる。ゆっくりミルダの顔色が変わった。

すぐに自分を取り戻したミルダが、火山が噴火したように文句を言い立てて来る。
ファーストキスだったのにやら、いきなりはひどいやら、女のようなことを言いながら、
どうやら照れているようだ。風邪を引いたように顔が赤く、蒼い目が潤んでいた。
俺は構わず、ミルダの服を脱がすことに専念した。シャツのボタンを外しきる。
思い出したように、ミルダの指が俺の上着の袖を掴んだ。
すがり付いているのかと思いきや、どうやら俺の服を脱がそうとしているらしい、
しきりに引っ張っている。
ミルダはミルダなりに積極的に動こうとしているのだろうが、かえって動きづらい。
自分でスカーフを毟るように取ると、上を脱ぐ。
纏めてベッドの下に落とし、視線をミルダに戻すと、じっと俺の胸の辺りを見ていた。

「気になるか」

「え?」

「傷跡」

古いものもあれば新しいものもある傷跡の中でも、
比較的目立つだろう、胸元付近の銃創を示す。

「あ、……うん。どこで付けられたの?」

生返事だと気配で気付いたが、
別段問いただすことでもないので質問に答えることにした。

「ガラム。5年ほど前か」

「触っていい?」

遠慮がちに聞いてくる。軽く苦笑をきざみながら、
ミルダの手を取り、胸元まで導いた。
ミルダは少し驚いたようだったが、すぐに珍しそうに銃創を指の腹でなぞり出した。
大事なものを触るような手つきに若干のくすぐったさを覚える。
制しようと手を伸ばしかけたとき、ミルダが乳首に触れてきた。
思わずぎょっとして、その手を掴む。

「おい」

「駄目?」

上目遣いで俺の顔を伺いながら、胸に顔をくっつけてくる。
乳首に生暖かいものが触れ、眉を寄せた。
こいつは、服を脱ぐのすらキスをするのさえ恥ずかしがるのに、
どうしてこう時折大胆な行動に出るのか。
神経が細いのか太いのかまるで分からない。
胸元に顔を埋めるミルダの頭を眺める。
まるで、出もしない乳を探して雄犬の腹を弄る子猫だ。
――寂しいのかもな
引き剥がそうと伸ばした指先を、
俺の胸元に顔を埋めるミルダの後頭に、そっと添える。
途端、ミルダが乳首に歯を立てた。
(……っ)
髪を掴んで額を引き戻す。

「調子に乗るな。いい加減にしろ」

「気持ちよくなかった?」

ミルダの顔は不安そうでも、不満そうでもあった。

「ない。くすぐったいだけだ」

軽く頭を小突いてやった後、ミルダの二の腕に触れる。
滑らかな肌には真新しい傷がいくつも刻まれていた。
いずれも癒えかけのようで、俺のように跡を残すものではないだろう。
ピンク色の切創をなぞり、全治一週間程度だな、と職業柄いらんことを考えながら、
もう片手でミルダのズボンの前を開ける。
触れた二の腕の筋肉が緊張した。

「リカっ…!」

「黙れ」

下着越しにミルダの股間に触れる。すでに熱を持っていた。
形を確かめるように、上から下になぞり上げると、ぶるりとミルダの腰が震えた。

「まだガキだな」

わざとらしく声を落として囁いてやると、カッとミルダの頬が朱に染まった。
文句を言われる前に、下着をずり落として下半身を露出させる。
先ほどのお返しにからかってはやったが、
それほど同年代の少年に比べて劣っているようにも見えない。
顔からしてもっと可愛いものが飛び出してくると思っていたのだが。
ミルダの陰茎に手を添えると、一層顔を赤くして俯いた。
他人に見られるのはもちろん、触れられるのも初めてなのだろう。
一瞬苛めてやりたい気持ちに駆られたが、ここはぐっと我慢をしておく。

「っ…!」

むき出しになったそれを上下に扱く。
形の良い唇が甘ったるいと息を付き、両手で俺の腕を掴む指は力が無い。
陰茎のくびれた部分を、猫の喉を愛撫するように撫でてやると、白い背が仰け反る。
初めての快感を持て余し、助けを求めるように切羽詰った目で俺を見詰める。

「大丈夫だ」

ミルダの頭を引き寄せ、胸板に鼻先を押し付けさせる。
荒い息を肌に感じる。見下ろす耳朶が茹でられたように赤い。
雫を滴らせる先端を指で引っかいてやると、泣きそうな声を出した。

そろそろか。
潤滑液を探してベッドの上に目線を走らせる。
むろん普通の宿屋の普通の部屋だ。そんなものは置いてはいない。
ここは一旦ミルダに放出してもらって、と考えたとき、思い出した。
今日パーティで道具屋に買出しに出たときに、
グミ類と合わせてなんとはなしに買っておいたトリート。
あれならいけそうだった。ベッドから片足を降ろし、
アイテム類を整理した袋を引き寄せる。
アイテム管理は俺がしている。
トリート一つ分の不足ぐらいつまびらかになることはないだろう。
とはいえ、後日自費で補充する必要はあるだろうが。
袋の端に突っ込まれた瓶を引き出す。コルクの蓋の下に紫色の液体が満ちていた。
瓶を軽く揺する。たぷんとたわむ液体は、それなりの粘着性を持っていそうだった。
ミルダが首を捻り、その瓶を見つける。

「なに…?」

「そろそろ挿れる。もったいないとは言うなよ」

トリートの蓋を開ける。グレープの匂いが流れ出す。
ミルダが慌てたように身を乗り出して来た。
俺のズボンの前に屈み込み、ベルトを外そうとしている。
丈夫そうな金具を弄って四苦八苦するミルダを見下ろしながら、俺は眉を寄せた。

「俺はまだいい」

「え?」と、不思議そうにミルダが顔を上げる。
全く状況が把握できない、といった目。
……まさかこいつは、男同士がセックスをするときには
専用の穴が開くとでも思っていないだろうな。

「潤滑液に使うんだ。肛門を慣らすのに時間がかかる」

「だったら尚更じゃないか。脱いでよ、下」

「は?」

今度は俺が不可解な顔をする。
かみ合わない会話に不気味ささえ感じた。

「ちょっと待て。……なにを言っている?」

「だから、慣らすのに時間がかかるんでしょ?」

「尚更俺が脱ぐ必要がないだろう」

「なに言ってるの?」

「お前を、慣らすために、なんで俺まで……脱……」

ちょっと待て。何かがおかしい。
ある考えが、あまりに不吉な予想が俺の脳裏に過ぎる。いや、ありえん、ありえんが……。
平行線の押し問答に業を煮やしたように、ミルダが眉を吊り上げる。

「なんで僕を慣らさなきゃいけないの?逆だよ。僕は……」

ミルダが下唇を舐めて、言葉を一旦区切る。
やめろ、言うな。
その間に心の中で念じるが、ミルダには届かない。

「僕はリカルドに抱かれたいんじゃなくて、リカルドを抱きたいんだよ?」

悪い予感ほど的中するというのは本当だった。

電流が走った。眉間に皺を寄せたまま、石像のようにぴくりとも動けない。
ミルダが妙に真っ直ぐな瞳で見詰めてくる。
コバルトブルーの瞳は不可思議なものを見る色に満ちていた。
普通、逆だろう、とやっとのことで言葉を搾り出した俺を、
ミルダはさも妙なものを見る目で見詰めた。

「何でそうなるの?普通」

お前の普通の概念はどうなっているんだ。

「僕は最初からそのつもりだったんだけど…」

今度こそめまいがした。


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