ルカの大冒険

ルカの大冒険




もう陽が傾きだしている。
夕日を浴びながら、僕は無骨な岩の上に腰かけて釣りをしていた。
朝起きてからずっと釣り糸を垂れているのに、魚は一度もかからない。
ぐ〜っと、古典的な音を立ててお腹が鳴った。
いつもならその音を聞きとがめられていないか辺りを見回すところだけれど、
僕はぼうっと釣竿を握ったまま動かなかった。

だって、あたりに人気はない。もっともそれはこの周囲だけではなく、
この島のどこを探しても人なんてのは――僕一人意外――誰も見つけられないだろう。

そう、僕は漂流者だった

スパーダと休みを合わせて、旅の仲間を訪ねてまわる大旅行の最中だった。
最初にイリアと、サニア村に移住したエルのところに行って、
それからアンジュと、ついでにアルベールさんの待っているテノスに行き、
最後にリカルドが居るグリゴリの里を訪れるはずだった。

僕が四人分の手紙を書いているとき、スパーダが、リカルドには内緒にしよう、と
持ちかけた。あのおっさんのことだから、手紙で知らせても、そっけなくあつかうだろう、
だからいきなり顔を見せてびっくりさせたほうが楽しい、と。

僕はもちろん、この作戦に同意した。
だから今も、リカルドは僕が無人島に流されているなんてことはもちろん、
僕が来るだろうなんてこと、夢にも思ってないだろう。

サニア村に着いたときは楽しかった。
エルとコーダは嬉しそうに歓迎してくれたし、イリアも無愛想にねぎらってくれた。
文句を言うスパーダに、僕は、イリアは照れてるんだよ、と言った。
すぐにイリアが僕を殴ったけど、僕は久しぶりにイリアに怒られて嬉しかった。

二日ほどサニア村に滞在して、次はテノスに行った。
アンジュとアルベールさんの屋敷を訪ねる。
僕の家よりずっと大きな屋敷で、メイドさんが色々と世話をしてくれて、
スパーダは慣れてた様子だったけれど、僕は少し気恥ずかしかったのを覚えてる。
テノスにも二日ほど滞在した。
一日目はアルベールさんの姿は見えなかったけど、
二日目には駆けつけてくれて、わざわざ僕らのために新しい飛行船まで動かして、乗せてくれた。
青い空と白い地上の間で、僕とアンジュとスパーダは、色々なことを話した。
といっても、だいたい僕かスパーダがしゃべっていたのだけれど、
アンジュは楽しそうに僕たちの話をうなずきながら聞いてくれていた。


そして、最後にグリゴリの里に向かう途中の船で、嵐に遭遇した。
船室のベッドに寝転がっていた僕を叩いたのは、船底から響くような縦ゆれだった。
僕はベッドから転がり落ちて、頭をしたたかに打った。
すぐにスパーダが素早く外に飛び出し、階段を駆け上がっていった。
僕は足をもつれさせながら立ち上がり、彼を追いかけた。
扉を開いた瞬間、はげしい雨風が僕の体をたたきつける。
僕は海水に痛む目をこじあけて、スパーダの姿を探した。

彼は屈強な船員たちに混じって、ロープを握っていた。
海軍で習ったことなのだろうか、彼は手際よくロープを引いて、大声で船員たちと何か
専門用語を叫びあっていた。僕は柱にしがみつきながら、それを見ていた。
それから、やにわにスパーダの帽子が強風にあおられて、頭から飛んで行くのが見えた。

――あ、海に落ちる

僕は反射的に彼の帽子をつかんでいた。
その瞬間、船が大きく傾いた。
柱から片手がすべって、体が甲板を滑り落ち、僕は海へ転落した。
海の中でもがく僕に、スパーダが何かを叫んで、すぐに浮き輪をいくつも投げ入れてくれた。
必死にもがいて一番近い浮き輪を掴もうとしたけれど、浮き輪は遠くなっていくだけだった。
僕は高波に揉まれて、海中に叩き込まれた。



気が付いたときには、僕は見知らぬ浜辺に流されていた。
下半身がどっぷり海につかっていて、寒かった。
僕はまず服を脱いで、海辺の岩の上にひろげた。

それから、僕は鳥肌の立った二の腕をさすりながら、辺りを見回した。
人工物が何もなかった。僕は直感的に、ここは無人島なのか、と思った。

そのときの僕は、大して危機感を感じていなかった。
嵐の中で海に落ちたのに、命があることに感謝すらしていた。
それにすぐ、スパーダが船に乗って僕を助けに来てくれるものだと思っていた。


でも、夕方になってもスパーダは迎えにこなかった。
僕はだんだんと不安になってきていた。
誰もいない砂浜は、波の音だけが響いていて不気味だった。
時折、背後の密林から、正体の分からない動物の鳴き声が聞えて、僕はそのたび飛び上がった。


――ひょっとして、洒落にならない状況になったのかもしれない


僕はやっと、自分の状況を理解しだしていた。





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