ルカの大冒険2






夜になった。
僕は、するどく切り立った岸壁に掘られた洞窟の中で、寝転がっていた。
すぐそばでは小さな焚き火の火種がパチパチと音を立てて爆ぜている。
結局魚は釣れなかったので、僕はありあわせのもので食事をした。
といっても、パンやスープなんてものはもちろんないので、
ジャングルの中に入った際に見つけたキノコや山菜などだ。
海水で洗ったキノコはしょっぱかったけれど、川を探しに行く勇気はなかった。
転生者の力を失って以来、僕の身体能力は普通の少年、
いや、運動音痴な15歳の少年のものに戻ってしまっている。

――もう、16歳だけど

僕は、誕生日に出てきた一羽まるまるのにわとりの照り焼きと、
大きなホールのケーキを思った。
母さんが、やさしく微笑んでくれた。
父さんが、プレゼントだと言って立派な万年筆をくれた。
これほど両親の顔が見たいと思ったのは、あの旅以来だ。
あのときは仲間がいたけど、今の僕は一人ぼっちだ。

僕は思わず涙ぐんだ。
我慢しようと唇をかんだけど、すぐにさらさらした鼻水が垂れてくる。
無人島に流れ着いて三日間、誰とも会話してないせいで、僕はよわくなっていた。

――リカルド

今すぐリカルドに会いたかった。
あの長い腕で抱き締めてもらって、大きな手で頭をなでてもらいたい。
彼にキスしたい。わがままを言って叱られたい。
彼を抱きたい。耐えるように目を伏せる彼の顔が見たい。


なんで僕はリカルドの元に行くのを最後にしてしまったんだろう。
よく弁当の最後に好物を残してエディにとられてたじゃないか。
僕はやっぱり、運がよくない。


僕は鼻の下をぬぐって、ヤシの実に飲み口を開けた特製の水筒に手を伸ばした。
この島はスコールがよく降るので、飲み水には困らない。
僕は水筒に口をつけ、一口だけ水を飲んだ。
少しだけヤシの実の味がした。
再びごろりと横になる。適当に草を敷き詰めただけのベッドはかたかった。
スパーダやイリアだったら、大声で文句を言ってるだろうな。

スパーダ。スパーダは無事なのかな。
彼のことだから、僕みたいに海に落ちるなんて失態はしないだろうけれど、
きっと僕のことをものすごく心配してる。
僕は申し訳ない気持ちになった。
やっとスパーダが、きびしい海軍の上官に頼んで休みをもらってきてくれたのに。
結局彼の帽子も溺れている間に手放してしまった。
一応浜辺を歩いてたどり着いていないか探してみたけれど、
あの見慣れた帽子はどこにも転がってなかった。

父さん、母さん、リカルド、スパーダ、みんな。
誰でもいいから今すぐ僕に顔を見せて、声を聞かせてよ。
僕は祈りながら目を閉じた。



洞窟の外から降り注ぐさんさんとした日差しに顔を照らされて、僕は目をあけた。
無駄だと思って辺りを見回してみたけれど、やっぱりみんなの姿はなかった。

――一生ここから出られなかったらどうしよう

僕は考えてぞっとした。
そんなの絶対にイヤだ。
せっかく新しい学校に行って、僕にしてはうまく人間関係を築けてたんだ。
こんなところでおじいさんになるまで暮らしてたまるか。

僕は必ずここから抜け出してやる。

僕はまぶたをこすった後、キッと日差しをにらみつけた。
洞窟からのぞく空は腹立たしいほど青い。

そうだ、僕は漂流者なんだ。漂流者は自分だけの力で生きていかなくちゃならない。
こんなところで、助けを待っているだけじゃいけない。
僕は決意も新たに拳をにぎりしめた。



僕は粗末な朝食をとった後、ジャングルへ向かっていた。
とにかくこの島の全容を把握しなくちゃいけない。
今僕は、浜辺のヤシの木に巻きついていた蔦で作った紐を手に、
水筒と一応の食料を腰から下げて歩いていた。

段々漂流者っぽくなってきたぞ。

こんな状況なのに、僕はちょっとだけわくわくしていた。
いったん開き直ってしまえば、僕は強気だ。
そうだ、僕は漂流者だ。漂流者は強くなければならない。
ひげでも生えてればもっとそれっぽいんだろうけど、
あいにく体毛が薄いせいか、僕の顎は何度撫でてもつるつるしているだけだった。


不意に、僕の後ろからガサガサと物音が立った。
僕はびくっと飛び上がってしまったが、次の瞬間には気を持ち直していた。

――僕は強い漂流者、大丈夫、僕は強い、強い!

心の中で呪文を繰り返す。
僕は蔦を、サニア村のカウボーイのように振り回しながら、音の聞えた方向を睨んだ。
ガサガサと茂みが揺れる位置が低い。
兎かな?久しぶりにたんぱく質が取れるかもしれない。
見事捕まえたら、丸焼きにして食べてやる。
この武勇伝をリカルドに話して、よくやった、と誉めてもらうんだ!
僕は先制して茂みの中に飛び込んだ。


その瞬間、ぶに、とヘンなものを踏んだ。少しぬるぬるしている。
僕は固まって、ゆっくり視線を下に降ろした。
てらてらと光る太い腕のようなものが地面に横たわっていて、僕はそれを踏んづけていた。
兎はどこにもいなかった。


蛇だった。それも絵本でも見たことがないような太い胴を持つ大蛇だった。
大きな頭が僕のほうを振り返って、不機嫌そうにチロチロと二つに割れた舌を出した。


「ヒィイイ!ご、ごめんなさい〜〜〜!!!」


僕は蔦のロープを放り投げて、一目散に逃げ出した。
僕の後ろを大蛇がしゅるしゅると俊敏に追いかけて、鋭い毒をもつ牙で狙っているような気がしたけど、
本当のところは分からない。必死で振り返るヒマもなかった。


逃げる僕の足が、がつっと何かにひっかかった。
僕は足をもつれさせて、派手に転んだ。
瞬間、ぼふっと僕の顔がやわらかいものに沈み込んだ。

――窒息する!

僕は恐慌状態におちいって、激しくもがいた。
ふかふかしたものに両手をついて、ぷはっと顔を上げた。
必死で息を吸い込みながら、僕は信じられないものを見ていた。


僕が顔をうずめていたのは、虎の腹だった。


「うわ〜〜〜〜〜ッ!!!」


僕はぱっと立ち上がって、顔の横で手を振った。

「ちちち、違うんです違うんです!そそそんなつもりじゃなかったんです!ひぃい!」

虎がうっそりと立ち上がり、僕の鼻先に顔をちかづけた。
僕は蛇ににらまれた蛙のように硬直した。
僕と虎はしばらくにらみ合った。
逃げ出したかったけど、目をそらしたら首筋に噛み付いて来る気がして、動けずにいた。

――どうする、どうする!そそそ、そうだ、示談だ、示談を申し込もう。あぁっ僕の馬鹿!相手は虎だぞ!

冷や汗を流しながらぐるぐると考える僕を睨んでいた虎が、
やにわに、ガウ!と低い唸り声を上げた。
その瞬間、僕はとびあがり、その勢いでしゃにむに走り出した。

「しっ、失礼しました〜!」





しばらくして、僕はジャングルの大きな木の根元に座り込んでいた。
無茶苦茶に走ったせいで、すでにここがどこかもわからない。
虎は追ってこなかった。大蛇も。お腹がすいていなかったのだろうか。

でも、僕はお腹がぺこぺこだった。
あんなに走り回ったのに、朝から何も口にしていない。
水筒もどこかに落としてしまって、僕は水ものんでなかった。
喉がからからに渇いているのに、熱帯の気温は僕の体から容赦なく汗を搾り出させる。
僕は空腹と渇きと疲れに、ぐったりと横たわった。

――死ぬかもしれない

僕は虚ろな意識でそう思った。
僕は探検者気分だった自分を激しく後悔していた。

もうだめだ。僕は強い漂流者になれなかった。
僕はジャングルから抜け出せずに餓死するんだ。
さっきの虎か蛇か、もしくはもっと危険な猛獣に襲われて食べられてしまうんだ。

あぁ、遺書を書いておけばよかった…。
そうしたら、いずれ誰かが発見してくれたかもしれないのに。
でも、もう遅い。疲れきってて指がうごかせない。

父さん、母さん、リカルド、スパーダ、みんな、ごめんね…。
僕のこと忘れないでいて…。

残った骨は、海が見える小高い丘に埋めて欲しい、な…。

僕はほとんど失神する勢いで、その場に昏倒した。





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