幸せ5






少年たちを戦い半ばで見逃そうとしたリカルドに、ハスタは襲い掛かった。
リカルドはわずらわしそうだったが、あまり驚いた様子ではなかった。
こうなることもあるだろう、と予期していたのかもしれない。

そこで、ハスタは負けたが、しかし、上機嫌だった。
今日の出来事で、ハスタがただ一つ恐れていた、一つの事態が消失した。
それは、前世と、転生の事実を知ったことによる。


西の戦場で出会った彼らは、間違いなく、天界に存在した神々の生まれ変わりだ。
ずいぶん様変わりしているようにも見えたし、あまり変わっていないようにも見えた。
それは、ハスタにはわからない。

しかし、自分に関して言えば、ゲイボルグとハスタは、同じ魂を持っていた。
前世と自分との間に、明確な境目などないように思える。

ゲイボルグの魂も、誰か、もしくは何かから、転生したものかもしれない。
前世の前世があるのだとすれば、その魂もきっと、己と同じ魂であるにちがいない、
とハスタは思った。
そしてそれは、来世においても同じである。

ハスタがゲイボルグの魂そのままに転生したように、
ハスタの来世もまた、その魂のまま、生まれてくるにちがいないのだ。

ハスタがただ一つ倦んでいた摂理、
”死”という終わりの意味が、なくなったことになる。
ハスタはハスタのまま、永遠に存続することができる。



そして、黎明の塔で、ハスタは死んだ。

リカルドたちの前に立ちはだかったハスタは、ついに、打ち倒された。
もはや、逃げる場所も、余裕もない。ここが死にどきだ、とハスタは思った。

四肢は刃によって傷つき、銃弾が内臓を抉り、あらゆる魔法が皮膚を焦がし、ただれさせた。
足の腱が切れ、筋肉は深く傷つき、もはや立てないだろう。
そしてなにより、流れ出すおびただしい血の量が、間近に迫った死を予感させた。

ハスタは上半身を僅かに起こし、今、自分を死へ追い込んだものたちを眺めた。
リカルドと、名前は覚えていないが、いずれも手ごわい使い手だった者たち。
彼らにうらみはない。くやしくもなかった。
六対一とは言え、負けたのだ。つまり、自分が弱かっただけのことだ。
そして、自分よりも強い人間がいるということは、よろこばしい。

今、ハスタはここで死ぬが、次に転生したとき、また彼らの転生体と出会えるかもしれない。

そして自分の転生体は、またハスタと同じ魂を持って生まれてくるのだ。
この後、彼らがマティウスを倒し、なにをするのか、ハスタは知らない。
しかし転生の輪廻が絶たれるということは、あるまい。
もしかしたら、彼らは力を失い、来世では何の力もない者として生まれてくるかもしれない。
戦いの心得さえない、そう、自分が今まで造作もなく殺してきた、
あの、”殺しやすい虫”たちのように。

しかし、一人だけ、そうはならないだろう、と予感させる男がいた。
彼だけはきっと、何度うまれかわろうとも、武器を片手に、自分の前に現れるだろう。
手ごわい敵として出会い、殺したり、殺されたりするだろう。
そしてきっと、そのとき自分は、これ以上なく楽しんでいるにちがいない。

(幸せだ)

ハスタはなみなみと満たされた気持ちで、目を閉じた。
深い闇が体をおおって、ハスタの世界は終わり、魂は形を変え、
ふわりと物質の隙間からこぼれおち、そのときを待った。
魂は、世界に再び殺人鬼が生まれてくるまで、そっと、色づきながら脈動していた。




















「馬鹿な男だ」

リカルドは、ハスタの亡骸を見下ろして、つぶやいた。
その目は、あわれな、ちっぽけな犬を見るような目だった。

「なぜ、普通の幸せがわからないのか」





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