たまには猫耳もいいよね・後編
たまには猫耳もいいよね・後編


「え〜、それでは……」

アンジュはこほんと咳をすると、横にあるカカシを掌で示した。
木材を十字に繋ぎ合わせた胴体に、砂を詰めた麻袋もボロボロの、それはそれはみすぼらしいカカシ(リカルド作)である。

「これから、猫耳が生えている状態で秘奥義を使ったらどうなるか。その実践検証を行いたいと思います」

ひゅ〜、と木枯らしが吹いている森の中で、アンジュは風の音に声がかき消されないように大きな声で言った。

ここはレグヌムの森、それもかなり奥まった一角である。
すでにその辺りを跳梁跋扈していたモンスターは、理不尽なレベル差でもってして一掃してあるので、うっかり森の深部に入り込んだ木こりかレグヌムの森に生えている希少価値の高い幻のキノコ(あるかどうかは分からないが)を採取しに来たキノコハンターでもない限り、あたりに人影はないはずだった。

「順番はさっき決めた通りで行きます」

カカシの横で腰に手を当てたアンジュは一同をぐるっと見渡した。
向かって左から、ルカ、イリア、リカルド、ヴリトラ、そしてスパーダの姿。
それは秘奥義を披露する順番でもあった。
一番手を押し付けられたルカはともかく、イリア→→→スパーダへの流れは、そのまま期待値の表れである。

あの死神やら剣やら巨大な竜やらが、猫耳をつけたらどうなるのか!?
そもそも、果たして覚醒時の姿にまで猫耳の作用は現れるのか!?

誰もがその疑問を胸に、緊張の面持ちで立っていた。

「では、まず始めに……」

ちらっと、仕切り役のアンジュがルカに目配せした。
当のルカはレグヌムが洪水で沈没したような顔をして肩を落としている。
アスラに並々ならぬ憧れを持つ彼にとって、この試みは苦痛にちがいない。
が、他のメンバーにとって、そんなことは知ったこっちゃなかった。

「はいはい、僕からね……」

隣と二つ隣に”やれやれ!”オーラを出している天敵が二人もいては、気の弱いミルダ少年は逆らえなかった。
がっくりと肩を落としたまま、カカシの前に立つ。
そして深〜いため息をついて、背負った大剣をすらっと抜き放った。ぎゅっと掌と顔に力をこめる。

「せいっ!やあっ!たあっ!」

バシ、ビシ、ボキッ!容赦なく大剣を打ち付けてゆく度に、哀れ、カカシの腕や胴体が削り取られて行く。頭に見立てた麻袋にいたっては、すでにボロボロの有様だ。

「はあっ、はあっ、はあっ……」

カカシ相手に攻撃を続けて数分。早くもルカの息が上がり出した。転生者として目覚めて身体能力が底上げされたといっても、そこは半引きこもり少年。たかが知れている。

「コラー!手を休めるな!ゲージが下がるでしょー!」

「わ、わかってるって!はあ!とう!えいやあっ!弧月閃!弧月双閃!烈風月華衝!」

再び、ビシ、バキ、ボカ。ジャキ、ドカ、ボカン。
そうこうしているうちに、ルカの体の周囲を取り囲むように、ビカーッと赤い輪が展開される。
覚醒ゲージが溜まった証である。

「おっ、溜まったぜ!おーいルカ!今だ!」

「分かった!はあああああ……!」

ビカァッと辺りが光に包まれる。
心なしか、ルカの顔がアップになって視界いっぱいにカットがインした錯覚さえ起こる。

「天を統べる覇者の証!魔王灼滅刃!」

ピカッと再び閃光が起こったとき。
そこに立っていたのは大きな剣を携えた、凛々しい大男であった。いわずもなが、センサスの勇将アスラである。
その彼は、身の丈を越さんばかりの剣を片手に、ボゴオオオ!ボゴオオオ!と爆炎をあげて、森のあちこちを焦がしながら右に左に走り回った。
当然、粗末なカカシは跡形もなく消し飛ぶ。

「ふーう……」

アスラ状態から戻ったルカは、額の汗をぬぐいぬぐい皆のほうを省みた。

「ど、どうだった?」

「う〜ん……」

ところが、他の四人は浮かない顔である。

「なんか、なあ……」

「動きが早すぎてよく見えなかった」

「え、えぇ〜!?」

これでは秘奥義の披露損である。ルカはのけぞった後、のけぞった分だけ肩を落とした。

「まあまあ、しょうがないわよ。アスラの場合、どっちにせよ角が邪魔で見えなかったろうし」

「じゃ、じゃあなんで僕にやらせたのさ……」

「だって、カカシ相手でも秘奥義が撃てるか謎じゃない?まずはそこから検証するべきだと思ったの」

「…………」

つまりは、実験の実験である。ルカはもう何も言えず、トボトボと四人の待つ輪の中に入っていった。
その間に、リカルドがテキパキと使い物にならなくなったカカシを回収し、新たなカカシを立てる。地味な裏方の作業を黙々と行使する姿はまさに年長者の鏡であろう。

「あ〜あ、ってことは次は私かあ……」

二番手、イリアが先に進み出る。
彼女はイナンナに対して好感情は抱いていないが、他の者がやるからには、自分だけ”ちょっとカンベン”というわけにはいかない。乗り気ではないが、さっさと終わらせてやろうという気概いっぱいの顔つきである。

「おっ、そっか、次はイナンナか。あいつなら基本静止してるしな、多分確認しやすいだろ」

「そうねぇ。イナンナなら精神に有害を与える姿になることもないだろうし」

「むしろ一番面白みがないかもしれんな」

「あっ、でも僕は楽しみだな。イナンナの猫耳」

そんな自分勝手なことを言いながら、イリア以外四人はジリジリと後退した。

「……あのさ。なんで下がるわけ?」

「え?いや、だってなあ……」

「イナンナの秘奥義、なんかすごいじゃないか」

「えぇ、まるでメ●オだわ」

「巻き込まれたらかなわんのでな」

「あ〜そうですか〜そうですか〜。……な〜んだかなあ。私が悪口言われてる気になんだけど……。まあいいわ」

イリアはチッと舌打ちし、ホルスターからくるるっと二丁拳銃を抜き放った。
スパッとした動作で、拳銃をクロスに構える。この細腕でそんな構え方をして撃ったらえらいことになると常識ある人は突っ込むだろうが、そこは転生者、身体能力もろもろが底上げしているため、全然アリなのである。

「そら、行くわよ!さあ!せい!おら!チャージバレット!アサルトバレット!」

バンバンバンバン!前進。バンバンバンバン!前進。カカシとの距離が充分に詰まったとき!

「それ!フルコースよ!アストラルレイザぁあああ!!!」

どげん!とカカシの胴体をキックでへし折った後、容赦のない氷の弾が”カカシだったもの”に浴びせられる。その激しさといったら、ストレス解消にクッションを殴る動作を百倍過激にしたような素晴らしいものだった。

「じゃあやるわよ!永久の礎に虚無と消えよ!」

再び、ビッカァ!赤毛の少女の居た場所に、絶世の美女が立つ。

「おお!」

「見えた!」

さらっさらの髪の間から、確かに、確かに桃色の猫耳が見え隠れしていた!
しかし、走り出した秘奥義は止まれない!

「RV(ルベンド・ベイン)ウィッシュ!」

イナンナ(猫耳ver)に見とれる男どもの視界を遮断するように、すさまじい竜巻が舞い起こる。原型を留めていないカカシがぶわあっと舞い上がり、だからこの技の一番の”見せ所”であるメ●オの大群は何もない地面にドッカンドッカンと降り注いだ。
たちまち月面クレーターのようになった地面をバックに、赤毛の少女に戻ったイリアが振り返る。

「どう!?見えた!?」

「おぉ、見えた見えた!やっぱ覚醒時も有効なんだな、これ!」

自分の猫耳をひっぱるスパーダ。目先の好奇心が、己の身にいわゆる”萌えアイテム”が付いていることすら気にする余裕がないようである。

「うんうん、すっごく可愛かったよ!大人の女の人についてても可愛いんだね、猫耳って!僕、思わず見とれちゃったよ!」

「ルカ……アンタが言うと、な〜んかヘンタイっぽく聞えるんですけど?」

「えっ、そ、そんなつもりで言ったんじゃないのに……」

「う〜む、しかし……」

言い争う二人を尻目に、リカルドの青い顔が渋くなった。

「どうなさったんですか、リカルドさん?」

「いや……まさか本当に前世の姿にまで猫耳が影響を及ぼすとは……。半信半疑だったのだが。困ったな」

「あら?何が困るんです?」

「お前はハゲっぱちの死神の猫耳モードを見たいのか?」

リカルドの真顔に、アンジュは満面の笑顔で答えた。

「それはもう!とってもとっても見たいです!」

「…………」

「おーい、リカルド!次はお前の番だぞー!時間押してんだから、さっさとやれー!」

三番目のカカシを地面にぶっさしながら、スパーダが叫んだ。
森は焼き払われ、地面はでこぼこ。何が起こっているのか知らない民間人が後々この場を発見したならば「ついにガラム軍がこんなところまで!」と瞬く間に噂が広がることであろう。

「ふう……、しょうがないな」

リカルドはコートの中からライフルを取り出し、カカシに向けて構えた。コート内のどこのどういう部分にどうやって収納しているのかは、誰も知らない。聞かないのが優しさである。

「俺の秘奥義は範囲が狭いから下がらんでもいいぞ」

「あぁ、アンタの秘奥義って一番ショボいもんな」

「……………………」

リカルドは無言で銃口をカカシ(三体目)の頭部に据えた。相手はカカシなのだから別に急所を狙う必要などないのだが、そこは凄腕スナイパーで名が通っている男。職業病だと言い訳して見せ付けたいのだろう。

「行くぞ。ふんっ、はっ、止まれ!(マーダーショット)掃射!(ブルータスハント)全弾くれてやる!(レイジングハント)」

バババババババ、バババババ、ババババババン!
まるでライフルとは思えない連射技を披露した結果、射出した弾丸は一弾漏れずカカシの頭部に吸い込まれていった。最後の一発で、カカシの頭がぽーんと弾け、先に逝った二体のカカシを安置した”カカシ墓場”までぼっすんと吹っ飛んだ。

「やるぞ。良き来世を――E(エンドレス)トラジディ!」

三度目のピカッ!それが収まったとき、黒は白に反転していた。
黒いコートの男が白い装束の死神に変じていたのである。毒々しい紫色の鎌がいかにもおそろしげだ。
アンジュ以下四人は、そんな死神の頭部に生えた異物を観察せんとジッと目を凝らしたが、しかし――

「おい……」

「ちょっとお……」

あろうことかその死神は、ハゲ頭をローブで隠していて、肝心の”アレ”が確認できないのだった。
しかも、当の死神(リカルド)は、鎌を振り回している最中、さりげな〜くローブを手で押さえている。あれではチラ見えすらしない。
ヒュプノス(リカルド)は本来の姿に戻ると、スッパスッパとなます切りにされたカカシを眺めて、うーむと唸った。

「やはり、最後の衝撃波を当てるのが難しいな。だからと言ってあまり密着するとそれ以前の攻撃が当たらん。俺がヒュプノスならもっと実用的な――」

もっともらしい口調で語るリカルドの頭を、すっぱーんとイリアが叩いた。

「おい、痛いぞ」

「じゃかあしい!なーによアレ!なんも見えなかったわよ!」

「そうなのだそうなのだ!意味ないんだな、しかし!」

「そうや!卑怯やぞ!巧妙に隠しおってからに!」

「なんだと?聞き捨てならん。誰が隠したというのだ。俺は事前に”ヒュプノスのローブをめくってから秘奥義を繰り出せ”などという命令は受けていないし、そもそもいざ必殺の技を出そうと言う間際にそんな器用なことはできん」

「思いっきり手で押さえてたじゃん!」

「覚えがないな」

リカルドは表情を崩さずに言ってのけると、乱れたスカーフ(頭巾)を丁寧に巻きなおして黒い猫耳を隠した。

「あー……なんかシラけたわね。しょうがないわ。次、誰よ」

「あ、私よ」

アンジュがひょいと手を上げる。

「あ〜、ってことはオリフィエルか。これはちょっと面白そうね」

「そうねぇ。私も是非見てみたかったんだけど、この企画の最大の失策は、自分じゃ見れないってことよね」

己のことながら、この落ち着きよう。自分が元凶であることなどすっかり忘れ去っているようである。

「まあ、くさくさしてても始まらないわ。私のかわりによーく見ておいてね」

そう言うと、アンジュは袖からしゅるっと短剣を滑らせて手に握った。
カカシはすでに四対目。ここまで来ると、頭に見立てた麻袋にも、”へのへのもへじ”すら書かれていない手抜きっぷりである。

「よーし!えい、やあ、それっ!」

そして牧歌的な掛け声と共に、しゅぱぱぱぱっと剣閃が走る!
その光線を追うようにくるっと回転した彼女は手を伸ばし――!

「ローバーアイテム!」

その場に居た人物がずこーっとずっこけた。

「ご寄進、感謝しま……」

「なんでやねん!」

すかさずつっこんでくれる貴重な人材、エルマーナが大声を張り上げた。

「えっ、あっ!?……あ、あはは、ごめんごめん。つい”クセ”で……」

「どんなクセやねん!ほんまに聖職者かいアンタ!」

「ほ、ほんとよお。これでも聖女って呼ばれてたんだから……。コホン」

咳払い一つ。それは万国共通で、場を仕切りなおしますという合図である。

「せいっ!はあっ!えーい!牙連刃!当たって!(蛇咬牙突)」

今度は真面目かつ堅実にコンボを繋いで行く。流石に手数の多さではエルマーナにヒケを取らない小技タイプ、コンボゲージがぐんぐん上がる。

「行くわよ!これが…ラティオの光!(牙連光波刃)そしてぇ!天へと還る翼を…貴方に!」

ピカッ。青髪のぽっちゃり麗人は、癖毛もやぼったい長々としたローブをまとった軍師オリフィエルへと変じた!

「あっ、やっぱあった!」

「うっわあ、似合わねぇ〜!」

「いや、意外とアリじゃない?私は結構好きだけど」

「えっ、イリアってああいうのがタイプなの……?」

「ミルダ、よそ見をするな。そろそろ来るぞ」

そう。前フリがあるからには、秘奥義が発動するのだ。
ぶわあっと、前方の広い範囲が真っ赤に染まる。

「鳳翼熾天翔!」

ズガガガガガガ、どごーん!
ギガンテスもかくやという威力が前方十数メートルの木々をなぎ払う。
もちろん、カカシ(四号)は爆散し、塵と消え行く。

「あぁ疲れた。……で、どうだった?」

額の汗を拭いながらアンジュが振り返ると、

「うーん、まあ普通やな」

「想像通りっつーか」

「意外性はなかったが、まあそんなもんだろう」

若干冷えた内容に、アンジュは気落ちもせずに肩をすくめた。

「まあ、そうよね。なんだかんだ言って人型ですし。というか、オリフィエルさんが一番人間っぽい姿してますし。というかぶっちゃけ人間そのものですし……。それより」

キラッと光る目がエルマーナとスパーダを見る。

「ほいほい、どうせ人型やありまへんよー」

「へいへい、どうせ無機物ですよー」

二人はやっぱり肩を竦めていた。
再度言うようであるがこの企画、本人が本人の姿が見れないのが一番の失敗である。スパーダなどはさぞ悔しいだろう。

「てなわけで、オオトリはスパーダ兄ちゃんてことで」

エルマーナが、ぴょんと飛び出た。

「うちは気楽にやるけどな。一応、よっく見といてなあ。なんせヴリトラ、ふっさふさやからなあ。でっかいし、どこに生えてるか分かったもんやないから」

「はいはい、了解してます。がんばってね、エル」

「あいよー。ほいなら、行っくで〜」

新たに設置されたカカシ(五号)を前に、エルマーナは肩こりをほぐすような仕草でぐるぐる腕を回した。そして、ぴしっ!そんな音がしそうなほど、パンチングスタイルを整える。

「ふっ、はっ、くらえ!連牙弾やー!ひえんれんきゃくー!そんでもって連牙飛燕脚やー!」

どこかのほほんとした口調ではあるが、やはり小型連打型性能搭載、素早いパンチと蹴りは目で追うことができないほどのスピードである。
ビシビシビシバシバシボキバキバキ!テンポ良くカカシをなぶる音が耳に心地よい。

「どらぁ!えらいの行くから下がっときぃ!”めっさごっついでぇ!”聖龍崩天烈!」

五度目のピカッの後、小柄の少女は”めっさごっつい”竜へと変化した!
ぶうわぁ〜っと上空に舞い上がる風圧で、カカシなどはすでに倒れそうになっている。
壮大な姿だが、下にいる者たちにとってはそうではなかった。

「おい、高ぇって!見ねぇよ!」

「ちょっ、降りてきなさ〜い!」

「エルゥ〜!?聞える〜!?おーい!?」

「いかんな、これを忘れていた」

「でも分かるよ。つい、いつもの調子でやっちゃうんだよね」

だが、エルマーナは五人が思っているよりは賢かった。というより、一番融通が利いた。
一旦舞い上がった巨体を上空で唸らせて、急降下してくれたのである。さすが精神年齢最年長である。

「おおおおおおおお!!!」

若者三人組がそろって歓声を上げた。

「きゃ、きゃわいい〜!」

アンジュが目を輝かせて手を組む。

「う、うむ、あれはちょっと……触りたくなるな」

巨大なヴリトラのこれまた巨大な頭部。ふさふさと虹色に煌く幻想的な髪の毛らしきものの間から、ぼんっ!と巨大な猫耳が生えていたのである。
その大きさといったら、大の大人がくるまって眠れるほど。それも、ヴリトラの上品な性格を現すかのように、上質な毛で覆われているようで、それはもう触り心地が良さそうな猫耳だったのである。

「うわあ、ちょっと、触らせてよ!」

「あ、俺も俺も!」

「あ、私も触ってみたいかな〜、なんて……」

「僕はむしろ包まれてみたい……。あぁ、アスラが羨ましい……」

ふらふらとヴリトラの元へ吸い寄せられる四人の前に、リカルドが立ちはだかった。

「おい、ちょっと待て!」

「あによ!私は巨大な猫耳をベッドに眠るのがちっちゃいころからの夢なのよ!?」

「ウソつけ!……ではなく、秘奥義がまだだ!ラルモ……というかヴリトラを見ろ」

「うげぇ!」

見上げたヴリトラ(エルマーナ)は、発散しそこねた秘奥義を口いっぱいに溜めていて、あろうことかハスキー犬に似た口の端々から、行き場をなくした”めっさごっつい聖龍崩天烈”がバチバチと漏れ出しているのである。
本人も相当苦しいにちがいない。その証拠に、あのヴリトラが全身に汗を浮かべ、ぷるぷると震えている。それはそれで可愛らしいのだが、そんなことを思う余裕がある者はこの場に誰一人としていなかった。

「うわああああ!!!に、逃げろ〜!」

「やばいやばい!」

「ご、ごめんね、エル!」

バタバタと、ヴリトラの下から蜘蛛の子を散らすように人間たちが逃げて行く。
その一瞬後。
どごあああああああん!と今日最大の大音声をもってして、森の中に新たな隕石激突疑惑現場が生まれた。一撃の大技だけに、威力も”めっさごっつい”のだ。
もしそこに居たならば、さすがの転生者といえども腕の一本か二本がえらいことになっていただろう。

「ぷっはあ……!きっつー!もう、兄ちゃんたちぃ〜!」

涙目のエルマーナが五人を睨んだ。五人は、こっぴどく叱られた柴犬のような面持ちで頭を垂れている。

「いや……なんていうか……ごめん」

「調子に乗ってました……」

「反省文書くよ……」

真顔で告げるルカの肩を、エルマーナが困り顔で叩く。

「いや、そこまではせんでええけどな……」

「う、うん。とにかくごめんなさいだけど、なかなかステキだったわよ、エル」

「うむ。思わずこの俺すらときめいた」

「あ、ほ〜お?なんやそう言われると、自分のコトのように嬉しいなあ。まあ自分のことなんやけど」

すっかりエルマーナの機嫌が直ったところで、一同の目が”オオトリ”へ向いた。

「…………はあ」

今回のオオトリことスパーダは、帽子を深く下げてため息をついている。

「なによ、ため息なんてついて」

「言わせるな。つーか何も言うな。分かってんだよ。どうせ、お前らさ……」

本日の”メインディッシュ”は顔を上げ、きっと一同を睨んだ。

「めっちゃめちゃ笑うだろ……?」

「うん」

「まあね」

「そらそうや」

「普通の秘奥義でさえちょっと笑うもの、私」

「恨むなら前世の自分を恨め」

「俺、お前らのそういうところ、すっげー嫌い!」

スパーダはくるっと背を向けながら、しかし立ち去ろうとはせず、二本の刀を抜き放った。
しつこいようだが、彼はヤンキー然とした質実剛健の男なのである。
他の者がやるのに自分は逃げる。そんな選択肢は、彼にはない。
悲しい性だがそれが騎士道。例え笑われる定めにあっても。
というわけで、スパーダは気持ちも新たに二刀を構えた。

「やってやらあ!せいっ!やっ!たあっ!散沙雨!秋沙雨ぇ!」

なんだかんだでコンボ数が多い技をセレクトするあたりからも、彼の性根の真面目さが伝わってくる。

「いくぜ!真空千裂破!そしてぇ!」

刀を(無駄に)クロスさせ、

「天、地、空、悉(ことごと)くを制す!神裂――」

今日最後の、ピカァ!次の刹那――

「だぁっはっはっはっはっはっは!」

「うひゃははははははは!」

「あはははは、ひっく、ぷははははははははは!」

「うふっ、ふふふ、ふふふくくく!はははははは!」

「くっ……、う……ぶふっ!」

「神裂――」

五者五様の大爆笑に、秘奥義の台詞がかきけされる。
彼らの涙でかすんだ視界には、淡い燐光も神々しい刀身を力強く繊細な黒金の装飾で包み込んだ――
”柄の部分にちょこんっと黄色い猫耳を生やしたデュランダル”が映っていた。

「し、し、し、神裂閃光斬あああ!!!」

しかし、一旦発動してしまった秘奥義は取り消せない。
それが更なる笑いを誘うものだと分かっていても、哀れデュランダル(スパーダ)は、グルングルンとカカシを切断しながら回転するしかなかった。
フィニッシュに、カカシの頭上から猫耳デュランダルがぐさっ。

「……………………」

そして、無機物から有機物の姿を取り戻したスパーダは、真っ二つになったカカシにもたれかかりながら、腹を抱えて転げまわる一同を、諦観の視線で眺めていた。


***********************************


その夜の宿屋の一室。
全ての発端……の発端になった部屋。つまりはエルマーナとアンジュの相部屋へと舞台は移る。

「あ〜おもろかったなあ、しかし」

「でしょう?たまには猫耳もいいよね」

「うん、たまには猫耳もええわ」

ベッドにこてんと寝転がりながら、エルマーナはうんと四肢を伸ばした。

「しっかし、スパーダ兄ちゃんには、悪いことしてもうたかなあ」

「あぁ、いいのよいいのよ、いっつもルカくんをからかってるんだから。今回はそのお釣りが来ただけよ」

「そーいうもんかいな」

「そーいうもんでんな」

言いながら、アンジュもぽすんとベッドに腰かけた。その頭には、猫耳どころか、動物の毛一本すら残っていない。
そのアンジュの頭部を寝っ転がりながら眺めていたエルマーナが言った。

「効力、意外と短かったなあ」

「えぇ、そうねぇ。一日って聞いてたんだけど、実質半日よね。途中トラブルもあったから、逆に助かったけれど。次に会ったときに、ちょっと問い詰める必要がありそうね」

「その、会う予定の人言うのは、やっぱり……」

「大人の事情」

「やな」

エルマーナは、腕をまくらにして仰向けになった。
天井を眺めているうちに眠くなる。うとうとする内に、はっとあることに思い至った。

「なあ、アンジュ姉ちゃん」

「あら、なに?」

細長い爪磨きで手先のお手入れをしていたアンジュが、ふっと振り返った。

「次会ったとき、言うたけど……次もなんか……」

「あぁ……」

そこまで言われて思い至ったようで、アンジュはぴかぴかに磨かれた爪の先を唇に当てた。

「考えてなかったけど、そうね。それもいいかしら。確か、十歳若返る薬……とかあったような気がするんだけど」

「あ、それええやん。きっとめちゃんこかわええでぇ。リカルドのおっちゃんの若い頃とか気になるし」

「うぅん、そういえばあの人幾つなのかしらね。っていうか、エル?いいの?」

「ほえ?なにが?」

ぽかんと口を開けたエルマーナに、アンジュがずいっと顔を近づけた。

「十歳も若返っちゃったら、エルなんて三歳になっちゃうのよ。次に私がエルを共犯者に選ぶかどうか分からないし、今回みたいなトラブルがあるかもしれないわ。いいのかしら?ヨチヨチ歩きになっちゃっても」

「うへあ!それはカンベン!やっぱやめといて。猫耳でじゅーぶんや!」

エルマーナはそれだけ言うと、がばっと布団をかぶった。
彼女が思うことはただ一つ。
”やっぱ、アンジュ姉ちゃんはおっそろしいなあ……”




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