We are THE バカップル10
10



とりあえず、アニーミを落ち着かせる必要があった。
喉がしまって息が出来ない。殺意すら感じる。
ラルモが間に入ってくれなかったら、泡を噴いて失神していたかもしれない。
やっと解放され、俺は買い物袋をそっと地面に置き
――卵が入っているんだ。やさしく扱わなくてはならない――2、3度せきこんだ。


それから、俺は至って論理的にこれまでの説明をした。
昼からクライアントと居酒屋にいたこと、真っ直ぐにスーパーに向かったこと。
そこでラルモと偶然に出会ったこと。
飲み屋のレシートとラルモの言質によって俺のアリバイが証明された後も、
アニーミは納得がいかなそうだった。
俺が話している間中、レーザーのような目で俺を睨んでいた。

「ったく、紛らわしいとこにいんじゃないわよ。
は〜、あんたじゃなきゃ一体誰だっての?
どっこの変態の仕業よ。あ〜もう、ルカのおたんこ!
あいつのことだから、飴でも貰ってホイホイ付いてっちゃったのよ!」

アニーミが、腕を組みながら、イライラと靴先でアスファルトを蹴った。
というかな、いくらミルダでもそこまで馬鹿ではないし、
そもそも、まず誤解したことを謝るべきだと思うんだが、まあいい。

「誰から手紙をもらったんだ?」

「知らないわよ。部活が終わって帰ろうとしたら、下駄箱に入ってたの」

ということは、学校関係者の仕業だろうか。
それも、無作為に投函したのではないなら、アニーミを知っている人間の可能性が高い。
ある程度目立たずに学校に侵入でき、アニーミと面識があり、ミルダに警戒されない人間。

……俺だ

いや、俺じゃないぞ。

「悪戯じゃないのか?」

俺は真っ先に思い浮かんだことを言っておいた。
それはそうだろう。なにせ”謎の男X”だ。
しかし、なぜ”謎の男A”では駄目なのだろうか。Xのほうがカッコイイからか?
考え込む俺をどう思ったか、アニーミが腕を組んだまま、肩をいからせた。

「悪戯にしたって性質が悪すぎよ!ったく、どこのどいつだ。
見つけ出したら全裸でスマキにして女子高のグラウンドに放り投げてやる!
この手紙見たときにそう心に決めてたのよ!」

俺がそんな社会的地位が失墜するような仕打ちを受けなくてなによりだ。

「ともかく、事件の可能性も…極少ではあるが、ないことはない。
念のために警察に届出でも…」

「あ、ちょい待ち!」

俺の言葉をさえぎるように、いままで傍観していたラルモが声を上げた。
俺とアニーミが一斉にラルモを見る。
ラルモは照れくさそうに鼻の頭を掻いた後、

「その手紙、あ〜…、なんやろな、そんなに悪意はなさそうやと思わへん?
子供の悪戯…ちゅーんはアレやけど、うん、まあ、たぶんそんな感じやって。
とりあえずその手紙の通りに色々してみてやな、進展がなかったら、それから考えたらええやん。
と、とにかく、色々やってみてやな、警察に届けるんは、その後でもええんちゃうかな〜…なんて」

と、へどもどに言った。

「そりゃあ…確かに、言われてみればそうだけどさ。
だからと言って、許せないわよ。
人の下駄箱にこんな怪文書ほうりこむだけで、じゅーぶん罪なんだからね!」

アニーミがまた苛立たしげな足踏みをした。
俺はと言えば、実は、それぐらいのことは、最初から承知の上だった。
つまり、手紙の主に悪意はない、あったとしても大したものではない、どちらかと言えば悪戯の範疇。
手紙の内容を聞いたときから、そう思っていた。
だから落ち着いていられたというのもあるが……。
そもそも、突き詰めて考えて見なくても、それぐらいすぐに分かる。
冒頭の台詞が”我々は悪者である”なんて誘拐犯からの手紙は聞いたことがない。
借りに誘拐だとしても、アニーミに手紙を寄越す意味がわからない。
同様の理由で、ショタコンの変態にさらわれたという案も却下だ。俺が想像したくない。

ではなんだ?

俺はうつむいて、思考を巡らせた。謎の手紙。うろたえたラルモの様子。
なぜ彼女が、謎の男X(仮名)をフォローするようなことを言うのだろう。
……ん?もしや。
俺はふとした思い付きに顔を上げた。

「ラルモ」

「ん?」

ラルモが俺の顔を見た瞬間、聞き覚えのあるBGMが鳴り響いた。
確か古畑任三郎のテーマだ。懐かしいな。お前、本当はいくつだ。

「あ、ごめん、ちょい待ち」

年齢詐称疑惑が残るラルモがパーカーのポケットから携帯を取り出し、
液晶画面を見て、少し驚いたような表情を浮かべる。

「げ、なんなあ…」

ラルモは俺たちから少し離れると、こそこそと背中を丸めて携帯を耳に当てた。

「もしもしぃ?なん?…うん、うん、ほんまに?うん…」

ぼそぼそ一言二言喋った後、チラ、と俺の顔を盗み見る。
なんだ。ばれてるぞ。

「う〜ん…、そういうことならしゃあないな。
ん、だいじょぶだいじょぶ。ほんまやって。
むしろタイミングよかったわ。…ん、ほなね〜」

ラルモはそう言って、携帯の電源を切った。
パーカーのポケットに携帯を入れながら、にっと歯を見せて笑う。

「ごめんな、おまたせ」

「誰からだ?」

「んっん〜、ヴリトラばあちゃんから。晩飯のことについてちょっとな」

俺はあえて、それ以上詮索はしなかった。

「んなことより、はよ行かへん?ひとまずその、なんとかライダーっての探そや」

「イノセンスライダー…か」

ライダーというからには、バイクに乗っていると考えて間違いない。
…そうだろう?古今東西、自動車を運転する”仮面ライダー”なんてものは見たことがない。
しかし、バイクに乗っている人間など、それこそ腐るほどいる。
その中からイノセンスライダーなる人物を見つけ出すことができるのか?
一目でそれと分かる…例えばやけに長く赤いマフラーでも身に付けているのだろうか。
そうでなければ、俺たちは駐輪場に陣取ってバイクに向かう人を見かけるたび、
「あなたはイノセンスライダーですか?」と声をかけねばならないだろう。
誘拐犯より先に俺たちが警察のお世話になるぞ。

「あ〜もうっ!めんどくさいめんどくさいめんどくさ〜い!
なんだって私たちがこんなことしなきゃいけないのよ!?」

まったくもって同感だ。
なぜスーパーに晩飯の材料を買いに来て、
聖なる戦士を集める旅に出かけないといけないのだろうか。

「つーか大体イノセンスライダーってなに!?
ださっ!センス悪!極悪!ありえない!
しかも更に腹立たしいことは、そいつを、この!この私たちが!
わざわざ探してやんなきゃならないってことよ!
用があんならそっちから出て来いつーの!」

それにも同感だ。ネーミングセンスの良悪のことではなく。
どうやってその顔も分からない人物を探せというのか。
難問をふっかけすぎではないか。この、謎の男Xとやらは。

「なあ、いっそ、大声で呼んでみたら出てくるんとちゃう?」

ラルモが能天気そうに言った。
俺はそんなわけあるか、と思ったが、アニーミのほうはそれがあったか!とばかりに手を打ち、

「それもそうね!わかった。エルつったっけ?あんた賢いわ!」

と言って、胸をそらし、あたりの酸素をブラックホールのように大きく吸い込んだ。
俺はとっさに耳をふさごうとしたのだが、間に合わなかった。
鼓膜を打ち破って脳まで刺さりそうな大声が、びりびりとスーパーの壁を揺らす。

「おーーーいっ!!!イノセンスライダー!出てッ来〜〜〜いッッッ!!!!!」



結論から言おう。



出てきた。

なにがだって?もちろん、イノセンスライダーがだ。

彼は頭文字Dも真っ青なドリフトでスーパーの駐車場に滑り込んで来た。
というより、転がり込んで来た。
彼はスーパーの角を曲がった瞬間、コケそうになったところを立て直し、
ゆるやかに蛇行して俺たちの前にバイクを停車させた。

「あんた…」

アニーミが目を丸くする。
ラルモも俺も似たような表情だろう。

「いきなりでけぇ声出すんじゃねえよ!」

その人物は自身も十分でかい声で怒鳴ると、フルフェイスのヘルメットを取り去った。
まだ幼さが残る顔立ちに、草の色に似た髪、常に何かに苛立っているような目元。
忘れるはずもない。砕けた窓ガラスの前で、アスラに取り押さえられていた男子生徒。
俺のマンションの目の前でハスタと言い争っていた少年。

俺はアニーミが体を乗り出しかけたのを手で制し、ベルフォルマの顔を見た。
間違いない。予感がした。

「お前がイノセンスライダーか?」

俺は、そう聞いた。
ベルフォルマは眉を盛大に歪めながら、ジャケットの懐から一枚の紙を取り出した。
見覚えのある紙だ。アニーミが持って来たものと同じ材質と見て間違いない。
ベルフォルマは、ぱらりとその紙の端を落し、

「不当だが、そういうことらしいな」

と不機嫌そうに吐き捨てた。
その紙の一番下には、大きな文字で、
”スパーダ・ベルフォルマことイノセンスライダーへ”
と書かれていた。


俺は横目でラルモの顔をうかがった。
視線に気付いたラルモと目が合う。

「な?呼んだら出てきたやろ。ヒーローってそんなもんやて」

笑った口元から、白い歯がのぞいていた。


戻る TOP 次へ


inserted by FC2 system