We are THE バカップル10
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「じゃあつまり、ルカ・ミルダってのは姉ちゃんたちの友達なん?」

広い額に浮かんだ汗を拭いながら、ラルモが言った。
もう6時半をまわったとはいえ、光線のような日差しの熱はアスファルトに宿ったままで、
茹るような熱気を足元からたちのぼらせている。

「うん、同じクラスなの。
どんくさいやつでさぁ、色々めんどう見てやってるってわけ。
ま、勉強はできるから、宿題忘れたときとか、授業であてられそうなときとか、
色々助けてもらってんだけどね。……あ、飲む?」

アニーミが、バックの中からスポーツドリンクを取り出して、揺らした。
ラルモが、ありがとさん、と言って、ペットボトルの中身をごきゅごきゅと飲む。

「それよりさ、エルつったっけ?あんた中学生でしょ。大丈夫なの?
こんな時間までうろついて、おばあさん心配してんじゃない?」

ぷは、とペットボトルから口を離したラルモが、快活に笑った。

「うん、まだ夕飯まで時間あるから大丈夫。
いったん関わってしもたし、放っとけんて。
それに、この先どー事態が転がってくか興味あるし〜。
めちゃおもろそうやん?」

「おもしろがる問題じゃねぇだろ」

彼女たちの隣、単車を手で押すベルフォルマが言いながら、ひょいと手を伸ばした。
ラルモの手からペットボトルを横取りする。
そして、三分の一ほど残っていた飲料水を、勢い良く飲み干してしまった。
アニーミが、げっ、と顔を青くした。

「ちょっと〜!やめてよ!間接キスになんじゃん!うえ〜!最悪〜!」

ベルフォルマがうるさそうに目をせばめた。

「うるっせぇな〜…。
別にお前みてぇなゴリラ女と間接でも直接でもなんとも思わねーよ。
そういうこと考えること自体たまってる証拠なんじゃねぇの?」

アニーミの周囲の温度が燃えるように上がった。
やめろ。ただでさえ熱いんだ、勘弁してくれ。
二人の間に挟まれた緩和剤、もといラルモが手をあげた。

「あ、でもうちの後やから、間接間接キッスやで」

「エルはいいのよ、女の子同士だから。あんたも怒んなさいよ。
よりによってこいつと間接キスよキス!うげ〜!後で口ゆすご!」

「姉ちゃんが口ゆすいでも関係ないやん」

「気分的な問題よ。あ〜ほんっと最悪。厄日だわ」

「てめぇ…そんなに最悪なら、もっと最悪にしてやろうか?あ?
おい、ちょっと口かせ。ブチュッとやってやろうじゃんか、えぇ?」

ベルフォルマが、ラルモの頭に肘を乗せながら、アニーミに顔を寄せた。
アニーミが向こう側の壁にぶつかりそうなほどの勢いでとびずさる。

「ギャ〜〜〜!近寄るなっ!キモイっつーの!」

「おい」

三人の視線が俺に集まる。
一番端で黙々と歩き続けていたが、もう限界だ。

「いいから早く歩け。時間がない」

三人が三者三様のありさまで、渋々と黙った。

(俺は遠足の引率教師か)

俺は汗でじとりと張り付いた背中の熱気を逃しながら、
うんざりと思った。





俺たち――アニーミ、ラルモ、ベルフォルマ、俺の四人だ――はとりあえず、
俺のマンションまで行くことにした。ミルダの安否を確認するためだ。
携帯が繋がらず、家の電話には出るなと言ってあるから、直接見に行くしかない。
ついにイノセンスライダーまで出てきてしまったが、
あの手紙が狂言という可能性も捨てきれない。
なにより、ミルダ探しに右往左往した結果、実は本人は家でのんびりテレビゲームをしていました、
というオチでは、さすがに俺も腹にすえかねる。
なにより、問題はアニーミだ。
その場で満月を見たサイヤ人のように凶暴化する可能性さえある。
全てが終わったとき、俺の仕事用の機材は半壊して転がっていることだろう。
とにかく、そんな事態を避けるためにも、ミルダの所在をある程度明らかにしておく必要があった。

「あれ?ここって…」

「ん?イリア姉ちゃん、どないしたん」

いざエレベーターに乗り込もうとしたとき、アニーミが立ち止まった。
エレベーターの設置された空間、広告チラシが無造作に突っ込まれた郵便ポストを眺め、
小首をかしげる。

「ここってマンションよね?ルカのやつ、寮に住んでるって聞いてたんだけど」

俺に電流が走る。
…そうだ、そのことについて考えていなかった。
うかつだ。俺としたことが、あまりの暑さにぼうっとしていたらしい。
一同の視線が俺に集まる。俺は冷や汗をかいていた。

「大体、よく考えてみれば、なんであんたがルカの家の場所知ってるわけ?
私でさえ知らなかったのに…、そんなに仲良かったの?いつのまに?」

アニーミの眉がみるみる間に不機嫌になった。

「……もしかしてストーカーじゃないでしょうねぇ?」

その目に再び敵意の光を宿したアニーミが、がに股で一歩進み出る。
…待て、一時間、いや、三十分くれ。うまい言い訳を考えてから出直す。
しかし、アニーミは待ってくれない。
”今すぐ事情を説明しないとリンチにした上に警察に突き出すぞ”という目で、
じりじりと俺との距離をつめてくる。
俺はアニーミがにじり寄った分だけ後じさりながら、もはや脂汗へと変容した
汗を垂れ流していた。

「いや…その、実は」

「実は、なに?言ってごらんなさいよ。ほら」

アニーミがその手に鞭でも持っていたならマゾの男性が喜ぶだろう口調で、
壁際に追い詰められた俺の顔を下からにらみつけた。
ラルモは能天気に、ベルフォルマは興味がないように腕を組んで、
その様子を見守っている。

「一緒に暮らしているんだ。ミルダと、俺は」

俺はしかたなく、正直に白状することにした。
仕様がない。嘘を言ったところで、家にあがればすぐにバレることだ。


予期していた通り、目の前のアニーミ火山が大噴火した。
スロー再生カメラで撮影しても残像しか映らないだろう素早さで俺の胸倉をとらえ、
身長差をものともしない腕力で締め上げる。

「……はあ?ナニそれ…?あっりえない!いつ!?いつからよ!?」

「夏休みが、始ってからだ。ミルダの両親も承知している」

「なんですって!?」

さすがに、ラルモとベルフォルマも驚いた顔をしていた。
目の前で天然拡声器搭載のアニーミがわめいているおかげで聞き取れないが、
なにか二人の間で、2、3言葉を交わしている。
俺は怒鳴られながら、俺とミルダがいわゆる恋人状態であることまで説明の余地があるか検討した。
もちろんそんなことはこの三人にわざわざ知らせたいことではないし、
ミルダはともかく俺にとって周知に耐え兼ねないことであることを懸案し、
両手が自由ならば頭を抱えたかったところだが、ともかく、焦っていた。

しかし、目の前の女子高生活火山は、思ったよりも早くその活動をゆるめた。

「…ふん、まあいいわ。あいつに直接聞くから。
…ルカのやつ、なんでそんな大事なこと、私に言わないのよ。
見つけたらふんじばってジックリ聞かせてもらおうじゃないの…!」

どうやら、その怒りの矛先は俺からミルダに移ったようだ。
俺はミルダに若干の同情を寄せながら、今度こそエレベーターに乗り込んだ。
あの、いつもの魚臭い密室に、定員ギリギリの四人がひしめく。
しかし、なんでいつも生臭いんだこのエレベーターは。

…ん?そういえば

俺はふと思い出した。
隣の家からほとんど毎日、魚料理の臭いが漂っていたことを。
犯人は彼だろうか。
確か、名前は……あー…ブタバルトだったか?
違う気がしたが、分からない。
どうでもいい。暑さで頭がおかしくなっている。



「ルカっ!いる!?」

自宅の鍵を開けた瞬間、アニーミが俺の脇をすりぬけて玄関におどりこんだ。
その拍子に玄関に並べておいた俺の革靴を盛大に踏みつけるが、一顧だにしない。
俺はスニーカーを脱ぎ散らかして部屋の中に上がりこむアニーミの背中に、
「勝手に色々触るな」と言っておいた。
もちろん、望みは薄い。
すでにあちこちからがしゃらがしゃらと物が倒れる音が響いている。
ゴジラでももう少しそっと家捜しをするだろうに。

俺はミルダ探しをアニーミに委ねて、冷蔵庫に向かった。
冷蔵が必要なものを買い物袋から取り出し、詰めて行く。
悠長なことを、と思われるかもしれないが、夏場だ。
ラルモの分もついでに詰めておくか。
しかし、最後に卵のパックをつめようとしたところで、背中にどんっと物凄い衝撃が走った。
後で気付いた。あれは、張り手だ。

「ちょっとぉ、いないじゃない!だあぁっ、結局無駄足じゃないの!」

アニーミが怒鳴りつけるが、俺はそれどころではなかった。
あ、と思った瞬間にはすでに遅く、卵が砕け散っていた。
その殻のはかなさと同様のひそやかな音を立て、しかし盛大に。
パックの中で黄身と殻がぐしゃぐしゃに散乱している。

――あぁ…卵が…

俺は預金を下ろし立ての財布を紛失したときの気持ちを10倍に薄めたような喪失感で、
卵のパックを拾い上げた。
そして、今後どんな事情があろうとも、
アニーミは二度と部屋にあがらせないようにしよう、と思った。
絶対に彼女にしたくない女だ。

「その様子やと、ルカとかいう兄ちゃん、おらへんかったみたいやな」

玄関口に立ったままのラルモが声をあげた。
不機嫌オーラを浮かべたまま、視線をラルモに向けた。

「いない!もぬけのからもいーとこよ!
どっかに隠れてんじゃないかと思って押入れまで空けてみたんだけど、
ついでにエロ本でも隠してないかと思ってあさってみたんだけど、それもなし!
ったく、腹立つわ!」

そうか、それはよかったな。そういう本やDVDは本棚の奥に押し込んである。
もちろん、カバーを偽装してだ。俺の嗜好がバレなくてなによりだ。

「とにかく、そのルカってやつがここにいねぇってのは分かったんだろ?
さっさと行こうぜ。時間がもったいねぇ」

腕を組み、玄関の壁に寄りかかって成り行きを見守っていたベルフォルマが言った。
今まで気付かなかったが、彼の素振りには、どこか落ち着きがない。
足をそわそわと動かして、焦れるようにイライラとこめかみを突付いている。
普段の彼を知らないのでそれがベルフォルマの通常なのかもしれないが、
どことなく焦っているようにも見えた。

「ベルフォルマ。そういえば、お前の手紙にはなんと書かれていたんだ」

ベルフォルマは、気まずそうに視線を横にそらした。

「じい…じゃなくて、ハルトマン…じゃねぇ。
…うちのジジィが、さらわれたんだよ。
つっても、こんな手紙の言うことだから当てになんねーけど。
別に用事もねぇし、一応探してやってるだけだ」

そう言うベルフォルマの目に、ちらりと焦りの色がよぎった。
なるほど、一応、な。

「おじいさんが誘拐されたかもしんないのに、それって冷たくな〜い?
あんたって意外と冷血漢だったんだ」

と、アニーミがからかった。先ほどとは裏腹に機嫌が良さそうだ。
この二人は、いいコンビになるかもしれないな、と俺は思った。

「ほんとの祖父じゃねぇよ。…その、色々面倒見てくれたじいさん。
…別に、俺のことはどうでもいいだろ。とにかく、俺ぁもういくぜ。
ルカってやつがいないって分かったなら、こんなとこに居る理由もねぇ」

と言い放つと、くるりと背を向けた。
俺の革靴を踏みつけ、玄関のドアに手を掛ける。
こんなところとはなんだ。結構家賃が高いんだぞ。

「あ、待って待って!」

ラルモが振り向き様に、やはり俺の靴を踏んで、ベルフォルマを見上げる。
最近の若いもんはナチュラルに人様の靴を踏むらしい。

「そない言うたって、あてはあるん?
そういやイリア姉ちゃんの手紙に、
イノセンスライダーが手がかりを知っとるとか、書いとったけど」

ベルフォルマが懐から三つ折りの紙を取り出し、ラルモの胸元に押し付けた。
アニーミが受け取ったものと同じ、あの怪文書だ。

「地図が書いてある。行きたけりゃ勝手に行きな。
これ以上おまえらのペースに付き合う義理もねぇ」

ベルフォルマはそう言いながら、しかし律儀に、じゃあな、と返して、去って行った。

「で、や。…どないする?」

ラルモが手紙を広げながら、俺とアニーミの顔を交互に見た。

「もっちろん、行くに決まってんじゃない!
リカルド、あんたももちろん来るわよね?」

有無を言わせない口調に疑問系を貼り付けるものじゃないぞ。
だが俺は、

「むろんだ。謎の男Xとやらの掌で踊らされるのは気に食わんが…。
こうなったら、さっさと終わらせる。
ふざけた真似をした代償というものを払ってもらわねば、な」

と、言っておいた。
俺は三人が話している間中、割れた卵の使い道を考えていたのだが、
そんなわざわざアニーミが大爆発するようなことを言う必要はどこにもない。
アニーミが形のいい唇を吊り上げて、挑戦的な笑みを浮かべた。
100万ドルの笑顔ならぬ、100万ドル払ってお引取り願いたい笑顔だ。

「ふふ〜ん、話が分かるじゃない。
そうよ!もう、ギッタギッタのメッタメッタにして、
夏休み中の私の送り迎えを命じてやるんだから!もちろん冷房の効いた車で!」

意外と小さい野望だな。

「そうと決まったら、さっさと行くわよ!
エル!リカルド!付いてらっしゃい!
イノセンスライダーより先に悪者たちを見つけんのよ!」

拳をぶんぶんと振り上げて、意気揚々とアニーミが出て行った。
彼女が文句を言いながらもノリノリであることは、もはや疑いようがない。
ラルモは全てを静観しているような、年に似合わない表情でアニーミの後に続いた。
俺はと言うと…

「まったく…」

一人、疲れていた。粉と砕けた卵のパックを台所に置く。

(誰の掌の上だ)

それは、大体もう、おぼろげながら分かっていた。
問題は、誰が黒幕で、どんな意図でこのメンバーを集めたのかだ。
不透明な部分は多い。

しかし、一つだけ分かっていることがある。

(誰の掌の上で踊らされていようと)

その手の持ち主は、とんでもなくアホな発想の持ち主であることを。


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