We are THE バカップル13
13



「ねえ、大丈夫?どうしたの?」

ミルダが再度問いかけても、俺は何も言えずにいた。
声を発する権限というものを奪い取られたように、一言もしゃべることが出来ない。
アニーミも同じだろう。ミルダを目にした瞬間、あまりの驚きと、そうだな、
「なんだそりゃ」という気持ちの狭間で、呆然としていた。
ベルフォルマも、俺たちの反応から目の前の人物がルカ・ミルダだと分かったのだろう。
様子を伺うように腕を組んで、俺たちの顔を交互に眺めている。
ともかく、この場で今、自主的に動こうとする人間はいなかった。
ただ一人をのぞいては。

「あんたが、ルカ兄ちゃん?」

ラルモが、横並びで立っている俺たちから一歩進み出て言った。

「う、うん、そうだけど…きみは?」

「うちは、エルマーナ・ラルモ。エルでええで」

「そっか。いい名前だね。よろしく、エル。……で」

ミルダはラルモににこりと微笑みかけると、再び俺のほうを見た。

「なんでリカルドとイリアが一緒にいるの?」

言いながら、ちら、とベルフォルマのほうへ視線を動かす。
その目にわずかに怯えが走った。苦手なタイプなのだろう。
そう怯えるな。見た目ほど悪い奴じゃない。

「ルカ!あんた…大丈夫!?なんもされなかった!?どこも怪我ない!?」

俺が答えるより先に、アニーミが動いた。
ミルダの元へ駆け寄って、その両手を取る。

「え?え?別になんともないよ。どうしたの?」

「どうしたの、じゃないっての!
…あ〜もう!ほんっと心配したんだからね!」

アニーミが、ミルダに抱きついて、その背をばんばんと叩く。
あまりの勢いに、ミルダがうっとうめいた。
しかし、過保護すぎではないか。保護欲をくすぐるやつなのは否定せんが。

「ミルダ」

俺はアニーミにベアハグをされてとまどっているミルダに、声をかけた。

「今までどこにいた。何をしていた」

なにが間違ったら、、謎の男Xとやらに捕らえられているはずのミルダが、
のこのこと、歩いてくるのか。それも、目的地の手前で。
準備万端整えてラスダンに攻め込もうとしたら入り口でラスボスが待っていたような事件だ。

「あ、ごめんね、夕飯までには帰るつもりだったんだけど、実は、マ……」

ミルダが全て言い終えないうちに、その語尾をかき消す轟音が響いた。
何を隠そう、野太い男の高笑いだ。
高笑いだぞ?こんな住宅地で。

「ハ〜ッハッハッハッハッハ!聖なる戦士たちよ!よくこの場所が分かったな!」

その、やたらと響きの良いバリトンは、右手の空き地から響いてきた。
秘密基地だと書いてあった、その場所から。
一番早く反応したのは、やはりアニーミだった。
腕力測定検査のように抱き締めていたミルダを放り出し、一目散に走り出す。

「犯人!犯人ね!」

ミルダとの再会の感動はどこでやら、今や凶悪な笑みがその顔に張り付いている。
暴力事件は起こすんじゃないぞ。どうせ俺が止めることになるんだから。

「ようやくやな」

そのアニーミの後を追うように、ラルモが駆け出した。
間際に俺の顔をちらと見て、何か含ませた視線を寄越す。
あぁ、分かっている。

「行くぞ」

「え?」

ぽかん、と口を開いたミルダが、俺を見上げた。思考停止している顔だ。
まあ、普通そうなるだろうな。俺はミルダの背を、ぽん、と叩き、

「悪の組織のお出ましだ」

と言って、彼女たちの後を追った。
少し遅れて、単車を道脇に停車させたベルフォルマが、

「野郎!じいに何かしやがってみろ!許さねぇからな!」





そして、やっとあのときの光景に出会えるわけだ。
俺は現実感のない装いの四人組にまず反射的に驚き、
そして彼らの風貌を観察して、二度驚いた。
その、見覚えのあるようなないような、思い当たる節があったらあったで
俺の頭痛の種が増えそうな男女四人組+αは、おのおののリアクションで
俺たちを迎えてくれた。

まあ、便宜上、やつらに名をつけようか。
甲冑男、女(ピンク)、女(黒)、マッドサイエンティスト、そして人質の女性…チトセ、でいいだろう。

「ようやくそろったか、聖なる五戦士よ。
よかろう、諸君らに免じ、この場は立ち去るとしようか。
だが、忘れるな!我こそがこのイノセンス横丁を支配する魔王なり!」

と、甲冑男。
真紅のマントを羽織った甲冑男を中心にして空き地に陣取った四人組+チトセは、
俺たちと相対していた。
しかし、流石にこんな装いの人物がそれも複数人待機しているとは想定していなかった俺たちは、
男の言葉など右から左にすり抜けるようなものだったろう。

「貴様らの臓腑にそのことを刻んでやろうぞ!
我が名を聞くだけで血反吐を吐いて息絶えるように!」

その台詞を後押しするように、甲冑男が真っ黒な竹刀を厳かに掲げた。
塗りが甘い部分から、薄っすら”聖剣デュ…”まで見えているが、
そんなことに気付いたのは俺だけだろう。
いや、もしかしたら、もう一人いるか。

甲冑男の迫力に気圧されてつばを飲み込むミルダ、ベルフォルマと、
彼ら前で力強く拳を握りこむアニーミの横で、ラルモが、俺の顔を、ちらとうかがった。

――そんな目で見るな。俺は何も知らん。
それで、お前はどうなんだ?ラルモ。あまり驚いていないようだが。

俺は一歩前に出て、男たちに言った。

「すまん。さっぱり意味が分からん」

「で、ですよね…」

控えめに答えたのは、女(黒)だった。
チャイナドレスのすそを掌で押し下げながら、おずおずと前に出る。
見るからに恥ずかしそうにしていて、実際、耳まで赤くなっていた。
お前…いやなら断っていいんだぞ?無理をするなよ?
俺は彼女の涙ぐましい献身さに涙が出そうだった。出なかったが。

「あのですね、つまり、私たちは悪の幹部なんです。悪者ンジャーなんです。
色々悪い事をして、この町を混乱の極みに叩き落そうと計画しています。
具体的な活動内容としては、人をさらったり、物を壊したりといった犯罪行為をします。
私はブラックパピヨンと申します。どうぞお見知りおきを」

ブラックパピヨンが、丁寧に頭を下げる。
そして、甲冑男を挟んで向かい側に位置する女性を手で示し、

「そしてあの女がセクシーローズ。
……自分でセクシーって言うのも、どうかと思いますけど…」

思わずといったように呟いたブラックパピヨンに、セクシーローズが鋭い視線を向ける。
刹那、火花を幻視したが、それも一瞬のことだった。
彼女はマッドサイエンティストへ手の先を向けると、

「で、あのかたが我々の作戦参謀兼、悪いことに使ういろいろな道具を作ってくれる、
ということになっている、マッドDrミスター毒物さんです」

「はい、ミスター毒物です。毒ちゃん、とでもお呼びくださいね」

ミスター毒物が、全く緊張感のない声で手を振った。
そして、竹刀を地面について仁王立ちしている甲冑男が、最後の紹介を飾る。
ブラックパピヨンがぶわっと腕を振り上げ…、

「そして!我らが首領、このイノセンス横丁を牛耳ろうと計画するとっても悪いボス的存在、
阿修羅極悪非道鬼畜外道アウトロー最終暗黒魔王こと、略して阿修羅魔王様です!
シルクのような艶かさでたなびく銀髪はその美しさとは裏腹に悪の波動をさざめかせ、
端麗な容貌で闇の世界を闊歩する、唯一無二の魔王様でございます!」

…前言撤回。楽しそうだ。心配いらないだろう。
俺は、熱視線でもって阿修羅魔王様を見つめているブラックパピヨンの顔を眺めながら、
場に流れる、しら〜っとした空気を感じていた。
しばらくして、やっと空気を読んだのか、ブラックパピヨンが、はっと正体を取り戻した。
高く振り上げた腕を降ろし、こほん、と咳払いをして、口上を続ける。

「す、すみません。あ、それでですね、あなたたちは聖なる五戦士なんです」

彼女はまずベルフォルマを指差し、

「ベルフォルマくんが、聖なるライダー、イノセンスライダーで」

それから、す、す、と指先を他の四人へ動かす。

「アニーミさんが聖なるヒロインイノセンスレッドで、
ラルモちゃんが聖なるマスコットイノセンスピンク、
ミルダくんが聖なるヒーローイノセンスハワイアンブルー、となっております」

何にでも聖なる、とつければそれっぽくなると思っているのだろうか。
俺はその内、聖なる洗濯機や、聖なるタラのチーズサンドやらが出てくるのではないかと懸念した。
いや、さっきスーパーで、ちょうどタラのチーズサンドを買ったのでな。

四人を順繰りに示していた指先が、俺の前で止まった。

「あ、えっと…あら、どうしましょう」

なんだ。人を指差して困らないで欲しいのだが。
彼女は、ちら、と参謀のミスター毒物に、助けを求めるような視線を寄越し、

「あの…毒物さん、リカルドさんはどうしましょうか?」

「あ?あ〜…、そうかそうか、リカルドさんが居たんですよねぇ、そういえば」

マッドサイエンティストが、ふぅむ、と唸って腕を組む。
その横では、何もすることがない人質ことチトセが、雑草をぼうっと眺めていた。
俺の視線に気付き、再び、うつむき肩を震わせ、人質らしい儚げな素振りをとる。
もう遅いぞ。ヒマな役なのは分かるが。

「まあとりあえず、今この場で、ってのはどうでしょう?」

と、ミスター毒物。

「ふむ、そうだな。イノセンスブラックでどうだ。ふさわしかろう」

阿修羅大魔王がそれに答えた。
あぁ、俺もそれが妥当だと思う。
しかし、彼のマントを軽く引いたセクシーローズが、

「あの、阿修羅様。そのことについて…」

「ふむ?言ってみろ、セクシーローズ」

「ありがとうございます。私、あの方には作戦参謀がお似合いかと思いまして。
つきましては、それに相応しい名を与えてはいかがでしょうか」

待て、イノセンスブラックでいい。

「ほう、それもそうだな。流石イナ…いや、セクシーローズ…。
美しさだけではなく、聡明さも兼ね備えているとはな」

「まあ、そんな…お恥ずかしいですわ」

イチャつく二人のことを、有名心霊スポットの自縛霊のような顔でブラックパピヨンが睨んでいた。

「して、名はどうする。お前の好きなように付けるがいい」

「そうですね…」

俺は、一人だけ、ごくりとつばを飲み込んでいた。

「コードネームアサシンシャドウなんてどうでしょうか」

うわっ。

「うむ、素晴らしい名だ!この世に二つとないネーミングであろう!
よし、セクシーローズの一言により、貴様の名は、
計画参謀統括長官、コードネームアサシンシャドウに決定した!
ありがたく拝領せよ!」

「ま、待て!イノセンスブラックでいい!イノセンスブラックに戻してくれ!」

俺は、思わず叫んでいた。
本当にやめてくれ。呼ばれるたびに恥ずかしい。
街中で呼ばれたら、その場で憤死する自信がある。

「ちょっと!そんなことはどうでもいいのよ!」

俺にとっては全くどうでもよくない、というより今一番切実な問題だったのだが、
言葉通り本当にどうでもいいのだろうアニーミが、手を振りかざし叫んだ。

「私たちが聖なる戦士ってどういうこと!?」

そうだな、まずそれが知りた…

「つーか、あんたらこの横丁を牛耳るって…それ、本気で言ってんの!?
そんなこと、許されると思ってんじゃないでしょうね!」


……ん?

「そうだよ!この町を混乱に叩き落すなんて…そんな邪悪なこと許すもんか!
僕たちがいる限り、絶対にそんなことにはさせないぞ!」

ミルダが呼応するように答えた。
思ったより雄雄しい男だな…ではなくて、お前ら、ちょっと待て。

「それを事前に防ぐ役が、うちら、イノセンス戦隊っちゅーわけやな。
やったろうやん。そういうことやったら、見て見ぬフリはでけへんもんな?」

ミルダの言葉に、ラルモが頷いた。
おい。

「ケッ!テメェらの好き勝手にさせてたまるかよ。
この街の治安なんざどーだっていいがな、人の住処をいじくりまわされるってのも、
気に食わねぇ。受けて立とうじゃねぇか」

ベルフォルマまでもが、燃える瞳で拳を握り締めている。
四人の顔は、もはや、ただの学生四人組ではなくなっていた。
彼らの真剣な顔つき、こう呼ぶに相応しいだろう。

地球の平和を守る、イノセンス戦隊、と。

(あぁ、そうか…)

俺は、ここまで来て、ようやく、あることに気付いた。


(こいつら…)


全員、馬鹿だったんだ…。





「フハハハハ!よい返事だ。
よかろう、諸君らを我らの宿敵と認定する。
今この場で貴様らのその鼻っ面を叩き折ることなど造作もないが…、
ふん、運が良かったな。もう夕飯時だ。
貴様らの健康に配慮して、空腹状態での戦闘は遠慮してやろう。
今このときあるべきだった闘争、次の邂逅まで、預からせてもらう!」

一人項垂れている俺と、やる気にみなぎるイノセンス戦隊少年少女に、
阿修羅大魔王がそう告げた。
四人は各々に、去っていく敵への罵倒やら、次戦への気合やらを口にし、
どこから突っ込むべきか俺などには手に負えないレベルになっていたので
もはや黙っていよう、と思った。

悪の幹部四人組が、空き地の入り口に向かってぞろぞろと歩き出した。
立ち去るつもりだろう。
普通悪の組織というものはこういうとき派手な効果を使って瞬間移動でもするものだと
思ったのだが、そこはまあしょうがないだろう。
出口、一つしかないしな。

「あっ!おい!ちょい待て!ハルトマンはどこだ!」

悪の幹部軍団が横をすれ違ったとき、はっと、ベルフォルマが叫んだ。

…そうだった。
すっかり忘れていたが、彼だけはミルダではなく、そのハルトマンなる人物を探しに来たのだった。
しかし、どうやらそのことを忘れていたのは俺だけではなかったらしい。
ハルトマンをさらったという設定になっている悪の幹部4人も、それぞれ顔を見合わせた。

「え、誰ですか?」

「さあ、知らないわよ。あなたの管轄じゃないの?」

ブラックパピヨンとセクシーローズがひそひそと、しかし丸聞えの会話をする。
二人は、ちら、と事情の説明を求めるように、甲冑男を見た。
セクシーローズからの視線を受けた阿修羅大魔王は、どこか嬉しそうに、

「知らぬな!」

と、堂々と答えた。

「お前らな〜…!」

ベルフォルマが、ぷるぷると拳を震わせ出した。
あまりベルフォルマを刺激して欲しくないのだが。
やつがキレやすいことはお前らも承知のはずだろうに。

「あっ!そうかそうか、そうだった。すみません、私です」

唐突に、ミスター毒物が、ぽん、と掌を打ち合わせた。

「ハルトマンさんね、ハルトマンさん。はいはい、承知承知。ちょっと待ってね」

のんびりとした口調で言いながら、懐から、がさごそと紙を取り出す。
そして、マントをのそのそと引きずりながら、ベルフォルマの前まで出てきた。
脱げ、そんなもん。

「えぇっとですね、イノセンスライダーくん。
ハルトマンさんは大丈夫ですよ。この場所にね、中学校があるんです。
そこにね、ちょっと行ってもらってるんですよ」

ベルフォルマが、渋々と紙を受け取り、じろりとミスター毒物をにらみつけた。

「無事なんだろうな」

「えぇ、えぇ、はい、もちろん無事です。
我々は悪者でありますが、老人にはやさしいんですよ。
ちょっとヒンメル…じゃない、うちの息子…じゃない、
一般戦闘員と遊んでもらっているだけです。ご心配なく。
では、またの邂逅を楽しみにしております」

毒物が、ぺこりと頭を下げ、他の幹部三人に続いて公園を出た。
そうして、悪者たちは空き地から去っていった。
それにしても、あいつら、どこで着替えるんだろうな。
この町がコスプレのメッカと勘違いされないうちに早めに着替えて欲しいものだと思いながら、
ずいぶん懐かしい気がするミルダの顔へ、視線を移した。
やつは、いたって真剣な顔つきで腕を組んで、うーん、とうなっていた。

「なんで僕だけ、ハワイアンなんだろう…」

さあ、カキ氷から取ったんじゃないか。
先ほどの様子から見て、意味があって付けたネーミングだとは思えない。

「ミルダ」

「ん?」

「晩飯を作る。帰ろう」

「あっ、そうだね。僕も、お腹すいちゃった」

「じゃ、今日のところはこれで解散にしよっか。
あいつらもいつ出てくるか分かんないし、体力は温存しとかなきゃね」

アニーミが、不敵な笑みをきざんだ。戦う気まんまんだ。
確か、ミルダを見つけ出したら俺との関係について問いただすとか言っていたが、
それも先ほどの強烈な出来事によって忘れ去られているようだ。
礼を言う、ありがとう、悪者ンジャー。

「うちも、そろそろばあちゃんに飯作ったらないかんから。
おっちゃん家に買ったもん置いたままやから、取りに行かなあかんけど」

と、ラルモがのんびりと言った。
俺はミスター毒物から手渡された紙とにらめっこをしている
ベルフォルマを見て、

「ベルフォルマ。お前はどうするんだ」

彼はちらりと俺の顔を見ると、すぐに視線を外し、足早に空き地から出た。

「ハルトマンの無事を確かめに行く。あいつらが嘘を言ってないとは限らねぇからな」

「あ、ちょい待ち!」

そのまま単車に向かおうとするベルフォルマを、ラルモが呼び止めた。

「んだよ」

「ごめん、でも、うちらお互いの携帯番号も知らんやん?
一応ヒーロー仲間なんやし、連絡取れる状況やないと、これから色々不便やと思うんよ。
そもそも、自己紹介もまだやん。
あちらさんが連携取ってんねんから、うちらもそれなりにやろうや」

「まあ、確かにそれもそうね」

ラルモの提案に、常に状況を断言するアニーミが頷いた。

「でも、今日のところは疲れちゃったし、明日仕切り直さない?
私、明日部活休みだからさ。
ん〜、そうね、リカルドの家の前に、10時に待ち合わせってのは?
都合悪い人いる?」

他の三人は、黙ったままだった。無言の肯定だろう。
だが、一人、都合の悪い人間がいた。
俺だ。ほかならぬ、この俺だ。

「アニーミ。ちょっと待て」

「なによ〜。あんた、生意気に用事あんの?
木ぃ彫るのなんかいつでも出来るでしょうが」

「いや、用事はないが」

言った後、あ、用事があることにすれば良かった、と思ったが、もう遅い。

「なぜ俺の家の前で待ち合わせをする」

「なにって、あんたの家なら全員一度は行ったからよ。なんか文句あんの?
私らは歩いてかなきゃなんないだからね。
あんたとルカはいいじゃん、自分の家の前なんだから」

「全員がわかる場所、なら他にもあるだろう。駅前でも、この空き地でもいい」

「はあ?あんた馬っ鹿じゃないの。
この暑いのに空き地で作戦会議なんか出来るかっつーの。
それに、スパイに聞かれるかもしんないし。
同じ理由で駅前も駄目。却下、大却下よ。
どの観点から見てもあんたん家が一番適任でしょうが」

「俺の家を作戦本部にするな…」

「まあまあ、いいじゃない、リカルド。
イリアの言うとおり、僕らは出歩かなくていいんだし、楽でいいよ」

ミルダがなだめるように言った。そりゃ、お前は楽でいいかもしれんがな。
まさか、こいつらの分の昼飯まで面倒みてやらねばならんのか?

「だが…」

「あ、あのっ…!」

言い返そうとする俺の言葉を、第三者の声が打ち切った。
全員の視線が、声の出所に向かう。
チトセだった。
いつの間にか縄を解かて(そもそもちゃんと縛ってあったのかあやしいが)、
控えめに俺たちに歩み寄って来ていた。
もしかして、話しかけるタイミングが分からずに、ずっと様子を伺っていたのだろうか。

「遅ればせながら。助けてくださって、どうもありがとうございます」

彼女は、胸の前で手を合わせ、丁寧に頭を下げた。
おしとやかな仕草が、サクヤのものとよく似ていた。
この前は派手な化粧のせいで分からなかったが、良く見れば顔立ちも似ている。

「うぅん、いいよ。僕ら、特に何もしてないし。
それより、怪我がなくてよかったね」

謙遜ではなく本当に何もしていないミルダが人好きのする笑顔で答えると、
チトセは、色白な頬を、ぽっと、音がしそうなほどの勢いで桃色に染めた。

「…あっ、だ、だめ!」

「へ?」

チトセが急にミルダに背を向けて、懐から何かを取り出した。
そして、じっとそれを凝視しだした。何だろう。
俺は思わず長身を生かして覗き込んだ。…ブロマイドだ。
マティウスが、スターさならがの派手な衣装で微笑んでいる。

「いけません!私の心はマティウス様に捧げたのです…!
バンギャルの誇りとして、他の人に心を動かすなど…!」

「あ、ねぇ、ちょっ…」

「ごめんなさい!私のことは、忘れて!」

引き止めるミルダをものともせず、ブロマイド片手に、チトセは走り去っていった。
悲劇のヒロインの背中だ。

「…なあ、イリア姉ちゃん」

呆然と彼女の背中を見送った俺たちの中で、最初に口を開いたのはラルモだった。

「……な、なに?」

「バンギャルってなんなん?」

「…あぁ、バンドギャルの略じゃないの?良く知らないけど。
バンドの追っかけとかしてる子のことよ。確かにそんな感じだったけど…。
なんだろう、あいつとは、絶対友達になれない空気がするわ」

「まあ、思い込み激しそうやもんなあ」

「あ〜…なんっか、どっと疲れたんだけど」

アニーミが大きなため息を吐き出す。
一日中あのテンションを保っていれば、流石のアニーミも疲れるらしい。

「私、もう帰るわ。じゃ、また明日ね」

「俺も、もう行くぜ。
これ以上モタモタしてらんねぇ」

がくりと肩を落として歩き去るアニーミに続いて、ベルフォルマが空き地から出て行った。
ともあれ、そんなこんなで、俺たちは解散することになった。
ちなみに、俺の自宅を作戦本部として使うことに対する議論が宙ぶらりんだったということを
思い出したのは、それから二時間後、風呂に入っている最中のことだ。



悪者ンジャーから連絡を受けたのは、それから三日後の出来事だった。
そのころには、俺もあれが集団催眠の類ではなかったのだろうかと思い始めていて、
このまま何事もなく日々が過ぎ去って行くのを祈っていたのだが、
そうは問屋が卸さなかった。
昼飯の材料を買いにエレベーターから俺が目にしたのは、郵便受けに入った白い便箋だった。
それを目にした瞬間の、俺の気持ちが分かるだろうか。

俗に言う、嫌な予感、というやつだろう。

そして、その予感は、当たっていた。
俺はその場で手紙を開き、文面に目を走らせた。


さて、先に言っておくことがある。
その手紙には二種類の筆跡があった。分かりやすいように()を付けようか。
ペン習字のように丁寧な字が通常の文で、荒々しい筆跡が()の文だ。
ではご覧いただこう。



”聖なる戦士たちへ

秋にはまだ遠い日柄、皆様はどうお過ごしでしょうか。
(貴様らの体調など知ったことではないがな!)
さて、明後日に悪者ンジャーとイノセンス戦隊で、第一次抗争を始めたいと思います。
(貴様らの命日だ!)
お忙しいこととは存じますが、お誘い合わせの上ご出席下さいますようお願い申し上げます。
(一人でも欠ければ人質の命はないものと思え!)
それでは、お体には充分にお気をつけくださいませ。
(せいぜい最後の晩餐を楽しむがいい!)

悪者ンジャーより”



俺はその手紙を読み終わった一秒後、マンションのゴミ箱に捨てた。


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