We are THE バカップル14
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「そい!おりゃ!とう!虎牙破斬!せい!はっ!よっ!虎牙破斬!獅子戦吼!」

「わわわ!わっ!魔神剣!魔神剣!魔神剣!魔神剣〜!」

「ちょっとあんたら!技使いすぎよ!オレンジグミあと3個しかないんだからね!
ててて、っと!わっ!回復回復!ね、魔法ってどう使うの!?Bボタン!?Bボタン!?」

「あ〜ちゃうちゃう、まずメニュー開いてやな、ほんでこの魔法ってとこに合わして…。
…あ、うち死んでもた。ライフボトル使ってええ?」

「待って!ダメ!もったいないから!えぇっと、レイズデッドってのがあったわよね。
え〜っと、あ、これこれ、そりゃ!フィリア、今生き返らせるわよ!」

「姉ちゃん、それローバーアイテム。盗んでどないするん。しかも失敗しとるし」

「よっ、はっ、閃光裂破!とりゃ、閃光裂破!閃光裂破!うお、閃光裂破超楽しい〜!」

「あわわわわ、あああ、こっち来ないで!魔神剣!魔神剣!魔神剣!」

「ちょっと〜!技使うなつってんでしょーが!」





「おい、飯だ」

俺はテレビ画面から発せられている騒々しいBGMを、
チャンネル変えという暴挙で打ち切った。

「あぁっ、ちょ、何してんの!戻しなさい!早急に!」

「マジでありえねぇ!いいとこだったのに!」

リモコンを手にしたまま、不満の声を上げるアニーミとベルフォルマを見下ろす。

「お前ら、セーブポイントが見つからないとか言って、なかなか飯を食わんだろうが。
そこまでだ。続きは食ってからにしろ」

「はあ!?これはアクティブよ!アクティブバトルなのよ!?
あんたのせいで全滅したらどうしてくれんの!?」

「最後にセーブしたのって…1、2…2時間前じゃねーか!」

口々に「鬼畜!」だの「外道!」だのブーイングをする二人組の間に挟まれたミルダが、
軽く手を上げて、発言権を主張した。

「まあまあ…、僕は安心したよ。このゲーム、敵が動いて怖いんだもの」

「チッ…、そりゃ、お前が下手糞なだけだろ。
動く敵をボコすから気持ちいいんじゃん」

ベルフォルマが拡張コントローラーを放り出しながら、机に寄りかかった。
アニーミがそれに習い、コントローラーを手放し、汗ばんだ手を乾かすように振る。

「ほんとよ!あんたが操作するリオン、めちゃめちゃカッコ悪いのよ!
リオンはあんなダサい動きしないってーの!」

そういうアニーミは説明書を全く読まないおかげで散々な操作なわけだが。

「だって、アクション苦手なんだもん」

「あっら〜、ルカく〜ん。苦手なのはゲームの中だけかしら?
皆に見せてやりたいわよ、体育の時間のあんたのこと!」

「ぎしししし…、運動音痴はアクション音痴ってな」

「な、なんだよ〜。別にいいじゃないか、そんなこと…」

「ほないなことより、はよ飯食わへん?うち腹減ってもうたわ」

しどろもどろに答えるミルダの脇から、ラルモが顔を出した。
いつもマイペースなこの少女は、実のところゲームを持ち込んだ張本人なのだが。

「うん、僕も同感だな。今日のお昼ご飯なに?」

「チャーハン」

俺はそれだけ答えて、誰も切る素振りのないプレステの電源を切り、キッチンに戻った。

「え〜、またチャーハーン〜?ここんとこ毎日じゃーん。飽きた飽きた飽きた〜」

アニーミが足をぷらぷらさせながら、不満気な声を出す。

「文句があるなら、食わんでいいぞ」

「別に文句があるわけじゃないわよ。ただ飽きたって言っただけじゃん」

「…あ、リカルド、手伝うよ」

クッションから立ち上がったミルダが、キッチンに駆け寄ってきた。
盆に人数分の皿を載せる俺の手に触れ、俺の耳元に顔を寄せて、
「あぁ言ってるけど、いつも美味しい美味しいって食べてるんだよ、イリアは」
と囁いた。
それが聞えたわけではないだろうが、アニーミが、床に長く伸びながら声を上げた。

「ちょっとあんたら、公衆の面前でイチャつかないでくれる?
な〜んかピンク色のオーラ出てんすけど〜」

「別にイチャついてたわけじゃないよ」

ミルダは麦茶の器を出しながら、わずかな苦笑をきざんだ。


そう、俺たちの関係を、すでにアニーミは知っていた。
あの翌日――悪者ンジャーとの初邂逅の記念すべき日だ――
アニーミの提案に従って俺のマンションで開かれた作戦会議の帰りに、
ミルダとアニーミの間で、そのことを話したらしい。
そこで、どんな会話が交わされたのかは分からない。
ミルダが二人きりで話したいと言ったので、俺は席を外していた。


しかし、それ以来、俺を見るアニーミの目が、以前より穏やかなものになったように思う。
だから俺も、彼女とどんな会話をしたのか、ミルダに聞くことはしなかった。
こうして度々からかってくるのも、アニーミなりの気遣いの一種なのだろう。
ミルダが、腫れ物に触るような態度はやめてくれと頼んだのかもしれない。
しかし、俺は、それが彼女が自分で考えてやっていることだと思っている。
アニーミが持っている、そういうある種の聡明さを、俺はここ三日間で確信していた。



「つーか、悪者ンジャーってやつらさ」

いち早くチャーハンを平らげたアニーミが切り出した。

「自分から誘っておきながら、時間も場所を書いてないのよね。
ったく、何様だっつーの」

「ほんとだぜ。これじゃ、明後日ってことしかわからねぇじゃん」

二番目に昼飯を終えたベルフォルマが同調する。
その手には、先日、俺の郵便受けに入っていた手紙がつままれていた。


あのとき、俺は悪者ンジャーからの手紙をゴミ箱に葬ることで、
早急な証拠隠滅をしたはずだった。
だが、なんとも運の悪いことに、その現場をアニーミに見られてしまったのだ。

後で知ったことだが、ジャンケンに負けて人数分のジュースを買いに行かされていたらしい。
もちろん、そのときのアニーミの機嫌は、グラフで言うとマイナスの値が知覚できないほどに悪かった。
思い出すだけでめかみの辺りが痛む怒鳴り声でもって、激しい詰問を受けたのは言うまでもない。
俺は数分で全てを白状した。

かくして、明日の早朝にゴミ収集車に乗せられ火葬の運命を辿るはずだった紙きれは、
アニーミの手に渡ることで、今もこうして生き延びている。

そして、明後日……今現在の日付で言うなら明日。
第一次抗争とやらがある。
それに向けて作戦を練っているのが今、ということだ。
もっとも作戦会議とは名目だけ、実際は夏休みに行き場をなくした中高生の溜まり場として、
俺のマンションが使われているというのが現状だ。


「でもさ、日付だけわかれば、充分じゃない?
悪者って、結構唐突に出てくるものじゃないか。
明日に向けての心構えが出来るだけ、ラッキーだったんじゃないかな」

ミルダが、お上品な仕草でチャーハンを飲み込んだ後、発言した。

「全っ然ラッキーじゃないわよ!
もしかしたら日付が変わった瞬間とかに、不意をついて出てくるかもしんないじゃない」

「あいつらのことだから、やりかねねぇな」

「でしょ?油断は出来ないわ。常に敵襲を予期して行動しないと…。
あー、しっかし、満腹になったら今度はデザートが欲しくなったわ」

「あ、俺も。おいリカルドー、なんかねぇの?水ようかんとかさ」

「食いたいなら買って来い。自費でな」

早食い選手権に出れば優勝、準優勝を飾れるのではないかと思われる
アニーミとベルフォルマは、まだ半分しかチャーハンの山を減らしていない俺たちをよそに、
すっかり食後の雰囲気で麦茶を飲んでいた。


さて、そのベルフォルマだが。
彼が探していたハルトマンという老人がどうなったかというと、
オリフィ…いや、失礼。
――ミスター毒物言うところの戦闘員なる少年と、中学校の花壇の前にいたそうだ。
なにをしていたかというと、別になにをしていたわけでもないらしい。
ただ、話をしていたそうだ。
そこで何を話していたかは、ベルフォルマも詳しくは聞き出せなかったらしいが、
どうやら親のことや、進路のことについて相談を受けていたそうだ。
つい親身に聞いてやっているうちに、いつのまにか夕方になっていたらしい。
ハルトマンという老人は、さすが、この暴れん坊将軍の卵のようなベルフォルマの
面倒を見ていただけあって、ずいぶんなお人よし、そしてマイペースな人物のようだ。


「でも、んなこと言ってたら、キリがないて。
いくらでも裏読みできるやんか。
明後日に、とか言うといて、実は今日来たりとか。
その日はすっぽかして次の日現れたりとか?
くだらんくだらん!考えすぎると、アホになってまうで」

ラルモが、米粒の付いたスプーンを振り回した。
ラルモは、小さな体をしておきながらなかなか大食いであり早食いでもあるのだが、
俺たちと食事を取るようになってから、ゆっくりと食べるようになった。
大勢で食卓を囲む経験が少なかったから、大事に食べているのかもしれない。

「うちは、普通に明日の午後ぐらいに来るて思ってる。
裏読んだり疑ったりするより、こっちほうが健康的な考えやで。
そうやろ、スパーダ兄ちゃん、イリア姉ちゃん?」

「むぅ…」

「そりゃそうだけどさぁ…」

ラルモの正論に、ベルフォルマとアニーミが渋々黙り込んだ。
実のところ、今のような会話は昨日から何度も繰り返されている。
そして、その度にラルモか俺が、考えてもしょうがない、と打ち切るのが常だった。


そうそう、このアニーミとベルフォルマのことだが。
俺も薄々、この二人は気が合うだろうな、と予測はしていた。
しかし、たかが三日でこうまで仲良くなるとは思っていなかった。
まあ、彼らに言わせれば、”ただ喧嘩しているだけ”らしいのだが。

ベルフォルマは一人だけ年上なこともあって、一歩引いているイメージがあった。
その雰囲気も、アニーミの全く人見知りしない性格のだろうか、すでに消えうせていた。
そのおかげだろうか、最初はベルフォルマに話しかけることさえ出来なかったミルダとも、
彼はすぐに親しくなってくれた。
元々は気さくな少年なんだろう。俺と会ったときが運悪くとんがっていただけだ。
そして、ミルダとアニーミの仲については、もはや言うべきことはないだろう。

ミルダ、アニーミ、ベルフォルマ。
彼ら三人ことを、今や”仲良し三人組”と称しても障りないだろう。
”お馬鹿三人組”と言ったほうがいいかもしれんが。


ともあれ俺は、ミルダに仲の好い友人ができたことを、喜ばしく感じていた。
ミルダの人間関係が俺とだけ濃密になることは、あまり歓迎できる事態ではない。
この年代の少年には、友達というものが、何より必要なものだ。
でなければ、この小うるさいやつらにわざわざ飯など作ってやらん。
この関係を築けたのも、あの悪者ンジャーが出てきてくれたおかげなのだろうか。
頭の片隅に、素っ頓狂な格好に身を包んだ彼らを思い出す。

(なるほど、な)

人と人との関係は、双方の努力により培われるものだ、と俺は思っている。
しかし、出会わなければ、その努力もする術がない。
アニーミとミルダはともかく、特にベルフォルマとは、
こんなことにでもならなければ、話すこともなかっただろう。
俺は、彼らに、努力して人間関係を成長させる力、相手を大切にする素養というものか、
そういうものがあると信じている。
俺は、この三人の友情が、長続きすることを祈っていた。
もっとも俺が祈ることでもないし、祈るまでもなく、そうなるものかもしれないが。



だが、一つだけ気がかりなことがあった。
そんな三人組の隣に座っている小柄な影のことだ。
ラルモ。
彼女だけは、他の三人の関係と比べて、少し距離感のようなものがある、と俺は見て取った。
それは、ラルモだけ年が離れているせいなのかもしれない。
しかし、それよりは、俺は彼女に根付いた孤独のようなものに起因する、と思っていた。
彼女の明るさには、いつも少し、影があるのだ。
突き放しがたい諦念が、彼女を年相応ではない、達観な少女にしているのではないだろうか。
俺は、ラルモにも、あの三人組のように、なんの懸念のない友情を味合わせてやりたかった。

(おせっかいだ)

分かっている。
ラルモがそれを望んでいるとは限らない。
そもそも、俺がそんなことを気にかけると知ることで、彼女はみじめな気分になるだろう。
哀れまれたと思って、更に自分を強く見せかけるだろう。
俺ができることは、何もない。
ただ、あの三人の馬鹿らしいとも言える明るさが、
彼女の心を溶かすときが来るよう、願い続けるだけだ。

十代のころは、馬鹿にならなければならない。そうしないやつは、本当の馬鹿だ。



昼飯が終わり、数時間の休憩、もといゲームタイムが終了した後、
作戦会議はどこへやら、ベルフォルマとアニーミはさっさと帰っていった。
アニーミは自分の家へ、ベルフォルマは実家ではなく、寝床にしている隠れ家へ帰るらしい。
それについて、俺はとやかく言う気はなかった。
17だ。もう自分の意思で行動できる。
彼が自分で決めたことなら、口出しするつもりはない。

俺は几帳面にコントローラーのコードをヒモでまとめているミルダの姿を確認すると、
居間を出て、玄関で靴を履いているラルモに歩み寄った。

「明日の午後、で間違いないんだな」

ラルモが、ぱっと振り返った。
大きな目を、更に見開いている。

「……さっすがおいちゃん。年の功やな」

「分からんあいつらが、阿呆なだけだ」

ラルモが、ふぅん、と鼻を鳴らして、玄関のドアを開いた。

「どこまで分かっとるん?」

俺は、さあな、とだけ言っておいた。

「秘密っちゅーこと?老獪やなあ」

ラルモが華奢な肩をすくめて、さざめくように笑い、ドアの向こうへ身を滑らせた。

「ラルモ」

再度呼び止めた俺を、ラルモの瞳が再び見上げる。

「つらいなら、別に、変わってやってもいいぞ。そのぐらいのヒマならある。
お前も、気にすることが多かったら、素直に楽しめんだろう」

ラルモの瞳が、一瞬揺れた。
それを隠すようにうつむく。

「なんや、妙に優しいやんか?
…でも、自分でやりたい言うてやってることやけん、変わる気はあらへんよ。
別に、つらいこともあらへん。
おいちゃんらと、兄ちゃん姉ちゃんらと遊べて、ほんま楽しいし」

嘘やないで、と小さく付け足す。
俺は、ラルモの肩に、手を置いた。
目で見るより、ずっと小さい肩だと感じられた。

「いつでも来い。夏休みの間だけじゃない、これが終わっても」

俺の意図を汲み取ったのか、ラルモが、一度だけ頷いた。
顔を上げて、歯を見せて笑う。

「うん、あんがと。覚えとくわ」





ラルモが去った後、俺は玄関の鍵を締めて、居間に戻った。
ちょうど、プレステをテレビの下に仕舞い終えたミルダが、振り返る。

「何話してたの?」

「別に、世間話だ」

俺はそれだけ言って、ミルダの頭に、手を乗せた。
ふわりと柔らかい髪質は、どこかあたたかい。

「なあ、ミルダ」

ミルダが小首を傾げる。

「お前、今、幸せか?」

「もちろん!毎日楽しいよ。リカルドもいるし、友達も増えたし」

即答したミルダの笑顔は、一粒の影も感じさせないものだった。
俺は笑いながら、ミルダの頭を、胸に引き寄せた。

「少しは考えてから答えろ」

「え?今の、答え間違ってた?」

俺は、いや、と首を振った。

「最高の答えだ」


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