We are THE バカップル16
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俺はとりあえず、長年追いかけ続けていた組織にガサ入れを敢行する定年間近の刑事のような勢いで
室内になだれ込もうとする悪の幹部たちを押し返し、「五分待て」と言い置いて鍵を閉めた。
そして、外側からノブをがちゃがちゃ言わて怒鳴っている悪者ンジャーたちと対になる存在、
我らがイノセンス戦隊の面々を、肩越しに見た。

「おい!」

「ちょっと!なんで閉めんのよ!」

「誰だって普通、閉める」

アニーミとベルフォルマが、すでに臨戦態勢といった様子で拳を握っている。

「コラー!開けなさい!開けろー!
あいつら、今すぐボッコボコにしてやんだからね!」

「チッ…、まっさかわざわざ作戦本部まで乗り込んでくるたぁな!」

「あっ、じゃあさ、この場所、あの人たちにバレてるってことだよね?
大丈夫なのかな。作戦本部なのに…」

アニーミとベルフォルマの背後から、ミルダが不安げな顔を出した。
流石に自分の家だけあって、不安そうだ。
それ以前に俺の家でもあるのだが。

「別に格闘するわけやなし、大丈夫やて。
あいつらも言ってたやん。クイズで勝負やて」

さりげなく軌道修正をくわえたのはラルモ。
ミルダのさらに後ろから、顔をのぞかせている。

「クイズって、なんのクイズよ」

「さあ。それは悪者ンジャーに聞いてみんことには」

よく言うもんだ。表情も変えずに。


俺は、そろそろ破壊されそうな具合にガチャコラされているドアノブに視線を戻した。
扉の向こうから響く悪者ンジャーたちの――主に阿修羅大魔王の――抗議の声に、
付近住民の声なき声、つまり苦情を幻聴し、頭が痛くなる。

俺は再度振り向き、

「どうする」

と言った。
答える者はいなかった。
というより、聞くまでもなかった。
アニーミは挑戦的な目を光らせ、ベルフォルマは短く鼻を鳴らし、
ミルダは大きく頷いただけ、その横で、ラルモだけが意味ありげな目配せをした。

了解だ、了解。どうせ俺に発言権などない。

俺は四人四様のリアクションを受けて、ドアの鍵を開けた。
今度は魔王灼滅刃を食らわないように、細心の注意をもって…一歩引いておいた。





「五分待てい!」

今度は、俺の台詞ではない。
俺はこんなに時代がかった言葉遣いではない。
言わずと知れよう、阿修羅大魔王の台詞だ。

彼は家の中に踏み込んだ途端、まずは一応の宣戦布告の台詞を例の時代劇のような口調で告げ、
その後、こともあろうに居間にあるあらゆる電子機器の電源コードをぶちぶちと引き抜き出した。

そして、あちこちにマルチタップをつなぎ、でん子ちゃんが見たら髪を逆立てて怒りそうな
たこ足配線で8つの”ピンポン”…つまりスイッチに配線をしていった。
何かの業者のように迅速な動きを見せる四人組(主にドクター毒物とブラックパピヨン)
がその動きを止めたとき、俺の家は家具の合間に8つのスイッチが張り巡らされた、
何のオリエンテーリングを始めようとしているのか全く想像の出来ない謎空間へと変容を遂げていた。

……いや、クイズ大会をしようとしているのだが。


それがきっかり五分後なのかどうか、律儀に時間をはかる手間も余裕も俺にはなかったが、
ともかく、悪者ンジャーの首領であるところの阿修羅大魔王は、満足げに頷いた。

「うむ!ごくろうであった」

予定より早く一軒家を完成させた大工たちを眺める棟梁の顔だ。

「もったいないお言葉です。ところで、阿修羅大魔王様、ご進言が」

その棟梁の横で、一人だけ何もせずに立っていたセクシーローズが、軽く頭を下げた。
お前、何もしてないだろうが。

「なんだ、セクシーローズ。なんでも言ってみろ」

アニーミ&ベルフォルマと並ぶ突っ走り野郎の素養があるこの三十代後半男は、
こともあろうに悪者ンジャーたちの命令系統の最高峰に位置する存在であり、
さらに悪いことに、そんな彼を一言で動かせる女が存在することだ。

彼女は悪びれもしない様子で唇の横に指をあて、

「少し手狭ではありませんでしょうか?
私、クイズ大会とはもっとひらけた場所で行うものだと想像しておりました。
恐らく家具のせいで、狭い印象を与えているものかと思われますが…」

セクシーローズからの進言と言う名の命令を受けた阿修羅大魔王が、

「うむ、セクシーローズの言う通りだな!家具を外に出せい!」

と、一秒も考えないうちに言ってくれたおかげで、今度は居間にある家具を片付けるという、
引越し屋のアルバイトにでも任せたほうがいい重労働に狩り出されることになった。
どうせなら配線をする前に言って欲しかったのだが。
コードが引っかかってやり辛いことこの上ない。


つくづく思うが、この男の”恋に盲目レベル”は、どうにかならないものだろうか。
あばたもえくぼというレベルをゆうに二段階は通り越しているぞ。
全くタイプは違うはずなのだが、そういうところはミルダに似ているな、と俺は思った。
この大魔王がすでに故人ならば、ミルダの前世かと思うほどだ。

ともかく、俺としてはこのいつも損な役どころにいつか訴訟でも申し立てたいところなのだが、
四人組の中で特にいつも雑用を押し付けられているミスター毒物とブラックパピヨンは、
特に不満気な様子はなかった。
むしろ、どこか楽しげに、もくもくと荷運びをしている。
パピヨンに関しては、健気にも愛しの阿修羅大魔王様の命令で動けることが嬉しいのだろうが、
ミスター毒物、お前はなんでそんなに楽しそうなんだ。



机や椅子、テレビなどの目に付く大型家具をベランダに移し終えたころには、
俺は全身汗だくになっていた。クーラーに近い床に座り込み、息を整える。
三十代後半のミスター毒物と、元からあまり体力のなさそうなブラックパピヨンは
俺以上に憔悴している様子だったのだが、暴走特急が三人ほどいるこの雰囲気に押されてか、
休憩を言い出す者は、誰もいなかった。
一匹でも身に余る代物なのに。

暴走特急その1ことアニーミが、綺麗に並べられたスイッチの前に立ちはだかり、

「ちょっと。準備に時間かけすぎじゃない?
あんたんとこの幹部もノロマなのねぇ。欠伸が出ちゃったわよ」

と、挑発する。
間接的に俺もノロマになってしまうのだが、アニーミは気にしなかった。
暴走特急その1に同調したベルフォルマ暴走機関車がその横で腕を組み、

「へっ。悪の組織ってなぁ、チンタラしててもやれる仕事なんだなぁ、えぇ?」

悪の組織の活動が仕事になるのかはわからないが、本当にその通りだ。
敵の作戦本部にまでおもむいてわざわざ荷運びをする悪者など、聞いたことがない。
ちなみに、帰るとき戻してくれるんだろうな。

そして、最後にして最大級、特大新幹線阿修羅大魔王が、

「ふん…。その返礼、この後の勝負にていたそうぞ。
泣き叫び、許しを請うたとて我らの手は休まらぬからな!」

クイズ大会でどう逆立ちすれば泣き叫ぶハメになるのだろうか分からなかったが、
もしかして、罰ゲームまで用意しているのだろうか。…やりかねん。

熱々のおでんやケール100パーセントのジュースをカートに載せて運ぶ
ブラックパピヨンの姿を想像していたところ、誰かが俺のそでを引っ張った。
ミルダだ。いつの間に持って来たのか、盆の上に麦茶をのせている。

「お疲れ様。はい、勝負の前に」

ねぎらうぐらいならお前も手伝えと思ったが、
俺は素直に礼を言い、麦茶を受け取った。

「ミスター毒物さんと、ブラックパピヨンさんも」

功労者二人にも麦茶を配るミルダの姿を眺めながら、
涼やかに氷の鳴るグラスに口をつける。
言うまでもない。さわやかな味だ。これぞ夏の風物詩だ。
コスプレの男女四人とクイズ大会をするより、百倍は夏らしい。

(夏、か)

そういえば、今は夏休みだった。
俺は絶対に夏休みの宿題のことなど忘れ去っているだろう、
アニーミとベルフォルマの、闘志燃える顔を眺めた。

(さて、と)

これが終わった後に、やつらをせっつっく必要があるだろう、と俺は思った。
やつらの中に、お前らも含まれていることを忘れるなよ、悪者ンジャー。
来るべき8月31日には寝ずに協力してもらわねばならん。
もちろん、承知の上だとは思うが。

わざわざこんなことを仕掛けてきたのは、お前らなのだからな。


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