We are THE バカップル17
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めでたくと言うべきかようやくと言うべきか、やっとクイズ大会が催される運びになった。
俺たち暫定イノセンス戦隊の五人と悪者ンジャーは、そろって床に座っていた。
俺→ミルダ→アニーミ→ベルフォルマ→ラルモの順で並んだイノセンス戦隊。
ラルモからは悪者ンジャーの陣営となる。
ミスター毒物の横にブラックパピヨン、その横にセクシーローズという座席順だ。
アスラ大魔王だけは俺たちの中央で、竹刀を片手に立っていた。

そう、中央だ。俺たちは車座に床に座っていた。
七人が横一列で並べるほど、俺の家は広くはない。
もともと一人暮らしをしていた家だからな。
よって、俺から少し離れた場所にローズ、俺の目の前に毒物が座っている。
陣営別に座った意味があまりない気がするが、そこは仕方ない。

俺たちの前にはそれぞれ一つ、例の”ピンポン”がちょこんと置かれていた。
大魔王以外の全員が、赤いランプ付きの黄色いヘルメットをかぶっている。
悪の幹部たちはもとからマスクをしているので、そのヘルメットをベルトで固定していた。
そのベルトがこれまた安っぽいもので…。

あえて言おう。間抜けな絵面だと。

クイズ番組などでは当然それぞれに机が割り当てられているものだが、
7人分の机を所有するほど俺は机マニアではないし、食卓として使っていたちゃぶ台も
アスラ大魔王の指示のもと、俺とパピヨンの共同作業でベランダに運ばれたばかりだ。
さすが音に聞えた悪者ンジャー、計画性が全く見当たらない。

ということで、俺たち7人は、好き好き正座をしたり胡坐をかいたり膝を立てたりして、
阿修羅大魔王の宣誓の言葉を待っているわけである。
大魔王はさも満足そうに俺たちを見回すと、

「さて、準備は済んだようだな。そろそろ始めるぞ」

ちら、と切れ長の目で、ブラックパピヨンに目配せする。

忠犬というよりマタタビ粉末を与えられて前後不覚なほどメロメロになっている猫のような
風情に顔を赤らめさせているブラックパピヨンが、素早くラジカセの再生ボタンを押した。
数秒のノイズを経て、安っぽい音質で「オリーブの首飾り」が流れ出す。
それは手品のBGMだろう。

「フハハハハ!アタ〜ック、チャーンスッ!」

バサッ、と真っ赤なマントがひるがえる。

「この一言をもって、悪者ンジャーVSイノセンス戦隊!
第一次抗争がスタートしたと宣言する!」

アタックチャンスの用法が間違っているような気がするが、突っ込む者はいなかった。

「これから悪者ンジャーから交互に出題をいたす!
まず俺から5問、ブラックパピヨンから5問、ミスター毒物から5問だ。
セクシーローズは我らの華を飾る紅一点ゆえ、今回は司会側に回らぬ。
計15問、より多く正解した陣営が勝ちという、単純明快なルールだ!」

おい、ブラックパピヨンが泣くぞ。紅二点にしてやれ。
…肩を震わせるなブラックパピヨン。気になって集中できん。

「ちょおっと待ったあ!」

異議あり、とばかりに差し出された手の持ち主は、
我らの苦情申し立て部門筆頭こと、アニーミだ。

「それってさ、あきらかにアンタたちに有利じゃない!?
こっちは一人多いとしても、回答者の半分はアンタたちの陣営でしょ」

挑発的な目で、ブラパピ、セクシーローズ、ミスター毒物を見る。

「事前に解答を示し合わせてないって確証はどこにもないわ。
あんたら悪党でしょ。そんぐらいしてるって考えたほうが自然よね」

あわや言い争いになるかと思ったが、さすが腐っても大人、大魔王は意外にも素直に頷いた。

「ふむ、確かに一理ある意見だ。
しかし、我々は互いの出題内容は知らぬし、決して我々に有利な出題はせぬ。
もしそのような素振りが見受けられたら、好きなだけ申し立てるがよい。
そちらが望むならば、不正の疑いが見えた時点で、我々の負けにしてもらってもよい。
いかようにも処理いたそう」

と、用意していたのだろうセリフをスラスラと言った。
アニーミはまだ納得がいかなそうだったが、俺は、彼の言葉に嘘はないと思った。
彼は不正や卑怯というものを、何よりも嫌う男だと思っているからだ。
……あくまで、中のやつが、だぞ。そのあたりはオーケイだな?

そして、仮面をかぶった、俺が思うところ公正明大な男は、

「では行くぞ!俺からの出題は、プロフィールクイズ!」

通りのよいバリトンで、上記のように叫んだ。
シュールな光景だが、嫌いな類のギャグではない。
しかし、素直に笑えないのは、これがテレビの液晶画面から伝わる情報ではなく、
今まさに俺の目の前で起こっていることだからなのだろう。しかも、俺の家で。

俺はどんな高性能テレビの地デジよりもリアルな現実に目を細めながら、
続く大魔王の言葉を待った。
ベルフォルマも、ミルダも身構えている。彼らを見て、ラルモも一応身構えた。
アニーミも、電話窓口へ今にも苦情の電話をかけようとする常連クレーマーのような
怒り半分やる気半分の顔つきで、体をやや前傾させた。

「今から、イノセンス戦隊!貴様らだ!
イノセンス戦隊メンバー、各個人のプロフィールについて出題をいたす!
諸君らの相互理解、つまりは絆の深さが問われる問題ということだ!
心して受け取れいっ!」

ちょっと待て。ほとんどの者はまだ出会って三日程度なのだが。
大体そのクイズ、お前たちにとことん不利な問題じゃないのか。
こいつらが正真正銘”ただの”悪の幹部ならばな。

「ちょっと待てよ!」

そのまま出題に踏み切る勢いの司会者に、再び待ったがかかった。
ベルフォルマだ。
俺の心の声を代弁してくれる者がやっと現れたのだろうか。

車座になった七人+司会の視線がベルフォルマに集まる。
ベルフォルマは居心地が悪そうに、

「あ〜…、俺、そのクイズ、ちょっと…。
つーか、それって個人情報じゃねぇ!?」

「今更な〜に言ってんのよ!」
別にあんたの個人情報なんて知っても、誰も悪用したりしないわよ」

隣のアニーミがどやしつける。

「それより、いい加減さっさと始めたいんですけど〜。
流れ止めないでくれますぅ〜?」

「うるっせぇな!色々あんだよ、色々っ!」

「色々ってなによ。
大体そんなにうろたえるのって、やましいことがあるからじゃない。
私に当たらないで、普段の行いの悪さを恨みなさいよね」

「なんっだと!」

流れを止めるのに定評があるアニーミが、己のことを棚に上げて言う。
彼女の横で、スイッチを珍しそうにいじっていたミルダが、

「あ、でも、僕もそのクイズはちょっとどうかと思うよ。
昔のこととか、詮索されたくないなあ。
それって、あんまりいい趣味とは言えないしね」

と控えめに言った。
しかし、言い方が控えめなおかげで誤魔化されているが、
何気にズバズバ言っていることを、俺以外のやつらは早く気付くべきだと思う。

高校生三人組の抗議に、大魔王は大きく頷き、

「ふっふっふ、まあそう言うと思っておった。まあ、安心せい。
プロフィールといっても、せいぜい趣味や好きな食べ物程度のことだ。
家庭問題や職歴などのナイーヴな問題には触れぬ。これも、確約しよう」

悪の組織が、そんな社会保険庁から注意を受けた保険会社のようにコンプライアンスを
遵守せずともいい気がしたのだが、ともあれ、それは俺にとってもありがたいことだった。
ミルダ以外の者には、俺の前の職業をあかしていない。
ヴリトラばあさんには話したから、ラルモは知っているかもしれないが。

結局、そういうことなら…、という流れになり、ようやく、本当にようやくだな、
クイズの第一問が出題されることになった。
言い忘れていたが、俺達の会話中、ずっと「オリーブの首飾り」は流れっぱなしだ。

「では第一問!」

全員が身構えた。

「……の前に!」

そして、全員がズッコケかけた。
まだ何かあるのか。

「このクイズはイノセンス戦隊、貴様らについての質問である!
よって、出題の対象となる人物は解答権を得ることが出来ぬ!
並びに、当該人物の出題最中の会話、ジェスチャーも禁止する。
ヒントになるかもしれぬのでな、公平を期すというわけだ。
よいな!イノセンスライダー!」

今や司会者と化した大魔王の竹刀の切っ先に示され、
ベルフォルマがずるっと頬杖から滑り落ちた。

「なんで俺を名指しすんだよ!」

「ふっふっふ、記念すべき第一問は、貴様についての出題だからな。
先ほどの俺の言葉、しっかり聞いていたろうな?
ヒントになるような会話、および身振り手振りは禁止だぞ」

「うげ、マジかよ!」

ベルフォルマが、あからさまに嫌そうに顔を歪めた。
それもそうだろう。家庭環境などには触れないと言ってはいたが、
何を暴露されるか分かったもんじゃない。俺でも同じような反応をしただろう。
まったく…。
俺じゃなくてよかった。

「では、今度こそ本当に行くぞ!第一問!ジャジャンッ!」

口頭の効果音と並ぶほど物悲しいものがあるか?
いや、SEを録音するヒマがなかったのは分かるが。ラジカセ、一台だしな。


「イノセンスライダーこと、スパーダ・ベルフォルマの趣味はなんでしょう!」


厳かなバリトンが部屋中に響いた。
俺はこのとき、どんなやつでもクイズ出題のときは敬語になるのだな、と思った。

「えぇ〜!なによそれ!そんなもん知るか!」

抗議の声を上げたのは、もちろんアニーミ。

「スパーダの趣味〜?」

「あかん、最初から難問や」

ミルダ、ラルモの二人も、腕を組んで考え込んでいる。
悪の幹部たちの表情も似たり寄ったりなものだった。
いや、マスクをしているせいでよく分からなかったが、
セクシーローズだけが口元を押さえて、笑いをこらえているようにも見える。
そんな中で一人だけ、死ぬほど焦っている奴がいた。

「ちょ、あっ、なあ、おいっ、おぁっ…!」

いきなりアドリブボケを強要された若手芸人のような狼狽ぶりだ。
そんなベルフォルマの鼻先に、ぴたりと竹刀の先が突きつけられる。

「イノセンスライダー。出題中は無言で願おうか。
ペナルティを取られたくなければな」

大魔王の、マスクから覗く顔の下半分が、にやりと笑った。
どこか、してやったり、という表情だな、と俺は読み取った。

やにわに、ピンポン!と甲高い効果音が響いた。
もちろん、誰かがあのスイッチを押したからに他ならない。
市販品でも結構いい音がするものなんだな。
音の出所へ目線をめぐらせる。俺の二つ隣の奴のヘルメットランプが点灯していた。
せっかち少女アニーミが、鬼のような形相でスイッチの上に手を置いていた。

大魔王が、竹刀の先をすうっとアニーミの鼻先へ移動させる。

「ほう。一番手はイノセンスレッドか。
ヒロイン自ら先陣を切るとは、勇ましいことだ。
よかろう、答えるがいい」

「えっ、あっ、えぇっと!」

なぜかスイッチを押したアニーミが焦っている。
ピンポンを押したアニーミを見た瞬間、さすが戦隊一仲の良い二人組だと感心していたのだが…。
改めよう。絶対に、とりあえず押してみただけだ。

アニーミは、しばらく腕を組んだり頬を叩いたりして、
答えの分からない数学問題のテストと格闘する学生のような素振りをした後、
ぽん、と手を打ち合わせた。

「バイクいじり!ほら、あいつバイク乗ってんじゃん!」

その顔は花が咲くように輝いていた。
しかしその輝きも、次の瞬間には失望と怒りに変わる。

「ブブー!不正解!」

「えぇーーーっ!?」

「考えが安直すぎる。
そのような簡単な問題を、この俺が出すと思うたか」

竹刀を肩に戻す大魔王が、嘲るように言った。
あまり挑発するなよ。
アニーミが起爆剤になって、ベルフォルマまで誘爆するかもしれん。

「そもそも、後先考えずにピンポンを押す奴があるか。
お前も女なら、もう少し落ち着きを持て」

「な…、なんですっ…!」

なんですって、と続くはずだったのだろう言葉は、最後まで言われることはなかった。
彼女の額を、言葉途中で大魔王が小突いたからだ。

「おっと、そこまでだ、イノセンスレッド。
…ブラックパピヨン!例のものを!」

大魔王の呼びつけに、ブラックパピヨンがはい!と返事をする。
さっと懐から何かを取り出しながらスイッチを跨いで車座から抜け出し、
アニーミの元へじわじわとにじりよる。

「な、な、なによ…」

ささっと後退するアニーミに素早く取り付き、もがく彼女の顔に何かを取り付けた。

「ちょっなっ何よ!もがっ…!」

「イノセンスレッドさん、暴れてはいけません!
大魔王様からのご命令です!少しご辛抱を…」

アニーミとパピヨンがしばらく揉み合い、

「ふう…。はい、出来ました。よくお似合いですよ」

満面の笑顔でアニーミから離れたブラックパピヨンの肩越しに見えたもの、
それは、クイズ番組お馴染みの姿だった。
簡潔に言おう。
口元まで覆い隠す特大のマスクに、赤いテープで×印が張られたもの。
それを、アニーミは口元に取り付けられていた。

…似合うな

俺の隣のミルダとローズが、ぶっと噴出した。
他の全員も笑いをこらえている。

「……ちょっとねぇ!」

いきなりのことに放心していたアニーミが、顔を真っ赤にして身を乗り出した。
そんな彼女を制したのは、やはり阿修羅大魔王。

「まあ、待て待て」

竹刀の先を、彼女の赤毛の上でぽんぽんと跳ねさせる。

「イノセンスレッド。ペナルティとして、2回分発言権を奪わせてもらう。
マスクをしている間は、無言で願おうか。
クイズ大会のルールとしては当然の仕儀であろう。
貴様も戦士ならば、静粛に受け取れい!」

勝ち誇る阿修羅大魔王の前で、アニーミが悔しげに手足をバタつかせている。
しかし言いつけどおりに言葉を発さないところを見ると、意外と真面目なやつなのだろう。

大魔王は長い髪をクーラーの風でなびかせながら、仕切り直すように俺たちをぐるりと見渡した。

「さあ、次だ!恐れるな!臆するな!どんどん押せぃ!
マスクは人数分用意してあるぞ!」

今にも「斬敵は僅か!物の数ではないわ!」などと言い出しそうな雰囲気で、
竹刀を振り上げる。

「この俺みずから、ハンズで買い求めたのだ。ありがたく賜るがよい!」

わーっと、悪者ンジャーの間でだけ拍手が沸き起こった。
そんなこんなで、クイズ大会は続行してゆく。

オチ?ない。全てがオチだ。

強いて言うことがあるとするならば、そうだな。
奴らの意図を、僅かにだけ掴むことが出来た、ということだろう。

(プロフィールクイズ、か)

ぼんやりとだが、悪者ンジャー結成の理由が見えた来た気がする。

(ミルダ、アニーミ、ベルフォルマ、ラルモ、そしてこのクイズ)

それは、まだ確信には至らない考えであるし、あえて問いただすものでもない、と俺は思った。
全て、そう全てが終わったとき、おのずとその答えは出るだろう。


だが、これだけは言わせてくれ。
そろそろ、言っていいだろう。心の中ぐらいでは。
こちらは、もうとっくに確信していることなのだから。


夏休みというのも、困りものだ。
稀に、子供だけではなく、こういう大人も出てきてしまう。
なまじ年を重ねているだけに、性質が悪い。

やつらが何を考えてこんなふざけたことをしているのか、
今は問いただす気もないし、聞く気もないが。

要は、ヒマだったんだろう。こいつらも。




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