We are THE バカップル18
18



クイズ大会開始から、20分ほど経過したころ。
部屋の中は、妖精が大量発生したように静まり返っていた。
というより、半数ほどが喋る権利を失っていたのだから、静かなのも仕方が無い。

ベルフォルマを除いたイノセンス戦隊の四人…つまり、ミルダ、アニーミ、ラルモ、俺だ。
俺たち四人は、そろいもそろって赤テープの×印付きマスクをはめさせられていた。
ベルフォルマは出題内容の当本人なので、もとより発言権は認められていない。

俺たちが例の沈黙強制マスクを着用している理由とは。
もちろん、不正解したからである。

事はアニーミが不正解した後までさかのぼる。
ただ単にやる気がないのか俺たちのお手つきを待つ作戦なのか、
スイッチを押す気配のない悪者ンジャーたちを尻目に、俺たちは雪崩のように回答権を失っていた。
ちなみにミルダの回答は「ゲーム」、ラルモは「喧嘩」、俺は適当に頭をひねって「野球」
と答えておいたのだが、いずれも不正解だった。

さて、ここらで、
”不正解ペナルティは2回なのに、なぜ4人もマスクをしているのか”
という疑問が浮かんだ者もいるだろう。

答えは簡単だ。
司会の阿修羅大魔王が、
「お手つきペナルティが2回だと少なすぎるからやはり5回にする」
と言い出したおかげだ。
見切り発車にもほどがある。

突然の変更に当然アニーミとベルフォルマは怒り狂ったが、
ミルダとラルモになだめ、すかされ、なんとか再開することが出来た。
もちろん、いきなりのルール変更は誉められたことではないが、
大魔王がそれを言い出す前、セクシーローズの間でなにかしら
目配せが交わしていたのを、俺は見逃さなかった。

だから、俺も何も言わないことにしたのだ。
なぜかって?
悪意のある類の目ではなかったからだ。
むしろ、なにかしら思惑のある種類のものだった。
言語化するなら、「こうしたほうが上手く行くんじゃないか」といった類の。
俺は、彼らが”一応”なにかしらを計画してこんなことをしているのだと思っている。
そして、俺はわざわざその計画をつぶそうとするほど意地の悪い人間ではない。
そういうことだ。


ともあれ、客観的に見れば、今の俺たちがピンチでもあることに変わりはない。
次に俺たち以外の誰か、つまり悪者ンジャーの誰かが不正解するまで、
俺たちに回答権はまわってこないのだ。
奴らがスイッチに手を伸ばすまで、じらし合戦でもするべきだったか。
陣営が全員回答権を失うような状況は、どう考えてもうまくない。

(そうは言ってもな)

全く想像の出来ない回答だ。クイズ、とも違う気がする。
強いて言うなら「俺が今考えていることを当ててみろ」とか、そういうタイプの出題だ。


疑問は残るが、とりあえず考えないことには始らない。
俺は暑さのせいでこのところ働きの悪くなった脳を総動員することにした。

ベルフォルマの慌てようから見て、普段の言動からは想像も出来ない趣味なのだろうか?
もしかして、編み物とか、お菓子作りとか、そっち方面か?

…なんてことは、まあ、スイッチを押す前にも考えてはいた。
しかし、実際にそう答える気はなかった。
ベルフォルマの心情をおもんばかったわけではない。
俺の口から”編み物”や”プリン作り”などいう単語が出てきても、
それはそれで奇妙な光景だろう。
俺もまだ、もう少し、もう少しだけは、格好をつけていたい年頃なんでな。



さて、ミルダを挟んで一つ隣。
エネルギーに換算すれば原子力発電所一つ分ぐらいの働きはするだろう、
アニーミから発せられるすさまじいイライラオーラに気疲れしてきたところ。
ピンポーン、と景気のよい音が鳴った。

全員分の視線がその先に集まる。
ピンポンを叩いたのは、セクシーローズだった。
優美な唇を悪戯っぽく歪めて、居心地が悪そうにしているベルフォルマを盗み見た後、

「ゲームでもスポーツでもないなら、もしかして、武道の類ではないでしょうか?」

と言った。
阿修羅大魔王が指先でマスクを直しながら、わざとらしく笑む。

「ほう、さすがセクシーローズ。いや、正解ではない。
だが、惜しい。なんの武道か、まで絞ってもらわねばな。
心苦しいが、不正解にさせてもらおう」

大魔王の言葉を受けて、マスク配布係ことブラックパピヨンが、
セクシーローズのほうへマスクを投げ渡した。
一瞬、二人の間でだけ空気が凍ったのを感じる。
俺たちにはちゃんと手渡してくれていたのに。

セクシーローズは膝に飛び乗ったマスクを口元につけながら、
「後で覚えてろよ」的な視線をブラックパピヨンに寄越した。
もちろん、阿修羅大魔王に見えない位置から。

女は怖いな。男でよかった。
いや、男だから怖いと思うのだろうか?
永遠に解決しない疑問だろう。
ソクラテスやデカルトでさえも説明できないかもしれん。

などと哲学的なことを考え出した俺の思考をさえぎるように、高らかに声が響いた。

「はい!はいはーい!次、私!私!」

アニーミだ。そういえば、今のセクシーローズの不正解で、ペナルティが外れたのだった。
毟るようにもぎ取ったマスクを握って、授業中には絶対にしないであろう、
ピンと天を向いている腕が発言権を主張していた。

「ほう、またお前か、イノセンスレッド。
しかし、回答はボタンを押してからにしてもらおうか」

「だぁあめんどくさいわね!でぇいっ!」

阿修羅大魔王の配意にしたがって、アニーミがスイッチをぶち壊さん勢いで叩く。
おかげでピンポンがビンボンと濁ったが、そんなことはどうでもいいとばかりに、

「空手!格闘技って言ったらこれでしょ〜!」

大魔王が、マスクから露になった顔の下半分で、にやりと笑った。

「発想は悪くない」

「じゃあ柔道!」

「違う」

「ボクシング!」

「もう一声」

「う〜ん…、ムエタイは!?」

「そうじゃない。段々離れていってるぞ」

「くぅ〜…!じゃあ、カリ!」

しばらく、全国のありとあらゆる格闘技の名前があがる。
少なくとも俺たちのマスクが全員分取れるぐらいには答えたことだろう。
こいつらのズサンさも、もう慣れた。

もう脳内の格闘技のレパートリーが尽きたのか、アニーミが頭を抱え出した頃、
親切な大魔王が、

「武道とは、素手でやるものばかりではあるまい」

これ見がしよに、肩に乗せた竹刀を揺らした。
……ん?

「あっ…!」

アニーミが口元を押さえる。

「剣道剣道!剣道なのね!」

アニーミが答えた瞬間、ぴたりと大魔王の口が閉じた。
重苦しい顔を作り、アニーミの元に片ひざを付く。
じわりじわり、徐々にアニーミに顔を寄せてゆく。

どこかで見た演出だ。
やつの口からファイナルアンサー?という言葉が出ても驚きはしない。
流れているのが重々しいBGMならまだ雰囲気も出ただろうが、
惜しいことに、今ラジカセから響いているのは、
何ループ目か分からない「オリーブの首飾り」だった。


「正解!」


俺は不正解のときも”ため”を作らなくては意味がないだろうと思ったが、
アニーミにとってはそうではなかったらしい。
心底嬉しそうに握りこぶしをかため、もう7,8年早かったらはっぱ隊から
オファーが出ていただろう手振りで、「やったー!」と飛び上がった。
ミルダとラルモも立ち上がって、拍手をしている。
ベルフォルマだけは微妙な表情でそっぽを向いていた。

アニーミの歓喜を煽り立てるように阿修羅大魔王が、

「イノセンスレッドに1ポイント!」

と言って、竹刀の先をアニーミに向けた。
ここで俺は、このクイズがポイント制だったことを初めて知った。
最後の問題だけ破格の10ポイントゲットチャンス!などと言い出さなければいいのだが。


俺がこのクイズは個人優勝制なのか陣営ごとの累計ポイントで勝敗を決するのかという
細かいことを確認しそこねている間に、クイズ大会は怒涛の進行をみせた。
勢いに乗ったアニーミが次々にポイントを重ね、気付けば阿修羅大魔王のターンが終わっていた。

ちなみに出題内容は2つ目がラルモの好物で、これは「するめ」が正解だった。
どこの親父だ、と場の誰もが思ったことだろうが、ラルモは気恥ずかしそうに鼻の頭を掻くだけだった。

三つ目四つ目、と同じような出題が続き、敵味方交えて何度かお手つきも交えながらも、
終始アニーミのペースで進んでいった。
そして五つ目の最終クイズ、大魔王が厳かにシルクハットを取り出し、
「今から何が出てくるのか当ててみろ」と言った瞬間。
音速でボタンを押したアニーミが鳩、と告げて、更に正解してしまったころには、
俺は流れっぱなしの「オリーブの首飾り」がこのために伏線だったのかと訝ると同時に、
あぁ、こいつらは、自分たちが勝つつもりはないのだな、と思った。

つまり、このプロフィールクイズこそが、今回のメインイベントだったのだろう。
その確信を、俺は大魔王にかわって司会役に立ったドクター毒物によって、深めることになる。


毒物の出す問題は、なんと言ったらいいものか、とにかくひどいものだった。
メチダチオンとエスプロカルブという化学物質の正式名称を答えよやら、
腎腫瘍摘出手術の正しい手順を答えよなどの無謀な出題を、
さも楽しげに出してくる。
もちろん、そんなことを答えられるのはドクター毒物以外にはおらず、
結果として全員にマスクが出回った後、出題の大半は流れる形となった。

更に困ったのが、その後だ。
これ以上なく生き生きとした顔で、薬品の名前の由来やら摘出手術に用いる器具と
周囲の筋組織を傷つけないために留意する点などの生々しい解説を、
延々と繰り広げてくれた。
しびれを切らしたアニーミとベルフォルマ、そして阿修羅大魔王に怒鳴りつけられなければ、
後一時間は化学物質の作用について勉強させられていたであろう。
雑学にしても、もう少しためになるトリビアが欲しい。

ちなみに、メチダチオンの正式名称は、
”ジチオりん酸S-2,3-ジヒドロ-5-メトキシ-2-オキソ…”

覚えきれるか。

ここまで覚えていただけでも凄いと思うぞ。明日には忘れるがな。
そんな長い文言で俺が覚えているのは、歴史の授業で習ったシャカの本名と
押入れの奥に眠っているモデルガンたちの名称ぐらいだ。


その場にいた誰もがドクター毒物の暴走にうんざりしていることだろうと思ったが、
ただ一人だけ、目を輝かせてその講義を聞いていた人物がいた。
ミルダだ。
医学に興味があるのかもしれない。
なんなら、これが終わった後に個人的に講義を頼んだらどうだ。
大喜びで2,3時間は小難しい話をしてくれることだろう。
もっとも、やるなら俺の家以外でお願いしたいがな。



そして、誰ひとりとして正解者の出なかったドクター毒物のターンが終わり、
今度はブラックパピヨンに司会者が回った。
セクシーローズは出題を自粛するらしいので、彼女の出す問題が最後の5問ということになる。
自粛というよりは、ただ単にクイズを考えるのがめんどくさかっただけなのかもしれないが。
その特権階級を俺にも少し分けて欲しいくらいだ。

立ち上がったブラックパピヨンは、いつの間にかパネルを数枚持っていた。
裏面を向けているので、内容は分からない。解説に使うのだろうか。

ともあれ、俺は、車座の中央に恥ずかしそうに立ち、
司会者を務めるに当たっての宣誓を告げるブラックパピヨンを眺めながら、
ドクター毒物のマイペース極まりない出題のせいで盛り下がった雰囲気を、
彼女ならば立て直してくれるだろう、と思っていた。
一部のこと以外に関しては真面目な女性であることは疑いようがないし、
なんだかんだで影で場を進行させていたのは彼女だ。
俺も、もともとそんなに場の空気などを気にする性質ではないが、
それでもこういうイベントごとについては、そこそこの盛り上がりを期待してしまう。

しかし、ブラックパピヨンの出題に、俺たちは今まで以上に凍りつくことになる。


「阿修羅大魔王様の22日前の夕飯のメニューはなんでしょう!」

そう言って、彼女は手に持ったパネルをオープンにした。
パネルには、きれいな円グラフが描かれていた。
几帳面に色分けられたグラフの内は、”肉類”、”乳製品”、”野菜”、”その他、鍋など”
と小さな字で注釈が振ってあった。

「これは先月の阿修羅大魔王様の食事をパーセンテージを表したものです。
これだけでは分かりにくいと思うので、続いてこちらをごらん下さい!ジャーン!」

続いて彼女が掲げたパネルに、俺たちは糸に吊るされたような人形のように、
機械的に視線を上げた。
今度は文字が大半を占めている表だった。

7月1日。
朝。ご飯、味噌汁、きゅうりの浅漬け。
昼。学食のカレー、福神漬け、お水を少々。
夜。ご飯、豚汁、アジの開き、緑茶とお酒を少々。

7月2日。
朝。トースト、いちごジャム、牛乳。
昼。焼肉定食(学校近くの定食屋さん。850円)
夜。ご飯。水炊きのお鍋(シイタケ、長ネギ、しらたき等々)、お酒を少々。

7月3日。
朝…


そこまで読んだところで、ブラックパピヨンの声が割り込んだ。

「この図を見てもお分かりのとおり、全体的に和食が多い構成になっております。
ふふ、ここヒントですよ?ちなみに二日の朝メニューが洋食なのはですね、
この日阿修羅大魔王様はお寝坊をしてしまったのです!
いつもは6時半ごろにはご起床になられているのに、目覚ましをかけ忘れてしまって…。
あぁ、私が部屋の中にいれば、そんなことにはならなかったのに…!
…あっ!いやだわ私ったら!忘れてくださいませ…」

桃色の頬に手を当てる。
俺は、阿修羅大魔王を見た。
さぬきうどんより極太の神経をしている大魔王も、さすがに顔色が悪くなっている。

「ともかくですね、私が個人的に集めたデータが日の目を見て、うれしい限りです。
皆さんに阿修羅大魔王さまの私生活を知っていただくためにも、ぜひ正解してほしいですね。
正解したあかつきには、阿修羅大魔王様の素晴らしさについて、私と一緒に語り明かしましょう!」


一言で言おう。


ぞっとした。


*******************************


いまや、部屋の中に漂う雰囲気の温度は、世界で最も寒い場所と認定された
サハ共和国のベルホヤンスクより低下していた。
イノセンス戦隊の面子はもとより、悪者ンジャーたちの顔色もすぐれない。
セクシーローズも、あのマイペースなミスター毒物も、そして賞味期限が一月ほど前の牛乳を
1パック飲み干しても平気な顔をしているだろう阿修羅大魔王でさえも。
一様に、お世辞にも可愛いとは言えない我が子の写真を一面に貼り付けられたハガキを
知人から手渡されたときのような、なんとも言えない面持ちをしている。

ただ一人、ブラックパピヨンをのぞいては。

「さあさあ、どうなさったのですか!今なら阿修羅大魔王様の全身写真を印刷した、
”等身大より少し小さいけれど充分満足できるサイズの抱き枕”を進呈しますよ!
こんなこともあろうかと、二つ作っておいたんです!」

彼女は背景に桜吹雪でも舞わせたら似合うだろう輝かく笑顔で、
「これが証拠の写真です」と一枚のブロマイドを取り出した。
小さくてよく見えないが、見えずとも何が映っているかはわかる。
というより、見たくない。
春の陽気を感じさせる笑顔はしかし、俺たちの心の氷を溶かすことはなかった。



「えー…おっほぉん!」

永遠に続くかと思われた沈黙を打ち払ったのは、わざとらしい咳払いだった。
しかし、それで充分だった。ありがとう、礼を言う。
俺はその、歴史に残るであろう勇者の顔を見た。
他ならぬ、阿修羅大魔王だ。

「イノセンスレッドが5点、他八名は同率でビリ!
よって我らが第一次抗争はイノセンス戦隊の勝利とする!
これにて第一次抗争クイズ大会は終了とさせていただく!」

と、強引に締めに入った。
大魔王の英断に、俺たちの全員がほっと胸を撫で下ろしたが、
一人、そうではないやつがいた。
不満そうに眉を吊り上げたそいつは、両手でパネルを揺らしている。

「阿修羅大魔王様!私のクイズがまだ途中ですわ!」

「パピヨン」

大魔王が、マスクの下の眉間を押さえた。
その声色は渋い。そりゃそうだ。

「お前に頼みたいことがある」

「わ、私にですか!?」

「あぁ、お前にだ。
次の打ち合わせがてら、今日の打ち上げをしようではないか。
まだ店が決まっておらぬ。お前に探しに行って欲しいのだが、任せられるか?」

「う、打ち上げですか?は、はいっ!もちろんです!いますぐに!」

ブラックパピヨンが、先ほどの不満など宇宙のかなたに吹き飛んだのであろう、
100万ワットの笑顔で答えた。
こと大魔王のお申し付けに関しては目先のことに捕らわれるらしい。

「ふう…さて、お開きですわね」

疲れたように、セクシーローズが立ち上がった。

「はい、前を失礼しますよ。どっこらしょっと」

すでにスイッチ回収作業を始めたドクター毒物が、年寄り臭い掛け声をあげながら、
俺の前からピンポンボタンを拾い上げ、ダンボール箱の中に詰めた。
セクシーローズのほうはすでに、さっさと玄関先まで移動している。
完全にお開きムードだ。
俺はうきうきした足取りで各人からランプ付きのヘルメットを受け取っている
ブラックパピヨンに、ヘルメットを脱いで手渡した。
遠足前日の小学生よりテンションが高い彼女の笑顔は可憐と言ってもいいものだったが、
悲しいことに、俺はもう彼女のことを素直にかわいらしい女性だと思うことが出来ない。

イノセンス戦隊の若い衆、つまり、ミルダ、アニーミ、ベルフォルマ、ラルモは、
急激な展開についていけなかったのか、ぼんやりとその場に座ったままだった。
連作物映画の最終話が思いも寄らぬラストで、上から下に流れるスタッフロールを眺めながら
唖然としている観客のようだ。


そして、あれよあれよという内に片づけを終えた悪者ンジャーたちが
入ってきたときと同じようにつつましくも玄関から出てゆく姿を見守りながら、
俺はベランダに出した家具がそのままだったことを思い出していたが、
もう引き止める気はしなかった。
一刻も早く俺の家から出て行って欲しい気持ちのほうが勝っていたからだ。
今度はベルフォルマとミルダに手伝ってもらうことにしよう。
特にミルダ。ここはお前の家でもあるんだぞ。
今度は麦茶一杯などで騙されん。

ウキウキ気分のブラックパピヨン、そのブラックパピヨンに棘のような視線を送るセクシーローズ、
困ったような苦笑をたたえたドクター毒物に引き続き、
常に先陣を切り、そして帰るときは必ず自ら締めの言葉を告げて行くという、
一言で言えば出たがりである阿修羅大魔王の長身がドアの向こうへ消えかけた瞬間。

「おぉ、言い忘れるところであった」

大魔王が、思い出したように振り返った。。

「第二次抗争の段取りについては、後日また郵送させていただく。
それまで、首を洗って待っておるがよい。今宵はわれらの負けを認る。
しかし、次こそは汝らの生き血を搾り出し、我らが晩餐の皿に飾ってやろうぞ」

若干いつもの覇気が感じられなかったのは、ブラックパピヨンの暴走の影響に他ならないだろう。
内心、俺は彼のことを、このスケこまし野郎、といった風に思っていたのだが――ねたみ半分だ、
ブラックパピヨンの様子を見た後だと、同情の気持ちも沸いてくるというものだ。
彼なみに図太い神経を持ち合わせていなければ、なるほど、リーダーなど務まるまい。
俺なら三日で精神を病む自信がある。


しかし、おどろおどろしいことを言う割には、
今日のクイズ大会はご都合主義的予定調和が多すぎではないか?
緊張感が感じられないぞ。

……などということを、俺はもちろん、口に出さなかった。

それは、すっかり気を取り直したアニーミとベルフォルマが
次戦に向けての気合の言葉を発しているからでもあったし、
静かに燃えているミルダがガッツポーズを作っているからでもあったし、
なにより、そんな彼の様子に、ラルモが満足した顔をしていたからでもある。
更に言うなら、わざわざこんなセッティングまでした悪者ンジャーたちの努力と手間に、
少しだけ、本当にミリ単位での敬意があるから。



ともあれ、第一次抗争は、我らがイノセンス戦隊の勝利に終わった。
これを勝利と言っていいのかはなはだ疑問ではあるが、敵側がそう宣言している以上、
大手を振って断言してもいいのだろう。
当然、打ち上げという流れになる。
さすがに俺もやつらの夕飯の面倒まで見切れんため、夕方には帰していたのだが、
まあ、今日ぐらいならいいだろう。

一人で三点をもぎとったイノセンスレッドの健闘をたたえ、打ち上げのメニューは
”勝利に向かってまっかっか!灼熱のバーンストライク鍋!
(命名 アニーミとベルフォルマ)”になることになった。
つまり、キムチ鍋だ。この暑いのに。
まあ、鍋ならわりと作るのも楽なので、俺も特に反対はしなかった。


その数時間後。
騒がしいながらも平和な打ち上げになるはずだった。
しかし、今日という日はハレとケの日で言えばハレの日にあたったらしい。
事件は夜にも起こった。

それは男衆がベランダに放置されたままの家具類を搬入している間、
アニーミとラルモに材料の買出しに行かせているときのこと。
俺は定位置に戻した椅子にかけて、煙草をふかしていた。

そこに、再び、チャイムの音が飛び込んできたのだ。
まだアニーミとラルモを送り出してから十分と経っていなかった。
俺は、二人が財布でも忘れたのかと思い、いや、確かに渡したはずだと思い直し、
ともかく怪訝な気持ちでドアを開いた。

反省しよう。
なぜいつも、ドアを開ける前に相手を確認しないのかと。


チャイムを鳴らした主は、俺を押し返す勢いで玄関の中に飛び込んできた。
俺をしのぐ長身にニヤついた顔、派手な服に甲高い声。
そう、桃色のあいつだ。

「ヤッホー!イノセンス戦隊のみなさん!お待ちかねだよ!オレだよ!」

オレ?誰だ?お前など知らん。
ミルダ、警察に電話をしろ。ヘンな男が部屋に踏み込んできた、とな。
いや、この状況を伝えるのに、そんなに文字数を取らずともいいか。
六文字で言おう。

ハスタが来た。


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