We are THE バカップル19
19



そろそろコタツが恋しくなってきた時期のこと。
俺はタンスの中の夏物の洋服をクリアボックスに仕舞い、
冬物の洋服に入れ替えるという、季節の変わり目に付きものの作業をしていた。
着々とハンガーから衣服が剥がされ、タンスの内部が気温に見合った寒々しい様相を
呈してきた頃合いに、一着の黒い服に目が留まった。
服と形容したが、実際には布切れに近い。
俺はその布切れがぶらさがったハンガーを取り、手元に寄せた。
やたらテカテカした素材のそれは、夏物とか冬物とかいうレベルを飛び越えて、
どの状況のTPOにも属さないであろう。

俺の横で同様の作業をしていたミルダが、やにわに、わっ、と声を上げた。

「見て、これ。懐かしいなあ」

ミルダが掲げたものは、蛍光色の青い布切れだった。
やたらぺったりしていて、ぱっと見では服なのかどうかさえ分からない。
しかし、俺はそれがなんなのか、すぐに分かった。

イノセンス戦隊のユニフォームだ。
ほとんどがタイツのようにのっぺりとしていて、着てみると分かるが、
ところどころに金色の流線が走っており、ド派手なデザインになっている。

今は皺になっていてよく分からないが、恥ずかしいことに、このユニフォームは、
それぞれの名前入りだった。もちろん、本名ではない。

ミルダのものにはI・ハワイアンブルー、と背中の部分に描かれている。
Iはもちろん、イノセンス戦隊の頭文字だ。
俺のユニフォームには、コードネームアサシンシャドウ…では長すぎると考えたのか、
コードネームA・Cと、銀色の文字が光っている。
セットで頭部と目元を覆うヘルメットもあるのだが
――ちなみに、これもレンズの部分が色分けされてある――
それは別の場所に保管してある。

「楽しかったよね。あんなに充実した夏休みって、初めてだったよ。
本当に懐かしいな。これ見てると、あのころの思い出がよみがえってくるよ」

ミルダが膝の上でハワイアンブルーのユニフォームを広げながら、
懐かしむように笑った。

「まだ、半年も経ってないだろう。懐かしむには早い」

ミルダが形だけ、すねたように頬を膨らませる。

「知ってるよ。も〜、ほんと情緒ってもんが分からないよね、リカルドは」

俺は、それは悪かったな、とだけ返して、ユニフォームをハンガーから外し、
クリアボックスの中に押し込んだ。
ミルダが慌てて、それを掘り返す。

「あっ、待って!しまわないで」

俺が視線だけ向けると、ミルダが、はにかむように顔を緩めた。
ハワイアンブルーとコードネームA・Cのユニフォームを合わせて、
胸に大事そうに抱える。

「まだ、しまわないでおこうよ。お気に入りなんだ。
これを見るたびに、あのときの楽しかった気持ちを思い出せて、うれしいでしょ」

特に反対することでもないので、俺は、そうか、とだけ言って、
ハンガーから服を取り外し、収納ボックスに仕舞う作業に戻った。
ミルダはすっかり、あの夏の思い出に意識が浮遊しているようで、
手がおろそかになっている。
ユニフォームの布地を撫でて、ふっと視線を上げた。

「ねえ、見た目に反して、本当に器用だったよね、あの人。
えぇーっと…なんだっけ」

俺は、あぁ、と相槌を打って、言わんとする人物の名前を口に出しかけた。

「待って!言わないで!脳のシナプスが劣化する!」

と、ミルダが制したので、口を閉ざす。
ミルダはしばらく、ユニフォームを握ったまま、
うーんだの、あー、だの言って首を捻っていたが、

「駄目だ、思い出せない。頭文字だけ教えて」

「ハ」

「あっ…!ハスタ!ハスタさん!よし、シナプスが繋がった!」

そいつはよかったな。

「あの人にはビックリしたけど…うん、でもやっぱり、すごいよ。
これ、とても手作りだとは思えないもん」

ピラ、とユニフォームを広げて、眺める。

「ああいう人のこと、芸術肌っていうのかなあ…。
リカルドもそうだけど、また違ったものがあるよね。
天才って、変人と紙一重だって言うし」

誉めすぎだろう。腕が確かなことは認めるが。

「ああいうことにならなかったら、あの人とも知り合うことなかったんだろうな。
あ、僕は、リカルドと知り合いだから、出会う可能性はあったんだけどね。
それでも、イリアやエルにとっては、新鮮な出会いだったんじゃないかなあ」

「鮮度がよすぎてドン引きしてたがな」

俺は最後の洋服をタンスにしまい終えると、その場から背中を向けた。
ミルダは最近、口を開けば、あの夏休みの思い出を語りたがる。
いや、最近だけではない。夏休みから、今まで、ずっとこの調子だ。

それか、オランダのことだ。

「リカルド」

ほら来た。
キッチンで茶の準備をしていた俺の腹に、細い腕がからむ。
夏物の片付けは放棄したらしい。

「オランダ行き、真面目に考えてよね。僕は本気だよ。
移住する、なんて考えてないから。なんなら日帰りでもいいし」

「そして結婚式、か」

腕に力がこもる。
勘弁してくれ。マリッジブルーになりそうだ。

「ミルダ」

首だけねじって、俺に憑り付いた子泣き子供を見下ろす。

「あの帽子、どいつんだ」

「オラんだ。…リカルド、スベってるよ?」

「わざとスベったんだ」

俺はミルダの脳天に、五段階レベルで言うならレベル2ぐらいのゲンコツを振り下ろし、

「作業に戻れ。手伝わんぞ。自分のものは自分で片付けろ」

と、涙目になったミルダに言っておいた。


まったく、困ったものだ。


で、だ。俺たちのイチャイチャなど、どうでもいい、って?
気持ちは分かる。では、先を話そうか。
ハスタが俺の家に現れた後の顛末とやらを。



**************************



「テメェ!何しにきやがった!」

そんな台詞が、俺の部屋に鳴り渡った。
ベルフォルマほど”テメェ、何しにきやがった”という台詞が似合う人物は、
現在過去未来を探しても二人といるまい。

ともかく、その台詞を言ったのはベルフォルマで、それが誰に向けられたものかというと。
これも想像がつくだろう。ハスタだ。
やつもやつで、宇宙で三番目ぐらいには”テメェ、何しにきやがった”という台詞を
”言われ似合っている”人間だろう。

そんな、ある意味相性がいいのかも知れない二人の間に、
こともあろうか、この俺がはさまれていた。


ハスタの珍妙な台詞が響いた一瞬後。
ベルフォルマが獲物を見つけたチーターのような俊敏さで玄関先まで駆けつけてきた。

「答えろ!何しにきやがった!」

耳元で叫ぶな。鼓膜が破れる。

「何って、ナニしに?しにしに?ちょっと〜いやだあんリカルド氏、
ペット飼い始めたなら教えてくれよ。知ってたら土産買ってきたのにさ。
いやあ立派なおサルさんだねぇ〜、人語も理解してらっしゃる。
学会に出すべきだとは思わないかい?一儲けできるよ〜」

「ん・だ・と、テメェエエ〜…!」

ベルフォルマが、温泉上がりの猿のように顔を赤くして怒鳴り返す。
こいつの戯言など聞き流せばいいものを。
きっとこいつらは百年経っても和解することなどないのだろうな。
それは別にいいが、問題は、そんな二人に俺がはさまれているということだ。

「お前ら、いい加減にしろ!喧嘩なら外でやれ!」

水と油、いやガソリンと灯油ぐらいの素晴らしい相性を持つこいつらを
同じポリ容器に突っ込んで爆発するまで放置したい気持ちだった。
…比喩だぞ。よい子は真似をしないように。


「ね、ねぇ、リカルド…」

右手でスタ、左手でベルフォルマを押さえ、口に煙草を咥えるという、
器用な姿で硬直する俺のそでを、ミルダが引っ張った。
こいつは、こういうとき影の薄さを利用してさりげなく中心に入ろうとするから困る。
故意なのか無意識なのかは知らんが。

「…この人、誰なの?リカルドの知り合いなの?」

「知り合いだ。……ミルダ」

「なに?」

「灰皿を持って来い」

ミルダの顔が蒼ざめる。

「どっちを殴るの!?」

お前を殴る。

「いいから取って来い!灰が落ちそうなんだ」

怒鳴った拍子に、咥え煙草の先から、ぽろりと灰がこぼれた。
もちろん、俺の靴にでも落ちていることだろう。そういう運命だ。





そして、俺はこうるさいガソリン男と今にも揮発しそうな灯油少年を殴って黙らせ、
とりあえずということで、居間に通した。
言っておくが、灰皿で殴ったのではない。拳だ。
そんな家政婦に覗かれそうなことをするほど、俺の堪忍袋も狭窄してはいない。

その場でハスタを追い返すことも考えたが、俺はそれをしなかった。
なぜなら、居直り強盗のような強引さで押し入るこいつを止めることは、
流されやすさに定評のある俺には出来ず、なすすべもなく……
…というわけではなく。いや、もちろん強引だったことも理由の一つだが。
なにかと俺に貢ぎ物(と言っていいのか疑問だが)くれるハスタを、
用件も聞かないまま追い出すのに抵抗があったのもあるが、
なにより一番の要因は、やつが初めに言った言葉だ。

”ヤッホー!イノセンス戦隊のみなさん!お待ちかねだよ!オレだよ!”

そう、なぜやつが、イノセンス戦隊の名前を知っている?
俺はそれが気がかりだった。


「ベルフォルマ」

テーブルの隅に付いたハスタを十年間捜し続けてきた親の仇を見る目で
睨んでいるベルフォルマに、なだめるように言った。
ちなみに、ハスタの隣には俺、その俺の前にベルフォルマ、
そしてベルフォルマの隣にはミルダを座らせている。
ガソリンと灯油を対角の位置に配置したのは、俺の部屋でキレる十代の実態を
リアルに放映されないようにとの配慮に他ならない。

「…ベルフォルマ。俺の客だ」

俺の客。ハスタ相手に使うと、なんておぞましい響きになるのだろう。
が、今はベルフォルマを大人しくさせるために、そう言っておくしかない。

ベルフォルマはぴくりと眉をひそめ、視線を窓へそらした。
腕を組み、無関心を装ってはいるが、刺々しいオーラは尽きることがない。
ハスタだけではなく、俺やミルダにも刃となって刺さりそうだった。
俺は別段平気だったが、ミルダの方は慣れない雰囲気に戸惑っている様子だった。
飼育小屋に突如ニワトリが闖入したウサギの群れのようにビクビクおどおどしている。

「あ、あのっ」

それでも話題を切り出そうとするあたり、果敢とも言える。
ただ単に雰囲気に耐えられなくなった説を押したいが。
俺はといえばこの四人で仲良く会話をしようなどという愚かな考えはとうに捨て去っていて、
ミルダの頭に生えたふかふかと白いうさぎの耳を幻視し、
リラックス効果を司る脳内物質セロトニンの供給を試みていたところだ。

「あの、ハスタさん…で、いいんですよね?」

ハスタが、にやにや笑いながら肯定する具合で頭を揺らした。
そのニヤけ面に、当然、俺のセロトニンは途絶える。

「じゃあ、ハスタさん。はじめまして。僕、ルカ・ミルダと申します。
よろしくお願いします」

何をよろしくするのかは分からないが、ミルダが懇切丁寧に頭を下げる。

「ん〜、礼儀正しくて感心感心。
けど、服と靴下のコーディネートが気に入らないので死刑な。
あ〜悲しいねぇ、今ここで出会えたキミとボク。けれどすぐに悲しみがやって来るので…」

「ヒッ!」

「ミルダ、気にするな。こいつは、いつもこうだ」

ミルダ徐々に顔色を悪くさせているのを見て、俺はハスタの胸をどついた。
まずいことに、ベルフォルマまでもが反応して、視線をこちらに戻している。
俺が今、ハスタの口をガムテープでぐるぐる巻きにしたとて、誰も責めないだろう。
ついでに鼻もふさいでやりたいところだが…

「で、だ。ハスタ。貴様の用件を聞く前に、一つ質問せねばならんことがある」

俺はやつを窒息死させる前に、気になることを聞いておくことにした。
ハスタが首をかしげて…、いや、小首を傾げて、俺を見る。
やめろ。お前がそんな仕草をしても、俺のセロトニンは帰ってこない。

「さきほど、俺たちのことをイノセンス戦隊、と呼んだな?
なぜ、お前がその名を知っている。そして、俺たちがイノセンス戦隊だと知っている。
返答次第では、ただでは済まんぞ」

アンケートでも取ろうか。
今の台詞、テレビかアニメで言っていたら、格好よくはないか?

「へっへっへ、よくぞ聞いてくれました。それはねぇ」

ハスタが逆方向に頭を傾けて、企むように、にやっと笑う。
まあ、こいつはいつもこんな笑い方だ。本当に何か企んでいかはあやしい。

しかし次の瞬間に呟かれたハスタの答えは、簡潔でいて、度肝を抜くのに充分なものだった。
例えるなら、そうだな、



例題1

俺は浮気をしていた。(あくまで例えだぞ。例え。)
本妻の家へ戻る途中、残業だと偽って浮気相手の家をおとずれる。
俺は本妻用の土産と浮気相手用の土産を両手に持ち、彼女の家のベルを押す。
すぐに彼女が出迎える。若い女だ。なかなか可愛い顔をしている。
名前は、そう、メグミとでもしようか。
その日のメグミはやたら機嫌がよかった。
俺はおいしいイベントを期待して胸おどらせる。
メグミは飯を作って待っている本妻のことを考慮してか、
あまり腹にたまらない料理を作ってくれる。
この日もそうだ。得意のオニオングラタンスープを手にリビングへ戻ってくる。
スプーンを取る俺の手を、メグミが悪戯めいた笑顔で握る。
おいおい、もうか?スープが冷めちまうぜ。当然俺はそう思う。
次の瞬間、メグミが言った。

「子供が出来たの」

机の下からメグミが取り出したものは、母子手帳だった。



そんな感じだ。
…妙に細かいくせに分かりにくくてその上悪趣味だと?あぁ、同感しよう。
だが、そんな例えを出してしまったことよって、俺の動揺度合いを推し量って欲しい。

重ねて言うが、決して俺の実体験ではない。
中学の同級生にメグミという名前の女子がいたが、
彼女とはなんの関連性もないことをこの場で言っておこう。


さて、前置きが長くなったが。
ハスタは立てた膝の上に腕を乗せ、こともなげに言った。



「オレもイノセンス戦隊のひとりだから」

俺はまず、こう思った。

イノセンスピンクは埋まっているぞ?



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