We are THE バカップル21
21



その日は、薄い雲が太陽にかぶさっていた。
秋の風に追い立てられ、沈みかけた陽が雲間からちらちらと見え隠れし、
街路樹のそばで踊る羽虫の姿を露にしたり、隠したりしていた。
その向こうに、漁から帰ってきた漁船の煙と、
荷を降ろす漁師たちが細かに動き回る姿がうかがえた。

「気が重いな」

俺はネクタイを僅かに緩めながら、息を付いた。
長崎の地理は段差が多く、迷路のように入り組んでいる。
道幅が極端に狭く、階段が多いので、車が進入できない場所も多い。
俺たちも今、肩を並べて傾斜のきつい坂を上り、住宅地へ向かっていた。

「軽い気持ちで行ける仕事などない」

俺の隣の、スーツをきっちり着た男が、そう答えた。
その声は、俺と同じだ。しかし、わずかにだけ高い。
第三者が聞けば、ほとんど違いなど分からない程度にだが。

「わかっているさ」

横を歩いていたスーツの男、ヒュプノスが、俺の肩を叩いた。
規定ぎりぎりまで髪を伸ばした俺に比べ、ほぼ坊主に近いほどに短く髪を刈ってはいるが、
俺たちの顔は、傍目には瓜二つと言っていいほど同じものだ。
俺たちは双子で、仕事上の相棒だった。

「今日は注意するだけだ。立ち入り捜査もなし。
私たちの仕事は至極簡単なものだ。軽くおどして、帰るだけでいい。
それとも、刑事ドラマみたいなガサ入れがしたいのか?」

「たまには派手なこともやりたいがな」

刑事課所属といっても、大概の仕事はデスクワークか、こういうつまらない外勤ばかりだ。
仕事の話は兄から聞いていたから夢なぞ持って就いた職業ではないが、
それでも、稀には難解な事件に携わったり、レインボーブリッジを封鎖…
…長崎にはレインボーブリッジがないからせいぜい女神大橋ぐらいだろうが――
まあ、どこかしらかに大捜査網が敷かれるような事件に関わりたい、という
気持ちが、ないわけではない。
一般人から見たら、はた迷惑な望みであることはわかっているが。

ヒュプノスは、俺の様子を見て、生真面目に眉をひそめた。

「クレジットカードを使った違法な資金洗浄で稼いでいる、
ケチな男だ。その男の金ではない。ただの労働力といったところだろう。
注意すれば、すごすごと手を引くか、上に報告する。
だが、それでいい。その時点で、私たちの仕事は終わりだ」

「俺は、お前のことを気にしているんだ。
カッとなって、おどしすぎるなよ」

双子の弟は、固い表情を崩して笑った。

「そのときは、お前がブレーキをかけてくれればいい。
それがお前の役目だろう」

ヒュプノスは、基本的な物越しは俺より柔らかいが、熱くなりやすいところがある。
しかし行動力があり、頭に血が昇らない限り、冷静で、頭が切れる男だった。
反面、俺はどちらかと言えば熟考して動きたいタイプだった。
しかし、瞬間的な勘というか、ここは踏み込むべき、踏み込まないべき、
という危機を感知する能力は、俺のほうが働いた。
ヒュプノスが動いている最中に、俺が状況を読み取って考えるのが、
俺たちの仕事のやりかただった。

「小学生の息子と二人暮し、だったな」

俺は、これから向かう先の男の情報を、口にしていた。
何気なく呟いただけなのだが、ヒュプノスが、またか、といったようなため息をつく。
しばしばこういったことを気にする俺に、彼が辟易しているのはあきらかだ。

「リカルド」

ヒュプノスが、俺にそっくりな眉毛を吊り上げて、言った。

「私たちは神ではない。ひとりの人間が守れるものは限られている。
家族と、街の治安。私たちが守れるものは、その二つだけだ。
それ以上を望むな」





ほどなくして、俺たちは市街地の端の、長屋式住宅が並ぶ一角に辿りついた。
砂利道に膝ほどまである雑草が生い茂っており、お世辞にも閑静な住宅街とは言えない。
人気が少なく、日あたりも悪い。どこか、陰気な空気が漂っていた。

俺は住宅に登る段差の下で、玄関のチャイムを押すヒュプノスを眺めた。
部屋の主はなかなか出てこなかった。
だが、開け放たれた台所の窓から、ちらりと影が動いたのを、俺は見過ごさなかった。
居留守を使おうとしているのだろう。

ヒュプノスもそれは承知の上で、しつこくチャイムを鳴らし続け、
ときには警察の者であると名乗りを上げて、どうにか男をおびきだそうとしていた。
俺は煙草に火をつけながら、

(まるでサラ金だ)

と思った。
サラ金も警察もそう変わらないのかもしれない。


それから十数分経ったころ、やにわにドアの施錠が解かれた。
とうとう観念して出てきたのかと思ったが、そうではなかった。
その気になれば蹴破れそうな薄いドアの向こうから現れたのは、色黒の少年だった。
ガリガリに痩せていて、手足など樫の木のようだった。
粗末な肌着と毛玉だらけの半ズボンだけ着ている。
その目はかたくなで、警戒の色がありありと浮かんでいた。
部屋の主の息子と見て間違いないだろう。

「お父さんなら、いないよ」

少年は開口一番、そう告げた。
ヒュプノスが素早く、ドアの向こう側に目を走らせる。
踏み込まないところを見ると、本当に留守らしい。
ヒュプノスは少年に視線を戻して、にこりと精一杯の愛想を浮かべた。

「そうか。では、出直すことにする。お父さんに、そう伝えてくれるかい」

少年は返事をせず、ドアを閉めようとした。
その瞬間、少年を突き飛ばして、男が玄関の外に飛び出してきた。
四十絡みの、頭髪の薄い男だ。目が血走っていて、顔が赤い。死角に潜んでいたのか。
男の突進を、ヒュプノスは一歩引いただけでいなした。
勢いをもてあました男が前につんのめる。
その狂犬のような目が、瞬間、俺をとらえた。
敵意の矛先をヒュプノスから俺に変え、再び猪のように突進してくる。

しかし、俺はコンクリートに叩きつけられてうずくまった少年に注意を取られていて、
とっさに反応できなかった。
あろうことか、少年を抱え起こそうと半ば身を屈めていたせいで、
まともに男の突撃を食らう。
俺は背中を打ち、男ともみあいながら地面に転がった。
不意に、男が腕を持ち上げる。何か、茶色いものを持っていた。
男が握ったそれが、日にきらりと反射する。
次の瞬間、布が裂けるものに似た音が立った。
同時に、額の皮膚が激しく引き攣れる感触がした。
まるでロール機に巻き込まれたようだった。

俺は男の手首をつかんで、ひねりあげた。
耳の横で固いものが落ちる音がした。
男はひき潰されたような悲鳴を上げ、俺を突き放した。
俺は起き上がろうとしたが、体がショックを受けていて、言うことを聞かない。
目の前がくらみ、視界が赤いものでふさがった。

(切られた)

それも、かなり深い。包丁か、ナイフだろうか。
顔全体に引き裂かれたような耐え難い激痛が走る。
すぐに、俺の横を男がすり抜ける気配を感じた。

「ヒュプノス!」

俺は額を押さえ、相棒へ呼びかけた。
俺が声をかけるまでもなく、ヒュプノスは動いていた。
怒鳴り声と、砂利を蹴り散らす音が響く。
俺は体の力を振り絞って起き上がり、手探りでスーツを脱いだ。
目の上を拭って、額に布地を押し当てる。
痛むが、それどころではない。

俺が目を開くころには、ヒュプノスが男を確保していた。
玄関から数メートル離れたところで、男の腕を捻り、羽交い絞めにしている。
2、3度男の腹を殴り付けながら、何事か怒鳴っていた。
色白の顔を更に真っ青にして怒り狂い、今にも男の腕をへし折りかねない気配だ。
俺は顔を歪めた。歪めた先から痛みが走り、息がつまる。
すぐそばに、ビール瓶が転がっていた。
半ばほどで割られていて、先が鋭利に尖り、血痕が付着している。
俺のものだろう。こんなものが凶器だったのか。
俺は貧血を起こしそうになりながら思った。

「おい、殺すなよ」

俺が声をかけた瞬間、玄関近くから、ぱっと小柄な影が飛び出てきた。
地面に転がったビール瓶を拾い、甲高い叫び声を上げながら、
男を拘束するヒュプノス目掛けて、転がるように駆けて行く。
砂利を跳ね上げる裸足がよく見えた。


俺は咄嗟に、進路上に飛び出していた。
腕を伸ばし、攻撃者の肩を掴もうとする。
大きな瞳が、瞬間、憎しみに燃え上がった。
邪魔するな、と叫ばれたような気がする。
耳に届いた瞬間には、小柄な影が、手にした凶器を突き出していた。
脇腹に、複数の尖ったものが突き刺さる。

「リカルド!」

ヒュプノスの声が、どこか遠く響いた。
俺の前で、細い影が膝を付いた。
血で汚れた指の先から、ぽろりとビール瓶が抜け落ちる。
目を零れ落ちそうなほどに剥いて、その瞳の中央が、あわれに揺れていた。
俺を刺したのは、男の息子だった。



******************



俺は、毛布を跳ね飛ばして起き上がった。
頭から足先まで、バケツの水を浴びせられたように汗に濡れている。
俺はこわごわと、周囲を見回した。
いつもの、自宅の寝室だった。
ドアの向こうから、トーストの焦げる香ばしいにおいがただよっている。
俺は重い手を持ち上げて、額に走った傷に触れた。
もう癒えた傷跡は、なぞるとやはり湿った感触がしたが、
痛みも、血の流れる音もなかった。

「リカルド?起きたの?」

ミルダが、目玉焼きを片手にドアから顔をのぞかせた。
よほど浮かない顔色をしていたのだろう、はっとその顔が、不安げにくもる。
皿を持ったまま、ベッドのそばまで歩み寄り、俺の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?顔色悪いよ」

俺は、なんでもない、と言って額を押さえ、まだ荒い息を整えた。
ぬるい汗が胸を伝って気持ちが悪い。
ミルダがベッドの端に腰を下ろして、俺の頬に手の甲を押し当てた。
熱でもはかっているつもりなのだろう。
ミルダはしばらく、うーん、と唸った後、

「今日、出かけるのやめにする?イリアたちには、僕から連絡しておくからさ」

俺は、いや、と首を振った。なんでもない、とも言った。
しかしミルダは、不調の原因を聞きだそうと、しつこくベッドの端に居座り続ける。

「…いやな夢でも、見たの?」

俺の息が、一瞬止まった。
いくらにぶいとはいえ、それを見逃すミルダではない。
やっぱり、といった顔で、俺の顔を見詰めてくる。
俺は深々と息を付いて、

「あぁ。ひどい悪夢だった」

と言った。
ミルダが息をのむ。
俺は髪をかき上げながら、笑った。

「二頭身のアニーミが大量発生して、乗り込んできた。
玄関口までアニーミで溢れていて…これがもう、おっかなくてな。
あげくの果てにはロープで縛り上げられて、食われかけるところだった」

大真面目な顔でそう告げてやると、ミルダが一瞬きょとんとした。
それから、大きく噴出す。

「あははははっ!なにそれ!子供みたいじゃないか」

「どんな夢だろうと、見ている最中は真剣なものだ」

ミルダが、それはわかるけど、とくすくす笑いながら、顔を寄せてきた。
柔らかいものが俺の唇にあたる。
頬をなでる銀髪からは、日の匂いがした。
胸を内側から突き刺すような悪夢の余韻が薄らいで行く。
しばらくして、にこやかな緑色の目が、わずかに離れた。

「さ、早く起きて。ちゃんとリカルドの分の朝ごはんも作っておいたんだからね。
遅刻なんかしたら、本当にロープでふんじばられちゃうよ。
水着選び、一番楽しみにしてたのは、イリアなんだから」

こつ、とミルダの額が俺の額にあてられたときには、
俺の心臓は平静さを取り戻していた。



*******************



「ちょっと〜!遅いわよ!」

アニーミが、白いトングサンダルでアスファルトをごりごりと踏みにじりながら、言った。
よりかかっていた電柱から背中を離し、手に持ったポカリを一気に傾け、

「あんったらはいいわよね〜、家のすぐ前なんだから!
けどねぇ、私たちはわざわざ歩いてやって来てんのよ。
ただでさえ無駄に太陽がやる気マンマンなせいでクソ暑いのに!
せめて約束の5分前にはクーラーの効いた車を用意しとくのが筋ってもんじゃない!?」

俺はキャミソールのひもをわずらわしそうに弾くアニーミを見た。
まだ朝の9時だというのに、よくそんなに声が張れるものだ。
ミュージシャンがさぞ羨ましがるだろう。

「ベルフォルマはバイクだろう」

「あらあら、遅刻した上に屁理屈?ダッサ〜」

俺はアニーミの横で、バイクのシートにまたがりながら携帯をいじっている
ベルフォルマに視線を移した。
彼の手元を、すぐそばでラルモがのぞきこんでいる。
ベルフォルマが手先を動かすたびに、ラルモが、「おぉ!」だの「わお!」だの
にぎやかな歓声をあげていた。ときおりベルフォルマが、「これは重ねると全消しできんだよ」
などとコツらしきものを伝授している。なにかゲームでもしているのだろう。
奇遇にも、同じような黒のタンクトップにジーンズという装いの二人は、
傍目には仲の良い兄妹のようにも見える。

そして、傍目に見てどう思われるか全く想像がつかない俺とミルダは、
並んでアニーミのお説教を受けていた。
なるほど、楽しみにしていたと言うのは本当らしい。
怒りながらも、その目はわくわくとしていた。
年相応の少女からしてみれば、皆で水着選び、というのは
これ異常なく楽しいイベントなのだろう。



合宿の計画が持ち上がったのは、キムチ鍋打ち上げ会の翌日だった。
例のごとく昼間からだらだらと家に上がりこんだイノセンス”なまけ”戦隊は、
来るべき一週間後のドッジボール大会に向けて、作戦を練っていた。
アニーミはソフトボール部の練習のために留守にしていたので、
部屋の中はいつもより三割ほど静かだった。
俺はネットで”ドッジボール・作戦”などの単語を検索サイトに入れて
現代の利器を生かした情報収集をしていたのだが、そのときやにわに、
ベルフォルマが切り出した。

「そういや、剣道やってたときさ、足腰鍛えるためとか言って、水泳やらされてたな」

なんでも、体育館を他の運動部と交互に使っているときに、
人数の少ない水泳部に混じって、プールを貸してもらっていたそうだ。
ミルダとラルモがその発言に食いつき、それからあれよあれよと言う間に、
”イノセンス戦隊夏合宿案”が持ち上がった。
そしてその案は、部活から戻ってきたアニーミによって、可決されることになった。
俺は再可決をさせるために解散と総選挙を望んだのだが、もちろん無駄に終わった。

結局、金銭的な問題もあって、合宿とは名ばかりの日帰り海水浴ということなったのだが、
それでもアニーミ以下お子様衆議院は満足げだった。
そしてその翌日……つまり、今日だ。大型デパートに必要物資であるところの
水着を買い求めるために、朝っぱらから俺の家の前に集合しているというわけだ。


俺は車のハンドルを左に切りながら、後部座席でジュースを片手にくつろいでいる
アニーミとラルモをうかがった。
ちなみにそのジュースは遅刻の代償として俺の財布の小銭から等価交換されたものだ。

ベルフォルマは、一人単車で向かう手はずになっていた。
詰めれば後部座席に三人座れんこともないのだが、ベルフォルマは、
帰りに寄りたい場所があるから、と同乗を断った。
アニーミは付き合いが悪いと文句を言ったが、別に無理矢理乗せる必要もないので、
俺はベルフォルマの好きなようにさせることにした。
微々たるものだが、ガソリン代の節約にもなるしな。

というわけで、車内には四人、運転席に俺、助手席にミルダ、
後部座席にアニーミとラルモが位置どっている。

「あ〜楽しみやなあ。海水浴なんて何年ぶりやろか。初めてかもわからん」

ジュースの缶からぷはっと口を離したラルモが、楽しげに言った。
今回、一番海水浴を楽しみにしているのがラルモだ。
そしてそれが、俺がわざわざ車を出して休日出勤している理由でもあるのだが。

「なぁにエル、あんたこんな真っ黒に日焼けしてるくせに、海行ったことないの?」

スポーズドリンクのペットボトルを片手に、アニーミが足を組んだ。

「これは地黒や。…まあ、ほんまは行ったことあるかもしらんけど。
よう覚えてへんから、行ったことないのと同じもんやね。
うち、水着もスクール水着以外もっとらんし。どんなん選べばええのかよう分からん」

水滴の浮かんだ缶を両手で握り、恥ずかしげに呟く。
ラルモは両親を幼い頃に亡くしている。
まだ健在のころに家族で行ったのかもしれないが、それでも、
ラルモが6歳になる前だ。記憶がないのもうなずける。

「変なん選んで笑われるのも嫌やし、もうスクール水着で行ったろかな」

「な〜に弱気なこと言ってんのよ!」

アニーミが、頼もしげにラルモの肩を叩いた。

「そんなの私が選んであげるって!
そうね、もう、めちゃめちゃフリフリなのにするわよ!」

「え〜、ええよ〜、恥ずかしいし〜」

本当に恥ずかしがっているのだろう、ラルモの頬が薄ら赤く染まった。

「いいからいいから!あんた、普段がボーイッシュなんだからさ。
こういうときこそカワイイのを着るべきなの!13歳でも立派な女の子よ!」

同感だな。ぜひ見たい。
との言葉を、俺は飲み込んでおいた。
決してやましい気持ちで思ったわけではないが、ロリコン扱いされるのはごめんだ。

「い、色くろいし、似合わへんって」

まだ難色を示すラルモに、アニーミが、

「なに言ってんの!色が黒いからこそ似合うんじゃない。
健康的でいいわ。日焼け止め塗る必要もないしね。
むしろ、海来てまで色白のやつのほうが萎えるっつーの。
ねぇ、前列のお二人さん?」

ミラー越しに、じろりとアニーミの意地悪そうな目が向けられた。

「えっ、僕!?」

「俺は焼かないんじゃない。焼けないんだ」

俺とミルダがほとんど同時に言った。
アニーミの目がじわじわとせまくなる。

「あらあら、なにそれ、自慢?男のくせに色白って正直微妙よね〜」

「仕方ないだろう。焼けた次の日には皮が剥がれるんだ。
俺だって焼けるものなら焼きたい」

そして、焼けた当日は肌が真っ赤になり、結構痛いのだ。
アニーミは俺の反論を無視して、

「あっそ。ひ弱ね。まあ、こんがり焼けてればいいってもんじゃないけど」

どん、とシートに重役のように背を預ける。

「最近、男でも色白のほうが魅力的って言う女の子もいるでしょ。
でも、私はそう思わないのよねぇ。男でも女でも顔色いいほうがいいに決まってんじゃん。
ただでさえ最近の中高生は運動能力が低下してるって言われてんだから。
あ、行動力がない、とかも言われてたわね!クッソ、自分たちは大人だからって、
好き放題言って!思い出したらムカついてきたわ!」

「あ、でも、それだったら、結構ぴったりな人がいるじゃないか」

一人で盛り上がって怒りを感じているアニーミに、ミルダが返した。

「は?誰それ。まさか、僕だよ、とか言い出すんじゃないでしょうね」

アニーミのジト目に、ミルダはほがらかに笑い、

「ははっ、違うよ。僕はひ弱で行動力がないから、イリアの好みの逆だよ」

と立つ瀬のないことをにこやかに口にした。

「じゃあ誰なのよ。エディかニーノ?全っ然タイプじゃないんですけど。
私、どっちかって言ったら年上のほうがいいし」

「へぇ、じゃあリカルドのおっちゃんのこと、タイプなん?」

ラルモが、純粋に不思議そうにまばたきした。

「まっさか〜!私から見たら27歳なんておっさんよ、おっさん!
そうね、2,3歳ぐらい年上の人がちょうどいいかな。
もっとも、彼氏なんて作る気さらっさらないけどね」

アニーミがシートに寄りかかりながら、へっ、と鼻息をついた。

「2,3歳年上かぁ。…あ、やっぱりピッタリだね」

ぽん、とミルダが嬉しげに手を叩いた。

「…ん?あぁ、そうか、あいつのことか?」

俺は今度は右折をしながら、ミルダの顔を見た。
ミルダが、にこにこと笑いながら、こくりとうなずく。
それで、俺はミルダの言いたいことが分かった。

この数ヶ月で俺とミルダはツーカーだ。
…ツーカーとか使うから、おっさんって言われるのか?

「だから!そいつは誰なんだっつーの!」

アニーミが、ペットボトルを片手に、がばりと運転席の横に顔を突っ込んで来た。
俺はポカリで殴られる前に、

「ベルフォルマ」

とだけ答えておいた。

それからのアニーミの表情の変化は、百面相を見ているようだった。
まずぽかんと口をあけて、それからなんと返したらいいか迷うように口をもがつかせ、
次に徐々に顔が赤くなった。そして最後に、その赤味が引いて、今度は青くなっていった。
人間、本気で怒るときは赤くなるより、むしろ青くなる。

「だ、だって、運動が得意で行動力があって顔色がいいのって、僕らの周りじゃ
スパーダぐらいでしょ!?17だから、ちょうど二つ年上だし…」

額中に血管を浮き上がらせ青いメロンのようになったアニーミへ、
ミルダが必死の言い訳、もとい自覚のない煽りを入れた。
しかしすぐに鋭い眼光に射抜かれて、ひっと情けない声をあげた。

「…あんった…、ポカリぶっかけられたいなら、望みどおりにしてやるわよ…?」

「やややや、やめてよ!なんだよう、本当のことを言っただけじゃないか!」

「へえ〜?そんな口の聞き方するのぉ?いい度胸じゃなぁ〜い」

「ヒ、ヒィ!」

よし、俺は知らん顔をしていよう。
そう思って運転に集中しようとしたとき、俺の襟首を、
アニーミが鬼のような指の力でつかんだ。
俺はむせながら、焦った。
なにをする。事故るぞ。集団事故死するぞ。

「お、おい、危なっ…」

「ルカッ!リカルドッ!表ぇ出ろ!
この世の摂理ってやつを、たっぷりその身に刻んでやるわ!」



それからラルモがなんとかアニーミをなだめてくれるまで車は蛇行運転を続け、
あまりの恐怖に交通ルールを守ることの大切さを俺に教えてくれると同時に、
今度アニーミを車に乗せるときは、”アニーミが乗っています。刺激しないように”
と書かれたステッカーを貼っておこうと思った。



戻る TOP 次へ


inserted by FC2 system