We are THE バカップル22
22



デパートの駐車場についたころには、俺はへとへとになっていた。
幸いポカリを頭からぶっかけられるような事態は(ラルモのおかげで)回避できたが、
まだ9時半にもなっていないのに、フルマラソンをした後のような疲労感だ。

「あ〜ムナックソ悪い!行くわよ、エル!
こうなったら買い物しまくってイライラを晴らしてやる!」

まだぷりぷりしているアニーミが、ラルモの手を引きながら、大またで駐車場を後にした。
あの活発なラルモも、アニーミに引きずられてはなかなか抵抗が出来ないようで、
うひぃ、だの、ちょお待ってや〜、だの言いながら連れ去られて行く。

「いーから来るの!も〜お砂浜中の男が思わず誘拐したくなるぐらいに、
可愛くコーディネートしてあげるから!私はそれが楽しみで来たのよっ!」

ラルモの悲鳴をBGMに、犯罪を示唆するアニーミの声が遠ざかっていった。
お前のほうが誘拐犯っぽいぞ、アニーミ。

「イリアったら、はりきってるなあ。…じゃあ、僕たちも行こうか」

キーから放つ赤外線で車のドアロックをした俺に、ミルダが言った。
どうでもいいが、この瞬間、なんとなく自分がカッコイイと思う。

「あぁ。ビーチサンダルがなかったな。買わねばならん」

「あ、じゃあリカルドのは僕が選んであげるよ。
なんなら水着も選ぶよ。とびっきり食いこんだのにしようよ」

「お前が履け」

「やだよ〜だ」

ミルダが人目もはばからず、俺の腕を取った。
ぴたりと、俺の二の腕に顔を寄り添わせる。
ミルダはそれほど背は低くないが、童顔だ。
言われなければラルモと同い年ぐらいに見える。
そして、ただでさえ常に三十代と間違われる俺だ。
もしかして、傍目には親子と思われるんじゃないだろうな。
かんべんして欲しい。
恋人同士だと見られるのは、もっとごめんだが。

「離れろ」

俺はミルダの頭を押し返した。だが、ミルダも強情だった。

「いいじゃないか。最近、全然イチャイチャしてなかったし。
人気の少ない午前のデパートの駐車場…。
うん、なんとも燃えるシュチュエーションだよ」

「午前のデパートの駐車場で不運にもイチャつくホモを
見せ付けられるかもしれない被害者のことも考えろ。
ハスタの奇行を目の当たりにするより胸が悪い」

不意に、ミルダの眉が吊りあがった。
両腕を俺の腰に回し、岩場に張り付いたフジツボのように密着する。

「おい…」

「そのことなんだけど」

ミルダが口を尖らせて、精一杯の怒り顔で見上げた。

「ハスタさんって、ゲイなの?」

「ゲイはお前だ」

そして俺だ。

「そんなことはわかってるよ!…そういうんじゃなくて、
リカルド、ハスタさんと、すごく仲良さそうに話すじゃないか」

「は?」

聞き捨てならんことを。
アルマゲドンで世界の全人口が俺とあいつだけになろうとも、
やつとだけは仲睦まじくするつもりはない。
自然と、俺の眉間に皺が寄った。
俺の表情をどう思ったのか、ミルダが視線を下ろす。

「なんだか、絆みたいなものを感じるんだよね」

「絆?」

「うん。なんて言ったらいいのかよく分からないけど、暗黙の了解っていうのかな。
言わなくても伝わるっていうか、雰囲気が馴染んでいるっていうか…
お互いが自然でいられる関係なんだなって、僕は思ったんだ」

ハスタの自然はハスタ以外の人類にとっての不自然ではなかろうかと
思ったが、俺は、それは言わずにおいた。
ミルダが、前髪で目が隠れるほどうつむいていたからだ。
いつも人の目を見て話すミルダにしては、珍しい仕草。

だが、見覚えがないものではなかった。
あれは一度目の告白のとき。
俺に申し出を断られ、うなだれていたミルダを思い出す。

「だからなんだ。俺とハスタの関係に、嫉妬しているわけではあるまい?」

俺はこのひっつき虫をなだめる方向に頭を切り替えた。

「う、ん…。嫉妬、じゃないんだと思う。限りなくそれに近いけど…」

「では、羨望か?」

ミルダが、控えめにうなずいた。

「あのね、前に実家に帰ったとき、少し話したこと覚えてる?
…会いに行く友達なんか、いないってやつ」

俺は返事の代わりに、沈黙で返した。
ミルダは肯定と受け取ったようで、話を続ける。

「あれはね、半分本当で、半分嘘なんだ。
友達が全くいなかったわけじゃない…と思う。
教室に行けば話しかけられたし、放課後に遊んだりもした」

でも、と俺の背に回った腕に、力がこもった。

「長続きしないんだ。クラスが変わると、それまで仲良くしてたはずなのに、
廊下ですれちがっても、笑いあってても、どこかよそよそしいんだ。
僕が東京に行くって言ったら、みんな最初は惜しんでくれたけど、
結局、誰も手紙もくれなかった。……うぅん、違う」

ミルダが、左右にかぶりをきった。
額が俺の胸にこすれる。

「そうじゃないよね。手紙をくれたり、会いに来てくれることが友情じゃない。
僕、今までずっと、我慢してきたんだと思う。
誰と話してても、何をやってても、これは言っていいのかな、やっていいのかな、
これを言ったら嫌われるかな、嫌われたくないな、ってことばかり考えてた。
好かれたいってことよりも、嫌われたくないって感情のほうが先に来てしまうんだ。
友達がよそよそしくなるのも当然だよ。僕が心を開いてなかったんだから。
一度も、本当の言葉で話してなかった。それで、本当の友情なんて育ちっこない」

ミルダが、息を付き、俺を見上げた。
蒼い瞳は濡れてこそいなかったが、ゆれていた。

「だから僕、リカルドとハスタさんの関係が、とても羨ましいと思ったんだ。
二人とも、お互いに好かれたいとも、嫌われたいとも思ってないでしょ?
あるがままに振舞ってるのに、関係が続いてる。
それって、とっても自然なことだけど、むずかしいことなんだよ」

だから、羨ましい、とミルダはもう一度言って、口を閉じた。

俺は、少し驚いていた。というより、面食らっていた。
俺とハスタのことを、そこまで見ていた、ということにではない。
ハスタがミルダの羨望の対象になったということでも、近いが、違う。

こいつが、灯台下暗し、ということわざを知らないことに対してだ。
いや、もちろん知識としては知っているのだろうが、
それを自分が体現していることに、こいつが気が付いていないことに驚いていた。

「……ミルダ」

俺はミルダの肩に両手を乗せ、とりあえず体から引き剥がした。
話はこれで終わり、と示したとでも思ったのだろう。
目が少しだけさびしげに揺れた。
俺はすかさず背を曲げて、その目と視線を合わせてやった。

「お前、俺のこと好きか?」

「へっ?」

ミルダがきょとんとする。

「答えろ。俺のことを、どう思っている。好きなのか、嫌いなのか」

「す、好きだよ」

俺が有無を言わさぬ口調で問いかけると、ミルダがどもりながらも即答した。
あぁ、お前が俺のことを好きなのは知っている。それこそ痛いぐらい。

「では、考えろ。お前の中で、俺のことが好きという気持ちと、
俺に嫌われたくないという気持ち、どちらのほうが大きいんだ?」

ミルダが、少し考えるような間を置いた。
おどおどと駐車場の灰色の壁を眺めてしばらく、

「好きのほうが、大きい……、と…思う…」

ぼそぼそとつぶやく。
俺は眉を吊り上げてみせ、

「ふざけるな!はっきりと言え!その可愛い尻を蹴り上げられたいのか!」

「ヒィッ!…す、好きっていう気持ちのほうが、大きいです!」

俺は、俺の渾身の怒鳴り声にすくんだミルダの肩を離し、腕を組んだ。
びくびくと俺の顔をうかがっているミルダを見下ろす。

「だったら、そういうことだ」

「えっ?」

「いいか。俺に気持ちを告げてきたときのお前は、後先を考えていたのか?
嫌われたくない、と思うより、俺が好きだという気持ちが優先したのだろう。
あのときお前は、自分が幸せになる自信はある、と言った」

聞いた瞬間は、なんて自分勝手なやつだと思ったものだが、
今は言わずにおいてやろう。

「俺を幸せにする自信がないとも言ったな。
つまり、自分のことだけ考えてなりふり構わず行動した結果が、あれだったんだ。
ただ、俺が好き、俺と一緒に居たい、という欲望のためだけに。
そこに、嫌われたくないという気持ちも、好かれたいと思う気持ちはなかったのだろう」

俺は鳩がBB弾の乱射を食らったような顔をしているミルダから背を向け、

「さっきの質問を、アニーミに置き換えてみろ。ベルフォルマと、ラルモにも。
あいつらに、僕、実は心を開いてないんです、なんて言おうものなら、
真っ先に拳が飛んでくるぞ」

そもそも、そんなことを言おうものなら、一番最初に俺が殴る。
さっさとデパートの入り口に向かい出した俺の背中に、
今度はタックルが飛び込んだ。

「いい加減にしろ!」

俺は思わず声を荒げていた。
肩越しに振り返ると、俺の背中にべったりと顔をくっつけたミルダが、
先ほどとはうってかわったニコニコ顔で見上げていた。

「いい加減にしない」

あろうことかシャツ越しの背中にキスをしてくる。
俺が本気100パーセントのパンチを放つより先に、
ミルダがぱっと、素早く離れた。
手を後ろで組んで、照れくさそうに笑っている。

「ニヤニヤするな、気持ち悪い」

「ニコニコしてるんだよ。悪い言い方しないでよね」

「同じだ」

「怒らないでよ。嬉しいんだ」

すっかり減らず口が戻っている。
もう少し落ち込ませたままのほうがよかったかもしれない。

「リカルドは、やっぱり大人だなー、って思って」

小さな声で、ありがと、と付け足された。
俺は毒気を抜かれ、やつの顔から視線を外した。

「当然だ。生きている年数が違う」

「あっ!ちょっと待って!」

そう言って歩き出そうとした俺の服を、再びミルダが引っ張った。
今度はなんだ。言いたいことがあるなら一度にまとめて言って欲しい。
リアクションするのも疲れるんだぞ。

「そろそろ無視していいか?」

「出来れば無視しないで欲しいな。今度は僕のことじゃないから」

ミルダの声色が、わずかにこわばっている。
俺は眉をひそめた。
ミルダが、俺の服を握ったまま、駐車場の端を指差した。

その先を見て、俺はミルダの言葉の理由を理解した。

そこに居たのは、ベルフォルマだった。
そして、数人の男が、彼を取り囲んでいた。
その中に、一人だけ、どこかで見た顔があった。
俺は記憶の糸を必死に辿り寄せた結果、その男のことを思い出した。
それは、件のガラス割り事件の当事者。俺が初めてベルフォルマを見たとき。
ベルフォルマともめていた当本人の少年だった。



*********************



男と言っても、いずれも若い。全員ベルフォルマと同年代ぐらいの少年たちだった。
彼らはベルフォルマの四方をぐるりと取り囲んでいた。
前に三人、横に二人、後ろに壁。
ああすれば逃げ場がない。リンチの体勢だ。

しかし、ベルフォルマは落ち着いていた。
目の前で起こっている事態に、興味がないようにも見える。
もめていた張本人の少年の顔を真っ直ぐに見ているが、殴りかかる様子はなかった。
ポケットから手を出してすらいない。
何か嘲笑をする少年たちの言葉に、機嫌が悪そうに、ぼそぼそと言葉を返している。
ベルフォルマが何か呟いた瞬間だった、中央の少年――もめていた少年だ――が、
「ナメんじゃねぇ!」的なことを叫び、ベルフォルマの腹に拳を叩き込んだ。
ベルフォルマは、一瞬よけようとしたように見えたが、足を動かさなかった。
まともにパンチを食らい、コンクリートに膝を付く。

「スパーダ!」

俺が動くより早く、ミルダが叫んでいた。
叫びながら、騒ぎの中央に駆けだす。

俺は少し驚いていた。
ミルダは、いわゆる”ヤンキー”と呼ばれる部類の人間が一番苦手だ。
駅前でたむろっている不良たちのそばを通るだけでビクビクしている。
こいつは不良を猛獣かなにかと勘違いしているのではないかと思っていたが、
今、そのミルダが、友達の身を案じてトラブルの中央に駆けつけていた。
少年たちを掻き分け、ベルフォルマの肩をつかむ。

「スパーダ!大丈夫!?」

「ルカ、お前なんで…。……あっ、そうか」

「あっそうか、じゃないって!内臓、平気!?破れてない!?」

訂正。ミルダは不良をスーパーサイヤ人だと思っているらしい。
当のベルフォルマは、しまった、という顔で帽子のつばをつまんでいた。
この場を俺たちに見られることは、不本意だったのだろう。
少年たちのほうも、いきなりの闖入者を威圧するより先に、きょとんとしていた。
それもそうだろう。
見ず知らずの真面目そうな少年がいきなり駆けつけてきたら、普通はそうなる。

ベルフォルマを殴った少年、つまりベルフォルマと以前もめていた少年――
めんどくさい、もう少年Aにしよう。
で、その少年A以下不良グループたちは、戸惑った風に顔を見合わせていた。
場に満ちていた険悪な雰囲気が、みるみる萎えて行く。
俗に言う”しらけ”というやつだろう。

「おい」

俺はそれをチャンスだと見て、近づいた。
ことがことならミルダいわく”マフィア顔”の強面を生かしてはったりをかますことも
考えていたのだが、これではその必要もないだろう。

少年たちの視線が俺に集中する。
俺は携帯を取り出し、”177”をコールした。
流れ出す天気予報を聞きながら、以下の効果的な言詞を告げる。

「警察を呼ぶぞ」


それだけで充分だった。
少年たちは気勢をそがれた顔つきで、だらだらと立ち去って行った。
計画をしていたリンチならこうも行かなかっただろうが、
彼らとベルフォルマが出会ったのも偶然だったのだろう。

少年たちが去った後、場にはベルフォルマの肩を揺さぶるミルダと、
うるさそうに顔をしかめるベルフォルマだけが残った。

「スパーダ!平気!?」

ベルフォルマが気恥ずかしそうにミルダの手を外す。
照れ隠しなのだろう、唇の先が少しとがっていた。

「大したことねぇよ。大げさにすんな」

「でも、膝をついてた」

「バカ、演技だ。あんなパンチ効くかよ」

ベルフォルマが、腰に手をあてて、肩をすくめた。

「一応見せてみろ」

俺はそう言って、ベルフォルマの服を勝手にめくった。
抗議の声をあげようとするベルフォルマを手で制し、彼の腹をながめる。
確かに、痣一つ付いていない。筋肉が固く、喧嘩慣れした腹をしていた。
俺は彼の服から手を離し、

「なぜ、よけなかったんだ」

「あ?」

「よけれただろう。よけようとしていた」

タンクトップの皺を元に戻していたベルフォルマが、顔を上げた。
若干言葉を考えるような間を置き、

「一、二発殴ったら気が済むと思ったんだよ。
わざわざ相手したほうが傷が増える。警察、呼ばれても面倒だしな」

俺の手の中の携帯電話を指差し、皮肉るように笑った。

「マジでかけたのか?怒られるぜ」

「まさか。天気予報だ。降水確率5パーセント」

ベルフォルマが、ふぅん、と興味がなさそうな返事をして、背を向けた。
デパートの入り口へすたすたと歩き出すのを見ている限り、
本当に殴られたダメージなどないのだろう。
ミルダがそれに習って、ベルフォルマの横を歩き出す。

最近のことだが、こうして集団行動をするとき、ミルダは俺の横より、
ベルフォルマかアニーミの隣にいることのほうが多くなっている。
それは、いいことだ。紛れもなく。
いつまでも、親離れならぬ”俺離れ”が出来ないようでは困る。
若干の寂しさを覚えないと言えば嘘になるが、俺もいつまでもミルダのそばに
ついてやれるという保障は、どこにもない。
だから、これは、いい兆候なのだ。
俺の感情など、どこそこの芸能人がくっついたり別れたりしただののスクープより
更にどうでもいい、瑣末なことにすぎないのだから。



「あっ、そうだ」

不意に、ベルフォルマが立ち止まった。
俺は考え事をしていたせいでうっかり彼の靴の踵を踏みそうになった。
ベルフォルマは俺とミルダを交互に見て、

「さっきのこと、イリアには言うなよ」

「えっ、なんで?」

ミルダが不思議そうに聞き返す。

「なんででも、だよ!いいか、うっかり口を滑らせちゃいました、なんてことになったら、
お前の口を刺繍糸で縫いつけてやるからな」

「ラルモにならいいのか?」

俺はミルダの肩を抱えてすごむベルフォルマに問いかけた。
ベルフォルマは少し考えた後、

「あぁ、エルになら、別にいい。あいつなら、口も固いだろうしな」

「えー、なんでエルにならよくてイリアだけ仲間はずれなの?
そういうの、良くないと思うんだけど」

「ほおぉ〜、ルカくぅん?この俺の意見するのかい?
三十分見ない間にずいぶん根性がついたみてェじゃねぇか?あ?」

「も〜!そういうんじゃないって!一般論だよ!」

ミルダとベルフォルマが言い合いをしながら、自動ドアの向こうへ消えた。
俺は、しばらく彼らの後姿を眺めた後、デパートの中に入った。


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