We are THE バカップル23
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一騒ぎあったが、俺たちは無事にデパートの水着売り場にたどり着いた。
南国調の花や作りもののヤシの木などが飾り付けられた一角は、
若い女性やカップルなどでごった返し、海水浴場そのものの活気をかもし出していた。

「見てこれ!超〜かわいい!あ、こっちもいいわね。エル、こっちにしなさいよ。
私はこっちにするから。そうね、せっかくだからビーサンもおそろいにしましょ」

その中でも一際騒がしいのは、もちろんアニーミだ。
男なんて、なことを言っているアニーミでも、そこはやはり普通の女子高生、
水着や海、などといった単語には心躍るものがあるらしい。
キラキラと目を輝かせ、ラルモの頭を腕に抱えてドシドシと水着コーナーを走り回っている。
一方、引っ張りまわされているラルモはかわいそうに、目を回していた。
ミルダとベルフォルマはというと、男性用水着のコーナーの一角に陣取り、
「海人」や「漢」などとデカデカと描いてある水着を見つけては、二人で爆笑している。

俺は少し離れた場所で麦わら帽子を手に取りながら、たまにはこういうのもいいか、と思っていた。
今まで買い物など一人で出かけるものだと思っていたが、大勢で出向くのも、
それはそれで楽しい。

「ぶぁあっくしょぉん!」

とたん、俺のほのぼの気分を打ち砕く轟音が響いた。
アニーミが、キャミソールからはみ出た肩を寒そうにさすり、ずずっと鼻水をすすり戻している。
俺の視線に気付いたアニーミが腹立たしげに地団太した。

「あ〜もう!なんでこう、デパートとかスーパーの中っていやに寒いの!?
うぅん、デパートとかスーパーだけじゃないわ。電車の中も映画館も!まったく!」

「上着を持って来ればいいだろう」

まさに正論、と自分に満点を差し上げたくなる言葉を告げた俺を、
アニーミがキッと睨みつける。

「それよ、それ!なんでさ、客が店側の都合に合わせなきゃなんないわけ!?
外が暑いんだから客は薄着で来るのが普通でしょ!そんぐらいスラっと分かれつーの!
客商売のくせして、客の気持ちが全っ然分かってないったら!」

しきりに、見てこの鳥肌!だの冷え性が悪化する!だの騒ぐアニーミに、
水着売り場の店員が、どう言葉をかけたものかとチラチラこちらをうかがっているのが見えた。

「アニーミ」

「うん?」

俺は薄手のジャケットを脱ぎ、アニーミのむき出しの肩にかけた。
驚いたように俺を見上げた目が、じわりじわりと細まる。
頬が少し赤かった。

「…なによ、やけにやさしいじゃない。なんにも出ないわよ?」

「うるさいのが嫌いなだけだ」

「ふぅ〜〜〜〜ん、あっそ。…ま、礼は言っとくわ」

そう言ってそっぽを向いたアニーミは、正直、かわいかった。
妹が出来れば、こんな感じなのだろうか。
アニーミはさっさと奥の試着室のほうへ歩いていった。

「は〜、あかんあかん、イリア姉ちゃん、力強すぎや」

久しぶりにアニーミの豪腕から解放されたラルモが、ぷはぁ、と息を付いた。
乱れた服を直しながら、俺の顔を見上げてニヤニヤと笑う。

「ふふぅん、おっちゃ〜ん、プレイボーイやん?」

「なんだそれは」

「そのまんまの意味」

プレイをしていなければボーイでもないがな。

「お前は、大丈夫か。冷房」

俺は、アニーミと同じく薄着のラルモに聞いておいた。

「あぁ、うちは平気。冬でも半袖で平気やもん。むしろ暑いぐらいや」

「ふん…そうか」

ラルモは、強がりだ。しかも、それをなかなか巧妙に隠し、弱さを見せまいとする。
俺は言葉の真偽を確かめようと、じっとラルモの目を眺めた。

「ほんまやて」

ラルモはその聡さで俺の言わんとするところを見抜き、苦笑した。
その様子を見る限り、本当に寒くはないようだ。

「エーーールーーー!なにやってんのー!早くコッチ来なさいよー!」

と、試着室から顔と片手だけをのぞかせたアニーミが、
俺の上着をF1のフラッグのように降り回して叫んだ。

「え〜!ほんまええって〜…、試着とか、めんどくさいし」

「なぁに言ってんの!まだどれにするか決まってないんだからねー!
妥協は許さないわよ!一っ番似合ってんの買うんだから!
任せといて!割とリーズナブルなの選んでおいたから、財布にもバッチリやさしい!」

ラルモが、困ったように鼻の頭をぽりぽりと掻いて、ため息をついた。

「も〜…、なんでうちの水着選ぶんに、そんなハリきるんよ…」

「まったくだ。自分のならまだしも」

「そらおっちゃんのことやで!」

同意する俺の顔に、ラルモがビシっと効果音が付きそうな具合で、
人差し指をつきつけた。

「おっちゃん、周りのこと気にしすぎや。やさしいのは分かるけど、
たまには自分のことも気にしたほうがええで」

「……俺がダサいってことか?」

ハスタにも言われたことだ。失敬な。シンプルなだけだ。

「ちゃうちゃう、そんなんやなくて、心の話」

「心?」

ラルモが、こっくりとうなずいた。

「そう、心。さっきもそうやん。おっちゃん、うちが寒い言うとったら、
シャツ脱いででもうちに着せてくれたやろ?そういうところや。
そんなことしたら、おっちゃんが寒いやん。
うち、そんなんイヤや。そんなんやったら寒いままでええ」

「おせっかいだったか?」

ラルモが、ブンブンと首を横に振る。

「ちゃうちゃう!そんなんちゃうねん。気持ちはもちろん、嬉しいねん。
ほやなあ、なんて言うたらいいか難しいけど…」

今度は、腕をくみ出した。
俺はラルモの言いたいことが分からず、同じように腕を組んだ。
二人して仏像のようになっていたそのとき、更衣室から例のメガホン声が響いた。

「エ〜〜〜ル〜〜〜!?あんた、聞えてないの!?
それとも分かってて無視してるわけ〜〜!?いい度胸ねっ!」

「わわわっ、ちゃうちゃう!今行こうとしてたとこ!」

ラルモが叫び返し、慌てて試着室に駆けだす。
その途中「あっ!」と叫んで、キキーっとサンダルで床をこすり、急ブレーキをかけた。

「わかったわかった!
あんな、つまり、自分をもっと大切にして欲しいってことやねん!」

「……大切に?」

「そうや。それは、体だけやないで。心も体もひっくるめて、大事にして欲しいんよ。
それが言いたかったねん。あ〜、スッキリしたわ!」

ほなな!と独特のイントネーションで言って、今度こそ試着室に駆けつけた。
俺のほうは、なんとも言えない気持ちで立ち尽くしていた。



「リカルドー!これ見て、これ!」

「待てって!同時に見せるんだよ、抜け駆けすんな!」

一人残された俺の元に、どやどやとミルダとベルフォルマがやって来た。
それぞれ水着のかかったハンガーを手に持って、にやついている。

「…なんだ、それ」

「ニシシシシ…、なにって、なあ?」

ベルフォルマが、嫌な目でミルダに目配せをする。

「ヘヘヘヘヘ…、リカルドの水着、選んでみたんだ!
いくよっ、1、2の3!バーン!」

二人は指し合わせたように同じタイミングで水着を掲げた。
その水着たちを見て、俺は眉を顰めより先に、神妙に目を細めていた。

ミルダの持って来た水着は、トランクスタイプのものだった。
しかし、前側の中央にアニメキャラの顔がプリントされていて、
更に尻側には蛍光ピンクの文字で「萌え〜」という文言が印字され、
その周りを大小様々なハートマークが浮遊していた。

ベルフォルマの持っている水着は、もっとひどかった。
はた目には細長いヒモにしか見えないそれは、
広げるとちょうど股間と乳首の部分に貝殻があたるようになっているのが分かる。
一昔前に一世を風靡したグラビアアイドルを思い出すが、こともあろうにこの水着は、
股間の貝殻の下に”ぽろり”防止のためのプロテクターが付いていた。
つまり、男用なのだ、これは。

「どっちが面白い水着を見つけられるか勝負してたんだ!」

「あぁ、んで、リカルドに試着してもらって、
より面白いほうを買ってもらおうと思ってな!」

「ねぇねぇ、どっちを先に着る?今のところ僕のほうが分が悪いけど…、
でも僕の選んだコレ、リカルドが着ると面白さが増すと思うんだよね」

「いや、それを言うなら俺のほうが面白いだろ。
貝殻だぜ貝殻。素直に負けを認めやがれ!」

ミルダとベルフォルマが、はつらつと言い争う。


アホか、おまえら。
アホか、デパートの仕入れ担当。


俺はまだ言い合っている二人の手から水着をもぎとり、

「いいぞ、着よう。着てやろうとも。なんならそのままデパートを練り歩いてもいい」

と言い放った。
二人が驚いたように顔を突き合わせて、目をまるくする。
ほら見ろ。もとから本当に着せるつもりなどなかったのだろう。

そうは行くか。馬鹿め。

「だが、そのときにはお前たちも一緒に来てもらうぞ。
もちろん、腕を組んでな。ミルダ、まずはお前からだ。
楽しみだな、どれだけ面白いか。あぁ、楽しみだ」

「えっ!?なっ、わっ、ちょっ!あぁっ…!」

俺はミルダの二の腕を掴んで、無理矢理試着室までひきずっていった。



**********************



銀色の頭と、緑色の頭が並んでうなだれている。
水着を持って来た当初の面影はない、憔悴しきった顔つきをしていた。

「こういう悪ふざけは、これきりにするんだな」

「へぇ…」

「はい…」

ミルダとベルフォルマが吐息のようなか細い返事をした。
俺はその前で腕を組み、ふん、と鼻白んだ。


あの後、ミルダを抱えて試着室に向かおうとする俺を必死に止めるベルフォルマの腕を振り切り、
カーテンを開け、シャツに手を掛けたあたりで、二人は降参宣言をした。
俺はそれを無視し、服越しに”萌え水着”と”貝殻水着”を試着に見立てて体にあてがい、
少しサイズが小さいな、だとか、色違いはないのか、などとノリノリを装い、
その様子にたまりかねたやつらから謝罪の言葉を引き出すことに成功した。

意地が悪かったかもしれんが、俺も男だ。
からかわれっぱなしで引き下がるわけにはいかない。

もちろん、本当に着る気などなかく、二人が意外とノリ気になってしまった場合のことは
考えていなかったが、そこは結果よければ全てよし、ということでいい。

俺は二人に、このふざけた水着を元の場所に返しておくよう指示し、
今度こそ自分の買い物にとりかかった。
とりあえず(普通の)水着と、ビーチサンダルぐらいは買っておくべきだろう。

結局、俺はキーポケット付きの丈夫そうな黒いサーフパンツと、同じく黒のビーサンを選んだ。
一瞬ブーメランタイプのものに手が伸びそうになったが、そこはグッとこらえておいた。
動きやすさ重視で言うなら申し分ないが。
一度の海水浴で一生分の”からかい”を浴びるのはごめんだ。

ベルフォルマは赤地に黄色のラインが炎の形で入った派手なトランクスタイプを選び、
ミルダはミルダで彼らしい地味な藍色の丈の短い海パンを購入した。
男が三人もいるのだから誰か一人ぐらい冒険をしろ、と言われてしまえばそれまでなのだが、
公衆の面前でネタ水着着用などと罰ゲームのようなことを嬉々として行うやつは、
それこそハスタぐらいなものだろう。
やつならブーメランだろうがTバックだろうが貝殻だろうが進んでお召しになるにちがいない。
なんとも見たくない光景ではあるが。

尻にTバックを食い込ませて得意げにしているハスタを想像して胸焼けした想像力を、
俺はもっと違う場所に使うことにした。
具体的には、ラルモとアニーミについて。
彼女らもそれぞれ目的の水着を購入したが、俺たち男三人組が目にしたのは、
メーカーの名前が印字された紙袋だった。
海に着くまでお披露目はとっておくらしい。

(アニーミはビキニ、ラルモはワンピースタイプだな)

なんとも想像力が広がるではないか。
ハスタのケツエクボを思い描くよりよっぽど建設的だ。

言うまでもなく、俺も男だ。
ミルダには弁舌に尽くしがたい行いをされ、ラルモには中年扱いされているが、
一応、まだ若い(27だ、若いと言ってもいいだろう)男である。
女性の水着姿ぐらい、想像しても罪になる、なんてことはないだろう。
半分ぐらいは娘や妹を見るような、そんな視点だったが。



買い物は一端切り上げ、昼食をとることになった。
もっとも日焼け止めだけは売り場が違ったので、駐車場に戻る途中に買い求めた。
ついでに、日帰りであることを考慮して眠気覚ましドリンクも買っておいた。
ビーチボールや浮き輪の類は、アニーミが家にあるものを持ってきてくれるそうだ。
ゴザや日よけパラソルなども、指し合わせて持ち寄る予定だ。

海水浴への準備は、これで万端というわけだ。

元はと言えば悪者ンジャーとのドッチボール対決に向けての
強化合宿を目的としたものだったはずなのだが、
アニーミ以下お子様たちは、そんなことはスッカリ忘れていた。

実はと言うと、俺も忘れていた。
だが、別に、それでいいのだ。
思い出し次第アニーミ辺りが口にするだろうし、
そもそも俺は普通に海水浴を楽しむつもりでいた。

このところガキどもの世話に忙しく、そしてこれからも忙しいだろうが、
俺にも一応仕事がある。それを欠いて生活することは、不可能だ。
そろそろ次の仕事に取り掛からなければ、スケジュール的にきびしい。
きびしい。きびしいが、一日ぐらい羽を伸ばしてもいいだろう。
むしろ、最近羽を伸ばしっぱなしだったので、だらけきった羽を畳む準備と思おう。

俺はラーメン屋の一角に陣取って冷やし中華をすするガキどもを眺めて、
そう心に決めた。


翌日。矢継早と言うべき行動力で、俺たちは海に向かった。

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