We are THE バカップル25
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「もー恥ずかしいったらないわ!あのトド男!失礼極まりないっての!」

アニーミが、具がほとんどない200円カレーを口に運びながら叫んだ。
振り上げたスプーンからほとんど液状のルーが飛んで木製の机を汚すが、
顔を真っ赤にして怒り狂っているアニーミは、そんな惨状など目に入っていない。
俺たちは海の家の外部テーブルに腰掛け、昼飯を取っていた。

「ま、まあまあ落ち着きなよ。確かに、運が悪かったけど…」

ミルダは斜め向かいから飛んでくるカレールーに辟易しながら言った。

「運が悪かったですって!?」

アニーミが身を乗り出す。

「ほんとにそうよ!
私以上に運の悪い人間は、この砂浜のどっこを探しても見つかんないでしょうね!
ったくあの野朗!せっかくみんなで楽しんでたってのにさあ!」

「で、でも、あの人だって悪気があったわけじゃないんだし。
そこまで言わなくてもいいんじゃない?」

「むしろ親切心からやもんな。イリア姉ちゃん、そらよう怒られへんで」

「だな。あれは完全にお前が悪ぃ」

ミルダの言葉に、ラルモとベルフォルマが同意する。

「キー!うるっさいわね!分かってんのよそんなこたぁ!
ただ、この燃え滾る怒りをどこで発散させていいかわからないだけ!」

「泳いでくればいいだろう。好きなだけ」

俺がカレーうどんをすすりながら言うと、

「も〜泳ぐのはこりごりよ!またあいつがやって来ないとは限らないじゃん」

アニーミが肩をすくめた。
さて、ここらで一同の話題を締める「トド男」「あの人」「あいつ」について説明をしておこうか。
事の発端は、俺がアニーミの打ち開け話を聞いた数十分後。
ビーチバレーに飽きたお子様たちが、新しい遊びを探していたとき。


******************************


俺はパラソルから無理矢理引っ張り出され強制参加させられたビーチバレーのおかげで
疲れた体を、再びゴザの上に寝転がって休めていた。
長らくインドア生活を送ってにぶった運動神経のせいで
口に出すのもはばかられる醜態を晒してしまったのだが、まあそれは今は置いておく。
ちなみに、この先語る予定もない。

ともかく次は何をして遊ぶかと言う話になったとき。アニーミが遠泳対決を言い出した。
それも「向こうに見える島に一番に到着した人が勝ち!」という無茶苦茶なものだ。
その島というのがこれまた、水平線の少し手前ぐらいにぽつんと見えるところ。
うんざりした。ドーバー海峡横断部じゃあるまいし。

アニーミの生き別れの兄弟なのかと思うほどテンションを共有しているベルフォルマと
全てが成り行き任せのマイペース少女ラルモはすぐさま賛成したが、
もちろん、俺とミルダは猛反対した。
なぜかって?答えは簡単。
だるい、疲れる、めんどくさい、ついでに危ない。
そんなところだ。いたってシンプル。

しかし結局、この遠泳対決は実行に移される運びとなった。
来るべきドッチボール対決に向けて体力を養うという名目で、二人に押し切られたのだ。
むしろ体力と気力を無駄に消耗しなおかつ筋肉痛を併発させるだけだと思ったのだが、
一旦GOと決めたアニーミとベルフォルマにかけるブレーキを引くことは、
アームレスリング世界チャンピオンの腕力をもってしてでも不可能だ。
俺、およびミルダの抗議が紙のように握りつぶされたのは、言うまでもない。
ちなみにラルモはというと、その間中、にこにこと機嫌のよい笑顔を浮かべていた。
何がそんなに面白いのか、作文にして提出して欲しいぐらいだ。


そんなわけで、イノセンス戦隊突発遠泳大会は開始した。
俺は当然言いだしっぺのアニーミがトップに抜きん出るものだとばかり思っていたが、
思わぬ伏兵はいるもので、意外にもトップに立ったのはラルモだった。
初めて海に来たなど、信じられないような泳ぎっぷりだった。
スタートこそ遅れたが、すぐにアニーミとベルフォルマを追い抜き、
小柄な体ですいすいと波を掻き分け、先へ先へと行ってしまう。
本当に「あっ」という間に、その姿は豆粒のように小さくなっていた。

ゴールの三分の一ほどまで達したときには、すでに雌雄は決していたのだろう。
二位のアニーミ、アニーミと僅差のベルフォルマに大差をつけ、
数十メートルは引き離した場所で、ラルモはゆうゆうと立ち泳ぎをしていた。
遠目にではあるが、誇らしげに歯を光らせているのが視認できる。

俺はここで、ラルモのニコニコ顔の理由が分かった。
自信があったのだ。必ず自分が一位になる自信が。
一位に追いつこうと噴水のように水しぶきを上げてバタ足をしている
アニーミを眺めながら、俺は、あの日焼けは伊達ではないのだな、と思った。

(意外と負けず嫌いか)

俺は、息切れしてヒィヒィ言っているミルダの腕を引っ張ってやりながら、
のんびりと思考を巡らせた。
負けず嫌いと言えば、アニーミ、ベルフォルマはもちろん、ミルダもそうだ。
俺も、このごろはやつらに押されていつも引く立場にあるが、
実のところ相当な負けず嫌いである。
でなければ前の仕事も、今の仕事も続けられはしない。

などと、引き続きのん気に考えていた俺の目に、信じられないものが飛び込んできた。
すまん、おおげさに言った。そのほうが面白いと思ってな。
ともかく、それは別段信じられなくもないが通常と言うには憚られる光景だった。

「げっ、あんたいつの間に!」

「へへーん、前ばっかりに気ぃ取られてんなよ!」

「くそ〜!」

二位の座をからくもキープしていたアニーミの横に、ベルフォルマが並んだ。
ラルモに追いつくことばかりに苦心していたアニーミにとっては思わぬ伏兵だったのだろう。
別にベルフォルマ自身に潜んでいた気はなかったろうが。

「こうなったら!最終秘奥義!ルインドベインウィッシュ!」

二位の座を失いかけ、なりふりを構っていられなくなったアニーミが戦法を変化させた。
泳ぎ方を変えたのである。
がむしゃらに手足を振り回し、両手両足をフルに行使する水泳法…
つまり犬かきだ。激しい犬かき。

「うわっぷ!てめぇ!」

「バーカ!永久の礎に虚無と消えなさい!」

彼女のすぐ脇で泳いでいたベルフォルマが、もろに水しぶきを食らう。
俺はダントツでビリのミルダをアシストするために離れていたので、難を逃れた。
珍しく幸運だ。

その犬かきというのが、なんと言ったらいいか、
普通犬かきと言ったら、ダックフンドや柴犬が短い手足を懸命にバタつかせる
微笑ましいものを想像するだろう。
しかし、アニーミの泳法はそんなつつましやかでファンシーなものではなかった。
両手を交互に海面を抉り取るようにたたきつけ、足はまるで、
海が親の仇とでも言うように重量級のキックを海面に叩きつけていた。
ダックスフンドやチワワの群れを蹴散らすボクサー犬のような風情だ。
あの様子では、きっと顔も必死の形相にちがいない。
今の情景を写真に収めて海の妖怪としてソレ系の雑誌で紹介したらすんなり通るだろう。

結果、その鬼のような形相(想像)が功を奏したのか、
余裕の表情で立ち泳ぎをしていたラルモの動きが止まった。
よっぽど怖かったにちがいない、得意げだった顔がその形のまま凍りつき、
ひくひくとひきつっている。三日は夢に出るだろうな。
暫定三位のベルフォルマまで、ヒィヒィと腹を抱えて笑っている。

その隙をアニーミは見逃さなかった。
ニヤリと笑い(想像)犬かきもといRVウィッシュで一気に距離を詰めんとする。

そのとき。高らかな笛の音が俺たちの頭上に響き渡った。
サッカーの試合で聞くホイッスルに似ている。
俺はすでに海面に伸びてギブアップしているミルダを抱えながら、
音の出所を見て、ぎょっとした。

真っ黒なウェットスーツを着た男が、こちらに向かって猛突進してきたのだ。
といっても水中なので、もちろん泳いで。
顔と手足の末端以外を黒いウェットスーツで包んだ男は、さしずめサメのような――
いや待て、どこかおかしいぞ。
俺の違和感は、しかし、すぐに解消された。
男は、たいへん、恰幅がよろしい男性であった。
つまり、太っているのである。サメというよりはトドだ。

そのトドは、見た目とは裏腹に俊敏だった。
あれよあれよという間にその姿が大きくなったかと思うと、
見た目に似合わない、いい声で怒鳴りあげた。

「コラー!なにをしとるかー!」

その声に、俺以外の全員が彼のほうを振り向き、一様にぎょっとした。
ただ一人、アニーミをのぞいて。

「待ちなさガボッい、エルー!ゴボッ!逃さゴボガボッないわよ〜!」

男は早い身のこなしで俺のそばを通り抜けると、
ばっしゃばっしゃと海水を巻き上げているアニーミの脇に、がしりと腕を回した。

「大丈夫か!」

「ぎゃあ!」

アニーミの動きが止まる。

「うっひゃあ!なに!?いやあっ!変態〜!」

当然、アニーミは激しく暴れ出した。
しかし男は構わず、慣れた手つきでアニーミの両腕をまとめて拘束する。

「大人しくしろ!今助けてやるぞ!」

男はアニーミを抱えたまま、片腕と足だけですいすいと泳ぎ、海岸線のほうへ引き返していった。
なんとも男らしい台詞ではないか。
ロマンスが生まれてもおかしくない。
しかし、アニーミのほうは顔を真っ赤にして、男の体のあちこちを蹴り散らかしていた。

「ギャア〜!トドの妖怪に連れて行かれる〜!」

「誰が妖怪だ、誰が!えぇい、暴れるでないわ!」

トド男とアニーミが、まさに格闘をしながら遠ざかってゆく。

「……なんや、あれ…」

「ト、トドの妖怪…?」

残された俺たちは、もちろん、呆然とするしかなかった。



結局アニーミが連れ去られたことで、突発遠泳大会は、目的の島へ到達することなく終了した。
その後自力で岸まで戻った俺たちが見たものは、
波打ち際で大勢のギャラリーに囲まれて言い争うトド男とアニーミの姿だった。

「助けてもらってなんだその態度は!
最近の若いもんは躾がなっとらんというのは本当のようだな!」

「だっれも助けてくれなんて言ってないでしょうが!
ただ泳いでただけよ!そんぐらいフツー見てわかんないわけ!?」

「フツーに見たら、溺れていると思うだろうが!
大体お前、私が救助しなければ海水を飲みすぎて息が止まっておったぞ!」

アニーミは、すでに外面など取り去ったのか元から被っていなかったのかは知らないが、
ガーッ、ペッ!と海水が混じったタンを砂浜に吐き捨てた。

「あんったが無理矢理引っ張ってったおかげで口にがぼがぼ海水が入っただけよ!
あ〜もうしょっぱい!一生分の塩分取っちゃったわ!
高血圧になったらどうしてくれるわけ!?」

アニーミが、男を指差して、キッと眉を吊り上げる。

「大体あんた、一体何者よ!?正義の味方ってんなら、間に合ってるんだからね!」

それまで不機嫌そうに腕を組んでいた男が、その瞬間、きらりと目を輝かせた。
よく見れば、睫毛が長くパーツが濃いが、それなりに整った顔立ちをしている。
痩せれば美男だろう。痩せればな。

男は、でん、と丸い腹をさらに突き出して、腰に手を当てた。

「よくぞ聞いてくれたわ!俺様の名はオズバルド!
海の平和をかげながら支えるライフセーバーの長である!」

男――オズバルドはそう言って、口ひげを持ち上げ、光る歯を見せた。


********************


で、だ。
覚えている方はいるだろうか。そう、オズバルドといえば、
俺のマンションの部屋の隣に住んでいる、一口で言えば隣人だ。
とはいってもエレベーターですれ違ったときに挨拶をする程度の間柄で、
特徴的な外見を持つ相手はまだしも、彼は俺のことを覚えていなかった。
(ミルダに言わせると、俺も充分特徴的な外見らしいが)
誤解とはいえおぼれかけていたアニーミを救ってくれた礼として、
そして保護者管理不行き届きの謝罪のために彼と会話をしたのだが、
きれいさっぱり、気持ちのよいほどに忘れられていた。
もともとあまり人に興味のある性格ではないのかもしれない。

だがここで「ちょっと待った、そりゃあ失礼なんじゃないか?」などと
しゃしゃり出る俺でもない。
むしろ高校生以下学生を四人連れてライフセーバーのお世話になっていることが
知り合いに露見せずに安心したくらいだ。かなり個性的な四人組だしな。
必死の形相で犬かきをする女子高生とか。


閑話休題。


長い説教の末、オズバルドは所定の持ち場へ戻っていった。
その間中アニーミは文句タラタラといった目で彼を睨みつけていたのだが、
幸いなことにお説教が長引くと言うことはなかった。

オズバルドライフセーバー閣下の厳重注意によりめでたく沖へ進出禁止になった
俺たちイノセンス戦隊が次にしたことといえば、昼食をとることだった。
そろそろいい時間になっていたということもあるし、車内でコンビニおにぎり数個しか
食っていない上、波のある海で水泳などというカロリー消費の激しい運動をしたため、
つまり、腹が減っていた。

というわけで、弁当などという気の利いたものなどない俺たちが来たのは、海の家だった。
昼時ということで込み合っていたので、店内ではなく、店外の席に通された。
というよりは、勝手に座っていたと言った方が正しいが。
テーブルを挟んだ向かい側に女性二人、逆側にミルダを挟んで俺とベルフォルマ。

いつも思うのだが、この不公平な席の割り当てはどうにかならないものだろうか。
ミルダはともかく、俺とベルフォルマは大柄なので机から足がはみでてしまうのだが。
ついでに海水を吸った水着がべったりと椅子に張り付き、なかなかの不快指数をかもしだしている。


「んもう!絶対トド見るたびあいつのこと思い出すわ!私もう水族館には行かない!」

で、どこかで見たような場面へ立ち返ってくるわけだ。

俺が冷えたビールを喉に流し込み、アニーミの怒鳴り声を右から左に受け流していると、

「まあまあ、ええやんええやん。おかげさんで昼飯どきに戻ってこられたんやし。
あのままやったら、腹減って力尽きるとこやったで」

このところすっかりアニーミ専属”なだめ”要員となったラルモが、
飛び散ったカレーの染みを、テーブル添付のファミレスなどでよく見かける蛍光色の布巾
(なんていう名前なんだ、あれ)でかいがいしくぬぐう。

「そりゃねぇ、あんたは一位だったんだからいいんでしょうけど。
あのままじゃ消化不良もいいとこよ。いい?あれじゃあ、肉の入ってないカレーと同じ。
このカレーみたいね!つーかジャガイモも入ってないし!腹立つわ!」

それはな、煮込むうちに溶けるからだ。
アニーミの怒りがオズバルドからカレーにシフトしたところで、

「確かにな、あそこまで泳いだんだぜ?
せっかくだからアッチの島まで行ってみたかったよなぁ」

ベルフォルマが頬杖をつきながら言った。

「オズバルドってやつはああ言ってたけど、やっぱさ、もう一回やんねぇ?
飯食って体力つけた後、リベンジだリベンジ!」

五つほど山積みにしたホットドックの一つを持ち上げ、大口を開けてとかぶりつく。
その横で、冷凍ものをチンしただけのショボいおでんを突付いていたミルダが、
慌てて顔を上げた。

「ちょっと!僕はやだからね。大体みんな、帰りのことは考えてるの?
行きはいいかもしれないけど、ボートもなにも出てないんだよ。
往復してる内に、日が暮れちゃうよ…」

口の端にケチャップを付けたベルフォルマが、ここぞとばかりに目を光らせ、

「そんなんだからお前はヒョロヒョロなんだよ。
キッツいからこそ特訓の成果が出るんじゃん?
あ、その卵、食わねぇんならもらうぜ!」

「あーーー!!!」

ひょいとおでんの卵を横取りした。
ミルダが彼の手首をつかんで阻止しようとするがもう遅い。
卵をフットボールのクォーターバックのように口にパスし、
もぐもぐと美味そうに飲み込んでしまった。

「スパ〜ダ〜…!」

「ははっ、悪ィ悪ィ!怒んなって。
ほら、ソーセージ食うか?食いかけだけどよ」

悪びれもなく言いながら、ホットドックからかじりかけのソーセージを外してみせる。

「もう!いらないよ!」

ミルダは一瞬噴出したが、すぐに眉を吊り上げるフリをした。
仲が良さそうでたいへんよろしい。


「でぇええい!んなこたーどうでもいいのよ!」

アニーミが、バン!と机を叩いた。
俺が漫画家ならばアニーミの頭上斜め上に”プンプン!”と書き文字を入れている。

「やっぱこのカレー、納得出来ないわ!普通さぁ、カレーってもんは!」

椅子の上にそのすらりとした足を片方乗り上げ、半分ほど食べたカレーを持ち上げた。

「こう、肉とジャガがメインの食べ物でしょうが!
たまねぎとニンジンは福神漬けとラッキョみたいなもん!
信じらんない!寸胴をすくう仕事の人がサボったとしか思えないわ!
うん、きっとそう!寸胴の底のほうにはきっと肉とジャガが大量に埋まってんのよ!」

と大演説をぶった後、皿を片手にスタスタと厨房のほうへ入っていこうとした。

「待て待て、どこに行く?」

「決まってんでしょ!苦情よ苦情!今度は肉とジャガを入れたルーをすくってもらうの!
っていうかそもそもこのカレー、ルーに対してごはんが多すぎ!ルーが足りなくなったわ!
ほら見たこと!なにもかもが私に苦情を言いに行きなさいって言ってんのよ!」

「恥ずかしいからやめろ!」

俺は思わず彼女の二の腕をつかんでいた。

「ちょっと、離しなさいよ!
恥ずかしい恥ずかしいってねぇ、あんた、日本人はそんなんだから、
アチコチの国の借金背負わされんのよ!」

徐々に、周囲の目が何事かと集まってきた。
…またこのパターンか。

「ルーなら、俺のカレーうどんのやつを分けてやるから」

「いっらないわよそんなもん!半分汁じゃん!私は純粋なるカレールーが欲しいの!」

俺が「しかし…」と言うが早いか、海の家から物凄い声が響いた。


「だから、肉とジャガが入っとらん、と言っておろうが!」


野太い分、腹の底にずーんと来るような怒鳴り声。
それはもう、何ヘルツか計る気にもなれないほどでかい声だ。
向けられていたギャラリーの目線が一斉に鞍替えするほど。
何を隠そうその声は、しっかり聞き覚えがあるバリトンだった。

俺は、まさかそんな、と思っていた。
隣人に引き続きまた?と。世間ってもんはせまいらしい。

「……あいつ!」

俺たちの中で一番早く行動したのが、ベルフォルマだった。
かじりかけのホットドックをミルダの胸に押し付け、すいすいと椅子を飛び越えて駆けつける。
すぱん!と間仕切りの引き戸が開かれた。

「アスラ!テメー、こんなとこで何してんだぁ!?」

ベルフォルマの声が驚きで裏返った。

予想していた通り、アスラがいた。
それも海の家の厨房の前で、カレーの皿を手に持って。
アスラの格好は、ちょっと振り向かずにはいられないような装いだった。
なにせ(俺が断念した)黒のブーメランパンツを履いた上に、
あろうことかトレードマークの竹刀まで肩に担いでいるのだから。
今はその竹刀も、真っ黒に塗りつぶされていたが。
理由?さあ、なぜだろうな。

彼のほうも驚いたように、切れ長の目を見開いていた。

「ベルフォルマか?」

「ベルフォルマか、じゃねーよ。ナニやってんだよ」

アスラは、その見事な腹筋を仰け反らせ、腰に手をあてた。

「見てのとおりだ!わからんか」

「サッパリ分かんねーよ…」

「分かるわよ!」

頭を抱えるベルフォルマの横を、さっとアニーミが走り抜けた。
もちろんカレーを片手にだ。
ニマニマとカレー皿を持ったアニーミを見て、アスラの目に、一瞬とぼけたような色がよぎる。

「ん?おぉ、お前はサクヤのクラスの…はて、なんだったかな」

「イリアよ!イリア・アニーミ!って、んなこた後でいいの!
……あんた、教師なんてみんなウンコみたいなやつばっかだと思ってたけど、
あんたは見込みがあるわ!やっぱり、カレーは肉とジャガイモが肝心よね!」

「ほう!イリア・アニーミとやら。それはこちらの台詞だ。
若いのに、なかなか見込みがあるな。お前の言うとおりであるぞ。
カレーは肉とジャガイモがあればよいのだ!他のものなど、飾りにすぎぬ」

「そうよねそうよね!最近オシャレぶってナスとかトマトとか入れる家庭があるけど、
あれは邪道よ!カレーと言ったらジャガイモ、そして肉!それが日本の心よね!?」

「うむ、全ての言詞に同意するぞ!
そしてジャガイモは四分の一サイズ、肉はサイコロ形が好ましい!
更に言うならば、具は多ければ多いほどよい!特に肉がな!」

「分かるわ分かるわ!んでもね、福神漬けとラッキョも外せないわよ!
あれは、そう、カレーで言う三種の神器みたいなもんだから!」

「あぁ、分かるぞ!その気持ち、痛いほど分かる!
卵やマヨネーズなどを入れるのも邪道だ!あくまで、カレー、福神漬け、ラッキョ。
我らはこの三つのみを存分に味わいつくし、愛するべきなのだ!」

「アスラ!」

「アニーミ!」

……などと、大声で語り合った挙句、かたく握手を交わしだしたからたまらない。
暴走機関車があわや正面衝突と思った瞬間に仲良く並んでレールをぶっちぎったような事件だ。
かわいそうにベルフォルマは、一人おいてけぼりを食らってぽつんと佇んでいた。

俺はまだ、やれ豚肉は許せんだとかやれ甘口など児戯にも等しいなどと叫びあっている二人を尻目に
凍り付いている店内を横切り、財布から取り出した千円札を売店に置いた。

「カレー二つ。ルーだけで。肉とジャガイモを多めにすくってくれ。
店の営業状況を取り戻したいなら」




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