We are THE バカップル27
27



「うっひょー!スッゲー!カッケ〜!」

ベルフォルマが、初めてディズニーランドに来た子供のような歓声を上げた。
きらきらと目を輝かせながら、スゲー!だのカッチョエー!だの同じ言葉ばかり繰り返す。
セミでももう少し言語のバリエーションがある。

ベルフォルマが両手に握っているのは、紛うことなきイノセンス戦隊の完成コスチュームだった。
黒いライダーススーツのあちこちに緑地の布がはりめぐらされている。

どことなくレトロな、そう、心のどこかの”懐かしさ”を刺激するデザイン。
それが各々のカラーリングとデザインで、各人の手に握られている。
ミルダは青、アニーミは赤、ラルモはピンク、ベルフォルマは緑、俺は黒。

「……」

一人だけコードネームなんちゃらという悪役のようなネーミングを冠せられた俺のものだけ、
微妙に装いが違った。
部分部分に謎のプレートや痛そうなトゲがくっ付いていて、どうにもシルエットがいかつい。
しかし…、俺はミルダの手元を見た。
正確には、その手に大事そうに握られている衣装を。

「うはあ…すごいなあ…」

一言で言うなら、とにかく派手だった。
全身がハワイアンブルーで、同部分にでかでかと金色の線が入っている。
以前ハスタが言っていた、身長をカバーするための工夫とはこれのことだろうな。
特筆するべきは下半分。下半身にピッチリと張り付くタイツになっていた。
俺があれを履いていたら……想像するだけで恐ろしい。
しかし、当のミルダはまんざらでもない様子だった。
テカテカ光る青い布きれを己の胸に押し付け、ニコニコしていた。

アニーミとラルモは、お互いのユニフォームを見せ合いながらはしゃいでいる。

「きゃー!見てこれ!超っカワイイ!」

「ほんまめっちゃカワイイな。こんなんテレビの中でしか見たことあらへんで」

アニーミのものは目が痛くなるような赤で、ミニスカートになっている。
胸の部分がハート型になっているが、あまり胸元が目立つデザインではない。
後でハスタが耳打ちしたところによると、アニーミの胸のサイズを考慮してのデザインらしい。
で、ラルモ。
こちらは、スカートではなく黒のスパッツがセットになっていた。
ところどころに白いフリル、パーツパーツの継ぎ目にはガラス球の宝石までついている。
戦隊モノというよりは魔法少女然としているが、イノセンスピンクはマスコット
との阿修羅大魔王の言なので、あながち的外れでもないのだろう。
どうせ五人並んで立っていれば戦隊モノっぽく見えるしな。

とにかく。この衣装、細部の作りこみようがすごい。
特に女組の衣装は、男連中のものに増してものすごい懲りようだった。
元々オタク気質のある男だから、しょうがないのかもしれないが。
ん?こいつのことだ、こいつ。

紹介しよう。
一同の様子をリビングの中央で腕を組みつつ満足げに眺めている男。
ド派手なピンクの髪、常人には理解されにくいファッションセンス、やたらとでかい図体。
今日はピンクのフリルシャツと、ぴっちりとした革製の短パンを履いていた。
他ならぬ、ユニフォーム製作者であり、間違いなくこの場一番の功労者であるハスタだ。
各々のリアクションをする俺たちを順繰りに眺めては、ニヤニヤと口角を歪めている。
しかしなあ。ありがたいとは思っているのだが、どうもあのニヤけ面は慣れない。
生理的な面での問題だろう。しかたがない。

「じゃっじゃ〜ん」

ハスタが、ライダー仕様のコスチュームをためつすがめつ眺めているベルフォルマに
横からにゅっと手を出した。ヘルメットを持っている。
とは言っても、それは通常のヘルメットにドでかいゴーグルが融合したような、
なんとも奇妙な形をしていた。
いわゆる、”なんちゃらライダー”と呼ばれるヒーローたちがかぶっている、アレだ、アレ。
バッタが進化してそのままヘルメットになったようなアレ。

「おっ…!これはぁ…!」

ベルフォルマも、一目見て分かったのだろう。
恐る恐るヘルメットを受け取った指先を震わせている。
ハスタが、へへん、と鼻を鳴らした。

「見ての通りヘルメット。別名、乗車用安全帽。
ライダーつったらさあ〜、やっぱメットにも凝んなきゃでしょ。
ホレホレ、見てみ〜よ。JISマーク!法的にもバッチシ!」

ハスタが、ヘルメットの裏側を指差して言った。

「マジで!?スゲーじゃん!」

「その服、着たままバイク乗れるようにしてあるから。セットで着用してねん」

「うおおおおマジかよ!すっげぇええ!」

ベルフォルマは瞳の輝きを三段階ほどレベルアップさせ、かぽ、とヘルメットをかぶってしまった。
隙間から嬉しげな口元がのぞいている。
まさか、本当にそれでバイクに乗るつもりだろうか。
俺は、ベルフォルマが地域のローカル番組で”怪人のウワサ!コスプレライダー男!”
として紹介されないことを祈りながら……、

「それはともかく。ハスタ」

ヘルメットのゴーグルを微調整していたハスタに声をかけた。

「んあ?」

妙にヒョコヒョコと肩を左右させる歩き方で近寄ってくる。
そのまま俺の横をフラフラと通り過ぎかけたハスタの肩を掴んで止め、

「本当に、礼はいいのか?材料費ぐらい出すぞ。学生にはキツいだろう。
お前一人で作ったわけではないのだろうし」

前々から聞こうと思っていたのだが、これの材料費だって馬鹿にならないはずだ。
ハスタは親元を離れて(といってもやつはもう22なんだが、ともかく)
一人暮らしをしているという話だし、そもそも金が絡む問題というのは、軽視できない重さがある。
だがやつは、ニヤッといやに白い歯をのぞかせ、

「正義の味方はお礼なんて受け取らないんだぜ」

言うと思った。俺は内心ため息をついた。
俺の表情からなにを読み取ったのか、ハスタが、ぷーっと噴出した。

「ほんとにいいって。マジでマジで。これ、卒業制作に回すつもりだから」

「これをか?」

俺は手に持った、コードネームなんちゃらの衣装を見下ろして聞き返した。
全身真っ黒でテラテラと光るそのコスチュームは、肩に付いた謎の棘、胸の前でクロスした謎の鎖、
膝の部分を覆う謎のドクロ…、と、さすがコードネームが付くだけある、謎な部品ばかりが付いていて、
ともかくどう贔屓目に見てもパリの若者の間で大流行、なんてことはないだろう。いや、絶対にない。

「奇抜なぐらいがウケんのよ」

ハスタがウィンク交じりに言った。

「今どきな、ちょっとぐらい斬新なデザインなんて、逆にありきたりだぜ。
シンプルなラインながらも戦闘に全く関係のない装飾のついたミスマッチなデザイン!
戦闘服やコスチュームってもんを、もっと業界各社は見直すべきだと思うナリ」

「……そうか。では、破いたり、壊したりしないように、気をつけなくてはな」

「イエ〜ス。期待してるよ、その言葉」

大して期待をこめていない語調でハスタが呟いたとき、

「ちょ、ちょっと待てよ。じゃあこれ、返さなきゃなんねーの!?」

鏡の前で上機嫌にポーズを付けていたベルフォルマが、不安そうに話に入ってきた。
バッタヘルメットをかぶった男が急に割り込んでくると、ちょっと怖い。

「いんや、アンタらにやるよ。もともとアンタらのために作ったんだし。
ちょっくら貸してもらわにゃならんけど、終わったら返す」

ベルフォルマの顔が(といっても口元しか見えないのだが)ぱっと明るくなった。

「マジで?へへっ、悪いな。お前のこと、誤解してたみたいだわ」

なんて、弾む声で返している。
どうだろうこの光景。
あのハスタとあのベルフォルマが親しげに会話をしている。
夢のような現実、嘘のような本当だ。

「ほんと、ほんっと!あんた、いいやつだったのね。
私も誤解してたみた〜い、ごめんね、ハスタ」

明るい色のサンバイザーを斜めにつけたアニーミが、片足を上げてぶりっこポーズ。

「誤解て、どないな風に思っとったん?」

こちらは、少し恥ずかしそうにマイク付きのアイシールドを見詰めているラルモ。
思っていたより乙女チックな衣装を配備されて照れているのか、さきほどから大人しい。
うむ、微笑ましいことだ。
俺が本当に微笑みかけた瞬間、あまり微笑ましくないアニーミが、眉間に皺を寄せた。

「もちろん!失礼で気持ち悪いやつって印象。
最初見たとき、ぜ〜ったいアブない趣味持ってるって思ってたもん。
駅前に捨てられてるティッシュを収拾して部屋中に飾り付けたりとか、
好きな子の写真を盗み撮りして専用アルバム作っちゃったりとか……、
なんかこ〜、とにかく想像するだけで鳥肌立つ粘着気質な趣味っつーの!?」

タンクトップからはみ出した二の腕をさすりながら、数日前に合った痴漢の話でもするように言った。
よく見ると、本当に腕に鳥肌がたっている。
これにはあのハスタも、とっさに言い返す言葉がないようで、絶句していた。
いいぞ、もっと言え。

「ア、アハハハハハ…!ごっめんごめん!今はそんなこと思ってないわよ〜!」

その場の凍った雰囲気を読み取ってか、アニーミが頭に手を当てて馬鹿笑いした。
バンバン!とハスタの背中を叩いて、なんとか誤魔化そうとする。
少し前までは絶対にハスタに触ろうともしなかったのに、いい進歩だ。
そもそも触れたくないほどの思いをさせるほうが悪いのだが。

「いよっ、いい男!ありがとね、え〜っと、パスタだっけ?」

「イ、イリア、ハスタさんだよ…!」

「あ?…あはははは、ごめんごめん!でもでも、同じようなもんじゃない!?」

ミルダが、慌ててアニーミに耳打する。
残念なことに丸聞えだ。
相次ぐ精神面への攻撃に、流石のハスタも部屋の隅に座り込み、
あきらかにスネた雰囲気で、煙草に火をつけている。
電波に見えて、意外と傷つきやすいのかもしれない。知らんが。知りたくもない。

「と、ともかく、いい思い出になるよね。うん。
みんな、本当にありがたいって思ってる…ますよ、ハスタさん」

この面子で集まるとき、八割がたフォロー係りに回るミルダがすかさずその能力を発揮したが、
ハスタは右手だけ上げて、弱弱しく振るのみ。
ミルダが困ったように苦笑した。
俺が小声で「ほっとけ、すぐ直る」と耳打ちすると、ミルダはやはり苦笑を返したが、
もうハスタを気にするのは止したようで、アニーミたちに向き直り、

「……まあ、ちょっと…。友達には、見せられないけど…」

と、ハスタには聞えないように言った。

「……せやな」

「……同感」

「……まあな」

すかさずアニーミとラルモが同意する。俺も同意しておいた。

「おい、何言ってんだよ!」

そこに、いつのまにか全身着替えたベルフォルマが体ごと割り込んできた。
顔のほとんどが隠れているためこの人物…いや、この物体を目にして
ベルフォルマだと分かる者はいないだろう。

「これこそ見せるべきじゃねぇのか!?
俺は今すぐ、俺がイノセンスライダーだー!って宣伝して回りてぇ気分だぜ!」

などと叫びながら、変身のポーズを取り「そだ、赤いマフラー買ってこなきゃな!」と付け足した。

「……ああはなりたくないわね」

「……流石にああいう風にはなりたないな」

アニーミとラルモが、同時につぶやいた。

「あら。…へへへっ」

それが面白かったらしく、お互い顔を見合って、ゲラゲラと笑い出す。
ミルダもつられて笑い出した。
ベルフォルマも、なぜ笑っているのか分からない様子だったが、
腹を抱える三人を見て、とりあえず笑うことにしたようだ。
腰に手をあてて、四人の中で一番大きな笑い声をあげ出した。
たちまち部屋中が笑い声の大合唱に包まれる。
部屋の隅でスネていたハスタも、どことなく楽しそうにしていた。
煙草をくわえた口元が、少し笑ったのが見えた。
俺と目が合ってすぐに笑みを消して背中を見せたが、体が左右に揺れている。

俺はと言うと、やはり、悪い気分ではなかった。
仲間が笑っていて、嫌な気分になれるやつがどこにいる?
俺は、自分が笑っているのを自覚した。


元々この部屋は静かで、俺しかいない場所だった。
少し前にミルダが来て、一人だけの部屋ではなくなり、
それから妙な遊びに巻き込まれ、人が増え、色々と騒がしい日々が続いている。
この瞬間、部屋中が、名伏しがたい嬉しさに満ちていた。
それが、嬉しかった。


***************************


そして。
この衣装を受け取った日というのが、実は悪者ンジャーとのドッジボール勝負の当日のこと。
ハスタはこの日に間に合わせようと、色々粉骨砕身して取り組んでくれていたようだ。
良く見ると目の下に薄っすらクマが落ちていて、目が赤い(元からか、赤いのは)
俺たちが準備を整えて出発する間際には、よっぽど疲れていたのだろう、
勝手にソファに寝転がって寝息を立てていた。
いつもならたたき起こして追い出すところだが、今日は特別だ。
よっぽど額に肉と書いてやりたい衝動に駆られたが、そこはぐっと我慢しておく。

「あ、そうだ」

出発間際、衣装を詰めたショルダーバックを肩に担いだミルダが、
思い出したようにクーラーをセットして、毛布をかけてやっていた。



あの悪者ンジャーが迎えを出すなんて小粋なことをしてくれるはずもなく、
俺たちは車で市民体育館へ向かっていた。

「かぁーっ!たくよぉ、別にいいじゃん、わざわざ普段着に着替えなくてもさぁ。
どーせ向こうで着替えなおすんだろ?めんどくせぇよ」

車の後部座席で伸びをしながら、ベルフォルマがふてくされた。
今回は荷物もあるので、彼も同乗している。
三人かけた後部座席はかなり手狭だ。

「冗談じゃないわよ!知り合いに見られたらこっ恥ずかしいどころじゃないっての」

ベルフォルマの脇を、アニーミが邪魔くさそうにポカリの底で突く。
それを払いのけ、ベルフォルマはさも忌々しげに舌打ちした。

「だぁから、俺だけあのまんまでいてもよかったじゃん、って言ってんだよ。
なにも無理矢理着替えさせることねぇだろ」

そう、各々用意していた鞄や紙袋に衣装を詰め終えていざ出発となった段階、
ベルフォルマが着替えたくないと駄々をこねだしたのだ。
俺たちも一応一般的な常識と羞恥心は持ち合わせている。
いくら車に乗って行くとはいえ、怪しげなタイツや肩パッドを付けた怪人を
同乗させているところを人目に晒したくはない。
しかしベルフォルマはよほどあの衣装が気に入ったらしく、いつまで経っても着替えようとしないので
しかたなく俺とミルダの二人がかりで無理矢理着替えさせたのだ。
やたら腕っ節の強いベルフォルマを押さえつけるのはかなり骨の折れる仕事だった。
ガリ勉よろしく筋肉の欠片もないミルダが相方ではなおさら。
ほとんど俺一人でひん剥いたようなものだった。
すでにソファでムニャムニャ寝言を呟いていたハスタをたたき起こそうかと思ったぐらいだ。

着替えを(無理矢理)終えたベルフォルマはしばらくムスっとしていたが、
いざ車に乗り込むとき、ちょっとトイレ、と姿を消した。
なんとその後、しぶとくも再びあのコスチュームに身を包んでノコノコと出てきたのだ。
これにはさすがにブチギレそうになったが、俺より一足早く堪忍袋を破裂させたやつがいた。

「あんった、いー加減にしなさいよっ!!」

その剣幕の恐ろしかったことといったら、ない。
しみじみ、絶対に彼女にしたくない女だと思った。
ともあれ、今度は俺とミルダ+アニーミでベルフォルマの服を剥ぐことになり、
ベルフォルマはしきりに逆セクハラだと喚いていた。機嫌が悪いのはそのせいだろう。
自業自得すぎて、フォローする気すら沸かん。

「一つ気がかりなのが…」

「はい?」

俺は市民体育館までの道順を示すカーナビをチラっと見てから、助手席のミルダに話しかけた。

「今、夏休みだろう。体育館も賑わっているはずだ。
あいつら、ちゃんと貸切にしてるだろうな。ガキの前であの格好をするのはごめんだぞ」

「あー…」

ミルダが曖昧にうなりながら、首をひねる。その様のなんとのん気なことか。

「わかんないけど、流石にそれぐらいは配慮してるんじゃない?
あの人たちに羞恥心ってものがあるかは疑問だけどさ。
あっでも、人がいっぱいいたほうがスパーダは嬉しがるよね。あはは」

と、これまたのん気に笑い出した。どうやら、聞く相手を間違えたようだ。

「ラルモ。お前はどう思う?」

困ったときのラルモ頼り、とはこのことだ。
いきなり話題を振られたラルモは、はたと目を上げて、その目をしばらく泳がせ。

「……せやな〜。行ってみてのお楽しみ、ってことでえ〜んちゃうん?」

と、にっこり笑いながら、答えになっていない答えを寄越した。


******************************


「ねぇねぇ、アレなに?」

「知らなーい、なんかの撮影じゃないの?」

「おーいコッチだ!タカシ、肩車してやるからおいで!」

「パパ〜、私も私も〜!」

「うわっ、俺写メ撮ろ!携帯どこだ!?」

「あの子可愛いくない?声掛けてこよっかな」

「やめとけやめとけ、あの格好見てみろよ。特撮かっつーの」



ざわざわがやがやと、コートの外には大勢の人だかり。
ある者は俺たちを指差し、ある者は携帯をピカっと光らせ、ある者は遠巻きに眺め。
共通しているのは、彼らが軒並み動きやすそうなジャージやTシャツに身を包んでいるということ。
そして、いずれも好奇心に目を輝かせているということだ。

真昼間の老若男女ひしめく市民体育館で、俺たちは対峙していた。
俺たちというのは、俺、ミルダ、アニーミ、ベルフォルマ、ラルモの五人組と、
阿修羅大魔王、セクシーローズ、ブラックパピヨン、ミスター毒物の四人組である。
すでにそれぞれの仮装に着替えた俺たちに、四方八方から視線が突き刺さる。
吹きすさぶ風などが吹いていればまだ雰囲気があるのだろうが、
残念ながら、ここは屋内も屋内、体育館の中だった。

「よくぞ逃げずに姿を現しおったな!その無謀、勇気と思って賞賛してやるわ!」

バサッと、真っ赤な裏地のマントを払いながら、阿修羅大魔王が一歩前に出た。
よく通るバリトンが体育館の隅から隅まで響き渡る。
やじ馬たちの間で”おおーっ!”と歓声が上がった。

「当ったり前でい!お前らこそ雁首そろえて出てくるたぁい〜い度胸じゃねぇか。
今日こそは逃しゃあしねぇ。ぶっ潰してらぁ!」

全身バッタ色のベルフォルマが雄たけび返すと、また歓声が沸いた。
負けじと、セクシーローズが長い足を見せびらかすように前へ出る。

「オーホッホッホ!その言葉、そっくりそのままお返ししてやるわ!
今日があなた方の命日になるのよ!お線香は焚いて来たかしらぁ!?」

歓声。
撃てば響くギャラリーの反応に、三人は気をよくしているようだ。



「「は、恥ずかしい…」」

ミルダとアニーミが、同時に呟いた。
毒物とラルモは遠巻きに少し困ったニコニコ顔、ミルダとパピヨンは耳まで顔を赤くしていた。
俺とアニーミはというと、ずっと下を向いていた。あのアニーミでさえこの始末だ。
俺たちはワイワイワーワー煽りあいと歓声が響く中、所在なさげに突っ立っていた。
いつまで続けるのだろうか。

「ね、ねぇ…」

「なんだ…」

アニーミが俺のマントのすそを引っ張った。

「うちのクラスの子、いないか見てくんない?」

と言われても、一週間かそこら触れ合ったガキ共の顔など逐一覚えていないだが。
俺は一応、ぐるりとあたりを見渡した。

「……見る限りだといないようだが。多分」

「そ、そう?ほんとに?ほんとにいないわよね?
よく見てよ?いたら許さないわよ?ねぇ?ねぇ?」

「あぁ、いない。いないから安心しろ。…しっかりしろ、お前が主力なんだから」

「そりゃ分かってるけど…。うぅ…」

アニーミが頭を抱える。
あぁもう…。

「大丈夫だ、始ってしまえば周りなど気にならなくなる。
思い出せ、この日のために努力をして来たはずだ。
100パーセントの力を出し切れなければ悔いが残るぞ。
周りの目など無視して、試合にだけ集中しろ」

「う、うん…やってみるわ」

そうだ。この日のためにどれほど努力をしてきたか。
夏のビーチ合宿に始まり、近所の空き地で適当に球をぶつけ合い、軽く走り込みをし、
昼になれば冷やし中華を食らい、疲れて帰ればゲームをし、漫画を読み…。
……考えてみればさほど努力をしていないな。
アニーミは納得しているようだから、まあいいか。

「そこっ!コソコソ喋るな!」

いつの間に言い合いをやめたのか、阿修羅大魔王の喝が飛んできた。

「まったく、やる気があるのか?今からルールを伝える。
集中力を持って聞くように!二度は言わぬぞ!」

阿修羅大魔王が、再び俺達の顔を見渡す。
次いで、観衆をぐるりと見回し。

「よもやドッジボールを知らぬ人間がいるとは思わぬが、一応の説明をする!
よいか!ルールは簡単だ!
敵の球に当たったら速やかにコートから出る!当てたら入る!
コートの中からはみ出したら失格だ!すみやかに外野に出てもらう!
反則は許さぬ!ここにいる民たちがその証人となろう!」

竹刀の先を向けられた観客が、おーーー!と声を上げた。

「以上!これよりドッジボール対決を開始する!
この日のために磨き上げた技と力、惜しむことなく振るうがよい!」

竹刀を天に向けて開催の言葉が告げられた。
さすが悪の親玉を名乗るだけあって口上がうまい。
ビシっと身が引き締まる思いだ。

「いよーーーしっ!」

「おっしゃあ!」

「よし!がんばろう!」

「やったるでぇ!」

「あぁ」

ハイタッチをしながら、気合を新たにしたところで…。

「……と、言いたいところだが」

全員がズコッ、とずっこけかけたのは言うまでもない。
クイズ大会に引き続き、こいつは……。

「ちょっとー!なんなのよ!」

「そりゃないぜ!」

「人でなしー!」

ブーブーと上がる文句を片手で制し、

「まあまあ、落ち着かんか。よく考えてもみろ。
こちらは四人、そちらは五人だ。
いささかフェアではないとは思わぬか?」

あぁ、なるほど、その件か。

「助っ人がいるってことだろ?いいぜ、呼べよ」

俺の代わりにベルフォルマが答えた。
そんなこともあるだろうと事前に相談をしておいたせいか、て驚いた者は誰もいなかった。
阿修羅大魔王にとっては意外なようで、ほう、と仮面からのぞく目を細めた。

「察しがいいな。さては想定していたか。まあ、その通りだ。
公正を期すためそちらから一人辞退してもらうことも考えたのだが、
4対4ではすぐに決着が付いてしまうし、この日のために研鑽を重ねてきた諸君らに悪いのでな。
まあ、口上はこのぐらいにして」

パンパン!と手を打ち鳴らす音が響く。

「戦闘員A!戦闘員A!ここへ!」

「イーーー!」

女の声だ。女子用トイレの扉から、黒い影が飛び出す。
それは、黒いタイツに身を包んだ女性だった。と言っても、腰から下はスカートになっている。
顔の部分は覆われておらず、そのかわり怪傑ゾロがしているようなマスクを付けていた。
しかし、問題はそんなところではない。
俺は彼女の姿を目に下瞬間、凍り付いていた。
クルクルにロールした青い巻き毛が、花の飾りの上からちょこんとはみ出ていた。
そしてなにより、その胸……いや、顔の下半分の造りは、俺にとって、大変、見覚えのあるものだった。

「アンッ…!」

「セ…!」

「戦闘員Aで〜す!皆さん、はじめまして。よろしくお願いしますね!」

同時に叫びかけた俺とベルフォルマの声を、明るい声がさえぎった。
にっこりと笑んだ口元が、有無を言わさぬ迫力だ。
ぺこぺこと、観衆に向かって何度もお辞儀をしている。

しかし、俺は彼女より、かたわらのベルフォルマに視線を捉われていた。
彼も俺を見たまま(といっても仮面のせいでどこを向いているかよく分からないが)硬直している。

……なんで彼女のことを知っている?

「…………」

「…………」

しばらく気まずい沈黙が流れる。

「ねぇ、どうしたの?」

「なに黙りこくってんの?」

アニーミとミルダが、それぞれ俺とベルフォルマに問いかける。
俺は答えず、チラっと他の人物の顔をうかがった。
俺とベルフォルマ、ミルダとアニーミ以外の五人が、頬をピクピクさせていた。
まるで、笑いをこらえるように。

……やられた。

俺はベルフォルマの顔を見た。バッタメットが、何か言いたげに俺を見ていた。

「……後でな」

「……わかった」

俺とベルフォルマはそれだけ言葉を交わすと、コートの中に歩を進めた。

「ねぇねぇ、なに?なにかあったの?」

「ちょっとー!説明しなさいよー!」

「うるっせぇなー、後でだ、後で!」

「なにそれ!そういう言い方ってないんじゃな〜い!?」

俺はアニーミの肩に手を置き、

「今話しても仕方が無いことだ…それより」

ドッキリ大成功!という顔でニヤついている阿修羅大魔王を見る。
彼は俺にくいっと顎をしゃくりると、

「なんだ、アサシンシャドウ。言ってみろ」

「さっさと始めさせてもらおうか。
これ以上こちらの意気を削ぐような行為をするならば、俺にも考えがある」

阿修羅大魔王が、クククッと笑う。

「まあ、そうピリピリするな。こちらとて悪気があってのことではない」

どうだか。

「以上で前フリは終わりだ。これから、正真正銘、勝負を始める。
存分にウサを晴らすがよい。行くぞ!配置に付け!」

踵を返し、戦闘員A含めた四人に、テキパキと指図を飛ばし出した。
俺は振り返り、

「説明しろ〜!せ・つ・め・い!」

「説明せんかーい!せ・つ・め・い!」

「だぁあ、馬鹿!引っ張るなって!あ、頭がもげる!」

「ら、乱暴は駄目だよ!ほらぁ、エル…ピンクまで面白がって一緒になっちゃ…」

コートの中央でまだもめている四人に、それぞれ軽いゲンコツを与えた。

「きゃっ!」

「アイタ!」

「いてっ!」

「叩かないでよ〜!」

口々に文句が上がる。

「馬鹿、後にしろ。そろそろ始まるぞ。作戦は覚えているな?」

四人はまだ何か言いたげな雰囲気。気もそぞろだ。

「返事」

へーい、だのほーい、だの気の抜けた声が上がる。

「途中イレギュラーが入ったが、作戦に変更はない。
いいか、それぞれがそれぞれの役割を遂げることだけを考えろ。
だが、勘違いするな。それは、フォローをしないってことじゃないぞ。
そういうときは体が勝手に動くものだ。自分の体を信頼しろ。
他人の挙動まで考えすぎると、どうしても自分のことがおろそかになる。
各自、己の仕事だけを完遂することを念頭に置くように」

再び四人の顔をゆっくり見渡す。段々試合をする顔になってきた。
よし、意外と俺はいい指導者だ。亀の甲より年の功ってことか?
まあ、それは置いておいてだな。

「俺からは以上だ。他に言いたいことがある者は?」

誰も声をあげない。

「よし、ならいい。当初の予定通り作戦Bで行く」

それぞれが頷いて、散り散り作戦の配置へ移動しはじめた。

「返事!」

「へーいっ!」

「はいはーい!」

「ほーい!」

「オーラーイッ!」

俺は深く頷き、

「いい返事だ!いいか、負けるのはシャクだ、だから勝つ!
お前らも負けず嫌いの端くれなら、歯を食いしばって勝て!」

再び、それぞれの返事が返った。


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