We are THE バカップル28
28



気合も新たにコートに散った俺たちを、引き続きたいそうな賑わいが包む。
人が人を呼び、とはこのことだろう。
コートをぐるりと取り巻くギャラリー。ざっと見渡すだけで三十人はいるんじゃないか。
隅の方には遅い昼食がてら弁当を片手に陣取っているグループまでいた。
何かのイベントと勘違いしているのか、子供がミートボールを串刺しにした箸を振り回し、

「がんばれ〜!わるものに負けるな〜!」

と叫んでいる。
思わずそちらへ視線をやると、子供の母親がちょうどカメラのシャッターを切るところだった。
デジカメを旦那に見せて、きゃあきゃあ声を上げている。

「あっら〜、意外といい男じゃない?」

「顔隠れてんじゃん、よくわかんねぇって」

今度はジャージに身を包んだ、いかにもギャルっぽい女子高生グループが携帯を片手に、

「アサシンシャドウー!こっち向けー!」

「無視してんじゃねーよ!…あ〜、ブレたじゃん!」

「おーいイノセンスライダー!イカしてるぞー!」

「大魔王様かっこいー!」

「ピンクちゃーん!後で写真撮らせてえ〜!」

「セクシーローズさ〜ん!」

わっと湧き上がる野次に、コートの外はまたガヤガヤ。
……なんだかな。パンダにでもなった気分だ。
檻の中で寝転べばきゃあきゃあ、タイヤに座ればきゃあきゃあ、飯を食えばきゃあきゃあ…。
パンダもきっと頭痛薬を欲しがっていることだろう。
まあ、言っていても仕方がない。


さて。
試合に移る前に、おおまかな作戦を知らせておこう。
今回のゲームでは、外野の数は指定されていなかった。
意表を付いて外野を複数配置することも考えたが、ここはスタンダードに乗っ取ることにした。
つまり、外野の数は一人。他四名が内野。

当然、誰を外野に置くかという話になる。ここは消去法で決めた。
小柄なため当てにくいラルモは当然内野。
俺も細かい指示を出すために内野に残ることになった。
ここまではすんなり決まった。
問題はこの後だ。
ミルダが運動が不得意な人間ほど外野に回りたがる法則を体現するごとく、
しきりに内野は嫌だと駄々をこねたのだ。
しかしなあ……。
ミルダのことだ、パスでお手玉をして敵陣に球をポロリ、なんてことをいかにもしでかしそうだし
あいつの運動神経に一人しか居ない外野を任せるのは大変心もとない。

それになんと言っても、今回の作戦では、ミルダを内野に置くことで効果を発揮するのだ。
これはおいおい語って行こうと思う。
俺はミルダをなんとか口説き落とし、ときには鼓舞し、内野に留まらせた。

で、だ。
結局外野へはアニーミに回ってもらうことにした。
彼女ならためらいなくガンガン球を投げてくれるだろうし、身体能力的にも申し分ない。
ベルフォルマでもよかったのだが、あの衣装はコート外を走り回るのに向いていないし、
なんといっても向こうには、いかにも馬力満載の阿修羅大魔王が控えているのだ。

あちらに比べ、こちらは小柄な体格の者が多い。
あまりに威力が高い球は、キャッチしても取りこぼしてしまう可能性がある。
ベルフォルマに残ってもらったのは、まあ、壁役ということだ。
ハスタがいればもう少し不安要素が減るのだが、ないものをねだっても仕方が無い。
ということで、特に反論もなく(ミルダは気落ちしていたが)配置予定は決まった。


長くなったが、以上が布陣の内訳と理由である。
こうして実際に敵陣を前にコートに立ってみると、なかなかどうして緊張してくるものだ。
俺はコートの中央に立ち、敵陣を眺めた。
彼らも同じように各々のポジションに移動していた。

どれどれ。

……、……、……。

ほー、なるほどな。
いや、ちゃんと教えるぞ。

あちらは外野にサクヤを置くことにしたようだ。
俺達の後ろ、つまり敵陣の外野テイトリーで準備運動をしている。
あまり彼女が運動をしているところを見たことが無いが、大丈夫なのだろうか。
まあ俺としては彼女を標的にしなくて済み、ホッとしているところもあるのだが。
女性が痛めつけられている様子を見るのは、どうにも忍びない。
俺はそういう性的嗜好、いわゆるドSという性癖は持ち合わせていないのだから。
戦闘員Aはいい。あいつは女の皮を被った虎みたいなもんだ。

……と、いかんいかん。
しっかりしろ、リカルド・ソルダート。
敵に情けをかけるなど、愚劣の極みだぞ。
女子供であろうと(まあ、子供はこちらにしかいないが)容赦などするものか。

軽くかぶりをきって気を取り直したところで、

「おい、先攻後攻を決めるぞ。ジャンケンだ。リーダーは前に出ろ」

阿修羅大魔王が、コートの中央に進み出て言った。

「あぁ、はいはい…」

「っと、忘れてたわ」

「あ、すみません、すぐ行きます!……って、あれ?」

ベルフォルマとアニーミとミルダが、同時に踏み出す。
はたと、怪訝な顔同士を見合わせ、

「……なんでお前らが出るんだよ」

「……あんたこそ」

一気に険悪な雰囲気が蔓延する。

「あぁ、お前らトイレかなんかか?
俺ぁ今からジャンケンしてくるからよ。さっさと済ませてこいよ」

「はあ?なにそれ、寝言?ジャンケンをするのは私よ、私。
もしかして、あんた自分がリーダーのつもりだったの?
リーダーと言ったらレッドでしょ普通」

真っ赤なコスプレ戦闘服に身を包んだアニーミが、ひしとベルフォルマに鋭い視線をすえる。

「なんだとぉ?」

「ちょ、ちょっと待って二人とも!僕がリーダーなんじゃないの!?」

目を丸くしていたミルダが自分の顔を指差した。

「お前だけはちげー!」

「あんたのほうがナイ!んな被りもんしてるリーダーがどこにいるっての?」

「ケッ、女がリーダーのほうがありえねーよ。カラーリングより性別だろ。
女に率いられるなんてダセーこと、俺は認めねーからな!」

「あら、男尊女卑ってやつ?今時流行んないわよ。あんたって意外と古〜い人間だったのね!」

「んだと!」

「なによ!」

「ず、ずっと僕がリーダーだと思ってた……」

バチバチと閃光を散らさんほど睨みあっているコスプレ少女と着ぐるみ男の後ろで、
ショックで真っ青になったタイツ少年がガックリと肩を落とした。

「なあなあ、間をとってうちがリーダーでええんちゃうん?」

そこにラルモがちゃっかりと割り込んできたからたまらない。

「どこをどーやってどの間をとったらそうなんのよ!」

「そんな怒ることないやん。言ってみただけや」

「ぼ、僕がリーダーじゃないなんて……」

「だぁら、俺がリーダーだつってんだろ!」

おいおい。

「お前ら……、リーダーすら決めてなかったのか?」

あの阿修羅大魔王すら呆れたようなため息をついている。
なかなか試合を始めずもめている俺たちに、観客たちも若干しらけてきた様子。

(ったく)

俺はしょうがなく仲裁に入ることにした。
輪になってにらみ合う四人を掻き分けて中央に入る。

「あー、お前ら。とりあえず落ち着け」

「これが落ち着いていられっか!」

「この際誰がリーダーかなんて、どうでもいいだろうが」

「どーでもいいわけないでしょ!」

アニーミとベルフォルマがすかさず詰め寄る。

「なあ!あんた、ロマンが分からないのかよ!戦隊モノ直撃世代のくせにさあ!」

「あいにく、俺は戦隊モノよりロボモノのほうが好きだったんでな」

ベルフォルマの被りものがむくれるように蠢いた。
ちょっと気持ち悪い。

「…いいか。くだらんことで揉めるな。さっきの一致団結はなんだったんだ。
誰がリーダーかは試合が終わってから決めればいいだろう」

「え、それじゃあ…」

俺の一言に、コスプレ青少年たちの視線が集まる。

「そうだな、試合の活躍を見て選考するってのはどうだ?
全員で多数決でもすればいい。それなら機会は公平、平等だ」

「ジャンケンはどうすんのよ。誰がやるわけ?」

アニーミが口を尖らせて言った。

「俺がやる。……と、勘違いするなよ。
俺はリーダーに立候補するつもりはない。
リーダー抗争に無関係だからこそ、この場は俺が一旦預からせてもらうという意味だ。
それで文句はないな?」

一瞬の沈黙があり、四人は互いの顔を見回した後。

「いーい!?私がリーダーだからね!」

「言ってろ!リーダーの座はわたさねぇ!」

「ぼ、僕だって…僕だって、やれば出来るんだ!」

「リーダーになったら皆のことコキ使えたりせぇへんかな〜?」

それぞれの気合を口にしながら、コートに散る。
こいつらは気付いていないが、どう見ても俺がリーダーのようなもんだろうに。
馬鹿どもが。一生俺の掌の上で踊っているがいい。

とまあ、冗談はここまでにしてだ。
俺が先ほどのような提案をしたのには、理由がある。
オリフィエルは言った。これが最後になる、と。
勝負が終わった後、なんらかの形でその旨が発表されるのは想像に難くない。
イノセンス戦隊も、それで解散だ。
リーダーを決めねばならん事態にはならない。

……待て。
ラルモは、そのことを知っているのだろうか?

ラルモを盗み見る。
いつもの、何を考えているか分からない、マイペースな横顔が体育館の時計を眺めていた。

「あのう……」

ラルモを観察する俺に、控えめな声がかかった。ブラックパピヨンだ。
彼女は胸の前でいじましげに指を探り合わせ、

「ジャンケン、スタンバイしていただいてよろしいでしょうか?
あの…阿修羅大魔王様が……」

小声で耳打ちし、ちらっと後ろの大男へ目配せした。
今にもその髪が蠢き出しそうなほどイラ付いている様子が見える。
しまった、相当機嫌が悪い。これでは逆宮本武蔵になってしまう。
俺は短気な敵をなだめるべく、さっさとコートの中央へ向かった。
大魔王の目がギロリと俺を睨む。

「待たせたな」

「本当にな」

大魔王がうなるように答えた。
元から低い声が、更に低い。地鳴りのようだ。
俺は苦笑した。

「悪いと思っていた」

「なら、さっさと済ませろ」

「そうしよう。……では行くぞ」

俺は腕をクロスさせ、ぐっと気合を入れ、以下のように叫んだ。

「さーいしょは、グー!」

呼応するように大魔王が叫び返す。

「ジャーンケーン!」

『ぽんっ!』

時が止まる。

…………。

「くそっ!」

「よしっ!」

阿修羅大魔王が出したのはグー。俺が出したのはパー。
俺の勝ちだ。よし、幸先がいいぞ。……と思った直後。

「ぐぬぅうう〜…!なぜ、なぜチョキを出さなかったのだ!
ぐぅうううううう…!この恨み、試合で晴らしてくれる!」

大魔王が、己の拳を悔しげに床に叩きつけた。
どん、と体育館全体が揺れた錯覚すら覚える。
訂正。……幸先悪い。

「おめでとうございます。先攻、後攻、どちらを選ぶのですか?」

横からひょっこり出てきたミスター毒物が、ボールを両手で持ちながら微笑んだ。

「もちろん先攻だ。ほら、ボールを寄越せ」

「はいはい。ご健闘を」

ミスター毒物はかすかに笑って、ボールを投げた。
それをキャッチしながら、俺は内心決意を固める。

よし。こうなったら今まで溜まりに溜まったウサというものを晴らしてやろうではないか。

竹刀で殴られた痛み、忘れてはいないぞ。
ぶつけてぶつけてぶつけまくってやる。


********************************


「オラァ!」

ベルフォルマの放った速球が、阿修羅大魔王に向かってぐんぐん伸びる。
ただ力任せに放ったボールだが、かなりの速度。
並の人間なら受け止めることはおろか、よけることすら出来ないだろう。

「甘いわぁ!」

しかし、相手はあの阿修羅大魔王だった。
平気な顔でボールの前に出て、ばしん、体の中央で難なく受け止めてしまった。

「だあああ、チックショー!」

「ちょっとー!何止められてんのよ〜!」

「うるせー!お前がやってみろ!」

悔しげに拳を握るベルフォルマに、向こうの外野域で飛び跳ねているアニーミが苦情を叫ぶ。
短いスカートが揺れ、あわやパンチラするかと思ったが、しっかりスコートを履いていた。
少し残念だ。……っと、そんなことを言っている場合じゃない!

「今度はこちらから行くぞ!死ねええええええええいっ!!!」

アスラが振り被った一瞬後、比喩ではなく俺のすぐそばを台風が駆けて行った。
重い空気の塊がコートの中を通った数秒後、俺たちは蜘蛛の子が散るようにその場から逃げた。

「チィっ…!」

「う、わわわわ!アカン、早すぎや〜!」

「ひ、ひぃ〜〜〜〜ん!」

ミルダなど半泣きだった。真っ青な顔で、球が通った場所の対角へ、転がるように移動している。

「早すぎってか、強すぎだよ!あ、あんなの、絶対取れないよ〜!」

「あぁ、球っていうより弾だぜ!」

「分かりにくいっつーの!いーからさっさとこっちに球回しなさ〜い!」

だが、ベルフォルマの言っていることもあながち冗談ではなかった。
まるで戦車と戦っているようだ。まともにぶち当たったら骨が砕けてしまうのではないか。
流石の俺もあれを受け止めに行きたくはない。コントロールが滅茶苦茶なことだけが救いだった。

「とりゃあ!これも阿修羅様のため!」

「どわっ危ね!」

後ろからそこそこ速い球が飛んできた。パピヨンだ。
俺の勝手な印象で運動音痴だと思っていた彼女は、なかなかどうして、大したものだった。
スタミナはないが、瞬発力に優れているらしい。短距離ランナータイプだ。
ベルフォルマがボールが足にぶつかるギリギリのところでまたぐ。
ジャンプした瞬間、ヘルメットの顎にガコっと膝が当たっていた。
分かってはいたが、本当に動きづらいことこの上ないんだ、このコスチュームども。

「ダー!後ろからたぁ卑怯だぞ!」

ベルフォルマが、パピヨンを指差して叫ぶ。

「えっ。で、でも…」

「パピヨン殿、お気になさらずに。これはそういうゲームです。ねぇ?戦闘員A」

「えぇ、その通りです、毒物さん。しょせん負け犬の遠吠えよ。それにしても、外野ってヒマですねぇ」

「ハハハ、私はホッとしておりますよ。もう年なもので」

「あらあら。まだまだお若いですよ」

白線の間際で、毒物と戦闘員Aの、のほほんとした声がした。
似たもの同志の二人は身体能力も似たり寄ったりだったらしく、
ゲーム開始直後に早々と内野から追い出されていた。
たまにパピヨンがカバーしきれない球を拾うぐらいで、すっかり観戦ムードだ。
本当に数合わせだけの助っ人だったらしい。もしくは、俺とベルフォルマを驚かせるためだけの。

「オイ!人の後ろでのんびりとくっちゃべってんじゃねぇよ!?」

「ベルフォルマ、よそ見をするな!」

俺が二人に気を取られているベルフォルマを怒鳴るが早いか、

「魔王烈波弾!」

再びあの剛球がコートを横断する。

「どうわーっ!」

「ヒャー!アカンアカン!」

「きゃー!!リ、リカルドぉ〜!」

「えぇい、ひっつくな!動けんだろうが!」

しがみ付くミルダの頭をつかんで引き離しながら、俺は敵側の外野に視線をくべた。
サクヤが、観客席を突き抜けて壁を叩いたボールを拾いに、ぱたぱたと駆けて行くところだった。
親切な客の一人がボールを拾って、彼女に渡してやっている。
信じられるか?向こうの壁まで20メートルはあるんだぞ。
ただ一つ幸いなのは、大魔王が一発投げるごとに拾いに行かねばならないので、
連係プレーが取れないことだ。
だが、あの球を見た後ではのん気にそう思ってもいられない。

いくらコントロールが甘いとは言え、誰かが外野行きになるのも時間の問題だ。
充分脅威に思っていたはずの男は、しかし、俺たちの想像以上だった。
俺は、阿修羅大魔王の射程圏内だけぽっかりと開いた観衆の群れを眺めて、苦々しく歯噛みした。


試合開始直後は順調だった。
まずは動きの鈍いミスター毒物をベルフォルマが仕留め、
返す玉でアニーミが戦闘員Aを討ち取ったときは、見事なダブルプレーに歓声が上がったほどだ。
それから、アウトこそ取れなかったがなかなかいいペースで敵を追い詰めていたと思う。
しかしそれも、ものの五分までのことだった。
二人を外野送りにした事実が慢心を招いたのだろう。
それまでの慎重な玉回しが失われ、ちょっとしたミスから敵に玉が回ってしまった。
それでも何度か球が回ってくるチャンスはあったが、一度敵陣に支配権を取られたが最後、
しばらくはキリキリ舞いにさせられた。

まあ、大元の原因は、調子に乗ったアニーミが正面から阿修羅大魔王を討ち取ろうとしたせいなんだが。
それを指摘してもまたけんけんごうごうの口喧嘩が始るだけだ。
そんな非生産的な行為をする余裕もない。

「チッ」

俺は舌打ちをしながら、弧を描くロングパスで阿修羅大魔王に渡るボールを警戒した。
重い甲冑を着込んでいるというのに、まるでそれを感じさせないフットワークだ。
どんな体をしているのか。いや、人間の範疇でこいつを考えてはいけない。
やつは化け物だ。

「クッソー!どうすりゃいいんだよ!」

ベルフォルマがコートの端に逃げながら言った。
腕っ節も負けん気も強い彼は、スポーツで後れを取るということがよっぽど悔しいのだろう。
血を吐くような声色だった。

「どうもこうもない、死ぬ気でしのげ!」

「って言ってもよぉ…」

ベルフォルマの言いたいことは分かる。
しのぐもなにも、相手は目に見えないほどの剛速球だ。
よけようにも見えないのだから仕方が無いし、
受け止めようと思ったときには体ごとコートの外に弾かれているだろう。
飛来する弾丸をフライパンで叩き返そうとするようなものだ。
だが、愚痴ばかり言ってもいられない。

「相手はターミネーターってわけじゃない。人間なら、いつかは絶対にミスをする。
ミスを拾って球を取り返し、隙を狙って攻撃を当てるんだ。
諦めなければ必ずチャンスは巡ってくる。いいな、ベルフォルマ、ラルモ。
ミルダも。…………ミルダ?」

返事がなかった。
というのも、当のミルダ。あろうことかコートの端に突っ立ったまま硬直していた。
滝のような汗がバイザーから覗く顔の下半分を伝い落ちている。

「ルカ兄ちゃ…ブルー、どないしたん?……うんこか?」

心配げに、そばに居たラルモが顔を覗き込む。

「うっ…」

「う?なんや?やっぱうんこか?」

ラルモがひっそりと聞いた瞬間。

「うわあああああああああああああああ!!!!!」

「お、おい、ルカっ!?」

いきなり大声を上げ、両腕を振り回し始めた。
そのまま、ボールを手の中で確かめていた阿修羅大魔王の元へ駆け出す。

「うおっ、なんだ!?」

面食らった大魔王が、思わずといった感じで腕を振り上げた。
片足を上げている。投げる体勢。とりあえず訳が分からないから、迎撃するつもりなのだろう。
あぁそうだろうな。俺だってそうする。だが、

「……っ!」

俺は一もニもなくミルダの前に飛び出していた。
どん、と背中に硬いプラスチックがぶつかる。
大魔王の筋肉が、ぐっと盛り上がった瞬間。俺は腕をクロスさせ、

「ターイム!」

と叫んだ。
いきなりの言葉に、阿修羅大魔王の動きがぴたりと止まった。
いいぞ、思ったとおりやつは脳筋だ。言われた言葉を理解するのに数秒かかるんだ、こういうやつは。
周囲に脳筋が二人もいてよかった。いつのまにか扱い慣れている。

「タイムだ、タイム!タイムがないなんてルールはなかっただろう!」

俺は大魔王がハテナマークの渦から復帰する前に叫んだ。

「……タイムだと?」

「そうだ。これは対決だが、スポーツだろう?スポーツなら、ハーフタイムがあるはずだ」

我ながら無茶苦茶な言い分だったが、大魔王はボールを持つ手を下げると、
そばのセクシーローズに目をやり、

「……どうする?」

と聞いた。ローズは考える間もおかず、

「別に、よろしいのではありませんか。確かに試合前に言及しておりませんでしたし。
それに私、そろそろ喉がかわいてきてしまったので…」

「なんと!それは由々しき事態!
おーい、毒物、パピヨン、戦闘員A!お前たちはどう思う!」

一応といった感じで、阿修羅大魔王がコート外の三人にも声をかけた。

「私たちのほうはもちろん構いませんよ。ねぇ、戦闘員A」

「そうですね。パピヨンさんも少し休ませてあげたいし」

のんびりコンビの横で、かすかに肩で息をしていたブラックパピヨンも、

「阿修羅様がよろしいなら、私はなんでも!」

「ふむ。ならば」

阿修羅大魔王は俺たちに向き直ると、今は手元にない竹刀の代わりに腕を振り上げた。

「15分以内のハーフタイムを認める!各々、後半戦に備え体力を補給せよ!」



固唾を呑んで試合を見守っていた観客も、それぞれトイレに行ったり携帯をいじったり、
ガヤガヤしているのに変わりはないが、それでも体育館の中は今までにないほど静かだった。
俺たちは西側、悪者ンジャーたちは東側に陣取り、それぞれ体を休めていた。
俺は床の上にあぐらを掻いて座りながら、用意していたスポーツドリンクに口を付けた。
汗をかいただけのことはある。大してうまいはずもないスポーツドリンクが、甘露のようだった。

「ちょっとあんた!一体何考えてるわけ!?」

すぐ隣で、耳に痛い怒鳴り声が響く。
俺の横ですまなそうに正座しているミルダを、アニーミは指差し、

「リカルドが機転を利かせてくれたおかげでなんとかなったけどねぇ、
もしあのままアウトになってたら、どうするつもりだったのよ!」

ミルダが、うつむいた顔をさらに垂れた。

「この日のために、がんばってきたんでしょーが!
リーダーになるって、張り切ってたじゃない…!」

「……」

先ほどの狂乱状態が嘘だったかのように、黙りこくっている。
アニーミが、つらそうに顔を歪めた。彼女のほうが今にも泣き出しそうだ。

「なんとか、言いなさいよ……。オタンコルカ……」

うつむくアニーミの肩を、ぽんとベルフォルマが叩く。

「イリア、落ち着けよ。こいつだってさ、いっぱいっぱいだったんじゃねぇかな…」

ラルモが、ミルダの前にそっと膝を付き、気遣うような目線で見上げた。

「うん。あんなおっかない球が飛んできたら、ふつーでいられへんよ。
よう気付かれへんくて、ごめんな?どうしたん、やっぱ、怖かったん…?」

ミルダの首が、軽く揺れた。

「ごめんね…」

「謝ってすむ問題じゃ…!モガッ…!」

「いーからお前ぇは黙ってろ!」

乗り出すアニーミの口を、ベルフォルマがふさぐ。
それを見て、ミルダが顔を上げた。

「いいよスパーダ。僕が悪いんだから」

渋々、ベルフォルマがアニーミの顔から手を引いた。
自由になったアニーミも、もう何も言わなかった。
腰に手を当て、悲しそうにミルダを睨んでいる。

「エルの言ったとおりだよ。僕、怖くて怖くてたまらなかったんだ。
あのボールが僕にあたったら、って考えると…頭の中が真っ白になって…」

くしゃ、と前髪を握り、かぶりを切る。

「ごめんね。僕…、僕、やっぱり無理だった。こんなんじゃ、みんなの足手まといになる。
きっと、これから先もね。さっきのことで分かったんだ…」

「なら、どうする。お前はどうしたいんだ」

俺の言葉に、ミルダが軽く頷く。
ぱっと視線を上げて、俺たちを見回した後、言った。

「僕は、ここで抜ける」


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