We are THE バカップル29
29

 

「……………………」

一瞬にして場が静まり返った。
だが、俺は半分予想していた。さほど驚きはしなかった。
沈黙の間に、全員が全員言葉を言いあぐねているような、そんな空気が流れる。

最初に口を開いたのはラルモだった。

「……なんで?」

かすかに声が震えている。
ミルダが、うつむいたまま呟く。

「言ったとおりさ。足手まといになる…足手まといになりたくないんだ。
僕が抜けたら、きっと悪者ンジャーの人たちも、一人抜けてくれる。
そうしたら、僕がいるより…勝つ可能性が高くなるでしょ?」

「そんなこと…」

きゅっと唇を噛み、うなだれたラルモの肩に、ベルフォルマが手を置いた。
片ひざを付いて、ミルダの前に屈みこむ。

「…ルカ。お前ぇそれ、本気で言ってんのか」

「……」

「おい」

「僕がいたほうがマイナスになるんだ。僕なんかいないほうがいい」

言うが早いか、ベルフォルマがさっと腕を伸ばし、ミルダの胸倉を掴んだ。
そのまま引き寄せる腕を、ミルダは払いもしない。どこか冷ややかですらあった。

「ふざけたことヌカしてんじゃねぇ。お前、それでも男か」

「そうだよ。僕は運動も駄目で、気も弱くて、全然男らしくなんかないんだ。
スパーダだってそう思ってるんじゃないか!」

間近で睨みつけるベルフォルマの目を、ミルダも睨み返した。
怒りの目と冷ややかな目。ゴーグルとバイザー越しに、二つの目がかちあう。

「んだと…」

「僕はスパーダとは違うんだ。
僕だって君みたいに運動が得意だったら、抜けるなんていわない」

瞬間、ベルフォルマがカッと気色ばんだのが分かった。
内側から怒りが噴出し、筋肉が張り詰めるのが仮装越しにも見える。
殴る、と思った。

俺はベルフォルマが拳を振り上げる前に、その手首を掴んだ。

「ベルフォルマ、やめろ」

「うるせぇ」

こちらを見もせずに言う。
相当怒り浸透の様子だ。気持ちは分かるが。

「終わった後で好きなだけ殴れ。今はやめろ。わかるな?」

「……チッ」

ベルフォルマが渋々と手を離した。
ミルダの胸元の布地が引っ張られてくしゃくしゃになっている。
ミルダはそれを直しもせずに床を見詰めていた。
じっと喋らずにおいて、早く俺たちが諦めるのを待っている。

「離せ」

ベルフォルマが、わずらわしそうに俺の手首を払う。
俺は彼の目を見て、

「……ミルダが自分で決めたことだ」

「だったらなんだよ」

イラ付いた口調が返る。
不機嫌だが、初対面に見たときのような棘のある言い方ではなかった。
むしろ、どうしたらいいか分からずに混乱するあまり冷静さを欠いている。
俺は努めて落ち着いた口調で言った。

「俺たちに口を出す権利はない、ということだ」

瞬間、ぐん、と喉が詰まった。
ベルフォルマが、今度は俺の胸倉を掴んで引き寄せていた。
肩からぶら下がった安っぽい鎖が、チャリチャリと見た目相応の音を立てる。
目の前に、ベルフォルマの熱い目があった。

「あんたは!…あんたはそれでいいのかよ!」

いいわけない。こいつに言ってやりたいことが、100個はある。
俺が言葉を尽くして説得すれば、百パーセントとは言わないまでも、
そうだな、八割ぐらいの確率でミルダを引き止めることができるだろう。
少なくともこのドッジボール勝負までは。

でもそれは、違う誰かに託したほうがいい使命なのさ。

俺はベルフォルマの手をゆっくり外しながら、アニーミに視線をやった。

「口を出す権利はない。が、それでも出来ることはある。そうだろう?」

静かにミルダを見ていたアニーミが、俺に視線を向けた。
唇を引き結び、怒った顔をしているが、俺には分かった。
どこがどうなってどう分かるのかは上手く説明できないが、分かるもんは仕方が無い。
これも、俺がこいつらを観察し続けていた成果かもな。

ともかくだ。今、アニーミは珍しく迷っていた。
それはベルフォルマもラルモも同じだろうが、俺は、
彼女がもっと深いところで葛藤をしているのではないかと訝った。

――私、あいつのこと、いつの間にかペットみたいに思ってた

海でアニーミが言っていた言葉を思い出す。
おおかた、ミルダの自由意志とやらを尊重しているのだろう。
親が子離れするように、必死で見ないふりをしようとしている。

だがなあアニーミ。それとこれとでは話が違うんじゃないのか。
そういう妙な遠慮も面倒くさい判断も、大人がするもんだろう。
なんのために俺がいるんだと思っているんだか。
俺は深々とため息をついた。

「アニーミ」

俺はアニーミに呼びかけた。瞼だけがぴくりとする。

「アニーミ」

もう一度呼ぶ。アニーミはしぶとく動かない。

「聞えてるのか」

三度目。今度は舌打ちが帰ってきた。

「あーもう!分ぁかったわよ!」

四度目を言おうとしたとき、アニーミが叫んだ。
腰に手を当てて、恨めしげに俺を睨んでいる。

「ったく。自分で言えばいいじゃない。めんどくさいおっさんね」

何を言う。言いたそうにしていたから譲ってやったのに。
ガキの背中を押してやるもの、なかなか難しいものなんだぞ。

「大体、なんで私なわけ。スパーダ、エル、どっちか代わりなさいよ!」

アニーミの言葉に、ラルモはヒョイと肩をすくめた。

「うちは、うまく整理して話せへんし。任せたわ。言いたいこと、同じやろし」

「俺は…」

「あーあー、スパーダ兄ちゃんは更にアカン!」

口を開きかけたベルフォルマの顔の前で、ラルモが手を振った。

「この人、ごっつ熱ぅなりやすいからなあ。
怒鳴り散らしてるうちに、言いたいこと忘れてまうのがオチや」

「う、うるせえ!悪かったな、喧嘩っぱやくてよ!」

「せやな。せめて胸倉を掴むクセはどうにかせんと。そのままじゃどこにも就職でけへんで」

「な・ん・だ・と〜!」

「あーもう!あんたらが喧嘩してんじゃないわよ!」

また、あの騒がしさ。
今まで床しか見るものがないというようにうつむいていたミルダでさえ、
三人の様子を不思議そうに眺めていた。
やっと、こいつららしい流れになったじゃないか。

「そんじゃ、私が行くからね。……ルカッ!」

「ひゃい!?」

ミルダが、びくっと肩を跳ねさせた。

「いい、ルカ?仕方なくしかたなーくみんなを代表して懇切丁寧に説明してやるわ。
ありがたく平身低頭ひれふしてついでに耳かっぽじって聞きなさいよね」

ミルダの前に正座をし、こほん、と咳払い。
おどおど身構えているミルダの目を正面から真っ直ぐに見詰め。

「あんたが何を思って、何を思いつめてんのかは知らない。
でもね、あんたが運動音痴でヘタレなことなんて、とっくにみんな承知の上なのよ。
全部分かっててチームを組んだの。あんたが大活躍することなんて誰も期待しちゃいないわ」

教師が生徒をさとすような口調で、すらすらと言う。

「分かってるよ。だから、僕がいないほうがみんなにとって…」

「こんの、オタンコルカッ!」

「ひぇ!?」

「なんにも分かってない!あんた、バッカじゃないの!?
いっくら勉強ができてもねぇ、あんたは間違いなく馬鹿よ!
男とイチャイチャしすぎて頭まで茹っちゃったんじゃないの!?
あんなに練習したのに今更抜けるって言うこと自体がマジありえないけどね!
それ以前のありえなさよ!なにがってあんたのその、性格!思考回路!」

罵詈雑言を怒鳴り散らす。
まだ話し始めて一分も経っていないのに、流石アニーミだ。
だが、これでいい。これがアニーミ流だ。
変に湿っぽいより気持ちがいいではないか。

「あんたさ、なんでそう暗いほう暗いほうに思考が進むのよ!」

ミルダの目が、1、2、3…4回瞬いた。

「分かってないようだから言うけどね。
あんた、それ、私たちを馬鹿にしてんのと一緒なのよ。
ちっとぐらい運動音痴でヘタレだからって、私たちが迷惑がるとでも思ってるわけ!?」

雪崩のようにまくしたてた後、腕を組んで、ぷいとそっぽを向き。

「あんた、自分のこと卑下しすぎ!
あんたにはあんたにしか出来ないことがあんでしょうが!」

それまで二人を見守っていたベルフォルマが、アニーミの隣に膝を付いた。
メットをずらし、顔を出す。
先ほどまでのような激情は見えない。迷いのない顔だ。

「スパーダ…」

「ルカ、あのさ俺たちはな、お前と一緒に勝ちたいんだよ。
お前が抜けたおかげで勝ったって、誰も嬉しくなんかねぇんだ」

その後ろから、ひょこ、とラルモが顔を出した。

「悪い子やなスパーダ兄ちゃん。結局話に入ってしもてるやん。
マスクまで脱いでもて、知らへんで?」

ベルフォルマが、うざったそうに手を振る。

「うーるせぇ。エル、お前も言ってやれよ。言いたいことあんだろ」

「へへっ、流石スパーダ兄ちゃん。そんじゃ、遠慮なく……」

ベルフォルマの逆にラルモが座る。ミルダの手をそっと取って、顔を覗き込み、

「なあ、ルカ兄ちゃん。ルカ兄ちゃんは、うちらがミスしたら、それを責める?」

しばらく迷った後、ミルダが首を横に振る。

「な?ちゃうやろ?うちはな、真っ先にフォローしに来てくれるて思うてる。
うち、間違ごうてるかな?」

母親が子供に言い聞かせるような、やさしい声。
今度は答えないミルダに、ラルモは軽く微笑み、

「やから、みんなルカ兄ちゃんのことが好きやねん。
うちらはな、そんなルカ兄ちゃんと一緒に勝ちたい。
ううん、最悪負けてもええ。一緒に戦いたいねん」

「ルカ。これで分かったでしょ」

アニーミが、すっくと立ち上がる。腕を組み、ミルダを見下ろした。

「みんな、あんたのこと信じてんのよ」

赤い目が、真摯にミルダの顔を射抜く。

「あんたは、私たちのそーいう気持ちを全部無視する気?
それでも自分はいらない人間だって言い張るの?」

「イリア…」

「それにね。ここで逃げて、あんたは満足できるの?
他の誰でもない、あんた自身がよ」

再び、沈黙が流れる。全員の視線が、ミルダのほうを向いていた。
しばらくして、アニーミが腕を組んだまま背を向ける。

「ま、じっくり考えなさい。ハーフタイムが終わるまで待ってあげるわ。
その上であんたが抜けたいって言うなら、もう止めやしないわよ。
スパーダもエルも、それでいいわよね?」

二人が頷く。

「はい、じゃあ解散〜」

そのままスタスタと歩き出したアニーミの腕を、ミルダが捕まえた。
アニーミが、虚をつかれたようにうろたえる。

「な、なによう。まだなんか言いたいことがあるわけ?
愚痴ならそこでヒマそーにしてるおっさんにでも聞かせなさいよね」

大した言い方だ。青少年の友情に水をさす真似はしたくないから黙っていただけだ。

「愚痴なんて、言わないよ」

ミルダが、かぶりを切って、久しぶりに笑った。
それで、俺はミルダの答えが分かった。
肩から力が抜ける思いだ。
それは他の三人もそうだったらしく、誰も何も言わないが、張り詰めた空気が緩んだのを感じる。

「……ごめんね、めんどうかけて」

ミルダはアニーミの腕を離し、ベルフォルマ、ラルモを順に見た。
最後にアニーミに視線を戻して、にこりと笑った。

「僕、残るよ。……うん。残らせて。残りたいんだ」

ため息をついたアニーミは、まだ怒っている顔をしていたが、その目の奥は笑っていた。
肩をすくめ、つんと顎をそらす。

「ふん。やけに即決したじゃない。ちゃんと考えたわけ?」

「考えるより感じろ、でしょ?映画で言ってたよ」

「あ〜ら、小生意気ね〜。さっきまでの落ち込み方はどこに行ったのかしら〜?」

「わわっ!痛い!やめてよお〜!」

ミルダの首を腕でホールドしながら、ぐりぐりと頭にゲンコツを加える。
その様子を見たベルフォルマとラルモが、疲れたように床に伸びた。

「かー、これで一件落着ってか。ったくよぉ、手間かけさせやがって」

「ほ〜んま。心臓ドキドキしたでぇ。寿命が十年は縮んでもた」

「ハハハ、ほんとに悪いと思ってるって」

「なーにが悪いと思ってるう〜、よ!ヘラヘラしながら言ってんじゃないわよ!」

アニーミがゲンコツに更なる力をこめた。
ミルダの顔に、例の”いい笑顔”を近づける。

「言っておくけど、チームの和を乱した罪は重いんですからねえ。
どーやって償ってもらおうかしら…イシシシシシ…!
そうねぇ、全員にアイスおごりってのはどうかしらぁ〜?」

「え、えぇ〜!そんなあ〜!」

「当然の罰よ!こっちがどんだけハラハラしたと思ってんの!」

「あー、ルカくぅん?俺、業務用のでけぇやつがいんだけど」

「うちはハーゲンダッツでええで。三個で手を打つわ」

「ミルダ、久しぶりにあずきバーが食いたい。パックで買ってきてくれ」

一人ずつ手を上げながら言う俺たちに、ミルダが拳を握りこんで、眉を吊り上げた。

「も、もう、もう……!」

そして、涙交じりの声で叫んだ。

「みんな、えげつなさすぎるよ!」

ベルフォルマの言葉を借りるわけではないが。
これにて一件落着。





その後。俺たちはスポーツドリンクを片手に、円なって床に座り込んでいた。
ミルダショックのせいで忘れかけていたが、今はハーフタイムだ。
15分しかない休憩時間を、有効に活用せねばならない。
実のところ、俺は先ほどから煙草が吸いたくて吸いたくてたまらなかったのだが、
そんなことを言い出せば今度はアニーミに胸倉をつかまれてしまうので、仕方なく我慢をしていた。
こいつらの前では吸わずにいてやってるのに、ひどい扱いだ。

休憩中も、ガキ共のおしゃべりは途絶えることはなかった。

「そういえばさぁ」

ペットボトルから口を離しながら、ミルダがつぶやいた。

「んー?なによー?」

己の顔を手であおいでいたアニーミが、めんどくさそうな視線をやる。
体育館の中は通気がいいとはいえ、かなりの熱気だ。
ご大層な服装に身を包んでいる俺たちならなおさら。動いてもいないのに勝手に汗が出てくる。

それはさておき、ミルダはアニーミの顔を見て、思い出すように指で空中で掻き混ぜた。

「あ、うん、さっきのこと。イリアさ、僕に一生懸命練習したじゃない、って言ったよね?」

「それがどうしたのよ」

「良く考えてみたら僕たち、それほど練習してないよね。
ほんとに軽〜く走りこみしたぐらいで。海に行ったときも、結局遊んでただけだったし…」

アニーミが、暑さのせいで赤くなった顔をミルダに寄せ、

「なによ、揚げ足取るわけ?復帰して態度でかくなったじゃな〜い?」

「そ、そんなつもりで言ったんじゃないって!」

「じゃーどういうつもりよ」

ミルダの頭の上に、ベルフォルマがどしりと腕を乗せた。

「小生意気なミルダくぅん?さてはアイスの数を増やして欲しいのかなあ?」

「ハーゲンダッツ全種類制覇ってのもええなあ。夢が広がるわ。頼んだで」

床に伸びていたラルモが、腕だけ持ち上げて言った。

「も、もう!だからそういう意味じゃないんだって!」

「じゃーどういうつもりかって聞いてんでしょ!」

「そ、それは…考えてなかったけど…」

わいわいぎゃいぎゃい。よくそれだけ舌が動くもんだ。
俺はこうるさいBGMを聞きながら、ちらりと体育館の時計を確認した。
三時半から初めて、今が四時過ぎ。ハーフタイムに入ったのは三時五十分ごろ。

「お前ら、おしゃべりもいいがな」

俺はペットボトルに蓋をしながら言った。
全員の視線が集まる。親指で時計を示し、

「そろそろ休憩が終わる。スタンバイしろ」

ラルモが、しぶい顔でむっくりと体を起こす。

「うえ〜もうそんな時間なん?」

「はぁ…いきなり現実に呼び戻された気分だわ」

「見事になにも作戦について話さなかったね…」

「だなぁ。せっかくいい気分で一致団結したってのに、しまらねぇ。
ここはいっちょ円陣でも組んで気合入れとくか?」

面白そうに体を前傾させるベルフォルマの体を、俺は後ろに引き戻した。

「余計な体力を消耗するな。そんな時間もない」

「でも、大事なことだろ」

ベルフォルマがつまらなそうに言う。
剣道は一人でやるスポーツだが、こいつの団結志向は習い性らしい。
それとも、ミルダたちとの出会いがこいつの本来あるべき姿に幾らかの影響を与えたのだろうか。

「こうすればいいだろう」

俺は仕方なく、スポーツドリンクを取った。蓋を外して、グラスのように掲げた。
四つの視線が集まる。不思議そうに瞬いていた。

「友情に」

俺が言うと、それで分かったようだった。
四人は顔を見合わせると、誰ともなくクスクス笑い出した。
ペットボトルを手にとって、ガツン!四つのボトルが四方から寄り添う。

「「「「かんぱーい!」」」」


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「ずいぶんと盛り上がっていたようだが」

各々の配置に付いたところで、阿修羅大魔王が話しかけてきた。
俺は無視したが、大魔王は何か言いたげだった。

「さっきは肝を冷やしたぞ」

「なんのことだ」

「ブルーのやつが突進してきたときだ」

俺は阿修羅大魔王の顔を見た。
笑ってはいなかったが、重苦しくもなかった。
取調べ中に警察官がさりげなく探りを入れるような顔。

「あいつにも色々あるのさ。若いからな。お前や俺と違って」

「ふん、言いおるわ」

大魔王が笑う。床でボールをバウンドさせ、受け取った球を指の上で回す。
甲冑を着ているというのに、呆れた運動能力だ。疲れた様子さえ見えない。
だが、こいつの非常識さにはもう慣れた。

「今度はこちらが先攻をもらうぞ」

「好きにしろ」

ハーフタイムの前にボールを持っていたのはあちらだ。
大魔王は一笑すると、俺に下がるよう顎で示した。

「それではこれより後半戦を始める!一同、礼!」

ミルダとブラックパピヨンだけが頭を下げた。





さて。雨降って地固まるとはこのことで。
その雰囲気に押されてか、俺はこの後、すんなり勝ちに行けそうな気がしていた。
一種の陶酔状態というやつだ。
なにやら悪いもんを比喩するような言い方になってしまったが、馬鹿にするつもりはない。
これが普通のチーム相手だったら、充分通用する団結力だっただろうさ。

俺が考えていた展開はこうだ。
いよいよ切羽詰ったクライマックス、周囲の声援を受けパワーをみなぎらせ
120パーセントの威力の球が見事阿修羅大魔王を討ち取り、涙ながらに肩を組んで大団円。
そんな風な、美しく分かりやすい勝ちの収め方。

だが、現実は非情だ。ドラマのように気合や友情パワーでどうにかなるものではなかった。
俺の夢想は五分で打ち砕かれた。

「どうわーーー!!!」

「ひぃい〜!」

「アカンアカン、早すぎ強すぎ!ありえへん!」

「あぁ、球ってか弾だぜほんと!」

「だぁから分かりにくいっての!早く球こっちに寄越しなさいって!」

びゅんびゅんと、空を切り裂く音。絶叫と、大魔王が一投するごとに起こるわーっという歓声。
ボールが過ぎた一瞬後にバラバラと逃げ出す色とりどりの衣装。
十数秒のタイムラグを経て、再びコートを横断する弾丸の無限ループ。
前半戦そのままの光景が俺の網膜を介して脳に映し出されていた。
まるでデジャ・ヴだ。

「そぉら、逃げまどえ!」

「ぐっ…!」

阿修羅大魔王が実に楽しげに放った剛速球が俺のすぐ横を走っていった。風圧で服がしなる。
呆れるほどの威力だ。衣装はおろか体まで粉々になるのではないか。
このご大層なコスチュームは本来の目的からかけ離れて防御性が一切ないからな。

それにしても。
俺たちの様子を気にするぐらいなら空気を読んで手加減ぐらいしてくれてもいいものだが、
阿修羅大魔王は腹の底から真剣だった。
ふざけたクイズ大会のときとはわけが違う。本気で勝ちをねらっている。
もっともことスポーツで加減をされてもしゃくなので恨む言葉はないが、状況は望むべくもなかった。

「もっう、アカン、走れ、へん、…ハァ、ハァ…」

「バカ、弱音、吐くなよ、ゼェ…ゼェ…」

「ハア、ハア、ふぅ…でも、これは、ちょっと、キツイよ」

尋常でないプレッシャーを浴びてコート内をかけずり回ったせいで、俺たちはバテてきていた。
常に投球している阿修羅大魔王も甲冑の間から湯気が出そうなほど汗をかいているが、
人ならざる身体能力を有するあいつと一応人間の範疇に乗っ取った体のつくりをしている
俺たちのスタミナがどちらが先に尽きるかというと、火を見るよりも明らかだ。
パピヨンも肩で息をしているが、やつは大魔王の一言があれば首だけになっても動きそうだからな。

このままではおっつけ誰かが外野行きになる。もしかしたら病院行きかもしれないが。
タイムアウトルールが適用されているなら粘りきった場合こちらの勝ちだが、
そんな消化不全な勝ち方を許容する精神は俺以外の誰もが持ち合わせてはいないだろう。

「ちょっとお!集中集中ー!来るわよー!」

「どぉらッ!!!」

「ぬわっ…!」

「ひゃあああ!」

「うぎゃ!」

「キャーーーー!」

本当に、状況説明を省きたくなるぐらい同じザマだ。
齢70を迎えた老夫婦の日常だってもうちょっと代わり映えしてるだろう。
俺も何度か状況を打破すべくボールを受け止めようとしたのだが、力及ばず。
無理だ、あんなもん。

「あらあら、可愛らしい叫び声ですこと」

セクシーローズが、口に手を当てて優雅に笑った。
小憎たらしい台詞を言っているのに絵になっていて、無性に腹が立つ。

そうそう。そのセクシーローズだが。
彼女を狙い撃ちして大魔王を孤立無援にする策を考えたこともあった。
だが、彼女に向かう球は全て大魔王がアイドルの親衛隊のようにガードしてしまうのだ。
それも自分に球が向かってくるときより必死になって防ぐので打つ手がない。
ローズは走ることさえしなくてよかった。コート内にいながら、一人だけ涼しい顔をしていた。
大魔王を討ち取らなければ彼女にボールをかすらせることすら出来ないということだ。

しかしな。あいつはこの女に、どれだけ惚れているんだ。お世辞にも性格がいい女とは思えんぞ。
恋って恐ろしいな。俺も身を持って知っているから分からんこともないが。


それはともかく。こちらもただ、いたぶられているだけで終わるわけにはいかない。
俺はコート外に球を拾いに行くパピヨンの姿を確認すると、
攻撃に備えてリズム良く飛び跳ねているベルフォルマに声をかけた。

「ベル……。ライダー」

「あ?」

「このままでは埒があかん。作戦Bでいくぞ」

覚えているだろうか。最初に布陣説明をしたとき、俺がほのめかしていた作戦Bとやらを。
といっても別に作戦Aが存在するわけではない。
ベルフォルマいわく響きがカッコイイのでBにしたらしい。
ともあれ一か八か、今こそが作戦を実行するときだと俺は判断した。

しかし当のベルフォルマ。きょとんと止まった後、首を傾げて、

「……な、なんだっけそれ」

「……お前な」

殴っていいか。

「ライダー兄ちゃん!作戦や作戦!一緒に考えたやないか!ほら、あれ…」

ゴニョゴニョと、ラルモがベルフォルマの耳元に口を寄せてささやく。
被り物男に魔法少女が耳打ちしている光景がなんともシュールだ。俺も人のことを言える格好じゃないが。

「あぁ、あれか…。って、あれやんの!?マジでかよ…」

「やるしかないやろ」

ラルモは更に言った。

「期待しとるで。ライダー兄ちゃんなら出来るて!」

ぽん、と背中を叩く手に対して、ベルフォルマは渋い顔をしたであろう。

「お前、ヒトゴトだからってなあ!…まあいいけどよ。おい、ブルー。お前は大丈夫かよ?」

「大丈夫もなにも、ね…。心配しないで。もう逃げたりはしないから」

「おい、来るぞ!」

ミルダがうなずきを返したとき、大魔王へボールが送達された。
俺は期待をこめてベルフォルマをみやった。
彼は答えなかったが、姿勢を低くして待ち構えていた。

「行くぞ!魔神千裂弾 !」

巨体が勢いよく振りかぶって一刹那。
これで何度目か数える気もしない強力球が発射された。

「でぇい!死なばもろとも!」

叫ぶやいなや、ベルフォルマはバレーボール選手のように腕を伸ばしコート中央に滑りこんだ。
俺にはどこに球が飛んだのか見えなかったが、俺より動体視力に優れていたらしいベルフォルマは
幸か不幸か見事チップすることに成功し、その結果ボールはぽーんと真上へ舞い上がった。
野球ならドンピシャでキャッチャーフライの上がり方。
そしてドッジボールでは、ここで取らなければアウトになる。

「ぐああああ!腕折れたー!」

床の上で、右腕を押さえたベルフォルマがのたうちまわっていた。
おおげさなのはあいかわらずだが、まあご苦労だった。無駄にはせん。

俺はあわあわと落下するボールの真下をうろついているミルダをどけ、ボールを受け止めた。
取らせてやりたいのは山々だが顔面にボールをぶつけて取りこぼした上に
ベルフォルマに半殺しにされるお前は見たくないからな。

「や、やった!」

ラルモがガッツポーズを作る。向こうの方でアニーミも飛び跳ねているのが分かった。
久しぶりに手元に入ったボールは心強かった。会いたかったぞ、ボール。

「これで反撃出来るね!」

ミルダが嬉しげに見上げる。今にも抱きついてきそうなその腕を、肘でつっかえす。

「あぁ、頼んだぞ、ブルー」

「お前ぇら、ちっとは俺の心配もしろよ!」

床に寝そべったままのベルフォルマが声をあげた。

「まあまあ。後でいくらでも褒めちぎったるさかいな。ほれ、準備せんと」

ラルモにせっつかれて、ようやく体を起こす。特に支障はなさそうだ。
かすっただけだったことと、当たり所がよかったらしい。

「えぇい、さっさと投げぬか」

捕球されたことが悔しかったのだろう、阿修羅大魔王が腹立たしげに言った。

「毎度毎度待たせるやつが言うな。おい、レッド!」

「あいよ〜!」

アニーミが元気良く手を振り上げる。久しぶりの出番が来て嬉しそうだ。

「今から投げるぞ!取り落としたりするなよ!」

「任せてちょ〜だい!」

「本当にオッケーか!?パスだぞ!」

「本当にオッケーよ!」

「絶対にか!?」

「絶対によ!!」

わざとらしいほど大声を上げてやりとりする。やにわに、大魔王がイラ付くのが分かった。
次の投球はこわいだろうな、と思った。がしかし、作戦には不可欠のやりとりだ。打ち合わせ通り。

「っと、その前に」

俺はまだ粘った。

「ライダー、ピンク、悪いが肩を揉んでくれるか。
このままではまともに投げられん。俺も、年を取ったもんだなあ」

「えぇーうちらだって疲れとんのにぃー。しかたあらへんですなあー」

「おいおいおっさん臭ぇなあーだいじょうぶかよー」

ベルフォルマとラルモがへらへらと笑いながら歩み寄って、ゆるく俺の肩を揉みだした。
三人とも見事な棒読みだ。俺達の中から俳優が輩出されることは地球がひっくり返ってもないだろう。

「おっちゃん、背ぇ届かへんでぇー。かがんでえなー」

「すまんすまん。ほら、これで届くだろう」

俺が屈みこむと、ラルモが前に回った。
やわやわと肩をもまれながら、ラルモが笑いをこらえているのがよく見えた。
我慢しろ。実のところ、俺も笑いそうだが。

「あぁ、よくほぐれるな」

そんなこんなでゆるい茶番劇を続けていたところ、

「貴様ら、いい加減にせんか!」

阿修羅大魔王がついに堪忍袋を切らせた。苛立ちのあまり浅黒い顔が顔が真っ赤になっている。

「あぁ悪い悪い。よし、では準備万端。行くぞ」

我ながらまったく謝意のこもっていない口調だと思う。
実際謝る気がこれっぽっちもないのだから仕方が無い。
俺はベルフォルマが後ろに、ラルモが正面に位置どったのをのを確認して、怒鳴った。

「レッド!受け取れ!やつらを叩きのめせ!」

「わかったわ!」

腕で大きく弧を描き、放る動き。敵陣営の誰もがその軌道の行き着く先を追った。
視線が警戒する中、ぽすんとアニーミの腕に渡ったボールが阿修羅大魔王に狙いをつけ……
……ることはなかった。

なぜかって?投げていないからだ。ボールを。

俺はボールをパスするふりをして、もう片手に持ち直していた。
そして、真っ黒なマントの中にぽいっと放った。
もちろん彼らをおちょくって遊んでいるわけでも暑熱がおつむに回って誤動作を起こしたわけでもない。

俺のマントの中に潜む人間にパスしたのである。
小さく、影が息を飲むのを感じた。ミルダだ。
やつにしては素早くマントから抜け、唖然としている大魔王に狙いをつける。

そう。作戦Bとはミルダの最大の特徴である”存在感のなさ”を最大限に生かした奇策だった。

いつマントの中に隠れたか。答えは簡単だ。
俺とベルフォルマとラルモで繰り広げたあの茶番劇。あの間だ。
ミルダは二人の影に隠れて俺に近づき、屈んだ瞬間にマントの中にもぐりこんでいた。
それでも観衆と外野からは丸分かりだが、それはベルフォルマがガード、
正面から見える足などは範囲が少ないのでラルモがガード。

俺とアニーミの間であったやりとりにも意味がある。
相手の視野を狭くさせるためには苛付かせる必要があったし、
パスパスとしつこく言ったのもフェイントのためだ。

パスを出すと印象づけておいてミルダが闇討ち。
ボールの支配権が回ってこない場合はベルフォルマが決死の覚悟で捕球。
それが俺たちが一週間の間で編み出した唯一の作戦の全容だった。

馬鹿らしいが、考えている最中は結構楽しく、実行している今もかなり楽しい。
あのわざとらしいやりとりがブラフの役割を果たしたかどうかは疑問だが、
いたって簡素な脳みそをしているであろう大魔王が相手だから大丈夫だろう。

事実、大魔王は目を大きく見開いていた。
完全に虚を突かれている。
ミルダが生き生きと目を光らせ、高らかと叫びながら球を振り被った。

「いっけぇ!鷹爪烈風弾!」

(馬鹿)

だまし討ちするときに技名を叫ぶな、と思ったが、ミルダにしてはなかなかいいフォームだ。
不意打ち成功の今なら当てることが出来るかもしれない。
よし、いいぞ。汚名返上してやれ。

……と思ったのも束の間。

ばぁん、と音が弾んだかと思うと。なんと、ボールが宙高く舞い上がっていた。
一瞬何が起こったかわからなかったが、どうやら力を込めすぎて床にボールを叩きつけてしまったらしい。

数秒間、全員が愕然としていた。視界の端に見えたミルダの顔が蒼ざめてゆく。
正体を取り戻した俺たちは、同時にミルダをにらみつけた。

「お前〜!」「あんた〜!」「てめぇ〜!」「兄ちゃん〜!」

「ご、ごめんなさ〜い……!」

四人の声がはもる。ミルダが消え入りそうなほど体を小さくした。

「び、…びっくりしたぞ…!」

ミルダを視線で殺そうとしていた俺の耳に、放心状態から覚醒した大魔王の声が聞えた。
俺はあわてた。うかつにも一瞬試合のことを忘れ去っていた。
まずいことに、ボールは中央の白線の上でころころと相手側のコートへ転がっていくところだった。

(クソッ)

俺はボールの元へ駆け出した。手を伸ばした瞬間、こぼれ球がふっと視界からなくなった。
誰かが拾い上げたのだ。敵陣の誰かが。最悪だ。よりにもよってこの位置で。

思ったときにはもう遅く、視界いっぱいに、使い古されたボールの表面が広がっていた。
例えば、自転車で土手に落ちる瞬間。視界だけがスローモーションになるが、体が動かない。
これからおきることが分かっているのに止める術がないあの感覚。
たかがドッジボールで大げさな、と思われるかもしれないが、俺は一瞬死を覚悟した。

「ぐあっ…!」

衝撃が襲う。視界がぶれ、掌に何かがぶつかる。体育館の床だ。
ボールが顔面にぶち当たり、俺は尻餅を付いていた。

「リカルド!」

ミルダの声が聞える。本名で呼ぶな。この場に近所の知り合いがいたら、改名せねばならん。
改名を申請するのだって結構難しいもんなんだぞ。何十枚と書類がいる。

――なんてことを考える余裕が、なぜあるのかと言うと。

実際、それほど大した衝撃がなかったからだ。拍子抜けもいいところだ。鼻血すら出ていない。
あの球を受けたら鼻の骨が砕けるぐらいの衝撃があるものだと思っていた。
勢いを失ったボールが、自陣のコートの中で転がって止まった。

「ほほほ、油断禁物よ!」

ミルダの背中の向こうで、セクシーローズの声がした。彼女が投げたのか。軽いはずだ。
鼻骨骨折の憂き目に合わなかったことは幸いだったが、どちらにせよこれで俺はアウトだ。
まずい事態だ。俺が抜ければミルダとラルモが狙われる可能性が高くなる。
さっきのハーフタイムにもっと細かい作戦を考えておくんだった。

……ん?待てよ。

俺はふと思いとどまった。

「ちょっと待て。顔はファールじゃないのか?」

ネットで事前リサーチしたルールにはそう書いてあったはずだ。
だが、セクシーローズの前で機嫌よく彼女をねぎらっていた大魔王は、大笑いして腹を反らした。

「ガハハハ!残念!顔面セーフなどというルールは言っておらん!」

「な、なんだよそれ!ずりぃぞ!」

いつの間にか俺のそばに駆け寄っていたベルフォルマがわめいた。
阿修羅大魔王はうるさそうに肩をすくめ、

「何を言う。そちらが唐突に言い出したハーフタイムを認めたことを忘れたのか」

ベルフォルマが、ぐっと言葉につまる。

「示し合わせていないルールは存在しないと考えるほうが自然だろう。
そもそも、あのハーフタイムがなければ真っ先にアウトになっていたのはそこの男だぞ」

「んだとお!」

「いい、ベル……ライダー。確かにやつの言うとおりだ」

「あぁ!?おっさんまで、何言い出してんだ!あんたが抗議しなくてどーすんだよ!」

そうは言うがな。
俺は苦々しい気持ちだった。

阿修羅大魔王の言うとおり、あのハーフタイム自体反則技のようなものだったのだ。

それに、これが大魔王の投球によるものなら彼も一考しただろうが(その前に俺が無事ではないだろうが)
俺にボールをぶつけたのは悪者ンジャー内食物連鎖ピラミッドの頂点に君臨するセクシーローズだ。
彼女の功を阿修羅大魔王が反故にするとは思えないし、ブラックパピヨンは彼に追従する。
ミスター毒物と戦闘員Aはどうでもいいだろうが、反対することもしないだろう。

どう考えても分が悪い言い争いだ。それならさっさと外野に行って作戦を立て直したい。

「ちょっと待ったちょっと待ったあ!そうは問屋が卸さないわよ!」

「そうや!不正廃止!大人は汚いな!がっくりや!」

だがそう考えていたのは俺だけのようで、アニーミとラルモも反論にくわわった。
だんごのように俺の周りに固まってぎゃあぎゃあと文句を言い立てる。

「ええいやかましい!悪の幹部にモラルを求めるな!」

「クイズ大会のときはあんなに公平アピールしてたじゃねぇか!」

堂々巡りだった言い争いに、終止符を打つ声がした。

「ちょっと待って。彼の言うとおりだよ」

「おい、ル……ブルー!?」

「確かに、事前ルールでは顔にぶつけちゃ駄目だなんて示し合わせていなかったし、
僕らは不正なタイミングでハーフタイムを取った。彼は間違ったことをいってない」

身を乗り出すベルフォルマを片手で制したミルダが、

「でも、少しタイムをもらうよ。顔にボールがぶつかって、いきなり試合復帰は出来ないよ。
そっちの言い分は飲むから、その代わり少し休ませてくれないかな」

「ほう。やけに物分りがいいではないか」

ミルダの言葉を受けて、大魔王が眉を上げた。
俺のほうを不思議そうに見ている。そりゃそうだ。
やつの球があたったのならまだしも、女の投げたボールだ。ほとんどダメージなど残っていない。

ややって、大魔王が目線をミルダに戻した。

「まあ、いいだろう。だが、長くは待たんぞ」

「うん、わかってる」

過保護すぎだ。ここでそんな優しさを見せるなら主にベッドの上での気遣いが欲しいのだが。
……と思ったが、一方で、ミルダの様子は少しおかしかった。
俺を心配してさぞかしうろたえてると思いきや(別に心配して欲しいわけじゃないぞ。本当に)
むしろ落ち着き払っている。話しながら、何かを考えている様子だった。


コートの周りから再び人が引く。
俺たちはまだコートの中に座ったままだった。
ミルダは、コートから悪者ンジャーたちが去るのを待っているようだった。
彼らの姿が遠くなってから、俺に顔を戻す。

「だいじょうぶ?」

「おい、ルカ、どういうつもりだよ。お前は真っ先に文句言いに行くと思ってたぜ」

俺が問いかける前に、ベルフォルマが聞いた。
ミルダはだらしなく笑った。

「僕、そんなにリカルドLOVEに見える?へへ、参ったなあ」

「だー!そうじゃねぇよ気色悪ぃ!
お前も一緒になって言い張れば多数決でなんとなかったかもしれねぇだろ!」

あ、そのこと、とミルダがつぶやいた。

「だって言い分はあっちに理があるじゃない。あのまま言い争ってもどうにもならなかったと思うよ」

「でも、だからって流れを止めてまでタイムもらう必要があったんかな?
おいちゃんが心配やないってことやないけど、そんなに堪えてるようには見えへんかったし」

むしろ大魔王の球がチップしたベルフォルマを心配するべきだろうな。

「そうよ。プラマイ0に戻ったのに、また貸しを作ったようなもんじゃない。
今度また無茶なことされて、ルールにはなかったから〜ってごり押されたらどうすんのよ」

ラルモの言葉に、アニーミが追従した。
二人の非難にもミルダは動じず、真剣な顔で俺達の顔を見回した。

「そのことなんだけど。あのね。あのまま試合を続けていても、僕たちは負けていたと思う」

「ルカ、あんたまだそんな…!」

「弱気になってるわけじゃないよ」

アニーミの言葉をさえぎって、ミルダが苦く笑った。

「イリアは言ったよね。僕には僕にしかできないことがあるって。
僕が出来るのは、考えることぐらいだから。考えた結果そう思っただけ」

「……それで、ミルダ」

納得のいかない顔をしたアニーミを押しのけて、俺は言った。

「ただ悲観的な事実を告げるために試合を止めたんじゃないだろう」

ミルダは、うん、と頷き。

「さっきリカルドが、顔にボールをぶつけられてアウトになったでしょ?
それを見て、思いついたことがあるんだ。
上手くいくかどうかは分からないけど…とにかく聞いて」

俺たちは顔を見合わせた後、どれどれとミルダを中心に頭を寄せた。



…………。

………………………。

……………………………………。



「……あんた、それ、本気で言ってるわけ?」

アニーミが、信じられないものを見る目でミルダを見た。
だが、ミルダの顔は真剣そのものだ。

「いくらあいつらが相手でも、そりゃあマズイんじゃねぇのか?」

「いや、理に叶わんことは言ってへん。やってみる価値はあるで」

渋い顔のベルフォルマに、ラルモが言った。

「リカルドは?どう思う?」

三人の反応を見ていたミルダが、俺に水を向けた。
俺は顎の汗をぬぐって、

「俺はどちらでも構わない。どちらにせよこのままだとジリ貧だ。ただし、お前のその案…」

ミルダの目が揺れる。
俺はにやっと笑った。

「おもしろいじゃないか。おもしろいのは重要なことだ」

ミルダの顔がじわじわあかるくなる。

「じゃあ、決まりだね!」

満点の笑顔で、言った。


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