We are THE バカップル32
32




そろそろ太陽も仕事を終えて最後の一がんばりとばかりに空を赤く燃え上げさせている時刻、
俺とベルフォルマは肩を並べて最寄のスーパーを目指して歩いていた。
宴会の主役、飲み物と食い物を求めてのことである。

どうにもしっくり来ない結末ながらも勝ちは勝ち。
それも相手の悪の幹部たちは二度と現れないという、言ってみれば敵の牙城に自陣の旗を立てるような
本格的な勝ちを喫したことには変わりなく、あの後は当然打ち上げという流れになる。
当初は複雑そうな顔をしていたベルフォルマとアニーミも、寄る空腹の波には勝てなかったのか、
半ば流される形で諾々と従った。

そもそも、それも一時間に渡る写真撮影の後。その頃には誰の体にも言い争う元気など残っていなかった。
デジカメやら携帯やらの前で数十人分の『記念の一枚』だ。
そりゃあ撮るほうは数秒で済むからいいのだろうが、
何十枚も『記念の一枚』を撮らされるこっちの身にもなって欲しかった。
着替えを済ませて裏口からこっそり抜け出し、車に乗り込んだ瞬間、
四人が四人ともぐったりとシートに沈み込んでいた。


その後俺のマンションで全員がシャワーを浴び(バスタオルの消費が激しくて嫌になった)
数十分間ぐだぐだと寝転がった後、どうにか出歩けるレベルまで体力と気力を復活せしめ、
買出しに向かっているとうわけである。
なぜ俺とベルフォルマの二人きりなのかというと、アニーミが「背の高さ順で二人ね」
などと無茶ことを言い出したから。
俺もベルフォルマもお互いに話があったので反対こそしなかったが、
あの暴君ぷりはどうにかならないものだろうか。

ミルダも付いてこようとしていたのだが、このミルダが足取りはフラフラ、
目の焦点は合っていないという体たらく。
おまけにゾンビのような顔色だったので、ハスタが寝ていたソファに押し込んで家を出た。
ハスタの姿はどこにもなかった。
置手紙なんて気の効いたことをする男ではないので、いつ出て行ったかも分からない。
何も言わずに姿を消すあたりがあいつらしいが、
やつが不在の間俺の家には鍵すらかかっていなかったのであって。
今更やつに常識を説く気はないから、俺の口からは依然と、いつもの癖が出るだけである。

「また、ため息」

家から充分に離れた場所で、それまで黙々と歩いていたベルフォルマが顔を上げた。

「ため息つくと脳細胞が死ぬんだぜ」

「ため息をつかなくとも脳細胞は勝手に死んでゆく」

ベルフォルマは妙に楽しそうに首を傾けた後、目を細めた。

「アンタと約束してたことがあったよな」

「なんのことだ?」

とぼけてみせたが、分かっていた。戦闘員A――アンジュ・セレーナのことである。
ベルフォルマは鼻で笑うと、言葉を続けた。

「あんた、あいつとはどういう関係だ?」

「訪ねるときは自分から。鉄則だろう」

ガキは物を知らんな、と付け加えると、ベルフォルマの眉が分かりやすく歪んだ。
ベルフォルマが黙り込み、再び、肩を並べて歩くだけの時間が過ぎる。
このまま話は流れてしまうかと思ったが、スーパーへの道程が半分も切ったころ、
やにわにベルフォルマが口を開いた。

「俺は昔っからこんなんだからよ。親が色々とうるさくて。
12、3のころ、教会に通わされててよ。信仰でも持てば改心するとでも思ったんだろうな。
俺ん家、兄貴が六人もいるからよ。直接教育しようとしても手が回らねぇんだ」

語る言葉によどみはなかった。しばらく黙っていたのは、言葉を考えていたかららしい。

「いきなり身の上話か?」

「だぁら、最後まで聞けって。そこにアンジュがいたんだよ」

「ほう」

ガキのベルフォルマと、十代のセレーナ。
教会の長い椅子に腰掛けている二人の姿が目に浮かぶ。
見たことすらないころの想像の二人は、やはりどこかアンバランスだ。

「ミサだのなんだはヒマでヒマでしょうがなかったし、喧嘩ばっかやってたから誰も寄り付かなかったがよ、
アンジュはよくしてくれた。会うたび菓子だのなんだのくれてよ、話しかけてくれて…。
つっても、俺が教会通わされてたのも一ヶ月かそこらだから…まあ、家が近かったし…。
偶然顔あわせるたびに、茶だのなんだの…。俺じゃなくて、あいつのほうが誘ってくるってーか」

言い訳めいた言葉に、思わず笑ってしまった。

「なんだ、惚れてるのか?ん?」

「そんなんじゃねぇよ。親戚の姉ちゃんみたいなもんだ、あいつは」

ベルフォルマの目が険しくなった。

「やけにムキになるじゃないか」

「うるせぇよ。昼メロ好きのおばちゃんかアンタは」

ベルフォルマは心底不機嫌そうに舌打ちすると、一瞬のうちに気をとりなおして嫌な笑みを浮かべた。

「大体さ、んなこと言うなら、あんたのほうがよっぽどやましいぜ。浮気か?
あのデカパイにクラっと来る気持ちは分かるけどよ、カワイイ恋人泣かせるのはいただけねぇなあ」

昼メロ好きのおばちゃんはどちらだか。
だが、相手にだけ話させておいてこちらは口を閉ざすのもフェアではない。
あまり話したくないことなのだが、仕方ない。

「あいつが…セレーナが今、看護助手として働いていることは知っているか?」

「ん、あぁ、チラっと聞いたな、そんなこと。何科だっつってたっけな…それで?」

ベルフォルマが記憶をほじくりかえすように、首の後ろに手をやって頭を傾ける。

「そこに俺は通っている。だから顔を知っている。たまにプライベートでも飲む。それだけの話だ」

ベルフォルマの顔にさっと影がよぎった。
身を屈め、下から俺の顔を覗き込んでくる。

「……おっさん、マジでどっか体悪ぃのか?」

先の勝負の折「持病の肺ガンが発病しなけりゃ勝てる」という旨のことを言ったことを気にしているのだろう。
俺はすぐに否定をした。

「いいや、大したものじゃない。通院しているのもここ三ヶ月程度の話だ。
三十年近くも生きていれば、どこかしら体にガタが来る。気にするな」

「だから、どこが悪いんだって」

俺としてはこれでこの話は終わり、とばかりだったのだが、ベルフォルマは違ったらしい。
灰色の目に心配そうな色を控えめに浮かべ、仏頂面をさらに歪めている。
どうやらベルフォルマは心配していることを悟られたくないらしい。おお分かりだが。
まさに男版アニーミといったところか。

俺はまたもや仕方なく、質問に答えることにした。
最近仕方ないことばかりだ。

「……内臓、といえるのか?」

しかし、自分で言っておきながら、半疑問系になってしまった。

「はあ?」

ベルフォルマの表情も怪訝に歪む。

「いや……」

俺は歯切れ悪く語りだした。

「内臓系の疾患だ。大した病気ではないし、日常生活には全く支障がない。
そうだな、軽い頭痛や肩こり程度のものだと考えてくれていい。ただ、あることをすると悪化する。
そのあることを強要するやつがいるから治癒しない。だから病院に通う。…と、言ったところか」

「…全っ然わかんねーんだけど。強要て、なにを?誰に?」

一言毎に顔を近づけてくるベルフォルマを押し返して、

「それは今は関係ないだろう。今は、アンジュ・セレーナの話だ。脱線するな」

俺が言うと、ベルフォルマが渋々ながら引き下がった。
「あいつが出てきた理由は」俺は前を見詰めながら言った。

「恐らく、俺とお前の知り合いだったからだろう。
あいつらがやりそうなことだ。セレーナもよく了解したものだとは思うが」

「あんたが知らねぇだけさ。ああいうやつなんだよ、アンジュって」

ベルフォルマの言い方は、妙に張り合うような挑戦的な響きがあった。
自分の方がアンジュ・セレーナのことをよく知っている、とでも言いたいのだろう。
ガキ特有の所有欲というものか。多いに身に覚えがある。

「しっかし、あいつらも馬鹿だよなー」

からかおうとしてみた矢先、その空気を察したのか、ベルフォルマは話の矛先を変えた。

「あいつら?」

「アスラの野朗のこったよ。いい年こいて恥ずかしくねぇのかな」

あぁ。

「まあ、お前が言えることじゃないだろうが」

「まあそうだけどよ。おっと、着いたな。ケッ、汚ぇスーパー」

話が一区切り着いたとき、ちょうどよくスーパーに着いた。
バイクに乗ったベルフォルマが突っ込んできた、あのスーパーだ。
粗暴な物言いで駐車場を横切るベルフォルマをよそに、俺はひっかかりを覚えて足を止めた。

……ん?
…………ん?

「……ちょっと待て」

「あん?」

ベルフォルマがうるさそうに振りかえる。

「……お前、知ってたのか?」

「何をよ?」

「いや、その…」

あまりに自然で聞き流してしまうところだった。

「アレがアスラだってことを」

「だって、どう見てもアスラじゃん。あんなやつ二人といねぇよ。図体も性格も」

「それは、そうだが」

あっけらかんとした物言いに、俺は戸惑いを隠せなかった。

「つーか気付かねぇほうがどうかしてるっつーの。
おっさん、俺のこと馬鹿だと思ってんだろ?」

もちろん思ってた。とも言えず。
ベルフォルマが気付いていた?気付いてあの振る舞いだったのか?
ミルダとアニーミも気付いてのか?確かに普通の人間なら気付くだろうが、
それだったら俺はこいつらが気付いていないと思い込んでいた一番の馬鹿ということにならないか?
無数の疑問符が俺の頭を跳梁跋扈する。

「つっても気付いたのはちょっと前だけどよ。あれは、えーっと…」

そんな俺の様子など気に留めた風もなく、ベルフォルマは思い起こすように帽子のつばに触れた。

「そう、海んときだ。あいつら、そろって来てただろ。
どっかで見たことあんなぁこの面子、って思ってさ。ピンと来たわけよ。
ま、オリフィエルはいなかったけどさ。流石に気付くわ」

聞きたいのはそんなことではなく。

「ミルダとアニーミも知っているのか?」

「いや、それがよぉ」

ベルフォルマは若干苦笑気味に唇を曲げた。

「どーにも気付いてねぇみてぇなんだよなあ。
わざわざ言うのもなんだし、なんだかガキの夢ぶっ壊すみてぇで気が引けてよ。
もっともエルが気付いてるかどうかだけはよくわかんねーけど、どうなんだろ」

しばらく考え込む素振りを見せたが、ぱっと顔を上げ、

「ま、どうでもいいか」

と、あっさり言った。
俺的には全然どうでもよくない問題なのだが。

「ミルダは…気付いていないだろう。アニーミも、あの性格だからな。
ラルモは分からん、が、お前が気付いているとは、予想外だった」

俺は半ば自分に説明するために、途切れ途切れに今更言ってもしょうがないことを言葉にした。

「ほら、やっぱり馬鹿だと思ってた。ナメんじゃねぇぞ。これでも、あんたに次いで年長なんだ。
あんたは分かってねーみたいだけど、これで結構勘が鋭いんだぜ、俺は。
あんたの観察眼も、まだまだってこったな」

「だが、知っていたら、あんなにハシャいだりせんと思うだろう、普通」

どうにも弁明じみた言葉になってしまう。
ベルフォルマはヒャヒャ、と能天気そうに笑って、スーパーの自動ドアの前に立った。

「それとこれは別。楽しむときに楽しまなきゃ人生ソンすんぜ?親父」

クーラーの冷えた風を頬に浴びながら、俺はまだカルチャーショックから立ち直れずにいた。



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