We are THE バカップル49
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『ガツンッ!』

ベッドから起き上がった瞬間、目の前の五つの頭に拳を振り落としていた。

「いったぁい!」

「ぐぅう〜……!」

涙目のアニーミが、自身の赤毛をぐしゃぐしゃとかき乱す。
帽子ごしに頭を抑えるベルフォルマも、今日ばかりは反抗しない。

「……へあ……」

広いでこに片手を当てるラルモは、仕方ないなと悟りきった表情。
その横で、パイプ椅子に座ったセレーナが、ふらふらとラルモの肩に寄りかかった。

「容赦ありませんね……」

当たり前だ。ある意味、お前が一番性質が悪い。

俺はベッドに寝かされていた。
連日の寝不足に加えて精神的ショックがたたり、失神してしまったらしい。
らしいというのも、事情を聞く前にこいつらを殴り飛ばしたからで、
だがそんなことは聞くまでもなく、やたらすっきりした頭と心配そうに覗き込む
こいつらの表情からうかがい知ることができた。
おそらくはアルベール医師の判断で、空いたベッドを使わせてもらっていたのだろう。
彼もさぞかし驚いたことだろうな。ドアが半壊したと思ったら、目の前で卒倒ときた。

「う゛ぁうぅう……僕、病人なのに……」

そして、こいつ。
銀髪の頭をこれみよがしに抱えながら、涙目の上目遣いで俺を見つめる、ルカ・ミルダ。

「盲腸だろうが」

「盲腸でも、立派な病気だよう……
 僕、手術とかするの初めてだから、すっごく怖かったんだよ?」

ミルダは唇を尖らせて、そっと俺の腕に触れた。

「でも、リカルドが大丈夫そうでよかった。いきなり倒れるから、本当に心配したんだ」

にっこりと微笑むな、はにかむな、語尾にハートマークをつけるな。

「立て」

「へっ?」

ぽかん顔のやつらを、俺はこれ以上ないぐらい眼光を鋭くして睨みまわした。

「全員立って一列に並べ!さっさとしろ!」

ぎくしゃくと、一部は渋々と椅子から立ち上がった五人の前を、
俺はうろうろと歩き回った。ひとりひとりの顔を点検してまわる。

むっすり顔のベルフォルマとアニーミ。あいかわらずびくびくしているミルダ。
少し申し訳なさそうに指先をいじっているラルモと、苦笑が憎憎しいセレーナ。
ほー、これが人をだまして大喜びしてるやつらの顔か。
どの顔も、思ったより純真そうなことで。

「どいつが首謀者だ?」

ベルフォルマの横に立ったアニーミの肩が、ぴくっと上がったのを、見逃さなかった。
おぉい、なんでだろうなあ?

「なぜ黙っている。誰が発案した。あのばかばかしい看板は誰が作った?
 おっと、お互いをかばいだてしようなど、夢にも思うなよ?」

「ちょ、ちょっと、なによ、この流れ……」

耐えかねてか、アニーミがつぶやいた。

「普通、ドッキリが終わった後つったら、テヘヘひっかかっちゃった☆
 ってな感じで和やかムードになるもんでしょ!?」

「黙れ」

ぴしゃり。

「質問はすでに、尋問に変わっている。答えないというなら……」

俺はズボンからベルトを引き抜いた。
五人組の顔がひきつる。

「リ、リカルド……冗談だよね?バ、バイオレンスすぎるよ……?」

おずおずと発言したミルダを、冷ややかな一線で黙らせる。

「力ずくだ」

俺はベルト両手で引っ張り”パンッパン”と音を鳴らして、言った。

「流儀じゃないが……、嫌いじゃない」

五人それぞれ毛色の違う悲鳴が、あがった。
目を覚ましたときから、決めていた。
さて、俺の純粋な心をからかった報いを、まず受けてもらうことにしようか。




尋問は十五分ほどで終わった。
簡素な計画だった。それだけに、開いた口がなかなかふさがらなかった。

俺と別れた後、ミルダはやはりあきらめきれず、迷いに迷ったすえ、
アニーミに相談を持ち込んだらしい。
手に負えかねたアニーミがラルモに相談し、ラルモがベルフォルマに相談し、
ベルフォルマがセレーナに相談し、あれよあれよと広まってしまったというわけだ。
まるで伝言ゲームだ。俺に守秘義務はないらしい。

そんなことになっているとは夢にも思っていなかったミルダは、
初対面同然の、というかミルダからしてみれば初対面以外の何物でもないセレーナと
顔なじみの三人に深刻な顔で作戦会議という名目の元ファミレスに呼びつけられたときは
たいそう驚いたそうだ。俺でも驚くだろう。

そこから、作戦会議とやらがちょくちょく行われるようになった。
俺とミルダが離婚調停中に同居している夫婦のごとく気まずい生活を送っていたとき、
やたらミルダの外出が増えたのはそういうわけだったらしい。

てっきり、俺と同じ空気を吸うのが嫌で外出をしていたものだと思っていたが、
どうやら被害妄想だったようだ。少し安心したことはいなめない。

それにしても、人の惚れた腫れた別れたを作戦と言い切ってしまうやつらの
感性はどうなっているのだろうか。
そこにハスタが混じっていなかっただけマシだが。

で、何度目かの作戦会議の最中、ミルダが急に腹痛を訴えだしたらしい。
結果的には盲腸だったのだが……、あの五人が集まって大変な騒ぎにならなかったと
思うことのほうが愚かだろう。
ドリンクバーのカップが倒れ、パフェのグラスが木っ端微塵になり、
ステーキが皿ごと宙を舞っている中で阿鼻叫喚している姿がありありと想像できる。

「あの時ほど、あんたがいてくれりゃって思ったことなかったわよ、ほっんとーに」

と、いみじくもアニーミは言った。俺もそう思った。

それはさておき、たかが盲腸とはいえ四人にとってはショックな出来事だった。
曲がりなりにも入院であり手術である。
ドラマに出てくるような典型的マザコン型お母さんなら卒倒してもおかしくはない、
とはちょっと言い過ぎだが。

そこでアニーミがポっと思いついたことが今回の事件(と呼ばせてもらうぞ俺は)
につながった。
ミルダが入院したと知ったら、俺が出発をあきらめるのではないかと。
ほんの少し脚色を加えてしまえば、さらに効果があると。

幸い、好都合な条件が整っていた。
ミルダは個室に入院していた。
偶然、大部屋がすべて埋まっていたためだったらしい。
なんとも贅沢な話であるが、おそらくウソを混ぜるふんぎりはそこだったのだろう。

以上が今回の事件の概要。なんともはた迷惑で強引な作戦である。
すべてがつまびらかにされたときの俺の絶望、もとい脱力感をなんと表したらいいものか。

だが、わかっていた。
こいつらが、ただ面白いからという理由で、こんなことをしやしないということを。
全部、俺とミルダのためだ。
どうにかして、やつらなりのやり方で、俺とミルダの幸せを祈っていたに違いない。
やったことは大変遺憾だが、そこらへんのことは、疑っちゃいない。

「お前らに、あんな迫真の演技ができるとは思ってなかった」

一息ついた後、俺はミルダの病室の椅子に腰掛けながら、そう言った。
皮肉たっぷりに言ったつもりだったが、ガキども三人は肩を落とすどころか、
お互い顔を見合わせて、どこか照れたように頭をかきはじめた。

「いや、なんやろな?最初は笑いこらえるんに必死やったんやけど……」

「ついつい……なあ?」

「演技だってこと忘れてたっていうかさ?」

「思い込みっつーの?完全にマジになってたよな、俺ら」

「ドッキリ大成功!の立て札用意する段なって、あ、これドッキリやってんなって
 やっと思い出したわ」

「僕も、途中から本当に重病を患った気分になってたよ……」

「……お前ら……」

人をだますにはまず身内から、とは良く言うが、こいつらに限っては
”人をだますにはまず自分から”だったようだ。
本当に、はなはだ不謹慎な話である。

「まあ、いいじゃないですか、リカルドさん。
 私、もらい泣きしちゃいそうでした」

「……もう一発いるか?」

お前がダメ押しのメールを送りつけてきたことを、俺はよく覚えているぞ。

「す、すいません……。ノーサンキューです……」

目をそらすセレーナの肩越しに、時計を見る。
飛行機は、もうとっくに飛んでいる。
いまごろ山口県の上空あたりだろうさ。
チケット代が無駄になった。いくらすると思っているんだ。
兄者もそうとうトサカに来ていることだろう。だが……。

もう、そんなことはどうでもよくなっていた。
心の中の何かがストンとどこかに落ち着いて、妙にスカっとした気分だ。
それがなんなのか、説明はできないが答えは明白だった。

「お前ら」

俺は馬鹿な仲間たちを見返った。
ぶんむくれた顔のアニーミとベルフォルマ。
パイプ椅子に腰掛けて足をブラブラさせているラルモと、その隣のセレーナ。
結局、こいつらにチーズケーキを食わせてやることは出来なかった。
今から空港にトンボ帰りして買ってきてやってもいい。
が、他にここでやることが、もう一つ残っていた。
その辺のケーキ屋で売ってるもんで我慢してもらうとするか。

「まあ、なんだ……」

一回言ってみたかった、この言葉。
もう、今日は恥の宝石箱状態だ。もう一回ぐらい、恥を重ねても罰は当たるまい。

「気を利かせろ」

セレーナは両手で口を隠し、アニーミとベルフォルマが目を合わせてニヤっとした。
最後にラルモがぽんっと俺の肩をたたき、四人は半壊したままのドアの上を、
お互い顔を見合わせ、くすくすと笑いながら出て行った。

俺は座ったまま振り返った。
目の前に、ミルダがいる。
俺をじっと見つめる素直そうな目。細い銀髪。少しだけ痩せたが、やわらかそうな頬の線。
もう目にすることはないと思っていた、愛しい少年の顔。

「ただいま」

瞬間、わっと胸に塊が飛び込んできた。
入院着のままのミルダが、俺の背中に腕を回す。
腹をかっさばかれたばかりのくせに。
俺はミルダの背中を、ゆっくりさすってやった。

「リカルド、ひどいよ……」

ミルダの頬が押し付けられた胸が、じっとりと重く湿った。

「また一緒に生きてくれるか、聞かせてくれだなんて……。
 そんなの、もちろんって言うに決まってるじゃないか……」

「家具をまた運び込まなくてはな」

ミルダの目が、ぱっと上向いた。
と思ったら、またぼろぼろと、大粒の涙をこぼしだす。
鼻水まで垂らして、くしゃくしゃの顔で。
だが、その顔が、とてつもなく愛しかった。

「ねえ……」

ひととおり泣きじゃくったあと、ミルダが声を上げた。
真っ直ぐな目で、俺の服を両手でつかんで。

「これからは、ずっと一緒にいられるよね?」

俺は少し考えた後、

「いや、そうとも限らん」

ミルダの顔色がさっと暗くなった。

「寿命があるからな」

ミルダはしばらくキョトンとして、大声で笑い出した。

「じゃあ、うんと長生きしようよ!僕、がんばって体にいい料理作るよ。
 たくさんたくさん、勉強して……最初はおいしくないかもしれないけど」

ミルダが首を伸ばす。唇が重なった。

「ガマンしてね。ちょっとずつ、どうにかしていくからさ」

涙か鼻水かは知らんが、塩辛かった。

「口を拭いてからやれ。汚い」

「も〜!またそういうこと言う〜!
 本当さ、リカルドって、全然ロマンチックじゃないよね!」

「どうかな」

俺は、ミルダの頭に手を乗せて、窓の外を見た。
澄み渡って青い。雲がゆっくり流れていて、風も心地よさそうだ。

俺たちの結末は、ハッピーエンドとはいえないのかもしれない。
男同士であることは変わらないし、解決していないことも多い。
ミルダの両親のこと、世間体のこと。兄者のことも頭が痛い。

だが、俺の隣にはこれからもミルダがいる。
アニーミとベルフォルマとラルモとセレーナも、飽きもせずいることだろう。
たまにハスタと教師連中も。
そろいもそろって、筋金入りの馬鹿ばかりだし、俺とミルダにしたって、
どこからどう見てもバカップルだ。

「We are THE バカップル……か」

「へっ?」

ミルダが不思議そうに瞬いた。

「なにそれ?」

「色んなやつらが、支えてくれてるってことだ」

俺とミルダだけじゃない。
周りの馬鹿ども含めて、俺たちバカップルがなんとかやっていけるんだろう。
ドッキリ四人衆と、ハスタと、教師連中と。
馬鹿に恵まれた俺たちは、最高のカップルなのかもしれない。

「なにそれ、全然わかんないよ。だいたい、THEってつける必要あるの?」

承服しかねて首をかしげるミルダの額を、軽く拳で殴っておく。

「細かいことはいい」

まあ、とりあえず。
今この瞬間、俺は世界で一番幸せな男なんだろう。
とりあえず、そんなことを思った。




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