We are THE バカップル5

 

俺はとりあえず、ハスタとスパーダのそばへ歩み寄った。
面倒臭いことこの上なかったが、自宅の前で騒ぎを起こされるのも気持ちよくはない。
なにより、一度注目を浴びたことで、俺は撤退のタイミングを完全に失っていた。

俺はスパーダに、手始めに自己紹介をした。
このマンションの住人であること。イノセンス学園に講師に来ていること。
ハスタと知り合いで、先ほどまで部屋で話をしていたこと。
そして、学校で今日の騒ぎを見ていたから、スパーダの名を知っていることを、手短に話した。

騒ぎの件に触れたとき、スパーダは一瞬、複雑そうな表情を浮かべた。
ともかく、俺が話している最中、彼がまとう険のようなものが、少しだけ緩んだ気がする。
このまま興を削がれて立ち去ってくれるといいのだが。
しかしここで、空気を読む能力が壊死しているハスタが、

「わかった。キミのあだ名はガラスクラッシャーくんだ」

と言ってくれたおかげで、俺の努力は元のもくあみと化した。
3秒後にはつかみ合いの喧嘩が始っているだろう。
俺は素早く二人の間に割って入った。

「まあまあ、待て。そもそも、どうしてこんなことになったんだ」

「なんでてめぇに答えなきゃなんねぇんだよ」

スパーダが、疎ましそうに俺に言う。
しかし、その視線は、ハスタに向いていた。
生理的に受け付けないものを見る苛立った目だった。気持ちは分かるが。

「マンションの目の前で問題を起こされては困る。事情ぐらい知っておいてもいいだろう」

本音だったが、正直なところ、原因などなんだってよかった。
しかし、とりあえず場を繋ぐことが大事だ。
俺はハスタに、視線で、いらんことを言うな、と訴えながら、スパーダに言った。

「別に、言うほどの事情もねぇよ。
こいつがガンくれてきやがったから、のしてやろうとしてただけだ」

スパーダは、意外と素直に答えた。
なるほど、アスラの言うとおり、道理に耳を傾けることは出来る男らしい。

「あん、今の深く傷ついた。リカルド氏ぃ〜ん、
オレってそんなに、アブない目つきしてるかい?」

「してるな」

俺はハスタの胸をどつき、だまらせた。
そして、スパーダのほうを向き、

「スパーダ。……スパーダでいいんだよな?苗字はなんだ」

と、聞いた。スパーダは軽く頷いた後、

「ベルフォルマ」

と答えた。

「では、ベルフォルマ。もう行け。これ以上こいつと話をしても得にならんぞ」

「なんでお前の命令に従わなきゃなんねぇんだよ」

「命令ではない、忠告だ。これ以上騒ぐつもりなら警察を呼ぶ。
こんなつまらん男のために、警官の世話になりたくはないだろう」

俺の後ろで、ハスタが「オレって面白い男デスよー」などと声を上げたが、
スパーダは俺のほうを見ていた。
納得がいかなそうな顔の中に、葛藤の色が見える。
そういえば、スパーダ――ベルフォルマは、家庭の事情とやらで荒れているようだから、
親を呼ばれるとまずいのかもしれない。
彼はしばらく俺を睨み付けた後、すっと視線を外した。
そして、手に持ったままだったヘルメットをかぶる。

「引いてくれるか」

「……あんたに免じてな」

ベルフォルマはそういいながら、バイクにまたがった。

「すまんな」

発進しようとハンドルに手を掛けたベルフォルマが、身を起こした。
フルフェイスのヘルメットのシールドを手で押し上げて、俺を見る。
まだ子供っぽさを残した目元がまるくなっていた。

「なんで、あんたが謝るんだよ」

「謝罪ではない。礼のほうの、すまん、だ」

「同じじゃねぇの?」

そう言って、ベルフォルマは笑った。
目元しか見えていないので些細な変化だったが、
今まで険しか映していなかった瞳が、わずかに穏やかになったのが見えた。

「ヘンなやつ」

ベルフォルマは再び目元をプラスチックで覆うと、今度こそバイクを発進させた。
マフラーの固い音が遠ざかっていく。
完全に彼の姿が見えなくなった瞬間、俺は深くため息を吐き出した。

「で、お前はどんないらんことを言ったんだ」

「あ?」

「なにか言ったんだろう」

俺はハスタをにらみつけた。
ベルフォルマは、もう一度言ってみろ、と叫んでいた。
絶対に、この阿呆が神経を逆撫でするようなことを言ったに違いない。
なにより、あのベルフォルマという少年は、
目が合っただけで喧嘩をふっかける類の人間ではない、と俺は確信していた。

「そういや、ナンか言ったっけか?ん〜……、あぁ、もしかしてアレかにゃ。
でも、一言しか言ってないんだけど。あれぐらいで怒らなくてもいいジャンネェ。
完全にあいつが悪いよ、これ。オレ被害者だって。ほんと一言だったんだぜ?」

俺は、顎で、言ってみろ、とうながした。

「ダッセェバイク」

「お前が悪い」

俺は携帯灰皿で、やつの広い額を殴っておいた。
やつが、アイタ!と言いながら、額をおさえる。

「いいか、次、俺のマンションの前で問題を起こしたら、出入り禁止にするぞ」

俺はやつに言い聞かせながら、その胸に携帯灰皿を押し返しておいた。
もしかしてこいつは、俺を面倒ごとに巻き込むために、わざと忘れ物をしておいたんじゃないだろうな。
本人に聞いてもはぐらかされるだけだろうから、いちいち確認はしないが。

「りょ〜かい了解、軍曹殿。お届けご苦労であります」

俺はハスタの膝の裏を蹴り付けた後、振り向かずにマンションの中へ戻った。
どっと疲れていた。早く、テレビでも見ながらだらけたい気分だ。



しかし、この二日後、今日の出来事が頭から吹っ飛ぶほどの衝撃がやってきた。
そう、くだんの”三日後”の話である。
大体予想は出来ているだろうが、その日、ミルダが家にやってきた。

そして、あのハスタと並ぶほどのビックリ発言の数々を、演じてくれたのである。


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