Gluttony3





朝方出かけた彼は、紙の箱を抱えて帰ってきた。
彼は”僕”に――”僕”だけに――ただいま、と言うと、箱を机の上に置いた。
僕は彼の二の腕に顔を寄りかからせながら、箱を眺めた。
彼が箱から、何か金属の器具を取り出した。
平たく丸い表面にいくつも小さな穴が開いていて、反対側にレバーが付いている。
僕はそれが最初何だか分からなかったけれど、
彼が”僕”の腕を切り刻み始めたところで、それが何に使うものか分かった。

挽肉を作るための調理器具だった。
彼はこまかくなった”僕”の腕を器具に入れると、レバーを回した。
”僕”らは無数の細いひものようになって、からみあいながら金属から吐き出された。
皿の上に、”僕”たちがのたのたと重なり合う。

――ハンバーグかな

僕は挽肉をもちいる料理の中で、一番スタンダードなものを考えていた。
彼はキッチンで、にんにくや椎茸を淡々と刻んでいた。
僕は、”僕”にかかりきりの彼を、ちょっとさびしく思っていた。

「ねぇ」

僕は彼に声をかけた。
でも、彼の背中はこまかく動くだけで、僕に返事をしてくれなかった。

「ねぇ」

僕はもう一度声をかけた。さっきよりも大きな声で。
彼は振り向かなかった。






その日の彼の晩飯は、ミートパイになった。
ハンバーグだと思ったものは、どうやらパイの中にいれるためのものだったらしい。
僕は彼の隣に立って、食卓の風景を眺めた。
彼が焼きあがったパイ生地にフォークを刺すと、さくさくと心地よい音がした。
香ばしい生地の間から茶色になった”僕”が顔をだす。
彼はやはりワインを傾けながら、”僕”を消化した。
”僕”は彼の中でワインの赤い色ととろけあいながら、目を閉じた。



僕は窓枠の形に伸びた影に視線を移した。
四角形に切り取られたオレンジ色の光は、彼と”僕”の影をくっきりと映し出している。
夕焼けは、あの日見たものと同じ色をしていた。

銃声。痛み。倒れる僕。血のあたたかさ。夕暮れの短い時。
そして、表情を歪めた彼の顔を、橙色の光が照らしていた。



僕は、彼の影をじっと眺めた。
フォークを動かす彼のとなりに、僕の影はなかった。




戻る TOP 次へ



inserted by FC2 system