Gluttony4
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ミートパイの次の日、”僕”はフリットになっていた。
青りんごやセロリと混ぜられて、”僕”は熱い油の中で揚げられた。
その次の日――昨日のことだ――には、”僕”は柔らかいパテにされて、
彼はそれをカンパーニュに乗せて食べた。
凝ったものが続くな、と僕が感心していたら、彼は初心に帰ったのか、
今日はただ”僕”の腹部の切り身を、ただのステーキにした。
僕は向かいの席につき、皿を前に黙々と食事を続ける彼を眺めた。
そうして、僕はテーブルに顎をのせ、ゆっくり瞼を閉じた。
そういえば。
よく彼にねだって、ステーキを作ってもらっていたのを思い出していた。
あの頃の彼の料理は荒かった。
特にステーキは、これでもかというほど胡椒をふった大きな肉片を焼くので、
僕は半分食べたところでいつもお腹がいっぱいになってしまっていた。
でも、おいしかった。彼らしい料理がうれしかった。
僕は彼の作った料理を、大事に大事に食べた。
僕は静寂を感じて彼へ視線を戻した。
食事を終えた彼は目を閉じて、椅子に背中をもたらせている。
何かに思いを馳せている様子だった。
ふっと、僕の頬が、あたたかい風を感じた。
あの日も、昼食に彼の作ったステーキを食べた後、僕たちは連れ立って森の中に出かけた。
僕らはいつも散歩する道から外れて、ちょっと探検した。
十数分も歩かないころ、日差しにきらきら輝く湖を見つけた。
僕は木立の合間からのぞくきれいな湖面へ駆け出した。
転ぶから走るな、と注意する彼を引き離して、僕は木々の間を抜けた。
瞬間、踏み込んだ足の先に何もなくなっていた。
僕は前のめりに湖へ落ちた。
湖はそんなに深くなかったけど、服のまま落ちたせいか手足がうまく動かせない。
水が入ったらしく、鼻の奥がつんとする。
やっと水面から顔を出した僕の目の前に、彼の靴が映った。
彼がうんざりとしたように息を付き、僕を見下ろしていた。
僕は照れ笑いして、彼に手を伸ばし、引き上げてくれるように頼んだ。
けれど彼は、服が濡れるからいやだ、とすげなく断った。
僕はちょっとだけむっとした。彼のこういうところは慣れっこだけど、
水の中に落ちたときぐらいやさしくしてくれてもいいじゃないか、と思った。
ぬかるんだ土に手を付いたとき、僕はぱっと閃いた。
僕は突然、まるで水妖に足首をひきずりこまれたように、水の中に沈みこんだ。
両手足を激しく暴れさせながら、藻がからまった!助けて!と叫んだ。
彼がはっと表情を変え、反射的に前屈みになって、僕に手を差し伸ばす。
僕はしきりに、溺れる、溺れる、とわめきながら、笑いそうになるのをこらえた。
彼の手を掴んだ瞬間、僕は彼をぐいと水の中に引き込んだ。
彼は頭から、着衣もろとも湖の中に落ちた。
僕は腹を抱えてこの仕返しが成功したことを笑った。
顔を上げた彼の頬には、藻がぺったりと張り付いていて、僕は腹筋が痛くなった。
ゲラゲラ笑うぼくを見て、彼は薬莢が駄目になった、と怒りを押し殺してうなった。
それでも、僕が彼の首を抱えて素早くキスすると、彼は口元をゆるめた。
――仕方のないやつだ
そう言って、彼は僕の足を下からすくって、背中から水中に叩き込んだ。
僕は水を飲んでしまって、パニックになった。
もがく僕の胸倉を、彼が掴んで引き上げる。
水面から顔が出た瞬間、僕の唇にさっとあたたかいものがかぶさった。
彼は僕にキスすると、僕を乱暴に水の中に押し込んだ。
僕は負けじと彼の腰をつかんで、再び水中にひきずりこんだ。
僕らはそのまましばらく、服を着たまま、子供のような悪戯をしあって遊んだ。
暖かい初夏の日だった。
不意に、流れ込む思い出が終わった。
あれは、僕の記憶だったのだろうか。彼の記憶だったのだろうか。
彼が閉じた目を開いた。
懐かしむように目を細めて、壁を眺めながら、何か、見えない、大切なものを見ていた。
口元にかすかな微笑があった。
「本当はな、知ってた」
やにわに、彼が呟いた。やさしい声色だった。
「なにを?」
僕は問いかけた。
「わざとらしいからな、お前は」
彼は僕を見ずに言った。
それから、彼はかすかな息をつき、両手で顔を覆った。
椅子の背から体を離して、うつむく。長い黒髪が顔の横に垂れていた。
「知ってたんだ…」
そう呟いた彼の声はかすれていた。
僕は心配になって、彼の隣まで行き、顔をのぞきこんだ。
彼の顔から、懐かしむような笑みは消えていた。