監禁10

10



セレーナが家を空けて二日経ったころ、俺は精神的な健康をいくらか取り戻していた。
一日目はさびしくて仕方がなかった。
明日もセレーナは来ないのだ、と考えるだけで苦しくなった。
しかし、実際に二日目を迎えてみれば、そうでもなかった。
むしろ俺は落ち着いていた。
三日目にいたってはせいせいしていたほどだ。
また俺は、グリゴリやミルダのことを考える余裕ができていた。
食欲も戻っていた。セレーナが置いていった食料を適当に見繕って食事をし、
”ルカ”に餌をやり、本を読んだ。
傷の痛みも再び戻ってきたが、ともあれ俺は、
己が正常を取り戻しつつあることを喜ばしく感じていた。

しかし、四日目の朝になってもセレーナが帰ってこなかったとき、俺は激しく動揺していた。
なぜだ、2,3日で帰ってくると言ったじゃないか。
それとも俺の勘違いで、実際は三日と経っていないのだろうか。
そう思うことで、俺はかろうじで平静を保った。
だが、五日目になってもセレーナは帰ってこなかった。
いよいよ俺は元よりひどい状態になっていた。
常にセレーナの姿を探し、部屋の中を、檻に入れられた猛獣のようにうろつく。
本棚の本を全てぶちまけて、机を裏返し、セレーナの姿を捜し求め続けた。

実際にセレーナの姿が見えることもあった。
俺はその瞬間、やっと帰ってきてくれたのだ、と涙を流していた。
しかし、いざ駆け寄ってみると、セレーナの姿は霧散してしまう。
耐え難い空しさと孤独が俺の心臓を握りつぶしていた。
俺は部屋の隅に蹲って、セレーナを思って泣き喚いた。
なにか、わけの分からないことを叫んでいたような気がする。
俺は完全におかしくなっていた。

それからまた、時間が流れた。
正確な日時は分からないが、セレーナが最後に訪れてから、一週間目の朝ぐらいだろう。
俺は昨日の晩から、ずっと柱に繋がった鎖を引っ張っぱっていた。
どうにか千切れないものかと、同じ場所をずっと引き続けた。
すでに両掌の皮膚が裂け、常に血が流れている。
しかし、痛くはなかった。
俺はただ、この足かせを外して、部屋の外へ飛び出したかった。
脱出するためではない。セレーナを探しに行くためだ。
一秒でも、一瞬でも早くセレーナの顔が見たかった。
そうしないと本当に発狂してしまうと思い込んでいた。
俺の正気は、今や嵐に飲まれる小船同然にちっぽけな存在だった。
鎖は頑丈だった。傷一つ付いていないのではないかと思われた。

鎖を握りながら、俺は泣いていた。

本当に狂ってしまうのがおそろしかった。
五分後に正気を保っていられる自信がなかった。
他人から与えられる暴力より、自己が消えうせてしまうことが何より怖かった。

――セレーナ。セレーナ。セレーナ。卒業おめでとう。卒業おめでとう。卒業おめでとう。セレーナ。セレーナ。セレーナ。セレーナ

俺は心の中でそう繰り返し続けた。
一心に、この鎖が早く千切れてくれることを祈り続ける。
掌がまた血を噴く。鎖を持つ手がすべる。
邪魔だ。なんで血なんかが出るんだ。邪魔をしないでくれ。俺はセレーナに会いに行くんだ。
鎖を繋ぐ大きな柱が、悪魔のように思えた。聳え立つ柱が俺を押し殺す。
俺という人間を粉微塵にする。俺は砕けて、四散する。
セレーナは俺の欠片を集めて、大事にあつかうだろう。
そこに俺はいないのに。



唐突に、扉が開く音が耳に飛び込んだ。

――セレーナだろうか?
待っていろ、セレーナ。今この鎖をひきちぎる。
そうしたらお前を探し出して、連れ戻すから。
一緒にここに戻ろう。この世界にはお前がいないと駄目なんだ、お前が――

「リカルドさん」

懐かしい声が聞えた。鎖を握ったまま、ゆっくり振り返る。







扉の前に立っていたのは、アルベールだった。




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