監禁11


11




アルベールの金髪が、昼の日差しに輝いている。
実に一週間ぶりに、地下室に眩い日差しが注ぎ込み、眼球が痛む。
だが、気にはならなかった。
それ以上に俺は驚愕していた。

なぜアルベールが。セレーナは?
アルベールが短い階段を降り、まだ鎖に手をかけたままの俺のそばに片ひざを付く。
何度か俺の名を呼んでいたようだったが、分からない。
あまりに突然な出来事に、俺の思考は完全に停止していた。
アルベールは懐から小さな鍵を取り出し、あっさり俺の足かせを外した。

「今すぐ逃げてください」
 
――逃げる?なぜ?セレーナがいないんだ。あいつはどこにいるんだ
 
そういいたかったが、俺の口は動かなかった。
数ヶ月ぶりに目にした、セレーナ以外の人間の姿に、頭が麻痺していた。
いや、正常が戻ってきたのかもしれない。徐々に思考のもやが晴れてゆく。
俺はわけが分からず、アルベールを見詰めていた。
アルベールは阿呆のように口を開いたままの俺の顔を見詰め返した。
苦々しい目をしている。なかなか反応を返さない俺に苛立っているようにも見えた。

「あなたを殺しに来る人がいる」

アルベールが告げた瞬間、激しく扉を叩く音が聞えた。
はっとアルベールが振り返る。端正な顔に緊張が走った。
複数の人間が、扉の外でわめいている。

「説明をしている時間はありません。死にたくないのなら、早く逃げてください」

アルベールは性急に告げると、俺の脇を抱えて起き上がらせた。
俺はよろめき、アルベールが手を離すと同時に壁にもたれた。
そのままずるずると座り込んでしまいそうになるのを、すんでのところで耐える。
足枷のない左足は、軽かった。

「セレーナは」

俺はやっと、言葉を搾り出せた。
階段に足をかけたアルベールが振り返る。
すっとその顔に、えもいわれぬ沈痛が走った。
アルベールは眼鏡のつるを押さえ、顔を隠した。

「彼女はいません。早く行ってください。足止めするが、長くは持たない」

アルベールはそれだけ言うと、早足で階段をのぼり、地下室から去った。
俺は再び取り残された。
遠くで、アルベールが男と言い争う声が聞える。
俺は困惑していた。

俺を殺しに来るやつだと?セレーナか?
俺のざまを見て、とうとう殺してしまおうと決めたのか?
いや、違う。
なぜだかわからないが、大勢の人間が俺を殺しにやってきていた。
わけがわからない。
セレーナは、アルベールは、何をしているんだ?何を考えている?
なぜ俺には何も教えてくれないんだ。
いきなり監禁して、いきなりいなくなって、いきなり足かせを外して、
俺に一体どうしろと言うのだ。

いよいよ家の外で押し問答をする声が大きくなった。
扉をぶち破って踏み込んでくるのも時間の問題だろう。
迷いながらも、俺は心を決めていた。
俺は壁から離れ、ベッドの下で身を縮みこませている”ルカ”を拾い上げると、
懐に押し込んだ。両足をつっぱねて暴れる”ルカ”を、軽く叩いてだまらせる。
同時に、けたたましい物音が壁をふるわせた。
扉が突破されたのだろう。玄関に大勢の足音が踏み込んでくる。
アルベールが怒鳴る声が聞える。聞いた事の無い剣幕だった。


俺は階段を駆け上がり、地下室から飛び出した。
数ヶ月ぶりに、足裏が固い床とベッド以外の感触を感じる。
柔らかそうな絨毯が敷かれた廊下は、広々と伸びていた。
等間隔で並んだ窓の外には雪が積もり、目に痛いほど白い。
久しぶりに見た外の世界は、美しかった。俺は状況もわきまえず泣きそうになった。
しかし、きらきらと陽を反射する雪景色の端に、数人の人影が見える。
武装している。それぞれに槍や剣を持ち、戦に赴く兵士のように鎧を着込んでいた。

俺は銃弾を避けるように身を低くして、玄関とは逆の方向へ歩き出した。
体が重く、足がもつれる。心臓の鼓動がうるさかった。
こううるさくては、窓の外の敵に聞えてしまうのではないか。
俺はいままでなら10秒で進めた距離を、数倍の時間をかけて這いずった。
突き当たりの窓が見えた瞬間、あっと見知らぬ男の声が背後に聞えた。
鎧のこすれる音がし、大声で仲間を呼んでいる。
すぐに廊下に足音が大挙する。

俺は覚悟を決めた。胸の中の”ルカ”を両腕でかばうと、
全身の力を振り絞り、肩から窓に飛び込む。
体全体に衝撃が走り、俺は雪の上に落ちた。
顔のそばで、ガラスと窓枠が粉々に砕け散っている。
男たちが口々になにかを叫ぶ声が聞えた。
俺ははだしのまま、雪の上を駆け出した。
遅い。足を撃たれた新兵でさえ、俺より早く走れるだろう。

十数メートルも走らぬうちに、俺の目の前に武装した男が立ちはだかる。
槍を俺の腹の中央に突き刺そうと、腕を引いた。
俺は男が腕を伸ばす前に、鎧の首を掴み、足を払って投げ飛ばした。
雪の上にたたきつけられ、重い鎧のせいで起き上がれずにいる男をまたぎ、
俺は一目散に逃げ出した。





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