監禁14

14



僕は兵士に権力でおどしをかけて別荘の中から退去させた後、
玄関の鍵も閉めずに一目散に飛び出した。
別荘の周囲には常に雪がつもっている。
だから、足跡で痕跡を見つけられるものと思ったが、あまかった。
雪の上は多数の足跡で蹴り散らかされて、裸足の足跡を見つけることはできなかった。
僕は別荘の外に控えさせていた馬にまたがり、徒歩で行ける距離をくまなく探し回った。

僕が墓地に辿りついたときには深夜になっていた。
墓地へ入る門の前に、比較的新しい足跡を見つけて、僕は馬を降り、墓地へ入った。
錆びた門をくぐった瞬間、なまぐさいにおいが鼻をついた。
心臓がきしむ。僕は嗅覚を頼りに歩いた。
次第に血のにおいが濃くなってくる。
さびしく数枚だけ葉をつけた木のわきを抜けたとき、
僕は二人の姿を見つけた。

――あぁ

指先から力が抜けるのを感じた。
絶望しながら、あぁ、そうなってしまったのか、と思った。
雪が、真っ赤に、まるく染まっていた。
その中央で、僕の愛しい女が薄着の男を抱いていた。
たちならぶ墓石の間で、一つの彫像のように凍りつき、動かない男の体を守っていた。
僕は雪の上に座り込んだ彼女のそばにまで歩み寄り、彼女を見下ろした。
男の髪の毛の中に鼻先を埋めている彼女の顔はうかがえない。
しかし、彼女の服の間から、動くものが見えた。
小さな猫だった。確か、彼女がテノス首都の街角で見つけてきたものだった。
なぜここにいるのだろう。よりによってこんな場所に。

「アルベールさん?」

彼女の懐の猫に一瞬気をとられた僕の名を、彼女が呼んだ。
はっと視線を上げる。あいかわらず彼女の顔は見えない。
いつも通りの声だった。

「なぜ」

僕は言った。自分でも、疲れきった声だと思った。

「私が言うべきことかしら」

どこか、投げやりな響きだった。
彼女は言っているのだ。”言わなくても分かるでしょう”
”分かっているのでしょう、あなたは”と。

「……命まで奪うとは、聞いていない」

無駄だと分かっていても、僕は抗議した。声が震えていた。
流石に顔見知りが目の前で死んでいて、完全に冷静ではいられない。
僕に頼みごとをしてきた彼の顔を思い出していた。
いつも仏頂面ですかした風な、一種の誇り高さまで持っている彼が、この僕に頭まで下げていた。
だが、彼の瞳は力強かった。彼はグリゴリたちをどうにか救おうと必死だった。
意志が強く、不器用だがやさしい男だった。
手が震える。

――こんなことなら、僕はこの監禁に加担しなかった

今更な言い分だった。
僕が見ぬふりをしている間に、事態は最悪の方角へ転がっていた。
彼を殺したのは彼女だけではない。
僕と彼女と二人で握ったナイフが、彼の心臓をさしつらぬいた。

「最初から、そのつもりだったのか」

「さあ、どうかしらね」

彼女が顎を上げ、僕を見る。その目は、瞼を開いてはいたが、固く閉じていた。
心をふさいで、彼女は自分の秘密を、自分の中だけにしまっておくつもりだ。
雪の上に転がった男の手が白い。
その手首には、無数の鞭傷がきざまれていた。
僕は震える指で眼鏡をおさえ、目を伏せた。

「……彼らはどうした?」

「追い返しました」

「素直に帰るとは思えない。どうやったんだ」

「なにも。ただ、あなたたちの用件は済んだから、お帰りになったら、と言っただけ。
多少あなたの名前もお借りましたけれど」

僕は目を開き、彼女の顔を再びみつめた。
寂しげな微笑が浮かんでいた。
冷えて真っ赤になった指先が、雪の上に散らばった男の髪をすくいあげる。
波打つ黒髪は、命をうしなっていた。
力なく彼女の手の上を滑り、するりと雪の上に落ちた。

「だってもう、理由がないでしょう?」





僕は彼女を愛している。
僕は、残酷で、やさしい彼女の全てを愛していた。
彼女に罪があるというのなら、僕を打って欲しい。
彼女を罰するべき槌で、僕を叩き潰して欲しい。
僕は彼女を許すことしかできない。
彼女の凶行を看過することしかできなかった。

罰せられるべきは、彼女ではなく僕だ。
なぜなら、彼女もまた、僕を愛しているのだから。



僕はめまいを感じ、小さくかぶりを切った。

「…もう、帰ろう。馬を待たせてある。……彼は…運ぶのかい」

えぇ、と彼女は短く答えた。
あれだけ大事そうに抱えていた彼の体をあっけなく離して、立ち上がる。
僕は彼女に言われる前に、彼の体の下に腕を入れ、抱えあげた。
僕よりずっと体格に優れているはずの彼の体は、軽く、つめたかった。




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