監禁15

15




「数ヶ月分の食料が運び込まれるが、出来る限りそのことは漏らすな。
パニックになる恐れがある。分配担当のものを決め、貧しいものから分け与えるように。
――そうだな、女子供でいい。場所は中央広場。
トラブルに備え余剰分は備蓄すること」

「何ヶ月分ぐらいですか?」

「約二ヶ月。それから、港を増設するための工匠が派遣される。十代から三十代の男を集めろ。
十人単位のチームを組み、これにあたってくれ。グリゴリたちを統率する指揮はサンデルに執らせる、
と書いてくれ。それと、くれぐれも彼らといさかいのないように、とな」

俺はセレーナに事細かな文言を告げながら、分厚い掛け布団の上に腕を置いた。
セレーナがペンを走らせる。
ベッドのそばの机で、彼女が俺の代わりに手紙を書いていた。
俺が監禁されてから、八ヶ月の時が流れていた。





セレーナに刺されて意識を失った後、俺はベッドの上で目を覚ました。
棺ではなかった。別荘でもなく、テノス都市部にあるアルベールの本邸の寝室だった。
俺が今寝ている部屋は、俺が薬を盛られて眠らされた客間のすぐ向かいに位置していた。
俺は意識を取り戻した瞬間、布団を跳ね上げて飛び起きた。
横で寝そべっていた”ルカ”が迷惑そうにベッドから降りる。
自分の手を見る。絵本で見るミイラ男のように、ぐるぐると包帯が巻かれていた。
ゆっくり指を一本ずつ折り込んでみる。
爪の先に痛みがあった。

俺は生きていた。
なぜだ?俺は死んだのでは?
あの雪の墓地で、セレーナに刺され、致死量の血を流したはずだ。

ぼんやりとしている俺の耳に、かすかな水音が聞こえてきた。
セレーナが扉を抜けて、水桶を抱えながら入ってくる。
目覚めた俺を見てセレーナは、俺の脇を通り抜けて桶を部屋の隅に置き、

「おはようございます。よくお眠りでしたね」

と、こともなく言った。
俺は額に手をあて、三日ぶりに目覚めた頭をゆすった。



セレーナに刺された傷は跡形もなく癒えていた。
神の手によるものとしか思えなかった。
俺はこの奇跡の内訳をセレーナに尋ねた。

「エリクシール」

セレーナはしれっと答えた。

「覚えていませんか?旅が終わったとき、余ったアイテムを全員で分けあったでしょう。
リカルドさんがくじ引きを作って、皆で騒ぎながら名前を書き込んだ。
一つだけあるエリクシールを、私は引き当てました。
今だから言うけれど、実は私、あのときどれがエリクシールに当たるのかこっそりのぞいてたんですよ。
あなたは全然気が付いていなかったけれど」

くすくすとセレーナが、口元を押さえてやわらかく笑った。
何も言い返せなかった。





「教会にとって、あなたは邪魔だったんです」

セレーナが、俺の額からぬるくなった布を取り替えながら言った。
すぐに冷えた布が俺の額に戻る。
俺は高熱を出していた。
氷点下の雪道を、薄着で走り回ったのがこたえたらしい。

教会のお偉方は、グリゴリたちをおそれていた。
彼らはグリゴリが神の血を直接引いていることを知っていた。
ただでさえ”無恵”のせいで教会の地位が失墜しているのに、
グリゴリたちが野に放たれれば、新興宗教でも立ち上がりかねんと思ったのだろう。
彼らが、グリゴリを統率している俺を疎ましく思うのは当然だった。
秘密裏に俺を暗殺しようとしていたらしい。
セレーナは旅の仲間の危機を察知し、俺を安全な場所へかこった。
結局はその場所――アルベールの別荘――も露見してしまったのだが。

――しかし

「あんな数の追っ手を差し向けられるほど、俺は立派な人物だったのか?」

まるで公爵でも暗殺しに来たというような人手だった。
教会の権力は、今やもう高くはない。
いくらグリゴリを率いているとしても、たかが傭兵あがりの俺ごときに、
あれだけの兵力を裂くのは不自然だ。
セレーナはくすりと笑った。

「そう、そこ。それが私のミス、過失です。私があなたを隠してしまったものだから、
彼らはムキになってしまった。最後の一週間、ナーオスに赴いたとき、私は尾行されていたみたい。
まさかそこまでするとは思っていなかったから、対応が遅れてしまったんです」

なんだそれは。子供の喧嘩か。
俺はベッドに沈み込みながら、深く息を吐いた。

「あ、でも本当はもっと色々な事情があるんですよ?
アルベールさんが教会におどしをかけたり、私が直接交渉したり……、
詳しく聞きたいですか?」

俺は、熱のこもった息混じりに、いや、いい、と答えた。
どうせもう終わったことだ。今更聞いてもしようがない。
それに、セレーナが俺を監禁した理由が分かった。
あの監禁は、俺のためだった。もともと俺を守るためのものだったのだ。
だが、彼女が俺を痛めつけた理由はまだ聞いていない。
しかし、俺はたずねなかった。
セレーナもそのことについては何も言わなかった。

俺はもう、大体わかっていた。
あの薄暗い墓地で、俺は彼女の行動のその所以が、わかってしまった。

「あなたを刺したのは」

セレーナがベッドに肘を付いて、羽布団で隠れた俺の腹のあたりを指差した。

「追っ手をあざむく必要があったからです。
これはちょっとした賭けでした。私はあなたを生き死にの狭間に追い込む必然があった。
浅く刺したのでは説得力がありません。でも、追っ手を退かせるのは時間がかかりました。
私は彼らを追い返してから、あなたにエリクシールを飲ませた。
そのときにあなたが死んでいたら、今この屋敷には、あなたの棺があったでしょう」

セレーナは、どこか挑戦的に俺を見た。
何か、言い返す言葉を期待する目だ。
俺はフン、と鼻を鳴らし、

「元死神があっさり死んでも、つまらんからな」

と、うそぶいておいた。





俺が伏せている間、アルベールが訪れた。
彼は驚くことに、グリゴリたちへの支援を実施する旨を告げた。
しばらく詳細について話し合った後、俺はさりげなく、
なぜこの監禁に手を貸したのかたずねた。とめなかったのか、とも。
別に責める意味で言ったつもりではなかったが、アルベールは弱弱しく笑って眉を下げた。

「最初はとめましたよ。でも、彼女の意志はかたかった。
それに僕は初め、あなたを助けるために力を貸してくれ、とだけ言われていましたしね」

アルベールは白い指先を組み、その上に顎を乗せた。

「彼女があなたをいたぶっている、と気付いたのはしばらく後です。
彼女が自分から打ち明けました。僕はそのときにも止めた。
しかし、やはり彼女は耳を貸さない。その予感はしてました。彼女はそういう人ですから。
なら、加担しようと思った。そのために僕がすることは少なかった。
ただ別荘で行われていることを、見ないふりしているだけでよかった」

上品な手の先が、とん、とん、と拍子をきざんだ。

「そしてあの朝、アンジュから緊急の連絡を受けたのです。
僕は動いた。別荘に駆けつけ、あなたを逃した。
あなたが血まみれで倒れているのを見たときには、心臓が凍りましたよ。
僕のせいで人が死ぬのは流石に気持ちよくありません。
その後あなたを抱え上げた折に脈に気が付かなければ、いち早く棺おけに放り込んでいたでしょうね」

そう言って、アルベールは皮肉っぽく唇の端をゆがめた。
その笑みに偽悪的なものを感じたが、俺は指摘しなかった。
俺が、嫉妬しなかったのか、と聞くと、アルベールは、
いいえ、と答えて、気を悪くした風もなく笑った。

「負け惜しみではありませんよ。僕がそういう性格ではないのはご承知でしょう?
僕は彼女を愛しているんです。だから、彼女の全てを許してしまった。
彼女が僕を許したように、僕も彼女を許してしまう。
……僕にとっては許すことが愛なのかもしれない」


アルベールのいうことは大体分かる。
しかし、それでは俺に、追っ手の正体を教えなかったことの理由にはならない。
おかげで俺は、どこの何者が俺を殺しに来るのかと戦々恐々していたのだ。
それをたずねると、アルベールは曖昧に笑って、うっかりしてただけです、とごまかした。

「あなたなら、僕の心情もお分かりになるでしょう」

アルベールはそれだけ言うと、グリゴリへの支援の話へ話題を切り替えた。



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