監禁3




鉄の棒を手の中でもてあそびながら、セレーナが俺の髪を撫でる。
俺は椅子から飛びのくようにして立ち上がり、にじりさがった。
思考が真っ白になっていた。初めて火を見た動物のように、何も考えられない。
鞭のほうがまだましだ。
俺は目の前の光景が信じられず、呆然としていた。
だからだろう、セレーナが鎖に足をひっかけ、さりげなく引いたとき、
咄嗟に反応できなかった。
俺が足をもつれさせた瞬間、セレーナが挺身し、素早く当身を食らわせる。
俺は間抜けにも受身も取れずに転倒し、肩を打った。
すかさずセレーナが俺の背に乗り上げ、後ろ手に枷をかませる。
カッと頭に血がのぼった。

「セレーナ!」

俺は腹の底から声を絞って怒鳴りつけた。
焼きごて?ふざけるな。冗談じゃない。
俺は首を捻り、怒りをこめて俺に馬乗りになった女をにらみつけた。
恐怖より怒りのほうが勝っていた。いくらなんでもやりすぎだ。
肩の痛みすら遠い。俺の中で、理不尽な暴力に対する怒りが爆発していた。

「やっと怒りましたね。もっと怒ったらどうです?私、リカルドさんに怒られるの、好きよ。
黙って鞭打たれるより、ずっとあなたらしいわ」

俺の視線に全く動じた素振りも見せず、セレーナは飄々としていた。
慣れた手つきで足かせの余った鎖を柱に巻きつける。俺が起き上がれぬようにするためだろう。
セレーナの重みが俺の背から失せる。暖炉のほうへ向かう靴が見えた。

――クソッ

無駄だと分かっていても、俺は枷を外そうと両手をつっぱね、全身を跳ねさせた。
肩の関節が外れかねないほど力をこめても、頑丈な手枷はぴくりともしない。
すぐにセレーナの靴音が戻って来た。早い。もう少し時間をかけろ。冗談じゃない。なぜ俺が――
視界に靴先がのぞく。俺は反射的に顔を持ち上げた。
その手には、先端を真っ赤に燃え上がらせた焼きごてが握られていた。

「セレーナ…」

血の気が引く。
セレーナは、笑っていなかった。服を焦がさないように気をつけながら、
慎重に鉄の棒をあつかって俺の背に乗り上げる。
柔らかな指が、俺のうなじに垂れ下がった髪を避ける。

「セレーナ、よせ!…セレーナ!」

俺は何度もセレーナの名を叫んだ。叫びすぎて喉がかれそうだった。
だが、構ってはいられない。俺はセレーナの名をわめき続けた。
しかし、セレーナは答えない。黙々と、髪の間を縫って、うなじの皮膚を指先でまさぐっている。
どこが一番痛みを感じる場所か、事務的に探っている。
寒気がした。

「……っ!セレーナ!」

高熱の固まりが近づき、俺は息を飲んだ。
熱をひりひりと感じる。皮膚が熱を嫌がる。
嘘だろう、と俺は思った。
次の瞬間、じゅ、と焦げた音が耳のそばで響いた。

――――ッ!

首筋に激痛が走った。いや、激痛などというものではない。
視界が一瞬にして赤くなり、皮膚が溶け、筋肉が裂かれた。
あまりの痛みに吐き気がし、体が無意識に痙攣する。
俺は声の限り叫んでいた。後ろ手に縛られた手を、爪が食いこむほど握りこめる。
ぶわ、と脂汗が全身を濡らした。

――本当に、やったのか

痛みと同じくらい、驚愕が身を焼いていた。
俺は心のどこかで、まさかそこまではしないだろう、と半ば信じていた。
共に戦った仲間だ。何度も命を助けられ、助けた。
しかし、甘かった。セレーナは俺が思っているよりずっと無慈悲だった。
灼熱の鉄で、あっさり俺の皮膚を焼いた。

失せかけた俺の意識を引き戻したのは、俺の顎を持ち上げるセレーナの手の感触だった。
あたたかい手が、今や蒼白だろう俺の頬をまさぐる。
その手は濡れていた。いや、違う。濡れているのは俺の顔だ。
無意識に俺は泣いていた。
皮膚と油が焦げるいやなにおいが漂う中、セレーナの親指が俺の頬を拭う。

「きれい」

息混じりにセレーナがつぶやく。
婀娜な微笑みだったが、俺はぞっとした。

「……ぜ」

「はい?」

かすれた声しか出ない俺を馬鹿にするような顔色で、セレーナが肩をすくめる。

「なぜ……こんなことをする……。なぜ、俺をさらった。
なぜ、俺に、こんな…こんな……」

「にぶいんですね」

セレーナは呆れたように息を付いた。

「私はあなたの泣き顔が好きなんです。だって、滅多に見られないもの。
誰も見たことがない。そうでしょう?私、そんなにわかりにくいことしてるかなぁ」

セレーナは、うーん、とうなって頬に指を添えた。
細い指だ。あの指が、俺を苦しめている。
俺はつばを飲み込もうとした。しかし、口の中がからからに枯れている。
息をするのも苦しい。

「私にとって、あなたの笑い顔も泣き顔も同じなの。どちらも好き。見ていたい。
でも、リカルドさんが笑いかけてくれるのは私だけじゃない。
……あなたは平等な人だから」

セレーナが、考え考えといったように口にする。指先でくるくると宙を回していた。
俺が平等?意味がわからない。

「けど、リカルドさんの泣き顔は私だけの宝物なの。
焼きごてはいいわ。鞭よりずっといい顔をしてくれるもの。
もっと早く使っておけばよかった」

セレーナがうっとりと笑う。

「おしゃべりは終わり。さ、今度はあなたが喋って。
セレーナ、セレーナって呼んでください。さっきみたいに」

セレーナが焼け爛れた傷に唇を寄せた。
怖気が走ったが、俺はぴくりとも動けなかった。




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