後例 4
後例 4




 男にもらったウィスキーを、オレはソファでだらだらと飲んだ。飲んだら少し寝て、また飲んで、また少し寝た。
 目が覚めるたび窓の外の色は変化していた。真っ暗から灰色、少し白い、今はけっこう陽が昇ってきたらしく、雲が流れているのが見える。時間は刻々と流れているんだなと感じる。オレが死ぬまでの残り時間は確実に減り続ける。
 
 だからといって、特別な感傷はわかなかった。
 サニア州のとなり、ここよりはもう少しばかり発展している州の街にある我が家。二階建ての、割合こぢんまりとした、父親と母親とオレが暮らしている家で見る空と、人を何人かぶっ殺した後に謎の豪邸で見る空とは、まったく変わり映えしない、同じものだった。

 オレはまたちょっと眠り、目を開けたら朝といってもさしつかえないほど窓の外が明るかったので、朝飯を作ることにした。他にやることないし。男の作る飯は微妙だし。朝からステーキ出されても嫌だし。

 オレは通算三回目となる階段を降りた。ステップを付けて降りてみる。半端な螺旋階段は目が回った。

 男は起きていた。寝ていないのかもしれないが。同じ姿勢で向けられた背中は、窓から眺める空よりもっと変わり映えがしないもののような気がした。

 オレは男に飯を作っていいか聞いた。
 別に、朝飯を作ろうとしただけで射殺されると思ったわけではない。ただ、前触れなくキッチンに立ったら、足ぐらい撃ち抜かれそうだと思った。

 死ぬのはいいけど、足を撃たれたら痛くて困るだろうなと思ったから聞いた。
 男は十秒ぐらいオレの顔をじっと見て、好きにしろとでも言いたげに顎をキッチンにしゃくった。

「アンタも食う?」

 オレが聞くと、男は、うむ、とも、ぐぅ、とも取れる声を出した。どっちなんだろう。
 しょうがないので二人分作ることにした。余ったら捨てればいいし。

 オレは銀色の冷蔵庫を開けて、中身を確認した。ボトルに満タン近く入ったオレンジジュースが二本。ミネラルウォーターのボトルが一本。こっちは半分減っている。たぶん、男が飲んだんだろうと思った。やつが霜でも食って生きてるんじゃない限り。
 あとは、新鮮そうな肉や野菜がひととおり、きちんと並んで詰まっていた。魚はなかった。外国の文字がかかれた筒は、たぶんどっかの国の香辛料かなにかで、冷蔵が必要なので入ってるんだろう。使い方が分からないので、オレはそれには手を出さないでおいた。卵とレタスとトマトとセロリを取り、左右どっちからでも開く冷蔵庫のドアが面白かったので、5,6回ほどパカパカ開閉してから料理にとりかかった。

 冷蔵庫と同じ色のシステムキッチンの、何個もある棚をあけて、調理道具をそろえてゆく。卵を溶くためのボウル、まな板、フライパン。どれも銀色か白色で、傷ひとつなかった。途中で食パンを見つけたので、ついでに食うことにした。
 全部の棚を開け終えて、包丁がないことに気付いた。
 オレはもう一度、ひととおりの棚をあけて確認した。やっぱりない。これではトマトとセロリが切れない。

 おかしいなと思ってよくキッチンの上を探してみると、斜めに傾斜した箱のようなものを見つけた。手に取ってみる。長細い穴があいている。何も刺さってない、ナイフスタンドだ。
 
「包丁が見当たらナイんデスけど」 

 オレは窓の外を眺めている男の背中に話しかけた。

「包丁はない」

 やっぱり五秒以上会話は続かなかった。
 ないと言われても困る。どこにあるのか知りたいのだが。ないと言うんだからないんだろうけど。オレは昨日、男が人殺し用に最適そうなナイフで料理していた理由がわかった。包丁は男がどこかに処分したのだ。たぶん、オレが凶器にしないように。

 しかし、どうしたものか。トマトとセロリは丸かじりにするしかないんだろうか。それとも、レタスをちぎっただけのサラダにしようか、味気ないな、などと考えていると、男が立ち上がってこっちに来た。腰にブッ刺した無骨なナイフをホルダーから抜きながら。

 男は無言で、ナイフを差し出している。至近距離だ。もちろん、ナイフの射程範囲でもある。ナイフを受け取る。ずしりと重い。重いだけに威力もありそうだったが、野菜相手に威力を考えても意味がない。
 この男はオレがナイフを手に襲いかかってきたらどうするつもりなんだろう。わざわざ包丁まで処分しておいて。
 だが、オレは男ではなく、トマトのほうにナイフを向けた。
 

 オレは慣れないナイフで適当に野菜を切って、適当にスクランブルエッグを作った。最初に作った方ほうが見事に失敗して焦げた。オレは食物を皿に盛り、失敗したほうのスクランブルエッグを男の前に置いたが、男からのコメントはなかった。次は、男から借りたナイフを皿にのせてだしてみた。やっぱり反応がなかった。つくづくつまんねぇやつだと思った。

 オレがオレンジジュースのボトルを手にテーブルにつくと、男も食事をはじめた。律儀に待っていたのだと思うと、笑いたいような気持ち悪いような気分になったから、オレはトーストしていない食パンを口につめこんだ。
 
 男はもくもくと目の前の食物を摂取した。うまいともまずいとも言わなかった。
 結局、食事中、男とオレは一言も口をきかなかった。




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