ルカの大冒険10

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僕はジャングルの中を移動していた。
リカルドも一緒だ。
彼が先頭に立ち、慣れた手際でナイフをふるい、邪魔な蔦を切り裂き、道を作ってゆく。
とりあえず、僕らは浜辺に向かっていた。
ジャングルの中を無茶苦茶に駆け抜けたせいで、現在位置が分からなくなっていたからだ。
僕は、海へ出れば大体自分がどの位置にいるのか分かるようになっていた。


僕はロープで引き上げた後、傷の応急手当をしてもらいながら、簡単に事情を説明した。
スパーダとの旅。その途中嵐に会ったこと。無人島に漂流したこと。
でも、本当は無人島じゃなくて、そこに暮らす人々がいたこと。その集落で世話になっていること。
そして、今までの思いのたけを、全部、彼に話した。


彼は僕の話をときに黙り、ときに簡単な質問をしながら聞いてくれた。
僕がひとしきり話し終えると、彼は頷き、今度は自分が現れたわけを話し始めた。

いわく、僕が行方不明になった数日後に、スパーダがグリゴリの里に来たらしい。
僕とスパーダが乗っていた客船からも捜索隊が出たが、
すぐに、僕は死んだとされ、捜索は打ち切られたらしい。
激しい嵐に着の身着の落とされたのだ。妥当な判断だと思われた。
スパーダはすぐに彼に事情を説明し、船を借りて僕を捜索してくれていた。
あいにく一隻しか空いている船がなかったので、彼とスパーダは交代で僕を探した。
今いるような島にいくつも立ち寄り、僕が流れ着いていないか丁寧に調べ、
この一月を、ずっとそうやって過ごしていた。
もう死んだのではないかと頭に過ぎったが、捜索を打ち切らなくてよかった、
と、彼は言った。
素っ気無い言い方だったが、最後に少しだけ、声が震えていた。
僕はそれだけで、彼が心の底から安堵していることを知った。


僕は恥ずかしくなった。
彼はどれだけ心配したのだろう。
何の収穫も得られずに里に帰るたび、新しい地で僕の姿がないと知るなり、
何度も絶望し、何度も諦めかけただろう。
その苦労を思うと、僕は、身を切るような自己嫌悪に駆られた。
彼らが僕を探している間、僕はのんきに昼寝をしていたのだ。
今すぐグリゴリの里に駆けつけて、スパーダに顔を見せたかった。
一瞬でも早く安心させて、心配させるな馬鹿野郎、と、懐かしい声で怒って欲しかった。

けれど、やらなくてはならないことがある。


不意に、ジャングルが拓けた。
浜辺には、小型の船が浮かんでいた。
僕はこの島との別れを、強く意識した。





僕とリカルドは集落に来ていた。
ずいぶん遠いところまで来てしまったらしく、たどり着いたころには夕方になっていた。
そして今、彼は、不機嫌そうな顔で、ザザの家の毛皮の上に、あぐらをかいて座っていた。
ほかほかと体中から湯気を出し、彼は毛皮の腰巻を着ていた。
いらいらとした素振りでむき出しの膝を叩いて、静かに怒っている。恥じ入っているようにも見えた。

「ねぇリカルド…機嫌直してよ。あれがこの村流の歓迎なんだって」

「お前の声を聞きたくない。黙れ」

彼はそういうと、僕をじろりとにらみつけた。
額に皺が寄せ、本気で怒っている。僕は思わず、隠れて笑ってしまった。


僕はリカルドを集落に招待する前に、彼のコートと銃と薬莢を渡してくれるように言った。
彼は怪訝な表情で事情をたずねたが、僕は、村人が警戒するから、としか言わなかった。
彼は渋々ながらもコートと銃、薬莢に、ポーチの中に入れた火薬等を渡してくれた。
そうして、僕は笑いをこらえながら集落の、あのヘンなトーテムポールの門をくぐった。

彼の足先が村の中に入った瞬間、石槍を持った男たちが、彼を取り囲んだ。
口々に、「キョウ、ハ、ゴチソウジャ!」と言いながら、彼を取り押さえようと腕を伸ばす。
彼は驚いたように僕を見返ったが、僕は、「キョウ、ハ、ゴチソウジャ」と、笑顔で返しておいた。
色白の顔が、さっと蒼ざめるのを見た瞬間、
彼はいつか僕がされたように、ロープでぐるぐる巻きにされていた。
そして、着衣のまま鍋に放り入れられる。
もっともそれは特大の風呂なんだけど、彼はそんなことを知るはずもない。
絶句して、釜の蓋の穴から、色が悪くなった顔を出している。
僕は悪いとは思ったけど、腹を抱えて笑った。
もしかして、この集落の人たちは、誤解を招くと分かっていて、こんな儀式をしているんじゃあないか、
とも思った。それぐらいに、このドッキリは悪趣味で、面白かった。

長老の宣誓が済んで、音楽が鳴り始める。
あの祭りのような喧騒を、今度は僕は、風呂の中ではなく外で味わった。
僕は長老と手を組んで、リカルドを茹でる釜のまわりで踊った。
子供たち、男、女、子供たち、ザザの母親と順番が変わる。
僕は、ひとりひとりと大事に踊った。
最後に、ザザの番になった。僕は彼女の手を握りながら、

「ザザ、あのね、僕、明日…」

と、言った。彼女にどうしても言わなければならないことがあった。
しかしそのとき轟音が響き、僕は言葉の続きを言うことができなかった。
リカルドが風呂のふたを足でぶち破って、外に飛び出していた。
粉々に砕けた木の蓋が散乱し、流石に、楽しげな音楽がやむ。

「ミルダ…」

そして、彼は全身から湯を滴らせながら、僕をにらみつけた。
殺気がこもっていた。今度は僕が蒼ざめた。

(やりすぎた)

さすがにそう思って、僕は彼のロープをほどき、必死に彼に事情を説明した。
これはこの村の儀式で、あの釜は風呂だから、勘違いしないで欲しい、と。
彼はなかなか信じず、僕は必死に説得した。冷や汗が次から次に出てくる。
彼は、今すぐこの場の人間を皆殺しにしかけない殺気をほとばしらせていた。
あとほんの少しの弾みで、僕の首の骨をへし折りそうな気配だ。

そのとき、リカルドの足元に、子供たちが大挙した。
彼の手を取り、わらわらと背中を押しながら、列を作った人の中にくわえる。
その様子を見てか、再び音楽がとどろき、踊りが再開した。
彼はうやむやのうちに踊りの輪に加わらせられ、その場はなんとかおさまった。
僕は深く息を吐き出して、己の命の無事に感謝した。





その後、僕はザザの家に彼を招き、濡れた服を着替えてもらった。
彼はいつもコートを着ているから、腰まわりを覆うだけの姿は、大変珍しい。
そして、最高に似合っていなかった。
僕は思わず笑い転げそうになったけど、今度こそ殺されかねないと思ったので、
必死でこらえた。

「お前が、やりのこしたことがあるから、とわざわざ来てやったんだぞ」

彼は、夕食を食べたころには、だいぶ機嫌を直して、
やっと僕と口を聞いてくれるようになっていた。
リカルドは結構、食べ物につられるところがあるから、と
僕は思ったけど、それは言わずにおいた。

「うん、だから、リカルドを一人で待たせるのも、悪いと思って」

集落までたどり着いて再び船の元に戻るまで、どれぐらい時間がかかるか分からなかった。
夜に船を出すような危険はできないから、出発は明日の朝、と決めたのだ。
彼は、ふん、と鼻を鳴らし、無造作にきゅうりに似た野菜をかじった。

「野宿のほうがよっぽどマシだった」

「それは…そうかもしれないけど」

僕は苦笑いした。
でも、僕はこの村を、どうしても彼に見せてみたかった。
少しだけでも、彼と思い出を共有したかった。
意地悪をしたのは自覚しているけれど…。
彼が考え込んだ僕に、言った。

「まあいい。明日の早朝、立つ。今日のうちに準備をしておけよ」



その日、僕とリカルドとザザと、彼女の母親の四人で食事をした。
最後の食事だ。僕は、大事に大事に、夕食を食べた。






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