ルカの大冒険4






僕は今、集落の中央の広場で大きな鍋の中に入れられていた。
子供用のプールぐらいの大きさはある。
僕は後ろ手にロープで縛られて、お湯の中に浸けられていた。
きっちりとはめられた蓋の中央には穴が開いていて、僕はそこから顔だけを出していた。
どんこどんこと、太鼓を叩きながら、十数人の男女が釜の周囲で踊り狂っていた。
湯がの温度がどんどん高くなってくる。鍋の下で燃え盛る火が、ばちっ、と音を立ててはじけた。
僕は熱さに汗をかきながら、がたがたと震えていた。




スパーダの帽子を追ってこの集落の前に転げ落ちた後、
僕は瞬く間に槍を持った男たちに取り囲まれてしまっていた。
ボディペインティングを施した体格のいい男が僕の肩をつかみ、
その瞬間、彼が首からぶらさげたドクロが目に入り、僕は悲鳴を上げた。
逃げ出そうと暴れたのだけれど、相手は数人だ。
あっというまにロープで縛られる。
ほどいてくれ、僕を食べてもおいしくないよ、と何度も何度も訴えかけたけど、無駄だった。
言葉が通じないのかも、聞く耳をもたないのかはわからない。
彼らはあっさり僕を釜の中に放り入れ、火をくべた。

――まさか、食人族の村があったなんて

てっきりこの島は無人島だと勘違いしていた。
かといって、人を食べるような原住民が暮らしいたとして、まったく嬉しくない。
僕がまごまごしている間にも、お湯は熱くなっていく。
僕をとろとろに溶かしてしまおうと熱をあげている。
僕は蓋の下に埋まった体で、必死に抵抗をしていた。

猛獣に食べられるのもまっぴらだけど、人間に食べられてしまうのなんてもっとごめんだ!

僕はどうにかロープをひきちぎろうと腕に力をこめた。
けれど、ロープの結び目はしっかりとしていて、
さらに、湯に浸かったせいか、がっちりと固くなっていた。
こんなことなら、あの男たちに捕らえられる前に、なんとしても逃げるんだった。
後悔しても、もう遅いって分かってるけど。


歯噛みする僕の鼓膜に、大きな銅鑼の音が響き渡った。
僕はびくっとして顔を上げる。
釜から真っ直ぐに伸びた道の先にある、村で一番大きな家から、
髭を長く伸ばした老人が歩み出ていた。
ねじれた杖を付いて、一人だけ孔雀の羽が付いた帽子をかぶっている。

僕は直感的に、この人は、この村の長老だ、と思った。
……だって、長老といえば髭を生やしているおじいさんでしょ?
とにかく、僕はこの村の最高権力者であろうおじいさんを最後の望みだと考えた。
がたがたと釜の蓋を揺らしながら、長老(仮)に向かって叫ぶ。

「すっ、すっ、すっ、すいません!」

長老(仮)が、小さな目をぎろりと見開いて僕を見る。
褐色の肌の中に浮かび上がった黒豆のような瞳が、
”どれどれ、今日の晩飯はこれかのう”と品定めをしているようにも見えた。

「ぼ、僕、ルカ・ミルダっていいます!あのあのあの、出してくれませんか!
お腹が空いてるなら、その、父さんに頼んで、すぐに食料を持ってきてもらうので!」

僕はカツアゲされたときのような情けないことを言いながら、涙目で訴えた。
でも、こうなったら嘘も方便だ。構ってはいられない。

僕の言葉が通じたのか、長老(仮)は、髭を撫でて、
何事か考えるように口をむにゃむにゃ動かしていた。
僕は、長老(仮)が、僕の話を信じることを神に祈った。
手が自由なら、顔の前で手を組んで、一心に祈りを捧げていただろう。

……いや、手が自由なら今すぐこの鍋から飛び出すんだけどね。比喩だ。

しかし、長老(仮)が答えた言葉は、これ以上なく無慈悲だった。


「キョウ、ハ、ゴチソウジャ!」


長老(仮)は杖を振り上げ、高らかに叫んだ。
それに呼応して、ワーッ、と周りで見守っていた村人たちが、
アイドルを目にしたファンの群れのように両手を振り上げて熱気を上げた。


反面、僕は蒼ざめていた。


――え、え、…ほんとに食べられちゃうの?


ちょっと前なら、悪趣味な想像だって笑っていたところだけれど、
今その状況はのっぴきならない事態として僕の身にふりかかっている。
僕はぐつぐつと煮えられて、彼らの胃に収まる運命にあった。

最悪だ。

骨も残らないだろう。
僕の棺おけはからっぽだ。せめて骨ぐらい入れて欲しかった。
いや、もしかしたら一生行方不明者あつかいで、葬式すら行われないかもしれない。


体の下がすでにぐらぐらと沸騰している気がする。
熱い、暑い、熱い暑い…。



視界がぐるぐると回りだしてきた。
いよいよ首狩り族たちは盛り上がって、僕の釜を前に手を取り合って踊り出した。
男女一組ずつのペアだ。楽しそうに仲睦まじく踊っている。
しゃんしゃんと、涼しげな音が響いていた。鈴だろうか。


朦朧とした中、鍋の前で踊っている、僕とリカルドが見えた。
リカルドが不機嫌そうに僕の手を握って、ヘンなステップを踏んでいる。


あぁ〜もうリカルド…、そんなんじゃ足、踏んじゃうよ…。
あっ…いてっ、踏んだなぁ…。ふふふ…まったく……リカ、ルド……ったら……


僕は半笑いで気絶した。





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