ルカの大冒険5






僕はやわらかい毛皮の上に四肢を伸ばして寝転んでいた。
お湯で濡れた体を自然乾燥させるためだ。
ほかほかになった体を、熱帯のぬるい風が少しずつ乾かして行く。
僕はすっかり泥が取れて綺麗になった髪をつまんで、ふう〜、と息を吐いた。
薄暗い屋根を眺めながら、脱力する。

この集落の家屋は、採光が得るための隙間が少ない。
闇を好む部族なのかもしれないな、と僕は思った。

不意に、入り口から、眩い光を浴びる見慣れた帽子が入ってきた。
僕は目を細めて、その帽子をかぶった主に声をかけた。

「ザザ」

そこには、スパーダの帽子をかぶった少女が、盆を持って佇んでいた。
彼女は厚い唇でにこりとかわいい笑みを浮かべると、僕の元に歩み寄ってかがみこむ。

「ルゥカ、ごはーん」

彼女は舌ったらずに言って、盆を僕のそばに置いた。
ザザが運んできたものは食事だった。
葉っぱのお皿の上に、ハッシュポテトに似たものと、ほうれん草のようなものが乗っている。
木をくりぬいた杯の上には、なみなみと果肉を搾ったジュースが入っていた。
僕は、彼女にありがとう、と告げると、杯を取って、ぐっとジュースを飲み干した。
からからに渇いた体に、甘酸っぱい水が隅々まで染みとおった。





僕は釜の中で意識を失った後、この家で目を覚ました。
僕は目を覚ました途端跳ね起きて、とにかく逃げようと部屋の外に飛び出した。
すぐに、僕がスープにされていたはずの釜が見える。
もう火は消化されていて、あの祭りのような騒がしさもなかった。
僕を見て、家の前で豆の選別をしていた女の人たちが、口々にくすくすと笑った。
男の子も女の子も腰みのだけをつけた子供たちが、珍しそうに僕を見ている。
彼女たちの目は和やかで、殺意の欠片も無かった。

――なんで?なにがおこった?

僕は頭の芯から力が抜けていくのを感じた。
ふらふらと壁によりかかって、ぺたぺたと自分の体をまさぐる。
どこも欠けた部分はなかったけれど、このときはじめて、
僕は自分が全裸だったことに気付いた。
慌てて部屋の中に引き返し、この不可思議によろよろと座り込んだ。
そのとき、不意に扉が開き、ザザが入ってきた。
スパーダの見慣れた帽子が、ちょこんと頭の上に乗っている。
僕は、思わず、自分が裸だということも忘れて、あっと叫んで彼女の頭を指差していた。
ザザは裸の僕をまったく気にした素振りも無く歩み寄って、僕に毛皮の服を差し出して。
そして、にこりと笑って言った。

「キョウ、ハ、ゴチソウジャ」



それは、彼女たちの部族の言葉で、「私たちは友達だ」という意味だった。


僕はまず、なぜ僕をいきなり釜の中に放り込んだのか訪ねた。
言葉は通じなかったけれど、ジェスチャー混じりに必死で説明を求める僕に、
ザザは身振り手振りを返して、一生懸命説明をしてくれた。

この集落では、来訪者は精霊の使いと考えられていて、大事に扱うようにしているらしい。
そして、まず特別な風呂に入れて、体を洗い清める。
つまり、僕がスープの釜だと思っていたものは、特大のお風呂だったようだ。

……なんじゃそら

僕は当然そう思った。そんなことで僕は命の危機を感じて、失神までしたのだ。
再び僕はぐったりとした。
なんでお風呂に入れるためにロープで縛り上げなきゃならないんだよ。
僕はその疑問をたずねた。

ザザは難しそうに眉を寄せて、僕が暴れたから、と答えた。
それから、少し申し訳無さそうに、風呂に入れないと村に入れないから、強引にした、と言った。

僕がそこまで風呂が重要なの?と聞くと首を傾げていたから、理由までは知らないのだろう。
僕は教会の出入り口付近に設置された、手洗い場を思い出していた。
確か参拝をする前にそこで手を洗っていた。俗世の汚れを落とす、とかなんとか。
それに似たようなものだろうか、と僕は推測した。


話が一区切りついたところで、僕のお腹が鳴った。
彼女はくすりと笑うと、食事を持ってくる、とジェスチャーで僕に伝えて、立ち上がった。
どうやら、この音が空腹のサインだというのは、万国共通らしい。
僕は思わず顔を真っ赤にしていた。

そして、僕は九死に一生を得たことを――勘違いだったけどそれは置いといて――感謝した。
ごろりとふかふかの毛皮の上に寝転がって、湯上りの体を伸ばした。





それから三日経ち、僕はザザの家に滞在していた。
この三日間で、集落のひとたちともずいぶんなじんだ気がする。
新しい服はぴたりと僕のサイズに合ったし、元の服よりもここの気候に適していて、快適だった。

なにしろ僕は客人扱いだから、毎日寝ているだけでご飯が出てくるのがありがたかった。
ザザと彼女のお母さんは、仕事の合間を縫って、嫌な顔一つせずに、親切にしてくれる。
僕はもともと肉より野菜のほうが好きな性質だったけれど、
ここに来てから、更に野菜が好きになっていた。
畑で栽培されている芋は甘みがあって美味しかったし、取れたての野菜や味は、
調味料が無くても十分食べられるほど味がよかった。

僕はお腹を満たすとしばらく昼寝をして、ザザが仕事を終えるのを待った。
彼女はこの集落の子供たちの中で一番年上で、
実際の年齢は分からないけれど、僕より2,3歳下ぐらいかな。
この集落では年を数える習慣がないらしい。
そんなところにこの村の自然崇拝がうかがえた。

ともあれ、僕とザザは一番の仲良しになっていた。
一番年が近かったのもあるし、なにより彼女はかしこかった。
僕はヒマつぶしに集落の子供たちに簡単な算数を教えているのだけれど、
彼女はすでに掛け算の術理まで理解していた。
そして、この三日でずいぶん僕の言葉を理解し、実際に話した。
僕はしばしば彼女の吸収の早さに舌を巻いた。
わざと意地悪して、エルが使ってる方言を教えてみたりもした。
彼女は素直にそれを飲み込んで、ヘンな言葉遣いになる。
そのたび、僕は腹を抱えてわらった。
僕はこの異文化交流に夢中になった。




そろそろ日差しがきつくなってきたころ、ザザが帰ってきた。
彼女はどうやら、すでに大人に混じって狩りや畑仕事をしているようだ。
僕がジャングルの中で見かけた帽子も、狩りに赴いたときに、彼女がかぶっていたものらしい。
ザザはスパーダの帽子をいたく気に入っていて、
それは友達のものだから返してくれ、と言っても、大事そうに頭を押さえて、首を縦にふらなかった。

――ごめんね、スパーダ。少しだけ貸しといてあげて

僕は心の中でスパーダに謝りながら、ふと、彼女の腰へ目を留めた。
……べ、別にいやらしい意味じゃないって。
ザザの腰には、大人サイズのドクロがぶらさがっているのだ。
僕は、ふやけた芋の塊を手づかみで食べながら、そのドクロはなに?とたずねた。
彼女は骸骨の顎をひょいと持ち上げて、んー、とうなった。
言葉を探しているのだろう。
よく見ると、ドクロの目のところから、ビーズのように色付きの石が束ねられたものがぶらさがっていて、
ちょっと不気味だったけれど、なんとなく彼女がこのドクロを大事にしているのは分かった。

「それは、誰の?」

僕は質問を変えた。
ザザは再び言葉に迷った後、

「チチ」

と言った。
そのドクロは、彼女のお父さんのものだった。
この村では、親族のドクロを身に付ける習慣があるらしい。

彼女はにこっと笑うと、僕の食事に横から手を伸ばして、
じゃがいもをすくいとった。






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