ルカの大冒険6






ザザたちの集落に来てから、2週間が経過していた。
僕は昼ごはんの、芋をすりつぶしてナンのように焼き上げたものを食べながら、
――ちなみに、香ばしくて、とてもおいしい
ヒモ男が女の帰りを居間に寝転がりながら待つような風情で、ザザを待っていた。

狩りへ行くためだ。
このごろは、僕も狩りに参加させてもらっていた。
槍を持って、ウサギやキツネをしつこく追いまわして仕留める達成感がおもしろかった。
あれほど怖かった大蛇や虎をも狩るときもあった。
男たちは勇ましく猛獣に挑み、僕も槍を片手に虎の鼻先に飛び込んだ。
そして見事仕留めたときには、四角に組んだ木の棒に獣の死体を吊るして、
英雄のように誇らしげに凱旋するのだ。

僕は槍を持つと、おもちゃを手にした子供のようにはしゃいだ。
絵本で見た原始人の姿がそこにあった。
僕はたびたび、いつか戦ったヘンな槍使いの人の真似をして、
槍を振り回し、よろけて倒れた。
そんな僕を見て、ザザや大人たちが笑い声をあげる。
楽しかった。あまりに楽しくて、僕は自分がこの村の一員になった気がしていた。
いや、事実僕はこの集落の一員だった。
言葉は通じないけれど、僕らは行動を共にすることで、
深くコミュニケーションをしていた。
僕は、ここが自分の居る場所だったのかも、としみじみと思った。


この村は、僕が流れ着いた海岸の真逆にあった。
そっちの浜辺に流されていれば、あんな怖い思いはしなくてよかったのに。
考えても仕方が無いことだって分かってるけど、僕はたびたびそう思った。

「ルゥカ」

ふと、ドアがわりの布がめくられて、ザザがあらわれた。
僕は、すっかりカラになった皿を前に、ごちそうさま、と手を合わせた。

「ねぇザザ、今日は狩りないの?」

彼女は少し考えた後、

「ナイ。肉、もういっぱい、ありますさかいに」

と、言った。
僕はちょっとガッカリした。
この村に来てから、僕は以前では考えられないほど精力的になっていた。
とにかく動いて発散したかった。こんな気持ちは初めてだ。

ちなみに、彼女のヘンな喋り方は僕が仕込んだ。
彼女はその聡明さで、すっかり僕の言葉を理解していた。
エキゾチックな褐色の肌の中で、かしこそうな黒い瞳がひかっている。
毛皮からのぞく体つきは、豹のようにすらりと手足が伸びていた。
真っ黒な髪はぼさぼさだったけど、それは”味”ってもんさ、そうでしょ?

僕は可愛い女の子と仲良しになれて、ちょっぴり自慢げだった。



「だからね、マンゴーが二つありました。これに一つ足したら、三つになります。
ここまでは分かるよね?……あぁ、ザザ、通訳して」

僕は枝で地面に字を書きながら、子供たちに算数を教えていた。
ザザが僕の変わりに、子供たちになにごとか囁く。
僕がマンゴーの絵の上にもう一つ付け足そうとしたとき、
頬に大きなハエが止まった。この島では植物からなにから全て特大級だ。
僕は無造作に、頬に付いたハエをばちんと掌で叩きつぶした。
以前の僕ならうへぁ!とか情けなく叫びながら飛び上がっていただろうけれど、
今の僕にかかったら、ハエなんかじゃそうそうビビらない。
いや、蛇が来ても虎が来ても、どっしり構えてやるさ。

「ルゥカ、わかんないて、ヒッキザーン」

ザザが僕の肩を揺すって言った。
僕は掌にこびりついたハエの残骸を膝で擦り落とすと、
魚の絵を前に首を傾げている男の子の前に枝を伸ばした。

こうして子供たちにかこまれていると、自分が先生になったみたいで、ちょっと誇らしい。
彼らは僕の教えを素直に聞いてくれる。
僕も人のためになれて、うれしかった。

あぁ、なんて理想的な人間関係なんだ…。心地いいなあ。

僕はしみじみと目を細めた。

ずっとこんな時間を過ごしていたいな…。
狩りをして、勉強を教えて、そしていつか可愛いお嫁さんをもらって…。
ここなら老後もゆっくり過ごせるだろう。政治制度の悪化も気にすることはない。
……あぁ……ここが僕の居るべき場所だったのかも…。
死ぬまでここで過ごすのも…悪く、ない、な…。
…………。


そこまで考えて、僕ははた、と動きを止めた。
……あれ?なにか忘れてない?

「ルゥカ?」

ザザが不思議そうに僕を見る。
僕の目に、ザザのかぶったスパーダの帽子が映った。
僕ははっとした。





リカルドのこと忘れてた!!!





「ザザ!」

「ど、した?」

いきなり立ち上がった僕をきょとんと見詰める彼女に、僕はつめよった。

「イカダ!イカダ作らなきゃ!材料!材料を集めよう!」

「ん?イカ?まだ、とれないヨ」

「イカじゃなくってイカダ!イカダ!」

僕は怒鳴ると、ぐっと拳をかためて空を見詰めた。
すぐそばで、ザザが首を傾げながら、イカダ、ならってないよー、と言っている。

――父さん、母さん、スパーダ、リカルド、みんな――

青い空に、みんなの顔が雲のように浮かんで行く。
僕は再び、島を脱出することを心に誓った。










……忘れててごめん。






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