ルカの大冒険7






僕は次の日から、イカダの製作にとりかかった。
長老さんにわけを話し、鉈状の刃物を借りて、ジャングルの木を切る。
重労働だった。この作業に丸一日を費やしたほどだ。
これで木材が足りなかったときには、もう一日つぶさなければならない。
僕はつたを集めながら、やきもきした。

あぁ、なんで今まで忘れていたんだろう…!

僕は激しく後悔していた。
一旦思い出してみれば、両親のこと、スパーダのこと、みんなのこと、
そしてリカルドのことが気になってしかたがない。
もう数週間は経っている。両親はもちろん、スパーダは死ぬほど僕のことを心配しているだろう。
僕が槍の人に刺されて寝込んだとき、一番心配をしていたのは彼だ。
彼の目の前で僕は落ちた。心配していないはずがない。
僕は恥ずかしくなった。
彼のことも考えず、原始人気分を謳歌していたことを。
僕は気を引き締めて、イカダの材料の蔦を、鉈で引きちぎった。



僕は砂浜に腰を下ろして、イカダにちょうどいい形にするために、木を削っていた。
村でやろうとすると、子供たちが寄って来て集中できないので、
とりあえずの拠点に浜辺を使っている。
僕の目の前に、イカダを知っている人なら、”あ、イカダだ!”と声を上げそうなほど、
完成形に近づいたイカダがあった。
僕の想定では完成まで2週間はかかりそうだと考えていたのだけれど、
思ったよりもぜんぜん早く出来そうだ。
僕は元々器用なほうではないし、そもそもイカダなんて作ったことがない。
図工の授業では、体育と並んで最悪の成績だったほどだ。

それでも予定よりずっと早く完成にこぎつけられるのは、他ならないザザたちの助力があってのことだ。
彼らは狩りの間に目に付いた木材を拾って届けてくれたし、
仕事の合間をぬってちょくちょく様子を見に来てくれた。
彼らが差し入れしてくれる果物や飲み物に、どれほど気力を回復させてもらったか分からない。

そしてなにより、彼らとの生活でつちかった強靭な精神力が、僕を支えてくれた。
それは、今まで僕になかった”大雑把”、とか”ざっくばらん”とか、
そういうものだったけれど、それがなかったら僕は途中で泣き言をあげていただろう。
僕は掌を広げて、あちこちに出来た血豆を眺めた。
僕は掌の皮膚が薄い。ロープを結びつけるたびに、木材を切るたびに
新しい豆が出来てしまう。

僕はぐっと下唇を噛んだ。

――リカルド、父さん、母さん、スパーダ、イリア、エル、アンジュ!リカルド!リカルド!

僕はくじけそうになるたびに、たびたび彼らの名前を頭のなかで反芻した。
そして、ローテーションで、集中的に一人の名前を念じる。
昨日はスパーダの日だったので、今日はリカルドの日だ。
彼の日だけ気持ち分多いけど、決してひいきをしているわけじゃないぞ!

リカルド、リカルド、リカルド、リカルド!

僕が一種、呪いのように頭の中で彼の名前を繰り返していると、後ろで足音が聞えた。
僕はとりあえず呪詛をやめ、ふりかえった。ザザだった。
彼女は昼食を、わざわざここまで運んでくれる。
彼女が持つ盆の上の食料を見て、僕は、あぁ、もう昼か、と思った。

「ルゥカ、イカダ、できそ?」

彼女は僕の前に盆を置くと、僕の隣に腰掛けた。
僕はフルーツを素手で掴みながら、

「うん、もうひとがんばりだよ」

と、答えた。
甘みの強いフルーツを口に含みながら、僕は木を削った。
常に手を動かしていたい。一心に、早く早くイカダを完成させたかった。
僕のあせりを見て、ザザが眉をひそめる。

「ごはん、ゆくり食べたほうがええよ」

「うん」

僕は生返事で答えて、片手で潰したポテトを取った。
それを口に含んで、また手を動かす。
ふいに、僕の横顔に視線を感じた。
ザザがじっと、不安げに僕の顔をみていた。
僕は彼女を安心させるために笑った。

「大丈夫だよ。ちゃんと食べるから。ありがとうね、ザザ。
きみの協力がなかったら、とてもじゃないけどここまで出来なかったよ」

けど、ザザは、曖昧に、うん、とだけ言うと、盆も片付けずに去ってしまった。
僕は少し不思議に思ったけれど、すぐに作業に戻った。



それから三日後、イカダが完成した。
もっとも、もろい部分を念入りに補強するために、後数日は時間がいるだろう。
けれど、僕は気持ちがはやっていた。
一刻も早くここから抜け出して、リカルドに会いたい、と再び強く思っていた。



――すぐにそれは適う

僕はそう信じて疑わなかった。
その日、激しいスコールが降った。
僕の船出を祝福しているようだ、と僕は思っていた。

そして、スコールが去ったすぐ後、島に激しい嵐が来た。






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